月光譚 13

 

ぼんやりとした視界いっぱいに、ドングリとハリネズミがいる。

「…動物…園?」

「ダメだなこりゃ。一条、残念ながら四号は戦闘復帰不可能な状態になってるぞ」

「頭の上で大声を出すなっ」

潜めた声がする。ドングリとハリネズミが引っ込むと、今度は賢しく美しい牡鹿が俺を覗き込んだ。なんだ、やっぱり動物園だ。

「五代、分かるか?」

「一条…さん」

「そうだ」

泣きそうな顔。

「ここ…椿さんのところ?」

「ああ」

「じゃあさっきのドングリは椿さん」

「誰がドングリだ!」

「お前の目は十分ドングリだろう。とにかく大声を出すな」

一条さんに取り押さえられた椿さんは暫く文句を言っていたけど、ノックの音に仕方なくといった顔で部屋を出ていった。

静かな病室。外はまだ暗いのだろう、じっと俺を見つめる一条さんの顔はライトの陰りで曇って見える。

「無茶をする」

「だって、それくらいしないと逢えないから」

「それにしたって…もし万一のことがあったらどうするつもりだ」

「大丈夫。俺、クウガだから」

「五代」

くっと奥歯を噛み締めて、とても悔しそうな、悲しそうな顔をする。

逢いたかった。でも、そんな顔を見たいわけじゃない。

「兄さんは?」

「院長室にいる。きみを自分の息の掛かった病院に廻したいらしいがまだ資料も整わないし、先方が未確認であるきみの身柄を引き受けることに二の足を踏んでいるらしい。それにこういう事態に遭遇して主治医として診てきた椿がいないことには不安があるんだろう。といってあの人を食った態度も許せない…相当なジレンマで機嫌の悪さは最高潮らしい」

「あー、あの人の怒ったところなんて想像したくないですね」

「自分で招いたことのくせに」

「だって逢いたかったんだもん」

「…誰に」

「聞くの?」

笑ったら、笑い返してくれた。照れた顔。大好きな一条さん。

キスをしたらその唇が冷たくて、心配させてしまった時間がとても悔やまれる。でもこうするしかなかった。今だってそう長い時間はとれない。

「一条さん、未確認のことですが」

「ああ。科警研から送られてきた神経断裂弾はかなりの効果を発揮している。だが完全に倒せたわけではない、恐らく数時間後には活動再開をするだろう」

「じゃあ俺、ここから出ます」

「大丈夫か?」

「帰ってきたらトマトジュース飲ませて下さい」

「…吸血鬼じゃあるまいし」

「似たようなものです」

「五代?」

一条さんの顔を見つめる。綺麗な、澄んだ瞳。真っ直ぐな信念。

「血は繋がってなくても俺達は同じ家の人間です。警察の、一緒に闘ってきた人達から見れば俺のしてることは裏切り行為だ。私腹を肥やすためにはどんな汚いことでもする…弱い人から最後の一滴までだって搾り取って、それで満足するなんて…許せない」

「五代は違うだろう。自分の身の危険を承知で、こんなことまでして戻ろうと…」

「出来る無理しかしてません」

本当だよ。出来ることは少ないから、それなら出来る範囲で精一杯やる。

「一条さん、俺の兄さんのこと…あの家のしていること。未確認の件が済んだら、ちゃんと償わせるつもりです。勿論俺も、逃げたりしません」

「五代に…罪はないだろう」

「いいえ。初めからきちんと話して、些細なことでも協力してもらっていればこんなことには…」

「全ては後の祭りだ。俺達はみんなその瞬間を懸命に乗り越えてきた。一人で背負い込む必要はない」

「優しいね」

「当然のことを言っただけだ」

真面目な刑事さん。大切な、大切な人。

「俺のこと、待っててくれたんですよね?」

「ああ。…みのりさんには勘付かれてしまったかも知れない」

「え?」

「きみへの伝言を頼みたくて、真夜中を承知で訪ねてしまった。その上どうにも…言葉が浮かばなくて…」

「何か言われました?」

「笑っていたよ。お兄ちゃんは幸せ者ですって」

「………なんか、ものすごく恥ずかしくなってきたかも」

「合わせる顔がないとはこのことだな」

二人で吹き出す。

「あ、いたた」

「大丈夫か」

「ちょっと攣れました。首…縫ったのかな」

「ガラスでやったそうだから、傷口は真っ直ぐで縫合自体は難しいことじゃなかったそうだが…悔しいから後で痛いようにしてやったと言っていたけど、まさかあいつ本気でそうしたんじゃないだろうな」

