混沌驟雨 (お侍extra 習作48)

          〜千紫万紅、柳緑花紅 口絵もどき

 



          




 雨脚は日暮れと共にその勢いを多少は緩めたが、しとしとといつまでも降り続くばかりで、一向に降り止む気配はなく。ただでさえ物騒な事態が持ち上がっている最中だというその上へ、月も星も出ておらずで 手元足元暗がりの濃密な闇が垂れ込める中、外を出歩く者はそうはいない。居ない筈…だろに、ぬかるみを避けながら村外れの小道をゆく人影がある。濡れることを厭ってか、着物の裾を持ち上げて、帯に挟んでの尻はしょり。水たまりを避けているのは、濡れるのだけではなく、足音を立てることをも警戒してという風情にも見えて。慣れた道ゆえ勝手は判るものの、それでも真っ暗闇の中だから、そうそうひょひょいっと軽快な足取りでは進めない様子。身をすくめがちにしての、恐る恐るな歩みを進めている。雨の中でも消えない提灯くらいありそうなものだが、それを使わないのは持ち合わせていなかったからか、それとも…?

 「…っ。」

 ふと。そんな怪しい影が立ち止まったのは、向かわんとしていた方向から、誰ぞがやって来る気配がしたからで。向こうさんは別段疚しいところもないものか、足音を潜ませることもなければ無灯火でもなく。こぬか雨の中に浮かぶ幻のようにゆらゆらと、小ぶりの提灯か何かを揺らしつつ、迷いのない足取りで村へと向かっている模様。ここは雑木林の中の通り抜けの道で、しかもちょうど真ん中辺りになるここいらは、道の左右が大人の肩ほどは高さのあろう、垂直の壁になっている“切り通し”だから身の隠しようがない。思わぬ運びへ身の処しようを決めかねて、どぎまぎ立ち尽くしていると、
「…誰ぞ、おられるのか?」
 笠までは着ておらなんだ対向者。真っ暗な行く手に人の気配を感じてか、まだ多少は間合いを残して立ち止まると、手元の明かりをかざして見せる。灯火は提灯ではなく、龕灯
(がんどう)という手燭であるようで。釣り鐘のような、はたまた拡声器のような形をした、取っ手のついた金物の筒の中、常に同じ向きになるよう重りのついた回転する台座がついていて。其処へロウソクを据えて灯すと、多少は傾けても落ちることなく灯り続けるという、なかなかの優れもの。言わば小型の照光器のようなものであり、しかも彼が持つそれは、内側に鏡でも張ってあるものか、明かりを前方へたいそう効率的に飛ばすことが出来るらしくて、
「…村の者か?」
 差し向けられた光の輪の中、眩しそうに腕で顔を覆っている数人の若い衆らへ、そんなお声をかけたのは、
「お侍ぇ様?」
 確か、最近のあの禁足地の異変を案じた長老に呼ばれた、腕の立つ侍が二人ほど、出掛けたままだと聞いている。そのお人の内の一人であるらしく。だが、
「もうお一方は どがいなすっただか?」
 しゅっと細身で金髪の、若いお侍様もいたはずなのに。彼らと向かい合っているのは、上背のあるその背中までかかる蓬髪をすっかりと雨に濡らした、白い衣紋の壮年の方だけだ。今日ここへと着いたばかりの彼ら、何をどうするとはまだ長老や自分らにも一切広めていなかったのに、
「何か おありンなすったか?」
 幅の狭い道ゆえ重なるように並んで歩んでいた、その後方にいたクチが、そんな声をかけたところが、

