花屋の店先で手を振るブラック――牛込草太郎に片手を上げて背を向ける。

もう少しすれば海が戻るというのを、もう二度と会わないわけじゃないしと笑って歩き出した。町は買い物客で溢れ、彼もすぐ鉢植えの花を指差す女性の接客へと戻っていった。

草太郎と海、海の名は鮫津海で、ガオシャークに守護されるものとしてはこれほどぴったりの名はないだろうというものだったが、戦士として戦っていたあの頃と変わることなく今もうろちょろ忙しなく動き回っているらしい。尤も、それまでのバイト生活は一変し草太郎と共に始めるという"ちゃんこ屋"の開店資金を稼ぐため、昼は結婚式場などの生花配達やアレンジメントの手伝いをし、夜は草太郎と二人警備員や皿洗いのバイトをしているらしい。

あの調子なら本当に店を出しそうだ。

"イエロー、あ、岳だったらいつでもタダで食べさせてあげるよ"

そんな商売してたらこの不況は生き残っていけないぞ、そう返したら笑っていた。なんとかなるよ、そう言って頭を掻く。

草太郎に見せてもらった手紙に添えられた冴――ガオタイガーに選ばれた戦士、大河冴は復学した学校の友人らしい数人と撮った写真の中で笑っていた。元気です!と記された文字は本当に元気で、彼女が年相応の幸せを満喫していることを教えている。

熱い、けれど爽やかな風が吹く。

季節は夏を迎え空は大きな雲を湧き上がらせている。長く尾を引く飛行機雲が、途切れ途切れに見えている。

青空に向かって伸びをしたら、なんだか妙にすっきりした。暢気すぎて少し腹が立つほどの平和を、けれどそれこそが自分たちの掴んだものだと実感しながら岳は喧騒の中をすり抜けた。

 

 

 

遠い昔のことのように思える。

つい昨日のことにも思える。

 

真っ黒な空に輝く紅い光は、轟音が消えて行くのとともにゆっくり、ゆっくり儚くなる。

岳の目に焼きついたその紅は別れを惜しむようにいつまでも霞んでいたが、それは凝視し続けたがための残像に過ぎないことを誰より彼が分かっていた。

ガオライオンと、彼と。

犠牲などという言葉を使いたくはないが彼らは平和のために殉じたのだ。理由は、今はもう問えないけれど覚悟の反逆だったのだろう。仲間を逃がし、自らが犠牲になることを選んだ。精霊の王としての勤めを、あの紅い獅子は貫いただけのことなのだ。

立ち止まる。

自分より大きな犬の引き綱を握りなにやら命令している少年と目が合う。馬鹿にされたと思ったのか、少年はツンと横を向くと犬に向かって早く歩けと文句を言った。

分からないことばかりだ。彼のこと。優しい目。怯えた目。恐ろしいほど透明に、自分を見詰めたあの大きな目。

側にいると誓ったのは自分自身彼を求めていたからに他ならないのに、まるで自らは不要なものと思い込んだままいってしまった。消えてしまった。

もう、二度と会うこともできない。

特殊能力なんてなんの役にも立たないじゃないか。人の心が読めることに、一体なんの意味があるのか。辛く悲しい思いを味わうだけのそれなら、神様はなぜそんなものを人に持たせたりしたのだろう。彼に、与えたりしたのだろう。

走が弱かったのだと、彼を知らない人が聞けばそう答えるのかもしれない。けれど人は弱いもので、その弱さを分かつことが出来るから"人"としてこの世を生きられるのだ。だから分かつ相手を得られなければ、その痛みは常に一人で抱えていなければならない。たった一人で、暗闇に一人で。

手を取ったのに。

しっかりと握り返してきたのに。

胸に開いた穴は大きすぎて二度と塞ぐことはできないと思った。彼でなければ意味がないから、だからこうして、空虚な自分のまま生きていくのだ。そう思った。

 

行方不明者になっているわけにもいかなくて消息だけを知らせようと上官に電話を入れたら、彼はすぐ訪ねて来るよう厳しい声で言った。

テトムに拉致された時に乗っていた練習機はガオイーグルに頼み戻してもらってはいたが、どう考えても自分のしたことは最悪スパイ容疑をかけられても仕方のないもので消息を知らせる以上何らかの処罰は覚悟していた。

