混沌驟雨 (お侍extra 習作48)

          〜千紫万紅、柳緑花紅 口絵もどき

 

 
          




 咲き始めの頃合いは、割としっかりついているので、ちょっとやそっとの雨風にも揺るがぬものが。盛りを過ぎればあっけなく、枝に梢にたわわに満ちたその厚み、仄かにそよぐ微風にさえ、はららはららと儚くも ほどけてしまっての花嵐。その凄惨さを清冽なまでの潔さとし、もののふは かくあるべきと謳われもした“花王”だが。

  ――― 死を栄誉と尊ぶなぞ、愚かの極みぞ。

 亡骸は屍体にすぎず、何かしら無念のまま道を断たれた者への更なる侮辱にもなりかねぬ。生きることという“闘い”を放棄するのを、どうして美化出来るのかと。此処までの直截な物言いではなかったが、それでも。夢見がちな若者へ、侍というものの正体を…どれほどの失墜者であるのかを前提に、常に厳しく呈していた彼であり。少年はまず気がつかねばならなかったのだ。

 『死を大事と思うな』

 求道者になりたければ侍にはなるなと言わんばかりの態でいた男。結局のところ、理解出来ぬと袂を分つこととなった少年は、その末にもうひとつ、気づかねばならなかったのだ。ただ、生き残ることが勝ちだと言いたい彼ならば、どうして“負け戦”の大将などと仇名されることに甘んじていたのか。命根性が汚いだけの存在に、果たしてああまで人を惹きつける人性が宿るだろうか。いつかその膝折れるまで、その歩みの続く限り。人を斬ってはそれで潰えさせた命を片っ端から背負うような不器用者。そんな酔狂なぞ、そんな勝手なぞ許さぬと、共にゆくことでせいぜい睨みを利かせておやんなさいと。背中を押してくれた人のこと、ふっと思い出したのは。お別れしたのが丁度こんな、見事に咲き誇っての威容が連なる、桜の花闇の中だったからだろか………。





            ◇



 降りしきる雨脚が一際強くなる。吹きつける風にも たなびかぬほど腰の強い雨は、髪を濡らして視界を塞ぎ、足場を悪くし。衣紋に重く染みて体温を奪い、身動きをも制限する。それでなくともそろそろ陽も暮れ始める頃合いであり、時間を費やせばそれだけ不利になろう状況下にあって。彼らが対峙するは、小高い山の中腹あたり、断崖に穿
(うが)たれた岩屋に居座る巨大な相手。その長い巨腕を伸ばすだけで、こちらへ十分届く身の、機巧侍“雷電”だ。探査の途中でほんの少し足を延ばしてみただけ。そんなひょんなことから、こんな大物に出喰わそうとは思いも拠らず。何の段取りも準備もないままの、不意を突かれたような正しく“邂逅”であり。こちらへと向いた強い意志を感じて、つい。腰の得物を抜き放ってしまったものの、

 「…。」

 こんな時に何ではあるが、相手は異種生物の魔物ではないし、単なる鋼の殺人兵器でもない。元は人間、大戦下に軍人であった者が、その意志をのみ残し、鋼の巨躯へと特化した存在であり。戦後、そのほとんどが“野伏せり”と呼ばれる無頼の者と化し、力と武装に任せての略奪という非道の限りを尽くしたことから忌み嫌われていたけれど。ここ数年ほど、護衛役の浪人たちの配置を初めとする辺境地域への手厚い治安管理が充実し始めたと同時、不意にその結束と勢力が弱まったことから、今では衰退の一途を辿ってもいるとか。そのような背景はともかくとして。

 「…。」

 侍は、斬ると決めたら迷ってはならぬ。とはいえ、何の関わりもない者を片っ端から斬っていてはただの辻斬りと同じ。確かに意識を向けられはした。こちらが抜刀したほどの、しっかとした誰何の気配だった。だが、
“敵意がない?”
 そこに鋭い敵意が感じられないことが、勘兵衛を大いに戸惑わせている。こちらを認識し、その注意は間違いなくこちらへと向けられ続けてもいるが、斬戦刀を繰り出すでなし、気合砲への光圧充填の気配もなし。殺気立つこともなくの、むしろ静かに泰然と、こちらを見やっているばかりであり。そんな気配のおおらかさが、こちらの気鋭をじわりじわりと削ぎ落とすかのよう。そこへ、