  「…野伏せりが、雷電がおるのだ。」

 そのお侍様は何とも苦々しげな顔をし、やや俯くとそうと呟いた。戦さ場で鍛えた声は、さして大きく張られたそれでもなかったのに雨に絡まることもなくこちらへと届き、
「お主たちも知ってはおろう。」
「へ、へえ。山のようにでっかい、機械の身体した浪人のことだべな。」
 一番手前にいた男がおずおずとそう答え、視線だけを上げたお侍へ、
「あ、あの、祭りや何やでいつも、オラたち小さい頃から言い聞かされててっ。」
「んだんだ。悪サすっと、こんな怖ぇえのが攫いに来んぞって説教されたりもしてっ。」
 癇に障って怒ったのかとでも思ったか、慌てたように口々に言い立ててから、
「したら、その…野伏せりが、禁足地を荒らしたんか? お侍ぇ様。」
 長老が箝口令をしいたこともあり、細かいところまでを村の全員が知らされている訳ではなかったが、小さな村だけに機密にも限度がある。何が起きたか、彼らもまた何とはなく感じ取ってはいたらしく。
「…。」
 どうとも答えぬお侍を前に、
「オラたちのせいにされっと、おっかねぇ軍人さんやお侍ぇ様たちが山ほど来んべ。」
「オラたち、鉄の板だの油だの、盗ってったってどうにも出来んで、なあ。」
「んだんだ。でぇいち、そげな重いもんサ、どやって持ってく?」
 少々興奮気味になって来た彼らへ、

  「鋼筒
(ヤカン)使いが二人でも居れば、容易いのではないか?」

 不意に。向かい合う壮年がそんな一言を呟いて、
「…っ。」
 男たちをぎょっと竦ませた。

 「な、何 言うだ、お侍様。」
 「ヤカンちゅうたら、やっぱり野伏せりでねか。」
 「オラたち、そんなもん知らね。」

 雨脚はもはや遠い存在となり、その代わりのように自分たちの鼓動の音がやけに耳へと鳴り響く。そこへ、
「お主たちへと知恵をつけたは、何処やらから落ち伸びて来た野伏せりなのだろうが。」
 壮年の侍は、その口元をかすかに綻ばせると嘲笑うかのような表情となり。淡々とした口調で言葉を継いだ。
「奴らは、封印された資材倉庫に目をつけると、そこにあるもの、売り飛ばせば金になると踏み、お主らに“手を貸せ”と持ちかけた。監視は手薄だがその代わり、あまりに辺境であるがゆえ、少々の燃料を持ち出したとて、遠い街までの動力にと使ってなくなるのでは意味がない。人手が要りようだから協力せぬかと、自分らには雷電という大物の首領もおるのだぞと、半ば脅迫されての手伝いをさせられた。」
 つらつらと並べ立てられ、
「な…っ。」
 先頭のニキビづらが驚いたように声を跳ね上げたものの。背後にいた仲間から着物の袖を引かれると、我に返って気を取り直したらしく、
「…へぇ。ご推察の通りでごぜぇます。」
 しおれたように打ち沈み、ぼそぼそと返事を返す。
「言うことを聞かねば、村に火ぃつけるて言われただ。オラたちも雷電様に踏み潰させるて。」
 ぶるるっと肩を震わせて見せたは、雨が染みて冷えて来たからか、それとも…そんな脅しがいかに恐ろしかったかを思い出したのか。
「長老やお侍ぇ様を欺かるつもりはありませなんだ。」
「んだ。今もこうして、そん野伏せりへ、もう勘弁してけれて話つけに行こて しとったで。」
 拝むほどもの勢いで、仕方なくのこととて勘弁して下さいと口々に言い並べ、
「そだ。お侍ぇ様、その首領の雷電いう野伏せりの隠れ家、オラたち知っとりますで。」
「ほほぉ?」
 ずぶ濡れの身でもその威容は衰えず、彫の深い風貌はニヤリと太々しく笑うと怖いくらい。そんな練達の侍を前にし、身振り手振りも大きくなった彼らは、お侍がやって来た方角を夜陰の中に透かし見る素振りを示して、
「禁足地の向こう、山のふもと近くの断崖の岩屋にその雷電は潜んどりますで。」
 何でしたら今からご案内しますと、へこへこお辞儀をしだした彼らへ、

  「いや。わざわざの案内
(あない)は要らぬ。」
  「へ………?」

 妙な静けさの中、向かい合う壮年は何かへと耳を澄ましているらしく。男らもそれへと倣ってみれば、木立の中に何か、雨脚を弾く物が近づいているような。そして、

  ――― がさがさ・ばさばさ・めきばきがりざり〜〜〜っ、と。

 何ともにぎやか、喧しいほどもの音を立て、彼らからは見上げる位置になっていた木立を突き破るようにして飛び出して来たものがある。底に近い箇所についている腕の先、こちらも龕灯を持っているものの、それが放つ光の帯が木立の中を塗り潰したいかのようにぐるんぐるんと乱れ舞い、
「…っ。」
 上からそのまま転げ落ちて来たかに見えたが、そんな落下の途中で…何とか浮力と水平への制御とを取り戻し。無様に不時着するのだけは免れての、ふわんと浮いて見せたは、今彼らが取り沙汰していた鋼筒ではないか。しかもしかも、