けれど訪ねていった上官は純粋に無事を喜んでくれていた。岳が裏切り行為を働くような人間には見えなかったからだといってくれた上に、上層部からの処分決定にも大きく働きかけてくれた。

行方不明だった時間は二年にもなる。だからいくら部下を可愛がってくれる彼の介入があったとしてもそう簡単に自衛官として復帰できるはずはない。楽観的ではない岳はまるでドラマのようなご都合主義の展開をあっさり信じることなど出来なかった。

空を見上げる。

あの日、ガオライオンが消滅した時、ガオイーグルや他の傷付いた精霊たちは彼ら戦士に言葉を残すこともせず去っていった。優しい風は感じたが、それはとても悲しく胸を締め付ける別れだった。あの時のガオイーグルの目を覚えている。慈愛に満ちたその眼差しを、岳は決して忘れまいと心の一番深いところにしまい込んだ。

きっと彼の仕業だろう。ガオイーグルの力で岳の周りにあるものはみな穏やかで暖かなものばかりになっている。それを物足りないなどと感じることはない、平穏がどれほど大切なことか今の岳には分かりすぎるほどに分かっているから。

テトムとシルバーはガオズロックの中へと消えた。そのまま飛び去る巨大な岩山は天空島へと向かっていった。今後のことをどうするのか、聞かないことも優しさかもしれないと誰もが見送る瞳の中で言っていた。

ガオイーグルも、テトムも、なぜあれほど自分と走を引き離そうとしたのか。

それももう今となっては分からないことだがきっと仕方のないことだったのだと思う。どうにもならない事情の末に、二人は厳しく虚しい決断をしたに違いない。でなければ岳を悩ませることも、悲しい彼を追い詰めることもしなかったはずだ。

ともに闘う仲間として過ごした日々は、嫌なことばかりなどではなかったのだから。

 

歩き出す道が陽炎で揺れてる。

今から官舎に戻って昼寝でもしようか。朝のうちに洗濯を済ませてしまったので他にすることがない。恋人は?同僚に尋ねられ曖昧に返す。

待ってるんだけど帰ってこないんだ。ずっと待ち続けるけど、帰ってこないんだよ。

もう、二度と。

 

揺れが激しくなる。

行き交う人の顔が歪む。なんだ?

 

遠く、近く、セミの声が響いている。こんな町の中でも生命力の逞しさを感じさせるその鳴き声。たった七日の生命を生き抜く力強さ。

 

 

視界に映るあれは。あれは、見たことのある景色。

緑の大地、澄んだ水を湛えた湖。

切り立った崖の上に。

 

 

 

羽を広げる、金に輝く巨大なあれは――――

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな」

「ガオ…イーグル」

 

目を開けた。背中に柔らかな草を感じる。吹く風も清々しく甘い匂いが漂っていく。自然が作り出すその甘やかな香りがここがどこなのかを教えてくれる。

人の踏み込めない聖地。天空島。

 

「無事だったんだな」

「ああ、みな大事無い。テトムも健勝だ」

「シルバーは?」

「今を生きるため諸国を巡る旅をしたいと言い出してな、テトムとともに行ったよ。もう二月ほど前になる」

「ここで時間の流れを言われてもピンとこないな」

「お前に合わせて言ったのだ。天空島に、本来時の流れなどない」

「でもお前たちも年をとるんだろう?」

「そうだとも言えるし、そうではないとも言える。我等の身が滅びるのはその役目を終えたときだ。闘って傷付くことは別として、精霊として生まれた命はその勤めを果たすまであり続ける。長くも短くもある生涯だ」

「ガオイエローは…じゃあ、まだすることがあるんだな」

「ああ。まだまだ、先は長そうだぞ」

笑った顔に安堵する。

目の前で失ったガオライオン。彼らの関係など聴いたことはないが、最後に響いた悲痛な叫びがその痛みを真っ直ぐ伝えてきた。

体を起こし辺りを見回す。目前の湖面からしぶきとともに跳ね上がるのはガオシャーク。それを見詰める巨大な黒牛はガオバイソン。湖を挟んだ向こう岸には、優雅に寝そべるガオタイガーの姿も見えて、ここが本当に天空島なんだとひどく安心させてくれた。

