体の痛みは感じなかった。一秒でも早くレッドの姿を見つけたくて、その一心だけでイエローは叫んでいた。 死にに行くようなものだった。そんなことは分かっていた。彼が不甲斐ない自分を恥じていたことは知っていたのに、慰めることも止めることも出来なかった。そのことだけが悔やまれた。 "岳は、絶対に死んじゃだめだよ" そんなのお互い様だろう、そう言おうと思ったら口を尖らせ呟いた。一度死んだんだから、もういいだう。あんな思いするのもうたくさんだよ。 それこそお互い様ではないか、そう返したら真摯な目で見詰められた。 俺はいいんだよ。 その言葉が許せなくて、抱き締めた頭を小突いた。冗談にでも口にして欲しくなかった。 お前の幸せを俺にも作らせろ。きつく締め付けるように抱いた躰が震えるのさえ許さず力任せに束縛する。愛はそのまま執着に変わるのだと知らせるように、強く。 失えばどうなるか。お前はもう支えなんだと言い聞かせたら、不思議そうな目でイエローを見た。向けられる愛情に不慣れなのは分かるが、言葉を解さない動物のように透明な瞳に一瞬恐ろしさを感じる。 欲しがっても。 彼は自分が求められるということを知らないだけに、イエローから向けられるその思いを全て受け止めきることが出来ないのかもしれない。もどかしくも愛しい反応に柄にもなくイエローは切ないものを胸一杯に溢れさせた。 好きなの?俺のこと。本当に好き? いっそ拙いその問い掛けに、有り余る愛情で抱き締めたら苦しいと身を捩りまた透明な目でイエローを見た。 好きなの? 最早言葉で返せる気持ちではなく、ただ抱き締めるだけのイエローをレッドは無垢すぎる瞳で見詰めていた。無邪気とは違うそれは、失われた時間の本来の彼なのかもしれない。 レッドは走であり、同時に歩でもあった。欲望に素直な歩はこんな風に透明な目は出来まい。そして傷付きすぎた走にも、それは真似できないものだったと思う。 彼の中に生まれたもう一人の人間。本来彼のあるべき姿を、イエローは見出したのだと思った。この手で誕生させたのだと悟った。 甘い口付けを与えつづけると、腕の中の彼はやがて眠りに付いた。目を閉じる寸前に彼が残した呟きは意味が分からなかったけれど、今にして思えばこのことを指していたのだろう。 『遅かったかな。俺、もう止まらないよ』 なにが、と。彼を揺り起こして聞けばよかった。なにが止まらないのか、確認すればよかったのだ。彼の考えを見抜けなかった自分を悔やんでも遅い。 もう遅いかもしれない。 そんなことありはしないと思いながら、見つからないレッドに恐怖がせり上がる。奈落へと消えていく彼の儚い姿が脳裏を掠めて全身を震わせる。 自らを許せなかった、イエローにも語れない本心はやはりレッドを苛み続けたのだろう。仲間を守れず不快な思いをさせた。守護されるべき精霊にも疑われ、冷たい空間に一人居続けた。イエローは死ぬなとそれをどんな思いで言ったのか、分かってやれなかったことが彼の胸を切りつけた。一人で背負おうとする哀しさが憎くもあった。 側にいると言ったのに。ずっと、側にいると誓ったのに。望んだくせに。 「俺を…おいていくのかっ」 震える足を前に進め、レッドの名前を呼び続ける。 誰かの叫びが、彼の思考を一瞬にして抹殺した。 横たわるレッドを膝に抱き上げたブラックが叫んでいる。ブルーが、目を覚ませと喚きながら首を打ち振る。青白い顔で地面を睨むホワイトが、感情を殺すように大きく息を吸った。それら全てを、目の端に留めていた。 額から流れた血が首の方にまで伝わっている。とても生々しい血の色に却って現実味が失せている。これはなんだろう、なにがどうなったんだろう、そう思いながらレッドの体に手を伸ばした。 触れたら、温かかった。確かな温もりが感じられた。叫び続けるブラックを押しのけその腕からレッドを奪い取ると自分の胸の中に抱え込む。耳元に唇を寄せる。 「レッド」 応えろ。 「レッド」 応えるんだ。 