 「野伏せり様っ、こやつが賞金稼ぎだっ。」
 「んだ、野伏せり様を捕まえに来ただっ。」

 ほんのついさっきまでは、勘兵衛へと“利用されただけだ、勘弁してくれ”なぞと許しを請い、奴らのところまで案内するとまで言うていたものが一転、今度は鋼筒の装甲へすがりつかんばかりになって、勘兵衛の方を非難するよな素振りを見せる男らであり。様までつけての崇めようなのは、堅い鋼の身である方が、生身の侍よりも力が上で頼りになると踏んだからなのか。
「早よう斬ってけれっ!」
 熱に浮かされたかのような声で、そうまで言い立てる彼らだったが、そこへと…雨以上の冷ややかさをぶっかけたのが、

  【そうはいかぬ。】

 機械を通した堅い声。間違いなく、鋼筒の発したそれであり、
「…え?」
 思わぬ展開へ、凍りついた彼らが見やった先。鋼筒の、蓋つきぺーるとかいうごみ箱の蓋の部分のような天板がぱかりと開くと、
「とんだコウモリだの。」
 ひょこりと中から顔を出したのは、先ほど彼らが案じていた、金髪の若い方のお侍ではないか。その懐ろあたりから続いてお顔を出したのが、
「コウモリ?」
 真っ直ぐの黒髪を、左右へと二つに振り分けてのお尻尾のように結い上げた、小さな小さな娘御で。久蔵の言いようへキョトンとする彼女の屈託のなさへは、勘兵衛が思わずのこと くつくつと笑って見せる。
「そういう御伽話があるのだ、娘御。後で弦造殿から話してもらうとよい。」
「あいvv」
 それにしても何とも乱暴な操縦だの、ミサオ殿、怖ぉうなかったか? いいえ、面白かったですvv そんな会話が続いている彼らだったりするあたり。何だか ほのぼのしてませんか、局所的に。
(苦笑)

 「な…なしてっ!」
 「仁平様は、信三郎様はっ?!」

「そんな名であったのか。」
 そこまでは知らなんだと苦笑をし、
「これに乗って儂らに斬りかかって来たのでな。」
 勘兵衛の言いようを引き取った久蔵、
「背に腹は代えられぬ…。」
 ふっと口をつぐんだその代わり。肩の向こうの刀の柄へと触れながら、半目になっての幽玄な佇まい。これでも今日はよく話している方だった久蔵だけにさすがに疲れてしまったか。とはいえ、相手にはそんな事情が判るはずのないまま、そんな間合いで口を噤んでしまったものだから、
「あ…。」
「ひぃっ!」
 何を勝手に想像したか、腰が抜けたらしき男衆らはぬかるみの中へ尻餅をつくと。それでも何とか逃げ出そうとして、這いつくばったり、後ろ手の後ずさりをし始めたり。何ともまあ、みっともないことこの上なく。

 「………まあ、こやつらはわざわざ斬るまでもなかろうが。」
 「…。」
 「久蔵様、お返事は?」

 肩越しに振り返ったお嬢ちゃんへ、眠たそうなお顔の若侍様、わざとらしくも口許を曲げて見せれば。それを見て…ころころと鈴を鳴らすように軽やかに笑い声を立てるミサオ坊だったりし。すっかり仲良しになったんだねぇ、あんたたち。
(苦笑)

 「さて。こやつらを引っ立てて行けば、一件は落着だ。」

 雨に濡れそぼった身の肩をすくめ、やれやれと苦笑した勘兵衛様であり、いやはや、何が何だかな部分がまだまだ沢山ありますが、とりあえずはの お疲れ様。木立に遮られ、多少は緩い雨脚の音が、静かな野辺を包む夜を、擽るような囁きで満たしていた。






