艶茶話武勇伝 (お侍 習作36)

       *お母様と一緒…?
 

男ばかりが、それも同じ戦さの体験者ばかりが集まっているとあって、
ついつい当時の、当たり障りのなかろう よもやま話が場をにぎわすネタともなって。
戦さ自体は凄惨なことばかりで、
そんなところにいい思い出なんてもの、生まれようがない…と思われがちだが、
人というのはなかなかに逞しく出来ており。
どんなに条件の悪い、悲惨なところに置かれても、
生き抜くための心の支え、
自分なりに憩いや癒しのタネを見つけては自らの支えとしていたこととか、
はたまた、嫌な思い出を覆い隠すためにと殊更の馬鹿騒ぎをしたことをだけ、
平和な世になった安堵の中で、しみじみ振り返ってみることもあるらしく。

 「そうそう。そういうこともちょくちょく在り申した。」
 「おや、そちらの陣営でもですか。」

彼らもまた、途轍もない修羅場を生き残った剛の者らであるからか、
そういったお話のネタには枚挙の暇がなく。
物資が足りぬ時は自分たちで畑を作りもしたものだとか、
平生 威張りくさる割に、実戦では度胸もなければ能無しの上官へ、
どんな罪のない悪戯を仕掛けたかとか。
およそ、誠実にして健全…とは言えないことばかりには違いないながら、
いい大人がそんな子供じみたことをしたのかと擽ったくなるような、
まるで学生時代の寮生活を振り返るようなお話が、
軍議もどきの招集や、申し送りの前後、
はたまた、食事どきに珍しくも顔が揃った折になど、
食休みの話の肴にと持ち出されることも多々あって。
そんな折の話題の中には、
出入りの業者の娘がそりゃあ可憐で愛らしくてという他愛ないものから、
もっと進んでの色街での武勇伝まで、
いかにも男性らしい艶話が飛び出すこともままあったが。

 「そそ、そんなお話は私にはまだよくは…。/////////

縁もないので判りませぬと、
真っ赤になって夜中の臨時哨戒へと飛び出してった純情少年はともかくとして。
(苦笑)
「キュウゾウ殿も、例の“ささめゆき”を代筆させられた程度には、
 覚えや関わり合いがないではなかろうことだしの。」
妙なことへの物差しにされた次男坊、
「…。」
言われたそのまま、理解出来ない話題ではないということか、
さして顔色も変わらぬまま、こちらさんは座へと居残り続けており。
酒もないのに わいわいと、
どこまでが本当に“ご友人の話”や“聞いた話”なのやら、
どれほどモテたか、はたまたどんな失敗をしたかというよな艶話、
あんまり度が過ぎぬ程度に沸いては座を暖めていたものが。

 「シチさんも、よくモテたクチだったのでは?」

何しろその長身に威圧を感じさせない艶やかな男ぶり、
しかもしかもよく気が回るマメさもあって、
だって言うのに、肝っ玉が座ってる斬艦刀乗りと来た日には、
モテない理由の方こそを、あちこちほじって探さねばいけないくらい。
ゴロベエ殿からほいとお話を振られたもんだから、
場を白けさせるよりはと、自らをもって おどける性分の、さすがは元・幇間殿、

 「いやぁ〜。まま、適度なほどにはお声も掛かりやしたがねぇ。」

何たって未熟な青二才でしたゆえ、
妓楼へ行っても、
せいぜいお姐さんたちの側から可愛がっていただいてたってところでげしょかと。
それこそ、ほどほどの思わせ振りを滲ませての、おふざけ口調。
目許を細めてにっこりと笑いつつ、
あくまでも冗談で済むような言いようで応じたものが、

  ――― ごとり、と。

何やら重いものが板の間へ落ちたような物音が唐突に立ち、
え?と、当然の反射としての一斉に、そちらへ向いた皆の目が、
「…。」
ややもすると呆然としている誰かさんの上へと留まる。
飲みかけの湯飲みを取り落としたことにも気づかぬままに、
出来のいい玻璃玉みたいな赤い眸を丸く見張り、
珍しくも何か言いかけたか、その口許を薄く開きかけてた中途での…、
それは判りやすい呆然自失の態を晒していたのは、誰あろう。

 「キュウゾウ殿?」

あれあれ、大変だ。湯飲みは無事なようですが、お怪我はしてないですか?
お茶もぬるかったですか? 熱くはなかったですか?
ほら濡れたままにしておくと外へ出たときに冷えてしまいますよ、と。
選りにもよってのお人本人が素早く切り替えての甲斐甲斐しくも、
お世話の手を真っ先に出しており。
そんなおっ母様が濡れてしまったお膝の先を構って下さるのを見下ろしていたものの、
「…っ。」
結構な間合いが挟まってから、やっとのこと我に返ったらしき次男坊。
相変わらずに重い口は動かぬまま、このくらいは構うなと出しかけた手が、
「…。」
ふと宙で…シチロージの肩口の手前で止まってしまい、
「…。////////
そのまま触れられずにいる辺りは、何だかやっぱり様子がおかしくて。

 「おかしくない時との比率はとんとんだがの。」

これこれ、そんなことをそんな嬉しそうに言いますか、惣領様。
(苦笑)
そうしてそして、カンベエ様のそんな語調から、
他の皆様方もまた…何とはなく思い当たったのが、

 「…まさか。」
 「いや、大いにあり得ることだ。」

この、若いに似ない破格の級にて、
鬼神のような戦いっぷりを侭にする練達の剣豪が、
それとの均衡を保つかの如く、
足元に跪
(ひざまづ)きかねない勢いで懐いてやまない、唯一のお人。

 ――― 何でも出来ての優しくて、
      だが、心細げではなくの気丈でいらして頼もしく。
      暖かくっていい匂いがする懐ろに入れていただくと、
      果てなく心静まりて、何物からでも癒して下さる。

そんな母上の…若いころの武勇伝を聞いての、この反応ということは?

 「ちょっと混乱なさったんでしょうね、あれは。」
 「そんな はしたないことを言うなんて、と?」
 「というか、女性との艶話に加われるなんておかしいという種の混乱なのかも。」

そこは本来“訝
(おか)しい点”ではないのですがねと、
ついの苦笑が絶えない皆様がたを他所に、

  ――― んん? どうしましたか?
       何か思い出してしまいましたか?

当のおっ母様はといえば。
顔を上げてのやっとのこと、呆然としている次男坊だと気がついて。
戦さ場でのことでも思い出したかと、
案じてやっての困り顔のまま、そうとぼしょぼしょ囁きかけたが。
「…。」
お返事がなくとも躊躇なぞしない。
すぐの傍らへ腰掛けると、懐ろへと頭を掻い込んでやり、
よしよしと髪やらお背
(せな)やらを撫でて差し上げる、あやし上手さんであり。

  「昔は女泣かせ、今は男泣かせ、ですかの。」
  「いやいや、あれはむしろ“猛獣使い”の域かもしれませんよ?」

これこれ、皆さんも言いたい放題をしない。(これだから男ってやつは・苦笑)
あんまりおふざけが過ぎると、
いくらお仲間相手でも、剣豪殿だって黙っちゃいないかもですよ?





  〜Fine〜  07.3.19.

  *次男坊のそっちの武勇伝に触れたので、(『
朝寝睦言』参照)
   母上のがこういう格好で話題に上がったら…と考えてみたのですが。
   聞いた次男がそのまま固まってしまうという反応は、
   やっぱり何だか訝
(おか)しかとですか?(苦笑)

  *ちょこっと後日談も書いてみました。


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