月の美しい夜だった。 「ホワイトの顔に傷がつかなくてよかった」 「いまは…そんなこと言ってられる場合じゃないよ。あたしだってガオレンジャーの一員だもん、もしそうなっても平気だよ」 「嫁入り前のお嬢さんがそんなこと言っちゃダメだよ。やっぱり自分を大切にしないと」 「それはブラックだって、みんなだって同じでしょ。あたしなら大丈夫、だって信頼してるもん。みんなが一緒だから頑張れるもん」 健気なことを言って、と泣き真似をしてみせるブラックにブルーが後ろから蹴る真似をする。それを見て笑ったレッドの横顔がやけに青ざめていることに気付いた。 言うか、言わないか。誰か気付よと胸の中で毒突きながら見回しても、自分の傷の手当てに追われたメンバーは彼を振り返ることさえなく話題は敵の強さへと移っていった。 「それにしても狼鬼の強さってなんなのかな」 「あいつ化け物だよ」 「だから…化け物だろう、オルグなんだし」 「えっオルグって化け物?ブラックは化け物だと思って闘ってたのかよ」 「ち、違うのか?」 「そうねぇ、見かけは化け物だけど…ちょっと違うんじゃないかな」 「でもあんなの、まともな生き物じゃないし。動物でもないし」 「そういう意味なら化け物かも知れないけど…レッドはなんだと思う?」 「え?」 傷の痛みを忘れたように喋り続ける。それは与えられた恐怖から無意識に逃げようとする本能の現れなのかも知れない。だからイエローはその会話に加わらなかったし、冷静に観察することも出来た。 敵の強さに恐れを抱くのは悪いことじゃない。けれど恐怖を感じたまま闘うことは無理だし、危険性はより増える。リーダーならリーダーらしく、その辺りを伝えるべきところだけれど…あの調子では無理だろう。 イエローが思った通り、レッドは曖昧な微笑みで僅かに体を引いた。 「狼鬼からは…なんでかな、人間に近い波動みたいなものを感じるんだけど」 「波動?」 「うん。ほら、パワーアニマルから感じるみたいな、なんていうか…声みたいな…」 「狼鬼の声?そんなのわかんないけどな」 「レッドは動物の声だけじゃなく、オルグの声まで聞こえちゃうんだ」 「そういう訳じゃあ…ないけど…」 「さっすがリーダー。じゃあ次にあいつと闘うときは、なに考えてるのかちょっと探ってみてよ」 「ブルー、だから俺が感じるのはそういうはっきりしたものじゃなくて、」 「レッドが狼鬼の心を読んでくれれば、作戦も立てやすいしあいつをカクハンすることも出来るだろ」 「撹乱、じゃないか、ブルー」 「っ、一々揚げ足取るなよ!」 「だって、攪拌じゃかき混ぜるってことになっちゃうからっ」 「うるさいよ!狼鬼のこと混乱させるんだったら同じだろ!」 「それはそうだけど、わっ待て!グーでぶつなグーで!」 「じゃあチョキで目つぶしかっ」 「止めなさいよ二人とも!」 結局、騒ぎは大きくなり誰の目にも救いはない。 あの強さは半端じゃない。今までの奴とは桁違いの力を感じる。 なにか、なにかよくないことが起きる気がする。 とてつもなく嫌なこと。 なにかが。 言い合う三人から、そろそろと遠ざかっていたレッドは後ろに座っていたイエローの存在を失念していたらしい。投げ出した足に踵を取られ、あっと小さな声を挙げながら彼の方へと倒れてきた。 咄嗟に支えた腕を思わず掴み直してしまう。 立たせてやることも忘れ、呆然とした表情のままレッドの体のあちこちに触れた。 「ちょ、イエロー、離してくれよ」 「お前、」 「イエロー!」 飛び出してきたテトムがまるで叩き落とすようにレッドの腕を掴む彼の手を薙ぎ払った。 嫌な沈黙が落ちる。 騒いでいた三人も水を打ったように静かになり、彼等の様子を窺っている。 「あ、えっと、イエロー、レッドが困ってるじゃない」 「…そうか」 「なーんか、イエローが触るとこう、エッチな感じがするのよねぇ」 「…なんだよそれ」 「なにって、言ったまんまだけど」 一瞬見せた動揺をうまく隠し、テトムはおどけた顔を作るとさりげなくレッドを自分の背後に庇う。 おかしい。なにかがおかしい。 