「走なんかつまらないよ。ねえ、俺のこと赦すんでしょ?ねえ、好きになる?欲しがる?」

 

 

絡めた腕でイエローの躰を引き寄せその唇を重ね合わせる。

吸い上げて、動けない彼を嘲笑うように舌で唇を割りその中にあるイエローの舌を絡め取る。濃厚なキスに唾液の匂いが広がり、それと同時に現実感が湧き上がった。

胸元で蠢く指を引き剥がし、驚愕と共に突き飛ばす。立ち上がる。

「なんだよ…"走"はよくて"歩"はダメなのか?」

「お前…お前が…」

「まあねー、岳くんは俺が出てるときほど嫌ってくれてたもんなぁ」

「お前がっ」

「でも夕べはよかったよ。すっげ気持ちよかった。セックスしてて、気持ちよければいいほど俺は引っ込んでやるんだよね。そうすると"走"がひーひー泣くから楽しくてしょうがねぇの。で、夕べはあいつが泣いてるのと、俺にまで届くくらいガンガンされて久しぶりに死ぬほどよがったって感じ」

言葉もなく、ただ睨みつけてくるイエローを心底おかしそうに見ている。

レッドの目。

ふざけた時の目。見慣れたものの一つなのに、その中に含まれた狂気が嫌というほど感じられる。同一人物とは思えないそれに背筋が凍る。

「なんだよ、することしといてその態度はねぇだろ?大体"走は悪くない"んじゃなかったっけ?なあ、岳くぅん」

伸ばされる腕を振り払う。明らかな恐慌がイエローを襲い、冷や汗の伝うこめかみを無意識のうちに震わせた。

なにかが、ひどくおかしい。

ずれている、と訳もなく感じる。

逃げろ、と。

 

 

 

 

去っていくイエローの背中を目で追う。

嘲笑の口元がゆっくりと引き締められ、やがて険しい表情に変わったレッドの肩をしなやかな腕が抱き寄せた。

「お前の賢さは毒気を含んでいるな」

「ふん。俺は約束を守ってやってるのに、そっちが勝手なことばかりするからだろ」

「我ではない。小賢しく立ち働くはイーグルと巫女。あれほど無駄なことと言うたのに」

首筋に引き寄せられたレッドは、見えない牙でガオライオンの喉を噛み切る仕草をする。

「昨夜の交わりから、常にお前は走であろう」

「当たりだけど、俺は"歩"くんですからねぇ」

「我に謀りは不要だ」

「そうだっけ?他人の言うことなんか微塵も信じられないからなぁ、あんたのことも大嫌いだし信じてなんかいないよ」

「構わぬ。我とてなにものをも信じたりなどせぬからな」

「あらら、ガオイーグルくんがかわいちょうでしゅよ?」

「あれが一番、疎ましい」

眇められた瞳が微かに歪んだ空気を見据える。それは彼が張った結界の境界であり、いまそこに立つのは話題の中の存在に違いない。

「さて、イエローはなんとするかな」

「可愛そうな"走"くんを"歩"から開放するために頑張っちゃったりするんじゃない?」

「多重人格とは、人には都合のよいものもあったものだ」

「俺がそんなに繊細かっつの。よく考えりゃ分かりそうなもんだろ。ここに来た時のことはあんまり覚えてないけど、それにしたってテンション高かっただろうし自分勝手に暴走してたのは変わらないんじゃねえか?」

「人間には三つ子の魂、という言葉があるからな」

「段々戻ってきて、自分がいる環境にぞっとしたよ。あの生温い友情劇場に漬かりきってガキみたいなことしてたんだから、あの鷲尾くんも大したことないねぇ」

「だがお前にとって、なくてはならぬ存在だ」

「そりゃそうでしょ。そのために引き受けてやったんだから」

「イーグルにとって、最も恐れている言葉であろうな」

「あいつに関係ないじゃん。契約したのはお前とだ」

「我は止めぬよ。定めとしてオルグを倒す、そのことのみが叶えば後のことなど預かり知らぬ。たかが戦士の一人、いつの世にかまた邪悪なる波動がこの地に満ちる時には、我ではなく新たな王が立とうしな」