            ◇



 いきなり現れた鋼筒や、そこに入ってた紅衣の誰かさんやらと。何だかややこしい顛末と相成ったが、これを判りやすく紐解くには、話の場をあの岩屋での対峙の時点まで戻さねばなるまい。篠突くような雨の中、不意に不意が重なってのこと、突き飛ばそうとした少女が、向こうからも突っ込んで来たその相殺で、その場に釘付けという格好になってしまった久蔵と少女は。そこへと横薙ぎに飛んで来た鋼鉄の手で、確かに間違いなく振り払われて、その身が宙へと舞った。………但し、ふんわりと上手に加減されてのことであり、
「…お侍様? お侍様?」
 思いがけない扱いを受けたには違いなく、気が動転しての一時停止になっていた久蔵は、自分が…崖下のすぐのところに掌を広げるようにして飛び出していたハイマツの梢の上へ、絹の衣をそぉっと広げて延べ置くかのように、ふわさりと落とされたことに気づくまで、一呼吸ほどの空白を必要とした。抜刀して突っ込んで来た自分を害すものへの対処に、本来、こうまでの気を遣う必要があろうはずはないからで。
「お侍様?」
 大丈夫かと懐ろを揺さぶる少女の声に気づいて、やっとのこと正気に返ったその途端、今度は…顔へと振り落ちる雨の勢いに負けじとばかり、

  「ばかばかばかばか、こんの大バカ侍が〜〜〜っっ!!!」

 同じ少女からそれは凄まじい罵声の機銃掃射を浴びせられ、
「弦造じっちゃんはあすこから動けないんだよ? なのにどうやって禁足地を荒らせるんだっ。」
 何にも知らないくせに、今日会ったばっかりなのに。なんでじっちゃんを殺すんだっと、咬みつかんばかりの勢いで責め立てられて。
「〜〜〜。」
 さしもの…深紅のべべ着た“天穹の死神”様でも、その剣幕には太刀打ち出来ずの形無しだったほど。そして、そんな大罵声が届いた崖上では、
「…久蔵。」
 縁までを駆け寄って見下ろしたその先、縮尺を変えた鳥の巣のような枝の上の彼らを見、無事であったかと、やっとのこと胸を撫で下ろした勘兵衛様。あらためて、岩屋に蹲
(うずくま)ったままな雷電へと向き直り、愛刀を鞘へと収めると、上体を倒しての丁寧な一礼を捧げ、
「あの子の言うとおり、挨拶もなくの突然の抜刀、失礼つかまつった。」
 間違っておれば謝るのが、侍の、いやいや、人の道理というもので。先程までのあの殺気はどこへやら、打って変わっての清々しいまでの廉直さに、

 【 これはなかなか、面白い御仁であるな。】

 機械の身であるにしては、味のある響きをしたお声にて。少女が呼んだ“弦造”殿とやら、勘兵衛を指してそんな感慨を述べたのであった。





 彼ら“野伏せり”たちが、戦後どのような道を辿ったのか、そして今現在の更なる凋落の原因を、正確に知る者は少ない。あの、何十年と続いた大戦の最中、武勲を上げるため、そして自軍を勝利に導くべく、自分の身体を巨大化させの、武装を強化しのした、侍たちの姿の究極の終着点であり。だが、大戦の終焉後は、皮肉にもそんな巨大な総身を持て余し、夜盗ばたらきによる略奪に明け暮れていた者が大半だった。生身の人間たちと同じ土地で同じ生活をというのには限界があったからだそうだが、彼らの巨躯や怪力がさぞや役立ったであろう、都市の復興や荒野への開墾計画が推進されなかったことを慮みて、ここからも…真の戦さの勝者が、国家や政治組織ではなく、公けの公平な復興など知ったことではなかった“アキンド”たちだったことを嗅ぎ取ることが出来るというものだが、それはさておき。
それしか生き延びる手立てはないと、恥も体面をも顧みず農村を襲撃していた機巧侍たちは、やがてその機動力のあるところを見込まれて、秘密裏に商人たちに集められ。新時代最強となるは間違いない彼ら勢力への新たな仕官を促され、無頼の者と言わんばかりな“野伏せり”などという屈辱的な呼び名を冠された…というのが真相で。殊に、新しい時代の支配者となった天主は、戦さでその身を損なったことからの怨嗟もあって、彼らには屈辱の苦汁をあえて飲ませた節
(ふし)がある。ちなみに、その点は次代の天主も同じであったらしく、事を急ぎ過ぎての急逝を招いた感が否めぬ彼だったが、それでも、辺境の農村で非武装で無防備な農民を浪人が補佐するという態勢を敷き、現在の苛酷な状況を招いたのが彼の置き土産となった…のは、まま、今話では余談であるのだが。
何も機巧体の侍が皆“野伏せり”だとは限らないが、栄誉も何も授からぬ屈辱的な立場でも、誰かに仕え、その身を必要とされるのであればまだマシ。戦さしか知らぬ血の哮
(たけ)りを活かせるのならと、身を落とした者は数知れず。商人たちの頂点に座す“天主”の指図に従い、農民を襲っては米や娘を攫って回ったという密約の構図が、戦後の延々 十年も続いたがために。機巧の侍は、甲足軽(ミミズク)や兎跳兎(とびと)から、この雷電や紅蜘蛛に至るまで、まずは野伏せりだと思って間違いないとの言われようを、されて来たのも已を得ないのではあるけれど。