「椿さんならやりそう」

「あいつ!締め上げてやる」

「ダメですよ。“唯一、俺の体を診察できるお医者さん”でなきゃいけないんですから」

その切り札もいつまで通用するか分からない。でもこうなった今、警察側も黙って言いなりになっているだけではあるまい。一つくらい有利に立つには四号の主治医というのは大切なポジションだろう。

椿さんなら対抗できる。実際に俺を診察してきた医者と言うだけではなく、高徳院に対峙できる程度の名門の血を引く彼なら。

一条さんのためになることなら。

「兄から…何か言われてませんか?」

「直接何かを言われたことはないが…」

「職場ではなにかあったんですね」

「それも松倉さんが奔走してくれている。だが上からの重圧は相当らしい。こうして今、ここにいることも上層部に知れればかなりな問題だ。刺激したくないのが本音だからな」

「確かに今、最優先されるべきは未確認の事です。でもだからといってあんな取引がなくても、俺は闘うことを止めないしあくまで俺の意志でやっていくことなのに」

「きみの言う通りだ。しかし…」

ふ、と。一条さんが口元だけで笑う。

「高徳院雄介…か。身分違いの恋ってやつだな」

「な、なに言ってるんですかっ」

「あの家にとって正式な跡取りなんだろう?四号としてのきみを保護するためにも発表すると息巻いてるそうじゃないか」

「勝手に言ってるだけです。俺は五代の父親を尊敬してますし、今更あんな厄介なものを背負うつもりはありません」

「だがきみにとってはいいことかも知れない」

「どうして?」

「四号はあくまで“未確認生命体”として考えられている。敵を全て倒したとして、きみの体にあるあの石が残っていれば…それを脅威だと取る連中は山ほどいるだろう」

思わなかったことじゃない。

グロンギを倒しても俺が生き残れば。俺の中の石が残れば即ち“未確認”の存在は途絶えていないと言うこと。兄はその辺りにも考えを及ばせているかも知れない。自分たちの行動に制限や横槍を入れるなら俺を…未確認生命体四号を…

