ブルーと話し込んでいるレッドは真剣な眼差しをしていたかと思うと突然吹き出したりして、これまでと全く変わらぬ“リーダーらしからぬリーダー”へと戻っていた。

ヘラヘラと軽薄に笑うその顔に舌打ちしながら、イエローは自室へと引き上げるため立ち上がる。

なんなんだ。

苦いものを無理に飲まされたような不快感が喉元に絡む。

二日の間、運良くというか実に都合よくオルグの出現がなかったため、メンバーはガオズロックで傷を癒すことに専念できた。その間、誰の胸にもあの時のレッドの様子がわだかまり憂鬱な思いで過ごしていたというのに、戻ってきた彼はあの異様な雰囲気の欠片もない脳天気さを取り戻し全員の驚く顔に返って不思議そうな表情を浮かべたくらいだった。

テトムは、レッドは少し疲れたようだからガオライオンに預けてきたと、拍子抜けするほどあっさり言い残し泉に引き上げてしまった。

ブルーとホワイトは早々に考えることを放棄し、遠慮がちに盗み見てくるブラックも本来の責任者であるテトム、前リーダーの自分からの指示を待つという姿勢を取りたいのだろう判断され、結局その件については保留という形を取らざるを得なかった。

 

天空島に向け問いかけてみた。

イエローとともに闘う精霊、ガオイーグルは彼の呼びかけにすぐ応えてくれた。

レッドはどうしている。

思念に乗せそう問うと、暫しの沈黙の後こう答えた。

 

“全てはガオライオンの導きにより進む。我らも、戦士であるお前たちも。ガオレッドはその使命のため最善を尽くす。そのことに嘘偽りはない”

 

言われたことの意味を理解するのは難しかったる

言葉自体に難しいことはない。誰が聞いてもそのままに受け取るだろう。だがイエローにはなにか引っかかるものを感じさせる、腑に落ちない言い回しに聞こえていた。

彼は、“今、レッドはどんな様子か”ということを問いかけたのだ。戦士の資質云々を論じたわけではない。

釈然としないものを、けれど言葉にも出来ず押し黙ったイエローにガオイーグルはそれまでの声を改め静かに言った。

 

“イエロー…岳。お前はなにも気に病むことはない。レッドのことは全てをガオライオンに任せておけばいい。岳、お前は優秀な戦士だ、これまでも、そしてこれからも。だから道を誤るな。それだけを覚えておけばいい”

 

道を誤るな、という言葉に今度は素早く反応した。

意味が分からない、そう問い返すと長い沈黙の後ガオイーグルはまるで独白のような低い波動を送って寄越した。今度は言葉として捉えることは出来ず再度問い返してももう返事はなかった。

 

嫌な波動だった。聖獣から届くとは思えぬ、なにか不穏な空気を包む不快なそれ。

なにか、自分のあずかり知らぬところで動き出しているものがある。底知れぬ不安は気のせいだけでは決してないはずだ。

イエローは、自室のベッドに身を投げ出した。変わり映えのない天井が自分を見下ろす。

なにが、どうなっている?

誰かがなにかを、隠している。

なにか、を。

微かに聞こえる仲間たちの声を感じながら、飽くことなく見詰める天井はけれどなにも伝えぬまま。

重くのし掛かるまま。

 

 

 

 

 

 

「つまりレッドは敏感すぎるってことなんだろ?」

「敏感って…」

「じゃあなんていうんだ?」

「うーん…」

「ほら自分だって分からないんじゃん。敏感でいいんだよ」

「そうかなぁ」

くだらない話を延々としている。

いや、実際それはくだらない内容というわけではない。レッドが異様な行動を取ったその原因についての話をしているのだから、その場の誰もが無関係ではないし不在の間の説明もきちんとされて当然だった。

「テトムがね、色々疲れただろうから暫く休んでいいって言うんだけど…俺としてはそんな情けないリーダーはまずいと思ったんだよ。だから大丈夫だって言ったんだけど、今度はガオライオンがいいから休めってさ」

「狡いよなー」

「ブルー。自分はレッドが元気になってくれればそれでいいと思う」

「なんだよ自分ばっかりいい子ぶるなよな、俺だってマジで心配したんだぜ」

「ありがとう。よく覚えてないんだけど、多分猫の声が聞こえたんだと思うよ。これまでもあったからね、亡くなったり捨てられたりした動物の声が直接聞こえて共倒れみたいになっちゃうことって」