「刹那主義?それも格好よくはないって知ってる?」

「お前に言われたくはない」

ははは、と乾いた声で笑う。

抱き寄せられたまま甘えるように擦り寄る仕草は、子供の顔のそのままに。

「俺は自分の欲望に忠実だよ。だから俺のことを受け入れて、好きだって言ってくれる人が欲しい」

「…そうか」

うん、と頷くその仕草さえ幼子を思わせ、ガオライオンは深く胸に抱き寄せる。

「好かれたいか」

「うん」

「好かれて、それでは終わらぬか」

「…終わるよ」

「そうか。終わるか」

「うん」

 

その微笑の、残酷なこと。

 

「では、戻れ。オルグの動きが激しくなる。終末は近い」

「そうだね。そんな感じ。あいつら、まだ強くなるよ」

「なにか感じるか」

「気配が一つに纏まろうとしてる。結構チャンスかも」

「それではお前の望みは果たされまい」

「まーねー」

 

レッドの望み。

自らを託す戦士として見付けた時、彼は薄く微笑んだ唇をそのままに取引を提示した。

常人であれば信じがたい状況をすぐに飲み込んだのは彼の持つ"力"によるものに違いないが、それでもまるで待っていたかのように突きつけられたその言葉。

 

必要とされること。

必要とされ、裏切られないこと。

裏切られず、傷つけられぬこと。

傷つけられるのは、それは、自らではないこと。

 

受けてきた仕打ちを、全て。

 

 

 

イエローは初めに見出された戦士。

ガオイーグルが選んだ正義を貫く戦士。ブルーやブラックも、その条件は変わらぬものであったが何よりイーグルが選ぶことに意味をもたせたのはガオライオン。

 

  『見付けたのだ。私の魂の半身を』

 

温かな気配をただ冷めた目で眺める。感情は揺れたがそれはそのまま凍て付いた心を生み出した。好きにするがいい、そう思いつつ爪を研いだ。夢見ているがいい、絵空事の結末を。この手の中から取り上げた、その温もりの代償を。

自らの手で支払うことになるその瞬間に、血を吐くほどの苦しみをお前に。

 

 

単身、地上に降りたことに密かに微笑んだ。

ガオライオンがレッドとなる彼との取引を承諾するその前日。

 

ガオイエローは、巫女の導きにより天空島へと降り立つことになる。

 

 

 

 

 

レッドの姿が空気の中に解けるように消えさっと後、ガオライオンはゆっくりとその結界を解いた。

金の髪の精霊は憎しみと哀れみ、怒りなどを顕に示す瞳で精霊の王を見据えている。

愚かだ。

ガオライオンは胸の内で呟く。愚かだ。この地上、空間に生きとし生けるものすべては虚しく愚かである。それは巫女にも精霊にも、等しく神にも言えることだ。

その愚かしさを知らぬから、"生命"というものは受け継がれていく。営まれていく。

生きるとは、その愚かさを背負いつつも気付かぬことだ。気付かぬままに共にあることだ。

 

「あれは…もう、戻せぬよ」

「封じたのに」

「初めから無理だと申したろう。それほど薄弱であれば我も選んだりはせぬ」

「封印を解いたのはガオライオンにも責がある」

「そうか。お前がそう申すならそうであろうな。だがそれがなにほどのことか。走は自らの命を生きている。我らはその命に頼ることでオルグとの戦いに臨む。願いを託すのであれば、あれの望みを叶えるも当然のことであろう」

「精霊と戦士の間に契約などあってはならない」

「戦士に深入りすることも、またならぬことではないのか?」

 

遠い記憶。

それを時間で数えれば途方もない夜を越えるその果ての物語。

イーグルはまだ幼いその心でガオレオンのみを一途に慕った。ガオライオンの目前で、自らを助けるはずの精霊はその忠誠すらも先の王に誓おうとした。

自尊心も、信頼も、ガオライオンは口にこそ出さぬまま己の未熟と恥じ彼が振り向くよう、いつか共にあることのできるよう、精進することを怠ったり、厭うことなどしなかった。