 「弦造じっちゃんは、オラが迷子になったのを呼び止めて、
  ふかふかの足の中に匿ってくれたんだ。」

 好奇心旺盛なお嬢ちゃんが、こんな遠くまでをのして来たのは一体何が切っ掛けだったやら。今はもうそこのところは覚えていないらしいミサオ坊が、村へと戻る道を見失い、心細くて泣いていたら。聞いたことのない、でも何だか楽しくなる音楽を鳴らして近くまで呼び寄せて。足の部分の装甲の、ガタが来ていて鋼板が開くその隙間、緩衝材が敷き詰められてる空隙へ入っていいよと誘ってくれた。
「…怖くはなかったのか?」
 今でこそ、仲良しさんな彼らだが、ただでさえ迷子になってたそんな心細い時に、村では悪いことをしたら罰しに来る鬼みたいに言われているという、その雷電の実物が目の前へと現れたのに。こんな年端もいかぬ少女が、よくも平気だったことと驚いた勘兵衛へは、
「そりゃあ、ちびっとは怖かったさ。」
 彼女はあははと屈託なく笑って、それから、
「けんど、じっちゃんは“そのまま其処におると儂より怖い鬼が攫いに来
(く)っぞ?”なんて言うからさ。」
 もっと怖い目に遭うのは勘弁だって思ってサ。あっけらかんとそう言う少女へ、
「…。」
 久蔵も呆れを通り越しての、驚嘆とも畏敬ともつかぬような眼差しを向けている始末だったりし。
「それに、じっちゃんは動けなかったからな。」
 すぐの間際、いつももぐり込むという足の部分の鋼板へ、無造作に凭れてなんぞいられるのもそのせいだ。こんな巨体だ、彼にとってはほんのかすかな身じろぎでさえ、寄り添った人間を吹っ飛ばしの薙ぎ倒しのしかねぬ規模の、とんでもなく大きな“動作”になるはずで。
「サスペンションかアクチュエーターか、それとも下肢動作への制御機能そのものかに、支障を来してしまったのだな。」
 平八ほど専門家ではないけれど、同じ戦さ場に仲間として立った雷電も当然のことながら多少は居たので、勘兵衛や久蔵にもそのくらいの見立ては出来る。立って歩いてへの支障が出て、だが、飛ぶためにはそれ相応の燃料が必要。太陽光で補充出来る生体保持分では到底足りず、こんなややこしい場所に嵌まったままでいるしかなくて。意識はあるし、上体はまだ少しは動く身ではあるが、
“…却って酷なことよの。”
 誰とも出会わぬまま見つからぬままに、十年以上も此処でじっとしていたのだろうか。敵意のない者同士ということで、久蔵とミサオ坊とを引き上げたそのまま、岩屋の中へと導き入れられた一同。小さな少女は馴れているのか、窟の奥の方から柴を抱えて来ると手際よく焚き火をこさえてしまい、すっかりと濡れてしまった上着を脱いで、すぐ傍らの雷電のじっちゃまとやらの鋼板へそれをぺたりと張りつける。こうすると早く乾くのだそうで、
『ほれ、お侍様たちも。』
『…っ。』
 ぐいぐいと上着を引っ張られ、毛布を差し出されては致し方なく。同じように、上着を預けての“てるてる坊主”状態になってしまった二人だったりするのだが…それはともかく。