こいつのことに気を回している暇はないのだ、オルグに、狼鬼に神経を向けなければならない今、こんなことに構っている余裕はないのだから。 だから単刀直入に聞いてやる。個人的なことなら容赦なく捨てろと言ってやらねばならない。 「レッドがそんなに痩せてるのはなにが原因だ?」 「痩せた?そう?見た感じは変わらないけど」 「確かに、頬の辺りは少し痩けた程度だけどな。その腕はなんだよ、とても戦士の体じゃねぇな」 「ひどいこと言うのね。レッド、違うって言い返さないと優男のレッテル貼られちゃうぞ」 「それは…ありがたくないね」 引きつったような笑顔で、どうにか言葉を押し出した。 「そういえば顔色あんまりよくないよレッド」 「そう?」 答えたのはテトムで、わざとらしいほど大袈裟に振り向くとレッドの顔を覗き込む。 「そうかなぁ、そんなことないけどなぁ。でも怪我してるんだから当然よね。レッド一人だけピンピンしてたら、その方がよっぽど恐いじゃない」 「それはそうだけど…」 釈然としない表情のホワイトににっこりと笑いかけ、それからレッドに部屋へ戻るよう促した。素直に従う彼の顔を睨むように見詰めていると、全員に労いの言葉を与えテトムも泉へ戻ろうとする。 「テトム」 「…なに?」 作り笑顔のまま振り向く。察するものがあるのか他のメンバーは足早に下がっていった。 「なんだよあれ」 「なにが?」 「レッドに決まってるだろ。あいつ、最近いつも顔色が悪くて変にハイテンションだったり反対に暗く落ち込んだり、とにかく問題行動が多すぎる」 「問題って、誰だって調子のいい悪いはあるでしょ」 「あいつが集団で闘うためには、なんて言い出したんだ。自分から仲間に不信感を持たれるようなことをするのが悪いんだろ」 「不信感?イエロー、レッドのことなにか疑ってるの?」 「テトム、俺は言葉遊びがしたい訳じゃないんだ」 分からないことがある。どうにも納得できないことがある。 釈然としない思いを抱えたまま、それでも命をかけて闘うことなんて出来ない。 レッドを認めてともにいることなど出来ない。 「イエローは少しレッドに対して神経質なんじゃないかな」 「神経質?」 「子供じゃないから、お互いに近付きすぎずに付き合うことくらいできるでしょ?私としてはみんな仲良くいて欲しいけど、無理して側にいる必要はないと思う。元から二人とも正反対なのは分かってたし、それはレッドも感じてることだと思うから」 「それとレッドが痩せこけてることと、なんの関係があるんだよ」 「関係は…別に…」 「俺があいつの負担になってるって言うんだろ。精神的に追い詰めてるから、だからストレスになって具合も悪くなった…違うか?」 「そんなこと言ってないけど」 「けど?」 困ったような顔は本心なのか作り物なのか。見極めるため彼女の顔を凝視すると、暫く迷うように視線を彷徨わせた後、笑った。 こちらが躊躇うほどの笑顔で笑ったテトムは、まるでなぞなぞの答えを思いついた子供のように満足げな顔で頷く。 「分かったわよイエロー。あなた、レッドのことが好きなんでしょ」 「はあ?」 「だって“好きな子は虐めたくなる”って言うでしょ。すごく気になって、だけど優しい言葉なんか掛けられなくて逆に意地悪するの。今のイエローってまさにそれよ」 「馬鹿なこと言うな」 「あらぁ、当たってると思うけど?」 クルリと体を回転させ、もう一度イエローの方に向き直る。無邪気な笑顔は曇ることなく、心から楽しそうに見えた。 「でもダメよ。だってイエローもレッドも男の子でしょ」 「だからなにを言ってるんだよ」 「あれ?好きなんじゃないの?」 「だれが。あんな訳の分からない奴を好きになるなら、その女もまとめて軽蔑するね」 「軽蔑?」 「ああ。言ってることとやってることがちぐはぐで、味方に迷惑や心配ばかり掛けて最近じゃいつも虚ろな顔でドンヨリ影まで背負ってやがる。あんなの好きだって言うならテトムだって疑うね」 「ひどいことを」 呆れた、というより。 “悲しい”という眼差しで自分を見る。静かなそれに違和感を覚える。 「イエロー。もし本当にレッドのことが受け入れられないならそれは仕方ないわ。