決して動いてはならぬと言い含められ、見下ろす下界で先のパワーアニマルたちは無へと散華していった。

新たなオルグの出現は抑えきれるものではない、だから追ってきてはならないと、掟で定められた通りガオライオンは根城の洞窟で蹲っていた。

ガオイーグルは、その後を追おうとし他の精霊たちに引き止められた。そのときに叫んだ言葉を、いまもガオライオンは覚えている。悲痛さもそのままに響くその絶叫を、決して忘れることなど出来なかった。

共に逝かせよと。

それは、深くガオライオンの胸を刺し貫いた。

もとより他者に臆病な彼を、激しく真っ向から打ち付ける言葉であった。

 

ガオイーグルは自らのうちに閉ざされた世界に住んだ。

世はシルバーの捨て身の行動によりひと時の静寂を取り戻してはいたけれど、確実に起こる次なる邪気の出現に備え気を緩めることなど出来はしない。ガオライオンは、ガオイーグルの元を幾度も訪ね、言葉もないままにけれど癒せると信じていた。

彼は、新たな王に従うべき精霊なのだ。常に共にあるべきものなのだ。

けれど、彼の思いはこれまで報われることなどなかった。人とは違うからそれは恋ではないものの、王として当然受けるべき忠誠を、プライドを捨ててまで自ら欲したガオライオンには何より惨い仕打ちに他ならなかった。

光を浴びて輝く髪に触れたいと思った。同じものを見たいと願った。

それが、叶えられることはなく今また彼は逆らうような眼差しで非難する。

溺愛する、ただの人でしかない戦士を。

 

「お前のイエローに対する執着は恐ろしいな。どうする、オルグを消滅させた暁には、ここに迎えて子飼いの贄にでもするか」

「あなたに守護戦士に対する情けはないのか」

「生憎どこを探してもそのようなものはないな。王として他に勤めはいくつもある」

「その、王として最も大切にせねばならないのが戦士ではないのか」

「大切に思うからこそ、走の望みを聞き入れるのだ」

「それは誤りだ。人間である以上、人間として振舞うことを望ませてこその王だろう」

「ガオイーグル、ではその"尊厳"を左右する大役をお前の愛するイエローに託してやると言うのだ。光栄なことと思わぬか」

「それを、本心から言っているのか」

「我はレッドの守護精霊。自ら手を下してやりたくともそれは叶わぬ。ではイーグル、お前が成せばよい。大切なイエローをその腕に抱き寄せたまま、見事走の望みを果たしてやればよかろうよ」

「あなたは…あなたは変わらぬな。精霊としこの地に存在してよりこの方、常に冷めた目で物事を見ている。先代が倒れたそのときも、あなただけは頭を垂れるでもなく悄然と振舞われた。王としては当然の行いであったとしても、かの方は…ガオレオンは、あなたにとっては兄にも父にもあたるものであったのに」

「…精霊に心を説くか。なるほどここ暫くバイソンやシャークが我を見る目の変ったことよと思うていたが。根回しとは随分な念の入れよう」

「私はあなたに思いとどまって欲しいだけだ。レッドを、元のレッドに戻して欲しい。それだけのこと」

「元の?」

すらりと立ち上がった姿が見る間に薄くなっていく。

「案ずるな。それでは今はお前の思う通りではないか。"元"へ戻すための細工などせぬでもあれは進む道を定めたよ。ガオイーグル、何もかもを手に入れようとはいささか業が強いのではないか?精霊なら精霊らしく、与えることを常とせよ」

「あなたこそ奪うばかりだ!」

「レオンは自ら消滅していった。千年が過ぎてもお前の頭は精進せぬな。王として恥ずかしくも、哀れでもあるぞ」

「精霊にも情がある!」

「おお、お前の口から情などと訴えられようとは。我にはそのようなもの、欠片とて持ち合わせはない。持ちたいと…願ったことはあったがな」

 

消える。

どこへ行ったのか、それはガオイーグルにも分からなかった。彼らの王は常に孤独で、あの赤い瞳はなにものも映したことなどなかった。

ガオレオンの言葉が蘇る。

"あれは精霊として長けてはいるが、おそらく従うものを持たぬであろう。だからイーグル、お前は我より思いを移し、あれの元へと届けてくれ"

その時は意味の分からない言葉だったが、今になって身に染みる。ガオライオンは、王としての勤めを非情すぎるほど確かに貫いてきた。何者をも寄せ付けぬまま、孤独であることを望むように過ごした。