「…。」
 これが生身の人間であれば、助け出されの救護施設へ収容されのという道もあろうが。機巧の身であるというだけで“野伏せり様じゃ”と恐れられる存在に、知らずされていたのが先の十年ならば。この何年かは打って変わっての、言われなき攻撃や迫害を受けかねぬ身へとなっており。見つからなんで災難だったのやら、いやいやむしろ隠れていた方が良かったのやら。彼自身は何も変わらないままだのにと思うとそれもまた、何とも言いようのない、無情の流転ではあって。
【 鋼筒に乗った、野伏せり…とかいうのの流れ者が、この近辺へまで来ておったのは、儂も感じておったことではあったがの。】
 五感の連動をつかさどるセンサーがそのまま通信機能を持つ身ゆえ、同じような機能を持った何かが近づくと、共鳴のようなものを感じるのだそうで。
【こんな辺境、しかもさしたる収穫量もない寒村。これまでの長きにもそんな試しはなかったくらいだ、襲われはすまいと思っておったが。まさかに資材倉庫の方を狙おうとはな。】
 これは盲点だったわいと、世情から離れていながらも、その世情の方へと感覚は馴染んでいた我が身だったことをば、愉快愉快と笑った雷電殿であり、
「お主は知っておられたのか?」
【基地のことをか?】
 この身でまさかに“軍人ではない”とは言うまいと。相手から姿が見えるように、岩屋の中の少しほど高くなった岩場へ立った勘兵衛が、そんな眼差しを向けたれば、
【…世話になった訳ではなかったがの。】
 所属ではないと言いたいか、言葉を濁す彼であり。もうとうに戦さは終わっているのに、そんなことへと触れるのは、機密を口外するような気がしてしまうのだろう。義理堅い雷電殿へ、自分たちはその泥棒どもについてを調べてほしいと依頼されて来たのだと話すと、
【鋼筒の気配なら、此処から少し下ったせせらぎの畔にある。】
 それと…と。少々ためらいつつも語ってくれたのが、村の一部の若い衆らが、そやつらに言いくるめられての加担をしているらしいこと。
【鋼筒乗りは儂らや甲足軽
(ミミズク)や兎跳兎とは違い、生身のままだからの。顔を出だしの、中から降りのと構えての会話をすれば、さしたる威圧も与えぬから。相手も与(くみ)し易いのだろうが。】
 それでも、戦さに関わった軍人には違いない。ましてや、鋼筒という武装を捨て切れない者、一般人とは価値観も定規も大きに異なっているというのに危ないことよと、あくまでも村の衆を案じていた弦造殿であり、
「判り申した。」
 勘兵衛様はすっぱりと破顔すると、雨で少々冷えた身を温め合ってのこと、焚き火の傍らでお膝にミサオ坊を抱えてやっていた久蔵を見やり、
「野伏せりの方は捕獲を、そっちの連中へは手痛い灸をすえてやればいい。」
 それは爽やかに微笑って見せつつ…結構恐ろしいことを言ってのけたのであった。