でも。

「ガオライオンは…あいつ、なんで…」

「私は傍らにいるつもりでその実なにも見てはいなかったのだ。彼の痛みも苦しみも、何一つ分からずただ責めていた。ガオライオンを失ったのは、だから私の責任だ」

崖の頂き。ガオライオンが座する場所。精霊の王が常に仲間を見守るところ。いまは主を失って。

「岳、お前に伝えなければならないことがある」

「…ああ」

聞きたかった。隠された真実は当然聞かされるべきものだろう。彼と、自分の絆を絶たれなければならないほどのなにがあるのか。

 

聞いたところで、彼はもう、いないのだけど。

 

 

 

 

 

「ガオの戦士として一番初めに見出されたのは…それはお前ではないのだ」

 

湖のほとりに座り、ガオイーグルは語り始めた。

長い沈黙の後のことだ。

 

 

初めにオルグの衝動を感じたとき、ガオライオンはいつになく嬉しげに姿を現した。

「我の半身を求めに下界へ降りるぞ」

「随身いたしますが、さて、すぐに見出せるものか」

「見当はつけてある」

「それはまた早すぎるのではないか」

「戦士を束ねるものだ、早いに越したことはなかろう」

 

地上へ降臨するとガオライオンはまるで幾度も訪ねた路のように走の元へと急いだ。饐えた臭いの立ち込める汚らしい路地へと、彼はそこに生きる人間の如く楽しげに進んでいく。後を追うガオイーグルは当然不安を感じ、いつでも彼を天空島へと送り返せるよう気を張り詰めた。

「なんだか癇に障る気配がするねぇ」

この路地の空気のように濁った目だ。ガオイーグルの感じた彼への印象はまずそれだった。

「お前は獅子走であろう」

「そうだよイカレたにーちゃん。なにそのカッコ、仮装パーティーでもすんの?」

「お前の揶揄などどうでもよい。すでに承知しておろう?お前には我が降臨すること、見えていたはず」

「夢の中に出てきたバカみたいにでかいライオンか」

「そうだ」

似ている。次の印象はそれだった。対面する彼らはとてもよく似た気を放っている。

細い体に恐ろしいほどの殺気を感じる。人とは思えない暗く冷たい目がガオイーグルを睨み付けた。

「あんたはともかく、こっちのにーちゃんは気に食わないね」

「構うな、イーグルはお前の守護精霊とはならぬ。どうだ、我とともに来ぬか」

「どこへ?ホテル代持ってくれるならついてくけど、そうじゃないならここでして」

「人を抱くほど酔狂ではないわ」

「あらら、走くんはなかなか人気あるし抱き心地もいいんだよー。いっぺんやったら癖になるから、どう?三万円」

「ガオライオン、他を当たろう」

「控えよイーグル。我が選びし我の戦士に無礼は許さぬ」

「あはは、あんた部下なの?カワイソー、でかい図体して中間管理職ですか」

まるで話にならない。のらりくらりと躱す走を、けれどなぜだかガオライオンは嬉しげに見ている。下卑た笑いを零しながら体に触れようとする走の手を払うと、一面識もないはずのガオライオンに甘えるように擦り寄っていく。

「このにーちゃん、俺が嫌いみたいだね。ねえ、こいつがいないところで話そうよ」

「よい。そういうことだイーグル、戻っていよ」

「なりません」

「戻れ」

赤い目が睨む。逆らえない威圧は確かに王のそれ。

ガオイーグルが畏れ踏み込めぬ深淵の瞳。

 

彼が根城としている崖の中腹で待ち続けていると、紅い煌きがサラサラと降り帰城を知らせる。姿を現した彼は不機嫌そのものので声を掛けるガオイーグルを無視すると洞窟の奥へと入っていった。後を追い、その後の首尾を聞き出そうとする。

「あれは性根から腐っておるな」

「いうまでもないこと。ガオライオンよ、まさかあれを戦士の要として据えるつもりか」

「その件に変わりはない。イーグル、お前も早々に戦士を探し我に差し出せ」

「なぜ」

「あれが言うことを聞いてやらねばならぬ」

「なにか…なにか約束をしたのか。戦士と取引でもしたというのか」

「した」

「ガオライオン!」

「この戦いは厳しきものとなる。手段など選んではおられぬのだ」

「正義の力を行使するものに取引など、一体何を考えておられるのか」

「よりよき戦士を得るためだ。イーグル、お前の御託を聞いている間はない。早く対なす戦士を連れて参れ」

「なぜ私の戦士をあなたが求める?」

「あれの望みだ。共に参った不運を嘆くのだな」

 