「大変なんだね、獣医さんって」

「…ホワイトマジで言ってんの?獣医だからって動物の声なんか聞こえるはずないじゃん」

「それはそうだけど!もー、すぐそうやって人の揚げ足取る!」

「あっふくれホワイト!雪見だいふくみたい」

「ブルー!」

パッと立ち上がり逃げるブルーを追いかける。そのうちそれが空手の組み手になったりするものだから、近くにいると危険と判断したレッドは泉の裏手へ逃げ込んだ。その後をブラックが追い、二人で身を隠すようにしゃがみ込む。巻き込まれるのはごめんだ。

「でも本当によかった。自分はレッドが本気でおかしくなったのかと思ったから」

「なんだよ、そんなに信用ないか、俺」

「そうじゃなくて…」

あの時のイエローの声。ぞっとするほど低い響きは真実味を持ってメンバーの心に染みついた。

虚ろな目は見るものを嫌悪させるには十分過ぎた。だからイエローの呟きがあれほどストレートにぶつかってきたのだろう。

「ガオライオンとはどんな話をしたんだ?」

「んー、別に…これってことはなにもないんだけど。毎日のこととか、お前たちのこととか。そういうの」

「獣医時代のこととか?」

「…どうかな」

「どう、って」

「あ、ほら、あんまり覚えてないからさ。ボーっとしてたし」

「そう」

釈然としないものを感じつつ、それでもブラックは頷いて見せた。レッドが元通り元気を取り戻して帰ってきたのだからそれでいい。

イエローにはまだ納得できない部分もあるのか、この件に関してなにも言わずじまいだったけれど、元より仲のいいとは言い難い二人のことなので口を挟むわけにもいかない。

あまりに違いすぎて。

レッドとイエローではなにもかもが違いすぎる。相容れないのはだから仕方ないことだと仲間である自分たちが理解し、フォローしていけばそれでいいと改めてブラックは思い直した。

ここにいるのはもう、全くの赤の他人同士などではない。

パワーアニマルに選ばれ、人々と自然の平和のために闘う仲間なのだ。乗り越えられない危機などないと、彼も、彼の仲間も確信している。

「レッド、これからも頑張っていこうな」

「うん」

子供のように無邪気に笑う。確かに少しばかり頼りない感のあるこの男が、誰より強いことはガオライオンが証明している。そしてそのリーダーとともに闘う自分たちが、誰にも負けない強さを秘めていることも。

「あーあ、あいつらも元気だよなぁ」

「ガキんちょユニット健在!ってところか」

「ブラックは偉いよ。あのブルーの子守を完璧にしてるもんな」

「しっ!そんなのブルーの耳に入ったらなにを言われるか」

面倒を見ているのは自分だと、常日頃ブルーは耳にタコができるほど繰り返している。それは構わないのだが、ブラックが少しでも違った意見を言ったときや自己主張をしたときなどはたちまち不機嫌になり八つ当たりをされるのだ。そういうところが子供なんだと言ってやりたいことも多々あるが、保身に勤めることで平和を保っているブラックは未だ口に出して苦情を言ったことはない。

「苦労してるんだな」

「レッドほどじゃないけど」

「俺?俺は別になにも…」

「イエローも分かってはいるんだ。レッドのこと、リーダーと認めてない訳じゃないし、嫌ってる訳でもないと思う」

「ああ、そのこと」

きぇぇぇ、と、随分芝居がかった気合いでブルーが宙を飛ぶ。ホワイトに向かい無謀にも蹴りを決めようとしたらしいが、完全に動きを見切られているのか爪先が届く前に思い切り床へと叩き付けられている。

「痛そう…」

「イエローとは、もう少し時間をおいてからでいいんじゃないかな」

「ん?ああ、そうする。別に俺としては思うところもないし、あいつがもうちょっと大人になって、知らん顔してくれればいいだけのことだからさ」

「イエローは大人だと思うけど…」

「そうだね。俺よりは大人かな」

大きな目が笑っている。長い睫が更に表情を引き立てている。

「ブラック」

「え、あ、なに?」

「顔、赤いよ」

「はぁっ?」

大声で、ひっくり返って笑い出したレッドにポカンとしていると、声を聞きつけたブールとホワイトが近寄ってくる。

「なに?」

「おいブラック、お前なに赤くなってるんだ?」

「え、あ、は…ええっ!」

自分の顔を自分で撫でて、益々赤くする原因を作っていることにも気付かずブラックは一人慌ててどもっている。

「そんな狭いところに二人ではまり込んでるからだよ」

「修行が足りないんだ、おいブラック、相手してやるから来い!」

「ええーっ勘弁してくれよ」

大声を上げ、逃げていくブラックを追ってブルーが走り出す。それに続こうとしたホワイトが振り返り、愛らしく首を傾げた。

「レッドが元気になってよかった」

走り去る背中を見て、レッドは大きく溜め息を吐いた。

仲間がいる。それはなんと素晴らしいことだろう。信頼され、必要とされ、そして居場所を与えられる幸せ。普段は気付かない暖かな温もり。存在。

 