 「…島田っ。」

 激しい雨脚や風に集中を途切らされまいと気を張っていたその反動、時間の感覚が定かではなく、どのくらいの睨み合いとなっていたものか。双方互いの意識が弾け合ったその刹那、相手は単体とは言え巨体であるがゆえ、対処の陣を割り振る格好にて、勘兵衛から少し離れたところへと、軽々とした跳躍で身を離して足場を据え直した相方の若侍が、彼には珍しくも少し大きな声を張る。そちらも真っ赤な長衣をしとどに濡らしつつ、とはいえ、衰えを知らない鋭気を満たしたまま、こちらの睨み合いを見守っていたらしかったが。双方ともになかなか動きを見せないことへ、何をしているかと業を煮やしたらしい。まさかに、攻勢を受けぬ内から切りかかってはならぬなどというよな作法がある訳でなし。何を臆しておるかと、叱咤するような鋭さを孕んだ声を放って、そのまま。

 「…っ。」

 お主が動かぬならばということか、寡黙ながらもそちらは闘気満々であったらしい久蔵が、やはりその背中から抜刀していた双刀を痩躯の前にて交差させて構えると、間合いを読んでの息を整え。濡れたそのまま目許へ張りつく前髪もものともせず、きっと見据えた標的目がけ、軸足にバネを溜めると素早く地を蹴っての攻勢に打って出る。相変わらずに思い切りのいい行動であり、だが、

  「ダメーーーっっ!!」
  「…っ!?」

 そんな彼の動線上、風のような疾走を迎え撃つかのように、双腕を広げて立ち塞がった存在があって。しかもそれは、
「ゲンゾウじっちゃんを斬ってはダメだっ!」
 まだまだ幼い一人の少女であったから。途轍もなくの意外な出来事ではあったけれど、

  「どけっっ!」

 あくまでも制されるつもりはないとの真っ向から、その声だけで裂けよとばかりの鋭い怒声を久蔵が少女へと浴びせかけたのは。見たところ、ここいらの農民の装束をまとった娘。巫女だの山の民だのといった特別な身ではなさそうで。だとすれば、飛び出したのが精一杯の限界で、生死が絡むような真剣真摯な迫力というもの、まだまだ知らない身だろうから。この一喝だけで萎縮し身が凍ることを狙ってのこと。動いてくれるな、ならば飛び上がっての上から、若しくは利き手側の左へ踏み込んでの爪先の踏み替えで、横っ跳びという格好でも、彼女を避けての狙い通りに突っ込むことは可能と踏んだのだが、

  ――― そんな少女の無謀に動かされたものがあったというのは 計算外。

 斬ってはならぬ存在に、一瞬でも気を取られたことが、彼の卓越した反射へ針の先ほどもの僅かな急停止をかけ。そしてそれが、その一瞬が、命取りになった。笛の音のような風籟をまとわせた何物かが、その大きさには到底見合わぬ速さで宙を飛んで来て、
「な…っ。」
 目の先にいた少女を横薙ぎにしかかる。どけと言ったその望み通りに退くこととなるのは違いないながら、相手は単なる障害物ではなく…力なき者、爪や牙を持たぬ者だったから。それが害されようとしたのへは、寸前までバネを溜めていたのとはまるきり別の反射で、その痩躯が動いていた紅衣の双刀使い殿であり。
「久蔵っ!」
 真っ赤な長衣の裾が、深い切れ込みがあるせいで加速風に乱される様は、まるで闘魚の尾ビレを思わせる。飛び出した久蔵の目測に誤りがあったとは思えない。少女目がけて横殴りに飛んで来た巨大な“手”は、その手を切り刻んで破片をかぶらせるより、その場から突き飛ばした方が確実だろうとの判断の下に動いた彼であり。自分ははたき飛ばされても、逆らわずに力を受け流せば さしたるダメージも負うまいと、そこまでをきっちり算段しての起動であったろうに、

 「…っ?!」

 選りにもよって、突き飛ばそうとした少女もまた、こちらを庇おうと思ったか。いやいや、彼女が庇ったは背後の巨大な雷電で。彼
(か)の老兵に罪を犯さすまいと思ったか、久蔵の懐ろへ、向こうからも突き飛ばさんと飛び込んで来たものだから。怪我をさせぬ程度に突き飛ばそうとした彼の力との相殺が起き、二人が二人、中途半端な位置で立ち止まってしまい、