寂しいけど、私たちはオルグを倒すことが大前提として集まった仲間だからね。でもお願い、レッドのこと、これ以上は責めないで。気に入らないなら最後まで無視して。半端に近づくなら余計傷付くでしょ、お互い、辛いだけでしょ」 「…イーグルと同じことを言うな」 「イーグル?ガオイーグルがなにか言ったの?」 顔色を変えたテトムに驚きつつ、イエローは先日のことを話した。勿論、自分がレッドに対して思う部分は割愛したが、ガオイーグルが“走”に近付くなと言った部分に眉を寄せたテトムはものも言わず泉の中へ飛び込んだ。 挨拶くらいしろよ、思わずそう呟いた途端テトムの顔だけが泉の上に突き出される。 「イエロー」 「なんだよ」 「それ、誰にも言っちゃダメよ」 「言うかよ」 「レッド本人にも、みんなにも、…他のパワーアニマルにも」 「心配には及びませんよ、ワタクシ、レッドと違ってガオイーグル以外の言葉など分かりませんから」 「そうね。そうだった」 厳しい目つきは見たことのない表情の一つ。 「イエロー」 「まだなんかあるのか」 一瞬ね迷うような目をして。 そして。 「レッドのことは私がちゃんと見てるから。だからあなたは他のみんなと、オルグのことだけ考えて」 「言われる前からそうしてるよ」 「じゃあ、…レッドに構わないって、約束して」 「…なんだって?」 嫌な感じ。 レッド、レッド、レッド。 誰もが繰り返すリーダーのこと。 近付くな、触れるな。構うな。 「約束よ」 今度こそ泉の中に消えてしまった巫女の姿を、いつまでもイエローは見据え続けた。 闘いは熾烈を極め、誰もが自分のことで手一杯になっていく。傷を抱えそれでも敢然と立ち向かわねばならない今、ひとのことなど構っていられないのが実情なのに。 関係ない、と言われれば誰でも興味が湧くだろう。 けれどどこまで掘り下げたところでマイナスの感情しか持たないレッドに対し、幾度も繰り返されれば腹立たしくなって当然だろう。 どうでもいい。 あいつのことなど、どうでもいい。 だから。 波紋はいつまでも消えなかった。 心の中に描かれたかのように、それは、いつまでも消えることがなかった。 狼鬼の出現で傷付き、そしてイエローはなにより大切な宝珠を奪われた。 一年の月日をオルグを倒すことだけに費やした。闘いに勝つことで生きながらえる、その虚しさを抱えながらそれでも一人で戦い続けた。泣き言は言わなかった。 悔しくて、ただ悔しくて苛立って。不甲斐ない自分を責めて。 偉そうなことを言ってなにも変わっていなかった自分を恥じ、メンバーの顔を見ることさえ躊躇われる。特にレッドを見ることは出来なかった。惨めすぎて顔を上げることさえ出来なかった。それなのに。 誰もが寝静まったガオズロックの自室に、遠慮がちな声がかけられる。 レッドだ。それが分かってどうして返事が出来るだろう。鼻白んだ表情でベッドの中に潜り込むと壁際により寝たふりを決め込んだ。 静かに、気配が近付く。 「イエロー…寝ちゃったか?」 見れば分かるだろう。 心の中で一人ごちて、不自然にならぬよう微かな寝息を立てる。 「今日は…大変だったよな。でも…でも俺、イエローは強いと思うよ。一人で頑張ってきたのは本当にすごいと思う」 柔らかな声。 静かな、空気。 彼を包む独特なそれは決して不快なものではなかった。明るく温かい、側にいると安らぐもの。大袈裟ではなく、本当に…彼は不思議ななにかをその身のうちに包み込んでいる。 「イエローは、俺のことが嫌いだよね」 ああ。その通り。 「俺のこと、大嫌いだよね」 分かってるならさっさと出ていけ。いつも以上にお前の相手をしてられる気分じゃないんだ。それも勝手に入ってきて、寝ているヤツに話しかけて。 そうやって無神経なほど無邪気な図々しさが溜まらなく――― 「でもね、イエロー」 息ばかりの掠れた声。 レッドの声。 「俺も…俺が大嫌いだよ」 静かに。 「俺は俺自身が大嫌いだ。だからイエローがどんなに俺を嫌っても仕方ないと思ってる」 静かに。 