            ◇



 別に、鋼筒乗りの野伏せり崩れを斬ってしまった彼らではなく。
「斬っても構いはしなかったのだがな。」
「…久蔵。」
 そうなると、実際そうであったよに、村の若いのが苦し紛れに、あやつが主犯格だなどと言い出して、あの雷電殿へあらぬ罪がかぶせられないとも限らない。相手の方でも彼の存在は知られていたらしく、持ち出せるだけの資材を持ち出した末、彼のやったことだと濡れ衣着せまくっての、自分たちは街へ逃げ出す算段だったそうだが、
「鋼筒乗りの二人、村から出たらあやつら、殺す気でいたらしいではないか。」
 近場に同じような境遇の鋼筒乗りが数人ほどいることが判ったらしく、だったらそっちの連中と組んだ方が手並みも揃って仕事もしやすいと、そんな心変わりの最中だったらしく、
「…。」
 先に捕らえておいたそっちの元・野伏せりらと、巧妙にたらし込まれた若者らを引っ立てて。何とか村へと帰り着き、長老にコトの次第を…半分ほど隠したままで伝えての、一件落着。例によって、州廻りの役人が鋼筒乗りを引き取りに来る明後日までを、問題が起こらぬようにとの見張りを兼ねて滞在することと相成って。さぞやお寒うございましたでしょうと風呂を勧められの、暖かい鍋料理を供されのし、寝間をと用意された離れに落ち着いたのが、日付が変わろうかという頃合いで。結局、特に大立ち回りというほどの騒ぎもなかったとはいえ、別な方向で結構疲れた1日であり、
「…これ。眠るなら、衾へ入れ。」
 有明行灯の放つ柔らかな明るさの中、敷かれた夜具の上へパタリと倒れ込んだまま、眸を伏せている久蔵へ。大きめの火鉢が用意されてあった傍らに陣取り、まだ眠らぬか、しゃんと背条を立てている勘兵衛がそんな声をかける。冬ほどではないけれど、それでも半日ほどを雨の中で過ごしたせいか、気を抜くとどこからともなく寒さが這い登って来そうな趣きであり。寒村といっても目覚ましく栄えていないだけの話で、何かあった時にという貯えもあれば、整然と整えられたこんな寮もあるほどに、小じんまりとした所帯ながらも潤いはあるらしい豊かさが窺える。今回の務め、鋼筒乗りの二人にわずかながら懸賞金がかかっていたらしいので、対価はそちらだけで結構と告げてあり、それもあっての下へも置かぬおもてなしをされた彼らだったが、
「…島田。」
 夜着の代わりにと用意されていた衣紋は、襦袢というより小袖という感のある、目の詰んだ、柔らかで暖かな素材の着物であり、自分でやらせるとすぐに“左前”に着付けてしまう彼なのでと、立たせておいての帯を結んだのは勘兵衛だったのだが。その帯も今は少しねじれての縦になっており。それを直せということか、膝立ちでという行儀の悪さでにじり寄って来た久蔵を、しようがないなとの苦笑混じり、体の向きを変え、迎え入れるよう待っておれば、
「お…っ☆」
 最後の一歩は、故意にだろう勢いつけてのなだれ込み。懐ろ目がけて倒れ込みの、そのまま後ろへ押し倒そうとでも思っていたらしかったが、
「残念だったの。」
「〜〜〜。」
 そのくらいは予測もあったか、標的は揺るぎもしないままがっつりと、その両腕にて若いのを抱きとめており。目的が果たされなかった腹いせか、和装には少々突飛な取り合わせ、風呂上りのふわふわになった金色の綿毛が乗っかったお顔が、すぐの間近になった肩の上、首元へ。そのままぽふりと頬を埋め、首っ玉へ腕を回すと ぎゅぎゅぎゅうっと絞め上げるような勢いにて抱きついた。
「これこれ、やめぬか。」
 袖から大きく伸び出したしなやかな腕は、蓬髪ごと雄々しい首を搦め捕り。まさかに本気で絞めてはいないが、少しほど伸び上がったような体勢になっていたがため、胸と胸とが合わさったそのまま、頭とそれから頼もしい肩を抱いてのしがみつきは、なかなかに心地いい抱擁ともなって。我儘な仔猫様の、眠気催いの駄々をあやすには、丁度いい絡まり具合となったらしい。もういいかのと声をかければ、こくりと頷いて手は緩めたが、そのまま勘兵衛のお膝へ腰を下ろした久蔵であり、これは…寝つくまで離れてやる気はないらしい模様。ダメか?と一応は目顔で訊くのへ、ゆるゆるとかぶりを振ってやり、傍らに畳まれてあった綿入れを取ると、少々ふしだらな乱れようの膝の上へとかけてやる。まだまだ雨は止みそうになく、秘やかな雨脚がさあさあと聞こえてもいたけれど。傍らには炭を燠こした火鉢があったし、何より、互いの温みがあるので、寒いという感覚は既になく。頬を寄せた小袖の懐ろ、衿の合わせをそおと、伏せた掌で撫で下ろしながら、