獅子走は、高校に上がってすぐに引き取られた一家も火事で亡くしている。

両親を殺したのは、はっきり自分の意思の元によるものだしその一家が寝静まった家屋に火をつけたのも彼の仕業だ。犯人として捕らえられた男は確かにその家に恨みを抱くものだったが、ありもしない記憶を植え付けられ留置場で突然死した。

彼には彼なりの理由があり、そこに至るまでの道程を思えば頷けることもあったかもしれない。けれどどうにも許されないのは、"彼自身"に"人を殺す"という意識がはっきりあるということだ。受けた痛みはそのまま相手に返す容赦のなさだ。

 

動物の心を読む。人の心を読む。ものを動かす、操る、意のままに。

両親は息子の力を恐れていた。押さえ込もうとすればするほど強くなるそれに成す術もなく手をかける道を選んでしまった。当然、走はそのことに気付いていた。

山道を走る車の後部席で、残っていた子供らしさと惨めな自分を殺してしまった。彼が初めに行った殺人は自分自身だった。

崖を落ちていく車からありったけの力を使い抜け出す。瞬間移動はさすがに体力を殺ぎ落としぼんやりとした視界の中に炎上する車体を見ていた。満足げな微笑が浮かんでいた。

その後、彼を引き取った家であった出来事も事実だ。おばは夫のしていることに気付いていて、それを走の所為だと虐待してきた。叩かれたり、食事を抜かれたり、そんなことは日常茶飯事に起きていた。一人娘は気に食わないことがあると母親の尻馬に乗って虐待に加わり、心身とも疲れ果てたところに男の腕が伸びてくる。

辛かったのは確かだ。けれど走はその仕打ちに殆ど反応を示さなかった。心の内では恐ろしいほどの嘲笑を零し来るべき時を待った。

親の遺産と保険金は十分な額があった。走が成人し、自由にその金を使えるようになれば養育費として自由に使える。法律などではなくそれまで世話をしてきた当然の報酬だと思っているのだろうが、走はそんなことも見通していた。

一家の保険金はなぜか走が受取人となっている。彼にあてがわれた弁護士が代理人だがこれも成人すれば自由になる。金が欲しいと思ったことは一度もないが、人間が執着するそれをまるで捨てるように使ってみたいと思うようになっていた。

高校に上がり、獣医を目指したいというと当然のことに反対された。大学など出なくていいから働けとあからさまに言われた。潮時か、悲しげな顔の裏で走は静かに嘲っていた。

娘が妊娠したと言い出したことで事態は一気に動く。殴られ蹴られ、いつも通りフラフラと歩き去る自分を止めるものなどなかった。また夜遊びでもするのだろうと、その程度の意識しかなかった。

家の周囲には念入りに灯油を撒き、火を放った後は巻き上がる炎に"もっと燃えろ"と語りかけた。

何もかも燃えればいい。消えればいい。苦しめてきた連中は全員許さない。

心の奥深く蹲る子供の走はその炎を見てなにを思ったのか。

彼以外には分からない、悲しい叫びが満ちていたのかもしれない。

 

狂気と穏やかさと、二面性を持ち合わせたまま彼は獣医の資格を得た。

友人と呼ぶものもなく孤独なままに、けれどなにより気楽で幸せな彼なりの静寂の中で生きていた。殺したはずの子供が立てる泣き声が、日に日に大きくなるのを止められないまま、彼はなんの意味も持たない自らの人生を歩いていた。

 

ガオライオンのする話は信じられるはずもない突拍子もないものだったが、走にはそれが真実だと分かる能力が備わっていた。なんで今更"正義の味方"になんかならなきゃいけない?馬鹿にして笑う走をガオライオンは何とか宥め、それでは望みを聞いてやるとまで言い出した。

金はあり、適当な名誉と呼べる資格も得た。外面よく微笑みかければ、大抵の女は騙せたし男だって手懐けられた。気に入らなければ傷付けてしまえばいい、彼に痛みを感じさせるもの全ては敵だ。

だから、走が本当に欲しいものはひとつ。

たった一つ、手に入れられないもの。この先どれほど生きていても、決して有り得ないでも一番に欲しいもの。

 

自分を愛してくれるものがほしい。

 

本来の望みはその一つだけのはず。けれど走は唇の端で笑い続けた。

 