「レッド」 お前は、ここにいる。俺が側にいる。 「走!」 こんなことでなくしたりしない! 微かに。 「かけるっ」 微かに瞼が動くと、次いで唇が震えた。小さな、本当に小さな呻きがその口から漏れ聞こえ、彼の生存を知らせた。 伝わる鼓動に安堵しながら、寄せた唇で何度も名を呼ぶ。何度も何度も繰り返すのは、目が覚めたその瞬間に一人じゃないと安心させるため。決して一人ではないと、遅くなどないのだと知らせるため。 「レッド!」 ブルーの震える声が聞こえると、抱えた体が意思を持って身動いた。そっと、本当にそっとその身を離すと混濁したままの瞳がそれでも周囲を眺めている。何かを探しているようだった。 「なんで…なんで一人で行くんだよ」 「おれ…めいわく、かけて…」 「お前が一人でいなくなる方がよっぽど迷惑だ。万一のことがあったら、そのとき俺たちがどれほど悔やむと思ってるんだっ」 「みんなに…イエローに…嫌な思い、させて…リーダーなのに、なにも、できなくて」 「そんなことないわ、私たち、レッドのこと何も分かってなくて悲しい思いをさせちゃったじゃない。もしレッドがそうやって自分を責めるなら、私たちも同じよ?みんなレッドのことが大好きなんだから!だからそんなこと言わないでっ」 傷だらけの腕で、細い、少女の手で、ホワイトがレッドの頬を撫でている。 ブラックもブルーも安堵のためか放心したように座り込み、ホワイトの言葉に同調するように頷いて見せた。 「レッド、お前は俺たちにとって必要なやつだ。だから勝手なことをするな」 「ごめんね。イエロー、ごめん…俺、ほんと、弱くて…どうしようもなくて…」 「ここにいるだろ。俺も、みんなも、側にいるだろ。一緒に闘ってきて、勝つって決めたじゃねぇか。戦いが終わっても、側にいるって―――ちゃんと、約束したじゃねぇか」 「うん…ありがとう」 笑った顔は、とても嬉しそうだった。大きな目が細められて、けれどしっかりイエローを映していた。そう信じた。 「でも…」 でも? イエローが問い返そうとするのと、背中に激しい衝撃を受けるのは同時だった。 レッドを抱えたまま低く伏せ背後を振り返ると、禍々しい異形を晒すオルグが不気味な形の剣を構え高らかに笑っている。まるで勝利を確信したかのようなそれに戦士としてというより、人間としての戦闘本能に火がついた。 みんな痛みや苦しみを抱え生きている。正義と信じたものの力に時折は悩んだりもする。けれど生きとし生けるものとしての尊厳や自由や優しさを忘れずに、譲ったり譲られたりでどうにか存在し続けるのだ。命を与えられたその定めとして、ともあることを最優先させて。 人の醜さから生まれたのがオルグなら、その醜さを正すためにも闘わなければならない。精霊という自然界を司るものの力を借り、借りられることを喜び成すべきことを。 捻じ曲がったこの世の中でも、人は人として生きていくのだから。いかねばならないのだから。 幸せを願ってなにが悪い。 過去を忘れてなにが悪い。 長い苦しみから逃れようとする彼が選ぶ先に、この自分がいてなにが悪い。 自分自身の笑顔のために、戦うことのなにがいけない! 振るった剣から放たれる光が真っ直ぐ敵の体を裂いた。 天を焦がす勢いで立ち上る爆炎が終わりを告げるようにたなびく。誰の目にもそう見えた、見えることに疑いはなかった。 けれど。 オルグの巫女となった、いまや狂気に目を輝かせた女が不気味な呪文と共に笑い出す。 地に流れる"邪悪な衝動"であったもののドロドロとした粘液がその上空に浮かぶ奇怪な球体へと吸い寄せられていく。 今までに感じたことのないような波動が背筋を凍らせた。目を離すことが出来ずただそれを見ていた。何が起こるのか、とにかく悪しきことであるのは確かなのに誰も、一歩も動けないまま立ち尽くしていた。 あまりにあっけなく勝敗はついた。 額の辺りに長い角を頂いたオルグは低い笑いと共に巨大化した。軽々と剣を振るい一瞬にして戦士たちを薙ぎ払う。