「五代、休んだ方がいい。俺が側に付いてるから」

「兄さんに見つかりませんか?」

「一応白衣を着て医者の振りをして来たんだが…気付いても放置してるんじゃないか。俺に対する処分を重くすればいいだけだからな」

「処分?」

「減給されても元から使う暇もない収入だ、困ることもない」

「そんなっ」

「それはいいんだが格下げされると困る。今の地位でもきみを守り通すには不十分だというのに、これ以上落とされては何かと動きづらい」

「兄さんに言います」

「いいから。それにきみだって逆らおうとしてるんだ、取引にはならないだろう」

「まあ…そうなんですけど…」

「最悪、担当を外されるかクビでも言い渡されたら俺も考えるさ。黙ってるほどお人好しでも聞き分けがいい訳でもないからな」

「なんか、一条さん…強くなりましたね」

「俺は元から強いつもりだが」

「そうでもなかったですよ」

「………随分言うな」

「あはは…怒りました?」

「怒った」

ぽこん、と腕を叩かれる。まだ止まらない笑いに喉を鳴らしていると、ムッとした顔のまま一条さんの顔が寄せられ息遣いが頬をくすぐり…

「病院でチュウなんて、椿さんに見られたらタダじゃすまなそう」

「あいつ、なんだか五代を目の敵にしてる節があるな」

「それだけ一条さんのことが好きなんですよ」

「ありがた迷惑…なんてまた耳に入れば俺も嫌がらせの一つくらいされそうだ」

「椿さんって言っちゃ悪いけど子供です」

「あいつは昔からそうだよ。いいところのお坊ちゃん気質丸出しでな、何かというと誘われるんだがその誘い文句も遊び方も今と全く変わらない」

「キザなんですか?」

「まあな」

二人で笑いあう。本当に久々に、ゆっくりもてた時間の気がする。

もしかしたら、もう二度とないような―――二人の時。

澄んだ瞳。

真っ直ぐな。

俺を見る目。心の中まで。

見つめてくれようとする、分かろうとしてくれる。

「五代…何を考えている」

「…一条さんのこと」

何も言わないで、このままでいるのがいいこと。

それとも。

「奴らが出現したら連絡を…椿さんに入れて下さい。ここから一緒に出るのはまずい、一条さんは先に」

「…………」

「一条さん」

「…分かった」

静かに立ち上がって内線電話をかける。すぐに何人かが病室に現れ白衣に袖を通した一条さんが無言で振り返り俺を見つめる。

大丈夫と言葉に出来るような状態じゃない。だけど俺は、俺達なら乗り越えられるはずだよ。この危機的状況でも闘っていく、大切な仲間を得た俺達なら。

「五代」

「はい」

「…待ってる」

「はい」

終わるかも知れない。恋は。でも。

気持ちが終わるわけではないと知っているから。

信じているから。

 

 

 

 

 

 

「雄介」

ノックもなしに入ってきた兄は、不機嫌な顔のままベッド脇の椅子に腰を下ろした。

「お前が私の言いつけを守らないのは今に始まったことではない。だが少し大胆に過ぎるし、私の気持ちを無視しすぎているようだ」

「兄さんの気持ち…ですか」

「そうだ。雄介、お前は私のたった一人の兄弟だ」

「みのりは?俺の妹なんだから、みのりだって兄さんの妹でしょう?生活は苦しい訳じゃないけど、どうしてみのりには何もしてくれないんですか?探そうとさえしてなかったんじゃないですか」

「…彼女は女性だろう。いずれは外に嫁ぐ身だ。勿論、高徳院の娘としてそれに相応しい結婚相手は見付けるつもりだが今はまだ彼女も遊びたい盛りなんじゃないか?」

「言い訳にしか聞こえません」

「どうした、随分ご機嫌斜めだな」

喉の奥で笑う、まるで猫のような仕草。

「一条さんのことを付け狙うのは止めて下さい」

「お前に不利益なものを排除するのは当然のことだ」

「あの人は俺にとって必要不可欠な存在です。それに友人を利益で考えるような付き合いなんかしたくない」

「下賤の者の台詞だ。いい加減自分の立場を弁えなさい」

「五代雄介が俺の立場で、俺自身です」

「その名も捨てないといけないな。近いうちに弁護士を呼んで籍を正そう」

「嫌です。兄さん、俺は自分のことを自分で決める。何度言われてもそれは変わりません」

「その頑なさは悪いことではない。正し兄である私に向けるのはどうかと思うぞ」

「…兄として…俺に接してくれる気もないくせに」

「雄介………言っていいことと悪いことがある」

悲しそうな目。兄の目。本当は他人の、俺を俺として見てはいない目。

「お前が目の前であんなことをして…ショックを感じていないと思うか」

「それは…」

「大切な弟だ。おじいさまから預かった、大切なあの家の跡取りだ。だが私が本当にそれだけでお前を見ていると思うのか」

「じゃあ警察との取引はなんです?俺は自分のすることに誇りを持っていた。なのに兄さんがそれを薄汚いものと一緒にしたんじゃないですか!」

「いいか雄介、高徳院の時間はお前一人の人生とは比べものにならぬほど長い。それを支えるために自らを捧げることはあの家の跡取りとして生まれた以上、躱すことの出来ない決まり事なんだ」

「あなたが継げばいい。俺の、兄という立場ならそれは当然のことでしょう?」

「残念ながら私の中に、正式な高徳院の血は流れていない」

「嘘だ。俺に利用価値があるから…俺がクウガだから。未確認と闘うにはどうしても俺が必要で、警察も政府もそれを認めているから、だから罪を認めることと引き替えにしても俺を手の内に置いて操りたいんだ。そうでしょう」