ガオレオンを失った時、彼はもっと情け深い思いを持っていたはずだ。その時の自分に労わりを受け入れる余裕がなかったことも事実だがそれでも今より包む空気は柔らかかった。

あの赤い目は思い出させる。

違いを見せ付けすぎる。

慈愛に満ちたガオレオンと、惨いまでに異なる冷めた魂。

 

泉の上空に浮かぶ赤い煌きを放つ球体を指差し、小さなガオイーグルを従えたガオレオンは静かに言った。

 

  『見よ。次代の王が誕生する。氷の炎をに包まれたあの姿を忘れるな。

心寂しき王に仕えるその困難を、お前であれば越えられよう』

 

お前であれば。

 

 

 

「なぜ…あなたのように、穏やかな心をもたぬのでしょうか」

 

 

 

なぜ、とは。

孤独に苛まれたガオライオンにも、等しく胸に木霊する思いだということをガオイーグルは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

ベッドの中に潜り込んだイエローの傍らに、薄く笑んだレッドが佇んでいる。

勿論その表情はイエローには見えていない。そこにいることだけは分かっているが、どんな顔で彼を迎えればいいのか分からずしかも"彼"が"彼"であるのかどうかさえ分からないので、黙したままもう数分が過ぎようとしているのだ。

レッドの顔が、ゆっくりと"走"のそれになる。大きな目が潤んでくる。

 

「ごめんね…俺、自分ではセーブできないんだ。歩が出てくるのは分かるんだけど、それがいつなのかは分からなくて…」

「今は…レッドなのか」

「うん。俺だよ。"走"」

そっと、端が掴まれていた上掛けが下ろされイエローの目が覗く。そこにある涙で濡れた瞳を見て、よく分からない安堵感に包まれた彼は漸くベッドから抜け出ると改めてそこに座った。立ち尽くすレッドを見て、自分の隣を拳で叩く。

おずおずと座ったレッドは、イエローの体に触れぬよう距離を取ると息を潜め彼の言葉を待っているようだった。何か言わなければと何度か唇を舐め、その仕草に先ほどの口付けを思い出しまた居たたまれない気持ちになる。

レッドであり、レッドでないもの。知らなかった自分の熱と彼の熱。痛み。

心の奥に、芽生えつつあるもの。

淡く、けれど確かなそれは愛情であることを知っている。まだまだ哀れなものに対する憐憫の情の域を出ていたわけではないけれど、彼に与えるものは労わりであるべきだということは違えようもないものだと自覚した。

「お前は…一人じゃないからな」

ポツリと漏らした言葉にレッドが頷く。小さく、頼りなく、揺れた髪がイエローの心をも揺さぶる。

「話すのは勇気がいることだろうけど、俺たちは仲間としてここにいるだろ。今までお前のことをなにも知らないのに傷つけてきたんだから、これからはちゃんと色々話し合っていこう。虫がいいかもしれないけどさ、お前がリーダーとして頑張ろうとしてたのはちゃんと知ってる。分かってる。俺が言っても説得力はないだろうけど、許してくれるならやり直したいと思う」

「許してって言うのは…俺の方だよ…」

俯いたまま呟くレッドの肩に手を置こうとして躊躇う。それに気付いたレッドが弾かれたように立ち上がり、口の中で謝罪を繰り返しながら頭を下げる。

謝罪して欲しいわけじゃない、謝らなければならないのは自分の方だとも思っている。やり直したいと言いながら彼に気を使わせているのが口惜しくて、微かに震えるレッドの腕を取るともう一度座らせた。固く強張った体が痛々しい。

「なあ…せっかく打ち明けてくれたんだ、もう隠す必要もないんだしそういうのやめようぜ?お前がそんなじゃ、俺はどうすればいいのか…」

「イエローはなにも悪くないから」

「お前だって悪くねぇだろ」

「俺は…俺がしてきたことは、許されるようなことじゃないから…」

「事故だよ。お前が思い込んでるだけで、きっと両親が亡くなったのは事故なんだ」

「そんなこと…」

「誕生日を祝ってもらったんだろ?一緒にドライブだって行ったんじゃねえか。親子仲良くしようと思ったのに、不幸な事故に巻き込まれた。そうに決まってるよ」

「でも、俺だけ生き残って…二人は被害者だったんだよ。俺なんかを子供に持ったばかりに嫌な思いをして、楽しいことなんか一つもなくて…」

「そんなことない」

「でも、でも仮に両親に手をかけたのが俺じゃないとしても…おじさんたちを死なせたのは、俺なんだよ…」

「…死なせた?」

「うん」

 