 「ややこしい。」

 ぽつりと久蔵が呟いた。
「? 何がだ?」
「野伏せりではない雷電だった。」
「ああ。そうだったの。」
 危うく、罪のない者を斬るところだったこと、反省しているかと思いきや“ややこしい”と眉を寄せて愚図っており。細い肩がすりすりと、こちらの懐ろへ揉み込まれるのを苦笑しつつも受け止めながら、
「だが、生身の人間だとて変わらぬではないか。」
「…。」
「村の善良な若者らが、実は調子のいい内股膏薬だったろうが。」
「…内股膏薬?」
 おや、知らぬか。………。股の内側に貼った膏薬のように、右へ左へ主旨をコロコロと変える、日和見な輩のことだ。
「…。」
 そもそもあんまり膏薬の世話になったことがない久蔵で、打ち身の薬を何でまたそんなところに貼る機会があるのだろうかと、そっちが少しばかり気になったらしかったが…そんな話を延々と交わしたところで艶消しになるだけかなと思い、胸の奥へと呑み込んで。

 「刀は抜いたのに、躊躇
(ためら)っておったの?」

 うわ、もっと艶消しな話を振ってどうしますか、久蔵さん。あの、最初の対峙の場面、そんなところにあんな大物が居ようとは露とも思わず踏み込んでしまったことから始まった展開ではあったが。
「…そうさの。」
 敵意が満ちておれば、姿が見えぬうちからでもその存在は判る。例えば身を隠しての待ち伏せや闇討ちなど、嗅ぎ取れるだけの嗅覚くらいは持ち合わせていたはずだのに、ご対面と運ばねば気づかなかったということは、相手に全く悪意や害意がなかったということであり。
「だというのに、抜刀してしまったとはな。」
 それこそが失態だったのだと、お膝の金の猫様に導かれるまま、今回の反省点を口にした壮年殿。やわらかくも静かに、ちょっぴり眉を下げての情けなく。小さくこぼした苦笑の、何とも…甘かったことか。

  「〜〜〜〜っ。//////////」

 ああしまった、こんな間近で見るものじゃあない。背条にたてがみがあったなら、今ので全部が一気に総毛立っていたぞと。相変わらず、どういう喩えをする久蔵さんなんだかで。
(笑)


  「んん? いかがした?」
  「知らぬ。////////」
  「顔が赤いぞ? さてはもう眠いな?」
  「人を子供扱いするな。」
  「おやおや、眠いと暖かくなるのは子供のこととよく知っておったの。」
  「………シチが言うておった。」


 ああ、こういう時におっ母様のこと思い出させないで。このまま男臭さや精悍さを余す事なく感じていたいのに。この堅い腕で力強く抱きすくめられたいのに。髪にまとわした甘い香を、最初にくれたお人のこと、思い出してしまうと切なくなる。もうもうもうと非難するよに、頼もしい胸元へお顔を伏せて。向こうの肩へと伸ばした手に力込め、この身が此処から蕩け入ってしまえとばかり、きゅうと抱きつく甘えん坊へ。

  “…おやおや。”

 なんだやはり眠いのじゃあないかと。聞いてるこっちが体を斜めにしちゃうような天然ぶりを零しつつ。ややこしい時代でも見失わないお互いを愛惜しみ、それは幸せそうに微笑った、壮年様であったそうです。







  〜 Fine 〜  07.4.20.〜4.25.

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  *ちなみに今回は、解決後に一緒にお風呂に入ったので、
   総身改メは免除された模様です。
   女っ気もなかったことですしねvv
(笑)
   機械の体から生身へは戻れないのでしょうけれど、
   例えば菊千代さんサイズに乗り換えることは可能なのかもしれないから。
   良ければ腕のいい医者を紹介するがと、
   弦造さんへ持ちかけて差し上げたりして…。

  *「久蔵っ!」と、
   案じながらの大声で呼ぶ勘兵衛様が書きたかっただけなんですが、
   そんなささやかなシーン、ぶっ飛んでしまいましたな。
(泣)
   事件の方の骨子をややこしくし過ぎましたね。
   この人たちが関わる案件、しかも手を焼くくらいなのだから、
   こういう難事件であってもいいのではと思いまして。
   次からはもっと単純なお仕事を引き受けさせますので、どかご容赦を。


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