その圧倒的な力の前に、抵抗の一つも出来ないまま翻弄された。 まず初めに神と呼ばれるガオゴッドが、その体をいとも軽々と弾き飛ばされ岩山へと叩きつけられた。千年前の光景を見るようなそれに駆けつけたシルバーと巫女は凍りついた。 召喚してはいないのに、仲間として得たパワーアニマルたち――ガオジュラフやガオエレファントが、その雄叫びを上げる間もなく倒される。巨体が沈むと、まるで霧散するように消えていく。呆然としたまま取り出した宝珠が、まるで硝子球の弾けるように砕け散った。止めようもなかった。 そして。 成す術もなく見詰める先に、大きな輝きが見える。 赤い、紅いそれは一陣の風と共に天から駆けつけてくる巨大な獣の姿。 後に続くのはガオの戦士たちをそれぞれ守護する獣たちで、ガオライオンのすぐ後ろを飛ぶのはガオイーグルだった。イエローの瞳の中一杯にその翼を広げた姿が映る。 来て欲しい心と、来るなと叫ぶ心が同時にある。彼らを失えば自分たちに闘う術など何一つ残されていないのが現実だから、だから駆け下りてくる彼らに向かい何を叫べばいいのかそれさえも分からなかった。 レッドが。 「ああ、そうか」 呟いた。 「あいつも死ぬつもりだ」 なに? イエローがレッドを振り返ると、彼は唇の端に禍々しいほど毒を含んだ笑みを浮かべ空を眺めている。まるでスクリーンの中のことのように見遣る視線に"歩"を感じる。 こんな時にっ! 強く、名を呼び取り戻そうと思った。彼らのリーダーを呼び戻そうと。 「なっなにやってるんだよガオライオン!」 叫んだブルーの声に振り返った先で起こることをイエローは信じられない面持ちで見詰めた。あのオルグか?あれがガオライオンを操っているのか。そうとしか思えない光景に、けれど仲間たちの悲鳴がかぶさる。 ガオライオンは背後のガオイーグルに激しく牙を剥いていた。 翼を薙ぎ払おうと掲げた前足がひらりと躱され空を掻くと、今度は前に差し出された足に食らいつこうとする。ライオンが獲物を狩る時のような素早さ、獰猛さでイーグルを襲い混乱している他のパワーアニマルを威嚇する。 「なんで…なにやってるんだよ…」 「仲間なんかいらないってことだろ」 いつの間に隣にいたのか、レッドがあの嫌な笑みを浮かべたままの唇でイエローを見ている。足元がふらついているのは瀕死の重症を負った彼なら当然のことだが、手を差し伸べられる雰囲気はない。尋ねるまでもない、彼は"歩"だ。レッドの中にいるもう一人の人間。 「バカだな、逃げりゃいいのに。あいつらもやられるぞ」 「あいつら?」 「あの鬱陶しい鷲とか図体ばっかりでデカイ牛だよ。みすみす死ぬことはないのにな」 「死ぬ?」 「だってもう何匹か死んだじゃん。俺としては動物が死ぬのは可哀想だと思うけど、あいつら全部俺にとっては邪魔なだけだし。まあいいか」 「レッド」 「違うよ。分かってるだろ?」 「…歩、か」 「うーん、そうのような、そうじゃないような…」 嘲う。 暗い瞳で。同じ顔で同じ声で、だけど全く違う目を背けたくなるほどの冷たい空気を纏い、彼が嘲う。 「俺が誰か…知りたい?」 楽しげに。 レッドの側から仲間たちが離れる。ただならぬ空気に恐れを成す。 ガン、と硬質な金属の叩きつけられる音が響き全員の視線が空へと向く。 ガオライオンの爪に引っ掛けられたのか、ガオイーグルの体が向かいの山の斜面へと叩きつけられていた。次いで口に銜えられていたガオシャークが同じ斜面へと放り出される。突進してきたガオバイソンはひらりと身を躱されそのままオルグの前に飛び出してしまう。ブラックが絶叫する中、再度身を躍らせたガオライオンがその巨体を横から前足で薙ぎ倒し全身を使って弾き飛ばす。倒されていく仲間を前にガオタイガーが激しく吠え、それは地を揺るがすように響いた。 ガオライオンが、悠然とオルグの傍らに立つ。まるで邪悪なる王に付き従う飼い猫か何かのような仕草に倒されていたパワーアニマルたちの雄叫びがぶつけられる。 