暗い瞳を隠してる。

自分には、彼等に言えない過去がある。

つい最近まで思い出すことのなかったそれは、本当に夢か幻のように朧気なものだけど自分自身のことだ、確かにあったことだと認めるしかない薄汚く惨めなもの。

決して、戻りたくはないもの。

ガオライオンはなにも言わず、ただじっと瞳の奥を見詰めてきた。ぼんやりした視界が晴れ、始めに気付いたのはその射るような視線で、そこに優しさなど感じられずただ恐怖した。萎縮し、逃げだそうとした。

赤く山ほどもある大きな獣が、サバンナを駆る一頭の雄ライオンへと姿を変える。それからそれは薄靄のかかった人の形と重なりレッドに向け手を差し伸べた。

 

“お前は我に選ばれし戦士。清く勇ましく闘うガオの戦士”

 

首を振る。

違う。そんな大役、勤められない。自分は高潔でもなければ強くもない。お前たちのいいなりになどならない。

“獅子走”は“獅子走”としてしか生きられない。

道はもう、変えられない!

 

“そうだ。お前はシシカケルとして生きればいい”

 

尊大な態度と声でそれは続ける。

 

“それ以外ではあり得ないのだ。勿論、それ以下にはならない”

 

それ以下?違う、俺は俺だ、俺自身として生き俺自身として死んでいく。誰の代わりにもならないし、今更他を望んだりしない。

だから返せ!俺を、俺自身を。

 

 

獅子走を返せ!

 

 

 

静まりかえる泉をじっと見詰める。

頭の中のビジョン。

ガオライオンは優しく、暖かく迎えてくれる。いつだってレッドを認め、励まし、そして癒してくれる守護神。彼の大切なパートナー。

 

なんだったんだろう。

みんなが言うような状況を自分は全く覚えていない。そしてあの時の冷たいとしか言いようのないガオライオンの目も、まるで嘘にしか思えない。

覚えているのに。

自分の身になにが起きているのか、不安は山ほどあったがそれを口にも顔にも出すことは出来なかった。仲間を巻き込むことは絶対に出来ない、だから笑って、なにもなかったように振る舞って、そして。

笑えるような時間など過ごしたことはなかった。常に追い詰められる環境の中で、笑うことも意志を持つことも許されずただ日々を過ごしてきた。

暖かな記憶は、朧な追憶の更に奥。現実にあったことかどうかも今となっては怪しいだけで、覚えているのはそれより鮮明な、けれどやっぱり霞がかかる過去の自分。

ここに来るまでの間に自らが体験してきたその一つ一つは、思う起こすこともおぞましい汚らしいものだった。そう自覚する程度に残るこま記憶さえ消えてしまえば、もっとずっと楽に過ごせたはずなのに。苦しまなくて済んだのに。

 

「レッド」

 

突然掛けられた声に背中が跳ねる。

いつの間に現れたのか、泉に波紋を描いた巫女が険しい顔で見下ろしていた。

「なにも考えなくていいの」

「なに、も?」

「そう。あなたはあなた。ガオレッドとしてここにいればそれでいいのよ」

「でも…」

「間違ってない。あなたはなにも間違っていないし、過去も未来も、それは変わることがない」

「俺は…間違って、ない」

「そうよ。なにも考えないで、ただここにいてみんなとともに闘うの。オルグを倒して、平和な世界を創る。あなたの大切な動物たちを守る。それがあなたに、“獅子走”に与えられた使命なのよ」

「走、に…」

獅子走に与えられた使命。

では、与えたのは?

それは―――

「それから、これは誰にも言ってはいけません」

「なに?」

テトムの目を見詰めていると、呼吸が浅くなり意識が霞んでくる。

なにか大切なことを失っていく。

 

大切な、ことを。

 

 

 

 

「イエローには…近付いてはいけません」

 

 

 

 

 

  

 

イエロー

 

  

 

 

 

 

なにを言われているのか、それを理解することはもう出来なかった。

それでもレッドが頷いたのは、本能なのか、“定め”なのか。

 

 

 

 

 

遠くで、鳥の声が響く。

長く尾を引く、悲しげなそれに眉を潜めたのはただ一人。

 

 

そうだ、あの波動は確かに自分に告げていた。

 

 

  “岳よ、私の半身よ。これだけは堅く誓ってくれ。

決して、決して獅子走には近付かぬと、それだけを私に誓っておくれ”

 

 

 

 

 

 

 

鳥が、吠く。