「……組織というのは、大きくなればなるほど自らの手を放れる。あの家は、私にとっても最早脅威としか言い様がない」

世界の中を。地球の上を。

ただ流離うのが息をすることと同じだった。

どこまでも続く青空と、気ままに広がる白い雲と。

その中に存在する自分を意識し自由を抱き締めてきた。いままで、ずっと。

闘うことは好きじゃない。俺がしているのは殺人に他ならない。でも。

「俺は欲しいものがあります。俺の大切な人の笑顔です。大切な人が安心して過ごせる時間が欲しい。自分が楽に息の出来る時間が欲しい。大好きな人と一緒にいられる、ごく当たり前の時間が欲しいんです!」

一条さんと。

出逢ってしまったきっと運命の人と。

ただ、過ぎる時間を大切に、幸せに過ごせる努力をする空間。掛け替えのないもの。

「雄介…お前に与えられる自由ならいくらでもある。成すべきことを終えればいくらでも」

「金で買えるものはいらない。そんな一瞬のものはいらない」

「お前に相応しい相手は私が決める。雄介、お前こそ自らのことを恥じたらどうだ」

「…一条さんは、俺にとって恥なんかじゃない。あんなに綺麗で潔い人…他にはいないって知ってるから」

臆病で、卑怯で。そういう部分も持っている。互いに。

だから人間は可愛いと思うんだよ。愛しいと思うんだよ。

「一条さんに手出しするな。俺のことに口を出すな。でなきゃ…俺にも…」

政治家に守られた特権も大衆の力に屈することはいくらもある。このねじ曲がった世の中を正す方法は必ずあると信じてる。

「俺が高徳院の当主だと言うなら黙って俺のすることを見ていればいい。自分たちの首を絞めたくなければ今は大人しく控えていろ」

「……随分、いい目をするな。血は争えないと言うことだ」

「認めたくなくても俺があなたの言う“組織”の築いたDNAで作られたものならそうなんだろう。だったら余計に逆らうのは得策じゃないですよ。崩壊を招くのは内部からが一番根強く厄介だから…」