「なんだよ…なんでガオライオンがみんなを…」 「どうなってるんだっ」 ブルーとブラックが目前の光景を受け入れられず走り出そうとした。その体が大きく傾き地に沈む。ホワイトが、小さく"なに"と呟いた。 「頭悪いねー」 「レッド」 「だからぁ、そんな気味の悪い呼び方しないでくれる?ラーゲリやKGBじゃあるまいし識別コードなんて流行んないよ」 大きな目がイエローを見る。そして見る間に歪んでいく。 「イエロー…あ、俺…俺じゃない…」 「走?走なのかっ」 「どうしよう、俺、なにを、」 「走!」 呼んで、掴もうとした腕が躱される。 「危ない危ない。バカでグズでどうしようもない"走"には、もういい加減死んでもらわないとね」 「なんだって?」 「だから、死んでもらうの」 楽しげに笑うレッドが足元の二人の頬を蹴り上げる。自らの傷口からも血が溢れて、ホワイトが息を呑むのが分かった。 呆然とする中で、レッドがブルーとブラックの体を蹴り飛ばし二人は呻きながら転がる。助けなければと思いながら、動くことの出来ないイエローはただ楽しげに嘲うレッドの横顔を凝視する。あからさまな狂気が窺えるその瞳。 「俺にばかり嫌な思いさせて、自分ばっかり幸せ気分に浸かりやがって。冗談じゃない」 「走」 「俺が今までどんな目に遭ってきたかあいつは知ってるはずなのに、それがちょっとチヤホヤされたらいい気になってよ。大体、偽物のくせにバカじゃねえの?恋愛ごっこなんかしたってあいつは救われるはずないんだ、俺がいる以上あいつは幸せになんかならねぇんだよ!」 「走!」 一歩踏み出したイエローの背後で、ガオライオンの雄叫びが響く。 天空から伸びた光が倒された精霊たちの上に降り注ぐ。まるで救いのそれのように、その巨体が光に引き寄せられ、宙へと舞い上がりそして消えていく。 「宝珠が!」 ホワイトの叫びにとっさにガオイーグルの宝珠を掴みだすと、それはゆらゆらと儚げな空気に包まれゆっくりと消えていくところだった。まるで天に上るようなそれにイエローは思わず手を伸ばし掴み取ろうとした。 「あはは、頼りのパワーアニマルも消えちゃったよ。どうするの?このまま本当に死んじゃうつもり?」 「走!」 届け。祈りを込めて名を叫ぶ。彼を取り戻さねば大変なことになる。彼を。 失うことに、なる。 「あいつのこと、好きなの?」 イエローを見る目が恐ろしいほどの色気を含んでいる。 「人殺しで、盗みもして、声を掛けられりゃ誰にでもついていって足開いて。金で身売りしてたようなどうしようもない奴を本気で好きだなんて言えるのかよ」 「好きだ」 大地が揺れ、オルグの波動が全身に叩きつけられる。立っていられず両腕を付くと、同じうに倒れたホワイトを庇い顔だけをレッドに向ける。 頬を流れる紅い血が、悲しい涙に見えるのはなぜ? 「口では何とでも言える。考えてみろよ、お前だってイイ思いしたんだぜ?この躰は抱かれるのなんか慣れきってて、それを知られたくないからイジイジ隅に引っ込んでもの欲しそうに見てるんだ。今更誰にも愛されるはずなんかないって、いつまで経っても自覚しない。俺の所為みたいに言うだけで結局自分じゃなにもしないんだ」 「違う。走はそんな奴じゃない。あいつはいつだって人の心に敏感で、だから卑屈なくらい自分を抑えちまってた。それに気付いてやれなかった俺に、俺たちに責任がある」 「なに言ってるんだよ、あいつはずーっと生きてたじゃねぇか。恥知らずにもほどがある」 「違う。走、聞こえてるか?お前は何も悪くないんだって言ったよな?俺を信じるって言ってくれたよな?大丈夫だ、なんとかなる。俺たちがついてる。どんな困難でもみんなが力を合わせれば乗り越えられるんだ。お前がリーダーになったのには意味がある、一人じゃないってことに気付けるチャンスだったんだ。だから戻れ、戻って来い。俺のところに戻って来い!」 微笑んだ、レッド。 「そんなに…好き?」 