 「…っ、久蔵っっ!!」

 人ひとり楽々と掴める大きさの巨大な手が通過した後には何もなく、そこへと振り落ちかけていた雨ごと攫っての薙ぎ払い。暗くなりかかっていた空、あらぬ方向へ、赤い影が勢いよく飛ばされる。小石を真ん中にくるんで投げられた、深紅の絹のスカーフのような格好で、何もない宙空を舞い飛んだ彼であり。そちらの方向にはもう道はなく、切り立った崖が雨雲を満たした空へ無慈悲に開いているばかりとあって、

 「…お主。」

 残像さえ残さぬあっと言う間に。灰色の空の下、虚無の淵へと呑まれていった青年の悲劇へ、だが何とか気勢を持って行かれなんだ壮年が。その肩を、その腕を震わせて、殊更に低い声を響かせる。


  「やってはならぬことを しやったな。」


 声はあくまで静かなそれだったが、その胸中に沸き起こったは、どれほどの丈を帯びたる憤怒であったやら。手に握られし愛刀のみならず、彼自身の総身からさえ、浴びる雨脚がしぶきを立てて弾け飛ぶほどもの、強い波動が沸き立っていたのだから。正眼に構えられた刀の切っ先、鋭い刃が、その刀身を伝った白銀の威容、雨の滴とともに音立てて振り放ち。凍ったように鋭い眼光、標的へと据えたそのまま、男は淡とした声で告げたのだった。


  「……………参る。」








            ◇



 今回、この二人が請け負ったのは、実はも何も“野伏せり崩れの討伐”といういつもの荒ごと…とは少々毛色の異なるものだった。大まかな言い方をするなら、謎めいた盗難事件の、ある意味“調査”のようなもの。というのが、この地域は昔、南軍の工部省関係の施設があったらしく。何とも仰々しい言いようだが、何のことはない、機巧侍や戦艦などへの整備工場とその直轄だった資材倉庫があっただけの話。前線に近い位置へと設けられた“出張所”のようなものだったのだろうが、戦さが終わっての後はそれら施設にも厳重な封印がなされ、軍の関係者たちは揃って本部本営へと撤収していったのだそうで。それから、特に誰が訪ねて来るでもないまま、今に至るというから、
「忘れ去られておるのだろうな。」
 単なる管理の者をおいたとて もはや使う機会はないもの。それでなくとも辺境地の施設だから、様々な資産整理が行われた中で後回しにされ続けての、結果、忘却の彼方というのが最も真相に近い正解だろうというのは、勘兵衛らにも何とはなく察しがついたし、後でこの辺りを担当している州廻りの役人へ訊いたところが、やはり。こんなものがあるなんて、前任者からの引き継ぎででも聞いてはいなかったとのこと。所有者なり管理者なりが居ない訳ではあるまいが、書類の上での存在としてしか把握してはいなかろうと、勘兵衛らが感じたそれと似たような見解を口にした。ただ、そんな事情なぞ判るはずもない善良な周辺住人らは、軍人らが去り際に言い置いたらしき、

 『此処へは決して立ち入ってはなるまいぞ。
  封をほどいたその時は、戦艦で乗り付けての焼き打ちも辞さぬと思え。』

 などという、せいぜい怖がらせるための大仰な申し送りを真に受けての“禁足地”扱い。それからの十年以上もの間、近寄る者とていなかったのだとか。
「彼らには不要なものだ。」
「ああ。」
 どうせ中に放り出されていったものと言えば、重機がなければ動かしも出来ぬ、巨大で重い鋼材や燃料、何に使うのだか判らなかろう銅線や器械類に、サスペンション用の素材、機巧侍の五感器部への破損に際しての取り替え部位
(パーツ)がいくらか…といったところだろうから、農民や牧畜民が使えそうなものはほとんどない。