俺がこのままでも絶対に好かれるはずないだろ、だからうーんと芝居打って、同情買って、そいつのこと騙してやるの。何も知らないで可哀想な俺のこと愛して、もう俺なしではいられないーってところで、俺が死ぬの。そいつに殺されて。

 

信じるものに裏切られる痛みを、一度でいい、与えられる側から与える側になりたい。

そして自分がいなくなることで誰かが悲しむ様を見てみたい。

まして、大切だと思っている相手を殺したいほど憎むという感情を残せたら。

 

下らない、と。一笑に付すような考え。

 

生きていくこと自体、彼は疾うに疲れていた。

けれど死ぬほどの執着ももてなかった。自分自身を軽蔑していた。一人が寂しいと、胸の中の子供が叫ぶ。泣いて縋る相手もいないのにそれでも誰かを求め手を伸ばす。走にはもう、行くことも帰ることも出来なくなっていた。

 

ガオライオンの執拗な要請により、ガオイーグルはテトムとともに奔走しイエローとなるべき人物を探し出した。走の望みを知らされていないガオイーグルは喜び勇んでガオライオンの元へ知らせに行く。一刻も早く、それは確かなことなので彼は精霊の王の御前で高らかに宣言した。

岳は、強引に連れてこられた天空島で初めてガオイーグルを目にしたときの興奮を思い出す。彼とともに戦うことは純粋に素晴らしいことに思えた。承諾し、ガオの宝珠が授けられた。

 

イエローとなった岳をガオズロックに送ったテトムとガオイーグルは、ガオライオンの元へ戻っていた。これでレッドを迎えることができる。

ガオライオンはその秀麗な双眸に下卑た笑いを浮かべ微笑んだ。

 

走が望んだのは、あの日彼に負の感情を隠しもせず接したガオイーグルの選ぶ戦士に彼の望んだ相手を勤めさせることだった。

イエローとなる戦士の性別は問わない、誰であれ惹き付けることは出来る自信がある。人間は誰でも好き嫌いという感情に左右されるものだが、その気持ちを操る術を走は手にしていた。ただ人生というものを諦めきっていたこれまでの時間に、好かれたいなどという素直さを捨ててしまっていたに過ぎないのだ。まして、ありのままの自分を今更受け入れられるものなどいるはずがない。

だから、相手の心を縛って。操って。

そうして、傷付けてやりたい。

 

ガオライオンの様子がどうにも気になり、テトムと二人跡を付けた。そこで彼等は走の言葉を聞き戦慄したのだ。どうしてそんなことを望むのか、そして王は許すのか。

それからはガオライオンを説得するばかりの日が続いた。レッドを他に探すよう、まずそれを求めたが軽く拒絶される。ガオの宝珠を受けるものは当然ながら限られていて、それがガオライオンのものであれば他のパワーアニマルより遙かに少なく限定される。この時代には獅子走を置いて他にないと言っても過言ではなかった。やり遂げられる強さは確かに彼が一番強いのだろう。邪な目的は、けれど人の心の中で何より強い"憎しみ"に支配されていたのだから。

走は条件が満たされたことでガオズロックに来ることを承知した。けれど許せないのはガオイーグルとテトムだ。大切な戦士が傷付けられることに易々と承知出来るものではない。

なんとか覆す方法はないものかと思案しているうち、実戦に恐怖し頑なになっていく岳の心は固く閉ざされ始めていた。早く仲間を見付けてやらなければならない。焦るばかりでなにも先には進まなかった。

そんなとき、様子を探りに来ていたガオイーグルの前で走は意外な行動を取った。

車に跳ねられたのだろう、一目で絶命していると分かる猫を抱え彼は涙を流していた。誰にも知られず死んでいく、野良猫の生涯に自分を見ていたのかも知れない。

涙する優しさは彼の中に存在する。命の重さは知っている。

望みは、あるかも知れない。

 

まだ、間に合うかも知れない。

 

ガオイーグルはテトムを呼び、彼女の力を借りることにした。

大地と呼応し命を育む。精霊と巫女の力を合わせ、彼を、変える。

うまく運ぶ自信はあった。闘いが終わる時、そのまま彼を暖かな世界に留めてやれる。

その自信はあったのだ。

 

必ずそうしてみせると彼等は堅く心に近い、ガオライオンの目を盗み走を保護した。

 

 

"獅子走"を。

 

 

 

 

封じるために。