「今まで生きてきて、毎日どんどん嫌いになって、そんなヤツを好きになってくれる人がいるはずないのは分かってるのに…だけどこんな自分を変えることも出来なくて…」 静かに。 「ごめんな。分かってるのにどうしようもない。なにも出来ない。ここから…いなくなれば、それが一番いいんだろうけど…」 笑った。 寂しげに。 そんな声を聞いたことはなくて、閉じた目を開いてしまいそうになる。 どんな顔をしている? どんな顔でそんなことを言ってる? なんのつもりで俺に。 「“レッド”が必要なんだろ?イエローもテトムも…ガオライオンも。みんなレッドが必要なんだよね。俺じゃなくて…リーダーのレッドが必要なんだ…」 その通りだよ。言いたくて、でも声は喉に絡まる。 「俺は俺として生きたことなんてない。どこにいても自分なんてなかった。だから必要とされたのが嬉しくて…ここにいる間は仲間がいて、同じ目標を持って一緒にいられるんだって…認めてもらえるんだって、思ってた」 思い上がりだ。浮かぶ限りの悪意を胸の中で繰り返す。それでも初めて聞くようなレッドの声に、身を切られるような痛みを伴うその声に。 苛立ちと同時に沸き上がるものがある。 その“なにか”に付ける名前は、思いつきもしないけれど。 「でも、やっぱりダメなんだね。俺は…俺として必要とされることなんか、ないんだね」 消える気配。 飛び起きて、今までそこに感じていた彼の姿を探すけれど今はもう残り香さえも感じない。 明るく楽観的なレッド。腹立たしいほどの脳天気さ。 得体の知れない薄気味悪さを感じた、それも確かに間違いではないけれど。 でも。 自分を嫌いだと言った。世の中にはそんな人間はいくらもいるだろう、けれどイエローの許容範囲にそういった者たちが含まれることはなく、自分で立っていることも出来ないような奴ならそこで腐り消え去ればいい。視界の中から。 消し去りたい。 消してしまいたい。 考えるべきことは他にいくらもある。奪われた宝珠や強すぎる敵のこと、今後の戦闘。 自分たちの、進むべき道。 なにもかもを先頭に立ち導く立場にあるはずのリーダーがあの情けなさで、この先のことなど考えられるはずもないのだから。 必要とされてるじゃないか、リーダーとして。その責任も果たさないくせに言うことだけは達者だ。そんなだから誰もお前を信頼しないし、付いていこうとも思わない。 思えない。 レッド自身のことに興味なんかないんだ。 繰り返して気を静める。どうでもいい奴に囚われている暇などないのだ。当面の問題は狼鬼のこと、宝珠のこと、出現し続けるオルグのこと。 辞めたいなら辞めればいい。レッドの変わりを探すのは簡単なことではないけれど、このまま今のレッドを押し頂いているほど余裕のある闘いではないのだから。 天空のガオイーグルに向け、胸の内の怒りを伝える。 あいつはガオレンジャーとして相応しくない。リーダーでいられる器じゃない。 仲間として認められる、そんな奴ではないのだから。 きつく、拳を握って。 闘いは続く。 奪われた宝珠を取り返し、けれど傷付き、それでも立ち上がり。 繰り返す殺伐とした日々の中で、共に過ごすメンバーの中に結束が生まれる。生死をともにし、力を合わせ、当然芽生えるその感情は嫌なことであるはずがなく。 けれど。 レッドだけが浮き上がる。 日に日に虚ろな目になる彼を止める術はなく、また構うつもりもなく。 テトムだけがレッドを庇い、そして繰り返しなされる忠告。 相容れないなら近付くな、レッドに構うなという言葉は日を追うごとに強くなる。天空から聞こえるガオイーグルの声も、痛みを伝える暗く冷たい響きを含んで。 姿を消すことが頻繁に起こる。その度テトムはレッドをアニマリウムへと送り、不在を咎めることもしない。度重なれば心配は不安になり、不安は不審へと変わる。 レッドをリーダーとして認めるか、誰もが口にはしなかったけれど疑問を感じていることを子供たちは隠したりしなかった。ブラックだけが痛ましいものを見る目でレッドを見て、そして声をかけた。返事は決まっていたのに、それでも何度も呼び掛けた。 “なんでもない” そう繰り返すレッドに、根気よく言葉を重ねていた。 