シロアリが、人知れず柱を食い尽くすように。病魔がその身を侵すように。

「結構だ。お前がその目をすることを知れば喜ぶものも多いだろう」

あくまで余裕の表情が鼻につく。百戦錬磨のこの男に対抗するには、にわか仕込みの俺なんかじゃまだまだ役不足と言うところか。

でも。

「こちらが押さえるお前の弱点はあの刑事と妹。…ポレポレとか言ったか、あの店もなかなか面白い役回りをしそうだ」

「本当に、笑えるほど卑怯ですね。いいですよ、じゃあ俺は自分自身と、あなたたちが後生大事に抱え込んでるあの無駄にバカデカイ家を道連れにしましょう」

不適に笑う、そんな顔を彼が見たら。

ノックの音とドアが開く音。

入ってきたのは椿さんで、その場の雰囲気を察したのか軽く眉を潜め兄さんの肩を叩いた。

「相手はついさっきまで生死の境を彷徨っていた病人です。興奮させるなんて以ての外だ」

大丈夫かって言いながら、椿さんが首元に手を伸ばしてくる。

「あー、これはイカンな。出血してきた」

「なにっ」

「はい、出て下さい。処置します」

強引な椿さんに押し出され、ついでに慌ただしく入ってくる看護婦さんに邪魔がられ完全看護ですからと厳しく言いつけられている。

「…新人なんだが、怖いものなしでね」

「いいこと…ですよ。きっと」

うへへとだらしなく笑ったら遠慮のない拳骨が落とされた。

「あの…本当に傷に響くんですけど」

「二人揃って俺の悪口言ってただろう」

「ええっ聞いてたんですかっ」

「……………やっぱり」

しまった。

むすーっと引き結んだ口がむくれた子供のそれになる。

「こっちが必死になって治療してやって、挙げ句に面倒な話にまで巻き込まれてるっていうのに。なーんでお前がちゃっかり一条とお楽しみタイムなんか過ごしてるんだよ」

「お楽しみ…なんか表現がよろしくないですよ」

「ふん。じゃあピンクタイムか」

「椿さんっていくつですか?」

「うるさいっ!くそっ、こんなことなら本当にしつけ糸でまつり縫いとかにしておいてやるんだった」

「そんなことすると一条さんに締め上げられちゃいますよ」

「…それはいやだ」

「イヤだって…椿さんって面白いですね。子供みたい」

「お前に言われたかねぇよ」

相変わらずむすっとした顔のまま首の辺りを探る。大人しくしていると小さな笑い声が耳元に響いた。

「なんですか?」

「出血なんかしてないのに。医者が病状で嘘吐くなんて最低だな」

「もう治ってます?」

「ああ。大丈夫だろう」

「よかった。未確認がそろそろ動き出すんじゃないかって一条さんが…」

「中継はここを拠点にしてある。お前には俺の携帯を貸すからそれを持って歩け」

「携帯…嫌いなんて言ってられないですね」

「自分で買えって言いたいところだが、持ってるのが知れるとあの兄貴が首突っ込んでくるだろ。居場所もばれるし、通話記録を取られるし」

「だから携帯なんてイヤなんですよ」

「…一般人はそういう理由で携帯を拒んだりしないんだよ」

そうですね。呟いたら、急に静けさが降りてきた。夜の湿った空気と、静寂。

「お前の兄貴…恐ろしい奴だよな」

「はい」

「自分勝手で、強欲で」

「…そう、ですね」

「一条や他の人に危害を加えることも匂わせてた。そんなことしてる状況じゃないってことがまるきり分かってないんだ」

「見てないんです。…そういう風に、周りを見る目を元から持ってない。きっと…悲しい人なんです」

兄さん。

血の繋がりはなくても、それでも。

「俺の…家族だって聞いたときは本当に…本当に嬉しくて……」

「五代」

「だって俺にはみのりしかいなくて…ずっと、ずっと俺が頑張って…寂しくても、辛くても…頑張って…」

母さんを笑わせようと。みのりを笑わせようと。父さんを亡くした痛みを紛らすため、二人を守るため。

「兄さんに悪いことなんかして欲しくない、俺の家族なら…家族だっていうなら…」

「五代」

抱き締めてくれる腕は一条さんじゃないけど、彼には言えないこともある。共に家族を失う痛みを知って、その暖かさを求めている。憎むべき人物を憎みきれない、大切な人を窮地に追い込む相手をそれでも兄だと縋ることは出来ない。

優しく背をさすってくれる、大きな掌はとても暖かで。

「終わりは近いよ」

根拠のない言葉。

「もう終わるよ。お前が苦しまなくてもいいときが、もうすぐそこに来てるから」

信じる確かさは何処にもない。でも。

「お前は一人じゃない。大丈夫、みんなが付いてる。闘うのも、それ以外のことも、全部見守ってくれる仲間が…一条がいるから。だから信じて、前だけ見てろ」

「………はい」

そう応えるしかない。

それしか、ない。

「あーあ、こうやって甘やかしてやれるのが一条だったらなー」

「なんですかそれ」

「お前だって…まあ悪かないけど。でも俺のこと父親みたいに思ってるんだろ」

「…分かります?」

「お前の、一条と俺を見る目は全然違うからな」

ちぇって舌を鳴らした椿さんに笑いかけると、口を尖らせたあとに笑ってくれた。

 

 

熾烈を極める闘いは足下にまで迫り、その瞬間の勝利を掴む自分を信じ今は歩き出さなければならない。

未確認に勝って。

兄さんに勝って。

あの家に勝って。

そして。

アマダムは沈黙する。語りかける言葉もない、俺の中の支配者が下す最後の審判は一体、俺にどんな結末をもたらすのだろう。

笑顔を。そしてあの人を。

 

 

守り続けていきたい、ただそれだけの願いなのに。