「ああ」 「愛してる?」 「ああ」 「側にいたい?」 「いる。いたいんじゃない、いる。そう約束した」 「死んだら悲しい?」 「当然だろ。俺は走の側にいる。一人じゃない」 「死んだら、苦しい?」 「苦しいよ。気が狂うほど苦しいよ。悲しいよ。辛いよ」 「岳は、"走"が、好き?」 「ああ。お前が…"走"が好きだ」 走を、求めてる。 「それが…聞きたかったんだよね」 空が闇に包まれる。 オルグが、傍らのガオライオンに手を伸ばす。愛撫するようにその鼻先に触れる。 「悪いけど、"走"は死ぬよ。あんたの心ごと持っていく。走のいない世界で苦しめばいい」 「おい、」 「俺には、結局何もないままだけど…まあ、"走が好き"って言葉は聞けたからいいや」 「なに言ってるんだ」 「大好きな"走"は死ぬよ。ねえ、泣いてよ。泣いて見せて」 「冗談じゃねえ、お前に走を渡すか!」 「走が…好き、か…」 ふわり、と。 笑った。 あの、イエローを苛立たせた笑み。 控えめに、窺うように彼を見詰めた柔らかな眼差し。 傷付いたものが持つ笑み。 透明すぎる瞳の奥。 なにも持たないままに。 「それが、本当の俺のことじゃないのは、悲しいけど」 取り出した宝珠を掲げると、それは紅く光りだした。レッドを守護するガオライオンの宝珠はその輝きを汚すことなくキラキラと眩しい光を放ち美しいままに、気高いままに彼の手の中にあった。 ゆっくりと、レッドの体が浮き上がる。 イエローの目を、見る。 「走…走、よせ。戻って来い」 あの透明な瞳が彼を見る。 「頼むから、なあ、戻って来い。俺の側にいろ」 首を傾げ、イエローのことを見詰める。 「走!」 無垢で、なにものにも侵されたことのない瞳。生まれたての赤ん坊のようなそれ。 「岳…泣いてるの?」 頬に伝う雫がイエローの顎を伝い落下する。抱え込まれたホワイトの頬に落ちたそれは彼女のものと混じりやがて地面へと吸い込まれていく。 ブルーと、ブラックが、呻く声の中に必死に彼の名を呼んでいる。"走"と 繰り返すそれをレッドは大きな、穢れ一つない眼で見詰めている。 「泣いてるね…みんな、俺が死ぬの…悲しいんだね」 ぽつん、と。零された言葉。 「俺のために、泣くんだね」 覚束ない子供のそれ。 「俺のこと、好きで…泣いてくれるんだ…」 イエローを、見て。 「俺は、生まれてきても…よかったのかな?よかったって、思っても…」 伸ばしてももう届かない。分かっていてもイエローの腕は真っ直ぐレッドに向けられた。その体を取り戻そうと、必死に、精一杯の力で彼に。 唇が、微かに笑う。 嘲りでも蔑みでも、自らを卑下するそれではなく。 心からの微笑を彼は浮かべていた。 イエローに向けて。倒れ臥す仲間に向けて。 微笑んで。 レッドの体は吸い寄せられるようにガオライオンの頭上まで飛んだ。 巨大なオルグはその掌を精霊の王の頭に乗せ、地上の覇者たる宣言を口にする。 闇が深くなり、雨が叩きつける。けれど彼を包む紅い光は、決して屈することのない気高さのまま、ガオライオンの頭上で光る。 輝く。 精霊の咆哮が木霊した。 その巨体が、オルグの足元を薙ぎ払い正確に喉笛を噛み砕く。 野生動物が捕食する、残酷さを感じさせない"生きる"ことのみを貫く激しさで。 オルグの体を、その爪で引き裂く。胸を抉り叫びを上げるオルグの心臓部を正確に襲う。 頭上に、彼を押し頂いたまま。 爆音が闇を切り裂く。 紅い、紅い火柱が高く天を焦がし厚く覆った雲を押しのける。 太陽を呼び戻す。 目を。 どれほどの風が吹き付けても、イエローは目を閉じなかった。 その最後の一瞬までも焼き付けておかなければならなかった。 彼と、共にあると誓ったのだから。 いつまでもと誓ったから。 傍らに居続けることを。 彼に、誓ったのだから。 ガオイーグルの咆哮が響く。
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