そして。 六人目の戦士として新たな仲間が加わることになる。 敵だと思い、死闘を繰り広げた狼鬼が千年前に封印されたガオの戦士だという事実はメンバーを驚かせたが素直に受け入れることも出来た。清廉なその魂は誰もが憧れるものだった。 けれど。 夕食の終わったテーブルから、ふらりと立ち上がったレッドに気付いたのはイエローだけだった。勿論イエローは声をかけることも仲間に知らせることもしなかった。どうせテトムが、そう思い気にもとめなかった。 その晩。 「イエロー、レッドがどこにいるか、…あなたが知るはず、ないわね」 「聞く方が間違いだろ。…なんだよ、アニマリウムじゃないのか」 「いないの。ガオライオンも、気配も波動も感じないって…どこにいるのか分からないって!」 青ざめた顔に不安が浮かぶ。取り乱したようによろける体を支え、さすがに事態の深刻さを受け止めなければならないのかと思ったとき。 「イエロー、だから…だから言ったじゃない。レッドのことは構わないでって、私、あれほど言ったじゃない!」 「構ってなんかないだろう」 「言葉じゃない。あなたはいつだってレッドのことを見てた、睨んで、追い詰めて、蔑んで。近付かないでと言ったのは、体の距離のことじゃない。二人が近付けば近付くだけ、それだけレッドは…あの子は…」 言葉を飲み込む。その先に隠されたものを知りたいけれど、本能は拒みテトムのことさえ疎ましく思う。 勝手にすればいい。俺はレッドのことなんてどうでもいいんだ。叫ぼうと思った。 “イエロー…岳…だから忠告しただろう” ガオイーグルの低い声。 “テトム、あれは私が探そう。お前はそこでイエローを…” 「俺、を?」 「分かったわ」 分かった、という言葉は聞こえた。テトムの声だった。 そして。 目が覚めた。 変わり映えのない自室の天井を見つめる。 なにがあったのか。思い出すまでもない、夕べは食事をして、新たに加わったシルバーのことを話し、今後の相談をし… なにか、忘れている様な気がする。でも思い出すことは出来ない。 思い出さないなら大切なことではないだろう、人間は都合の悪いことや重要ではないことを忘れるように出来ている。 イエローは体を起こし、両腕を高く掲げ伸びをした。すっきりとした目覚めではなかったが体調は悪くない。 部屋を出て、泉のある広間へと歩く。 ホワイトとブルーが朝の挨拶を寄越す。欠伸をしながら出てきたブラックが朝食のメニューを尋ねてくる。そうだ、今日の当番は俺だと思いながらキッチンに行く。 五人分の食事の支度は簡単なものではない。あるものを適当に並べ手抜きメニューを完成させると声を上げ準備が出来たことを知らせる。 なにも変わらない朝の風景。 毎日のこと。 「いただきまーすっ…て、あれ…レッドは?」 ブルーの声に顔を上げ、食卓にいないリーダーのことを捜す。首を巡られるだけで終了した捜査に誰も異論は唱えず、そのまま食事は続行された。 変わり映えのない朝の風景。 その光景が歪んで見えるのはなぜだろう。 どうしてこんなに、苦しいのだろう。 レッドはその翌日戻ってきた。 疲れたからと部屋に戻った彼を誰も追うことはしなかった。無視していると言っていいような素っ気なさで、その違和感に眉を潜める。自分でも、呼び止めるつもりもないくせに。 イエローはレッドが歩き去った方に顔を向け考える。 レッドの存在意義。 リーダーという肩書きを持つ、仲間の一人。 「レッドって、変わったよね」 何気なく呟かれたブルーの声に頷いたのはブラックとホワイト。 変わった。なにが、という確たるものはないけれど、どこかが変わったような気はする。 なにかが。 深く考えなかったことを後悔するのは人間ならば仕方ない。 仕方ないけれど。 これ、と言ってブルーの差しだした紙飛行機は、ここでの生活では滅多に見ない紙幣だった。神経質に折られた紙飛行機。 意味することなど、分かるはずもないそれは。 彼が送った、たった一つの“信号”だった。
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