項垂れた横顔が白い。

呟く声が、イエローの耳元で渦巻く。

 

 

 

中学に上がってからぼんやりと獣医を目指そうかと思い始めた。

荒む"歩"の内側で動物の声だけは変わらず優しく聞こえていた。慰めにもならないただの感情に過ぎないそれでも、触れて遊んでやると真っ直ぐに"嬉しい"と伝えてくる無邪気さはとても暖かく幸せなものだった。

動物は嘘をつかない。

本当に欲しい言葉をくれることはないが、傷付けるような事は決して伝えてこない。何より自分という存在を受け入れてくれる彼らとなら一緒にいられる。いたいと思った。

暴行は続き、おばは最早気付かぬ振りをしているに過ぎない、走に対する憎しみは増していき彼女から向けられる殺意に近い気配は神経を逆撫でし擦り減らした。

一人娘は、やはり父親の所業を知っていたらしいがこちらもなにも言わなかった。けれど走が自宅に戻らず仲間たちと夜を過ごしていた折、馴れ馴れしく近付いてきて囁いた。

"まともな恋愛、したくない?"

その付き合いがまともであるはずもない、脅迫に近いものだ。断れば叫ぶのだろう、真実を捻じ曲げたことを声高に。

"歩"の暴走は激しくなる。

 

 

「俺が出ているときに彼女が言ってきた。妊娠したかもって。その話をおばさんに聞かれて、あとはもう滅茶苦茶だった。娘を傷物にしたってさ、じゃあお前たちが今まで俺にしてきたことはなんなんだよって思っても、俺には抵抗もできなかった。その家を追い出されたら行くところもないし、走の俺にはそんな度胸もないから…」

 

 

殴られた。お前は俺のものだって、結局自分の独占欲でまた犯された。

不思議と歩が出てこなくて、走の意識のまま何度も暴行を受け本当に、もう本当に死んでもいいと思い始めた。死んでしまいたいと願った。

 

 『だから、初めから俺に代わっておけばよかったんだ。自分の弱さが招いたことだろ?

俺ならこんなことになる前に手を打てた。辛い目になんか合わない、痛い思いもしない。俺は俺の思う通りに生きる。あいつらは全員、許さない』

 

「"歩"の声がした。その声が聞こえてすぐ、なんだかすごく眠くなった。あいつが出てくるんだって分かったけど、抵抗できないまま意識が途絶えて…気が付いたら家が燃えてた。消防車の音が近付いてきて、俺はそれをぼんやりと聞いてた。ああ、俺なんだって…あいつが火をつけたんだって分かったけど、なにも言えないままただそれを見ていた」

 

現場検証が進み、放火であることが確認された。犯人は自分だということは分かっていても名乗り出られる状態にはなかった。腕に火傷を負っていて、入院したベッドの上でぼんやりしたまま何日か過ぎた。胸の中で"歩"の笑い声が響いていた。

 

「警官が訪ねてきて、犯人が捕まったって言うんだよ。おじさんに恨みを持った男の仕業だって。その人は犯行を認めた手紙を書いて自殺してたんだ。二日前の晩のことだって言われた時、それも俺がしたことだって…分かった」

 

体が揺れ、目が覚めた。それまでぼんやりしていた意識が妙にはっきりしている。気分もいい。物事の解決は一切していないのになぜだか前向きな気持ちになっていて、これからのことをきちんと考えようという意欲も湧いてきた。

罪は償わなければいけないという自覚は勿論あったけれど、出来ることから解決していこうと思った。やり直せると思った。目の前が急に明るくなった。

そこが、病院の外…見知らぬ民家の前だということに気付くまでは。

驚いて逃げ去るときに見た表札に掘り込まれた名前はしっかり記憶されていて、警官の口から告げられた犯人のものと一致した。二日前という日付もあっている。

無意識のうちに行われた凶行を、弁解する余地はなにもない。

 

逃れ様も、ない。

 

 

語り終えたレッドの躰を、イエローの腕が支えていた。そうしないと崩折れてしまいそうだったし、そうすることで安心させてやりたかった。

病気だと言ってしまえば却って傷付くのかもしれないが、それでも仲間のために命を投げ出せるあの戦いの出来る男に理不尽な痛みを負わせるのは嫌だった。力になれるなら、頼られるなら、どうにかしてその苦しみの淵から引き上げてやりたい。側にいると教えてやりたい。

泣いてもいない目元を指で拭うと、微かに微笑んだ口元が見えた。頭を肩に預けさせ、そのままなにも言わずにいた。なにも語らずに伝わるものがあることを信じて。願って。

 

 

穏やかなまま過ぎていく時間にイエローが小さく笑う。

こんな風に彼といられるなどとは思っても見なかった。その存外の暖かさに驚く気持ちもあったがそれ以上に満ち足りた気分を味わっている。戦いは益々激しくなるのに、それでもこうしてより深く繋がることの出来た仲間を得た今、負けることは有り得ないと確信したから。必ず勝って、そして誰にも幸せな未来があると叫びたい。

 

だから。そんな思いの果てに。

 

 

顔を上げたレッドに、引き寄せられるように口付けるのは当然のことだと思えた。

やっと見ることの出来た互いの本心に触れ、だからこれは大切な儀式なのだとイエローの心は囁いた。傷付いて、きっと触れ合うことを恐れている彼が人間の温もりを思い出すように。それは大切で幸せなものなのだと、恐れず取り戻せるように。

同性であるとか、これまでの軋轢…それはイエローが勝手に作り上げたようなものであったが、とにかく彼と周囲の間に横たわった深い溝を埋められるなら、こんな触れ合いも悪いことではないと思う。彼の躰は熱かったから、だからきっと、うまくいくと。

そう思う。

 

幸せそうに笑って、レッドは、それをみんなにも告げてくると呟いた。

ぽつん、と。

涙の雫が零れるようなその声音に胸は微かに痛んだが、それでも話すことで前進できるなら自分は喜んでその背を押してやろうと思う。仲間たちに、彼を受け入れないものなど出るはずがないと保証しながら。

 

 

「イエロー」

「ああ」

「ありがとう」

「…ああ」

「ごめんね」

「謝るなよ。お前が謝ったら…どうすりゃいいんだ、俺は」

 

赤くなった頬を隠すように俯いて所在無く首を掻く。

小さな笑い声が聞こえたから、だから大丈夫だと思った。彼も、自分も、決して醜く歪むことはないと思った。遠回りな上になんだかとんでもないことをしてしまったけれど、それも必要なことだったのではないかと思えるから。

後悔だけはしていないから。

だから、大丈夫だと。

 

イエローはそう信じた。

 

 

 

 

 

レッドの口から語られる過去と、今も続くその事態を聞いて初めに泣き出したのはブラックだ。懸命に堪えるホワイトの横で号泣する彼を蹴飛ばしたブルーは、いつかのようにレッドの体にしがみつくと"そんなやつ、俺が追い出してやる"と繰り返した。レッドはレッドだから、やっぱり俺たちのリーダーだから。だから大丈夫だよと涙声を詰まらせながら繰り返す。結局、彼も気持ちいいくらいの声を上げて泣き続けた。

 

テトムは。

 

彼女はその様をじっと見ていた。冷たく凍えた瞳一杯にレッドを映し、繰り広げられるその"暖かな"光景を睨むように見詰めていた。傍らに立つシルバーも、その輪の中に入ることはなくなにか思い詰めたような目でそれを見ていた。

 

ブルーの背を擦りながら、レッドの視線が巡らされる。見詰めるテトムのそれと重なった瞳は楽しげに細められた。微笑が深くなる。

 

唇が。

 

動く。

 

音のない言葉を綴る。

 

現実を。

 

 

 

 "タノシイネ"

 

 "ヤット オワルンダネ"

 

 "ザマーミロ"

 

 

 

 

 

邪悪な波動は、すぐ身近に、あるもの。