  「だが。誰ぞが盗みに入ったらしき痕跡が見つかった。」

 それもどうやら最近のことであるらしいとあって、間近い里の住民らは震え上がった。戦時中、頭上を轟音立てて飛び交った戦艦やら機巧侍らの威容は今でも鮮烈に覚えている彼らは、だが、幸いにして…というか、小さな村でありすぎて、略奪者と化した機巧侍の“野伏せり”とやらに襲われるような憂き目には遭わなんだらしかったが。それもこれもこの施設様があったお陰、それほど恐ろしい何かが蓄えられていて、彼らも避けて通ったに違いないなどと真剣に思われていたくらい。そんなとんでもないものへ手を出した者がいるなんて、彼らには到底信じ難かったけれど。確か大昔に目視で点検した時にはしっかと閉ざされてあった扉が開いており、そんな倉庫内には何か引きずった跡が床に、格納庫前の広場には大きな窪みが幾つも…まるで巨大な何物かが建物から去っていった足跡のように連なってもいて。あれはもしやして機巧侍の痕跡ではと、だとしたら、自分たちにはとてもではないが手が出せぬ。さりとて、軍やそれを引き継いだどなたかへ、こんな不埒な現状が知れたらどうなるか。そんなこんなへ震え上がっていた農民らへ、通りすがりの旅の人が“それならいいお人をご紹介しましょう”と声をかけて来。これまた封を破ってはならない小箱とやらを、長老の家の裏のご神木の上へ乗っけといて下さいというお願いと引き換え、数日後に現れたのが、今あちこちで噂の“褐白金紅”の賞金稼ぎのお二人だったという訳で。……相変わらずに背景説明が山ほどあってすみません。
「雷電の足跡…と見たのだろうか。」
 だが、彼らが見渡しているその敷地にはもう、そんな痕跡は名残りさえ残ってはいなくて。数日前の雨に流されたという話だったが、
“使われなくなって久しい広場のようだから、踏み固められてもおらぬ。”
 そんな足跡が残っていたというくらいだ、土は相当柔らかくなっていたのだろうに、そんなところへ押印されし、あの巨体の残した足跡が、雨に流された程度でそう簡単に消えるものだろうか。そんな方向へと首を傾げている壮年だと判っている上で、
「だが、彼らに嘘を言う必要はないぞ?」
 久蔵が淡とした声で言い放つ。確かにその通りであり、それどころか本気で…元の持ち主らが取って返して来ての“この不手際は何ごとぞっ”と責められることの方を恐れている始末。軍人や侍というものは、村の焼き打ちだとか人斬りだとか、そんな残虐なことを職務として割り切って、平気でやってのけてしまう人種なのだと、そこだけ強烈に刷り込まれているのだろう。
「だとすれば。そう見えたものが実際残っていた。誰ぞが残したということか。」
 目撃者が慌てたほどのものが故意に…ということかと。難しくてか、それとも興味深くてか、顎髭を撫でつつ足元の地面から外へのフェンスまでを、撫でるように眺め渡す壮年へ、
「雷電や紅蜘蛛が真犯人だという線はないのか?」
 どうして見たままを追わぬのだと、久蔵が再び口を挟んだものの、それへは勘兵衛殿、ゆるくかぶりを振って見せ、否定の構え。
「考えてもみよ。そういう輩が何でまた、こんな小さな南京錠をねじ切ってシャッターを開けて忍び入っておる。」
「???」
「お主が此処へ無理から入るならどうする。」
「それは、」
 背中に負うた刀の鞘に手を伸ばしかけ、あっと表情が小さく弾けた。そう、彼らならこの程度のやわなシャッターなぞ、超振動を帯びさせた刀の一閃で事足りる。ならば…巨大な野伏せりならどうするか。こんな短いやりとりで通じたように答えは簡単で、理解が至って声を呑んだ久蔵へ、
「そういうことだ。あやつらが掛かるなら、こんな格納庫なぞ、スレート屋根を引きはがした方が速かろう。」
 だが、それこそそういう推量を導かせようという罠かも知れぬ。いやに細かくも周到な策を用意した輩どもだと思っておるのだな。………。雷電が仲間という説もあり得ぬとまでは言わぬが、そんな大型の者までいるような一味ともなると、この格納庫を空にする勢いで持って行かねば採算が合うまい。
「…成程。」
 ついつい目先のことにしか頭が回らなかった自分に比べ、さすがは元・指揮官、そこまで遠目な眺望で事態を把握していたらしい。
「それにしても。」
 現場はようよう見たのでと、村へ戻るべく踵を返しかかった二人だったが、ふと、久蔵が怪訝そうな声を出す。日頃の荒ごとばたらきではなく、一緒にあちこちを見て推察するという今回の仕儀。滅多にない段取りなのでか、彼の好奇心もまた、いつになく擽られでもいるようで。妙に口数が多いのが、実を言うと勘兵衛にも少々興味深かったりするのだが、それは表へ出さずして、
「どうした?」
 何食わぬ顔にて促せば、白い横顔を離れかかっていた格納庫の方へと振り向けて、
「誰も近寄らぬまま、何故 荒らされたと判ったのだ?」
 ぽつりと呟く。永の歳月、誰も近寄らなかった禁足地だのに、そこで異変が生じたことが、なぜ村人たちに判ったのかと訊いている久蔵であるらしく。
「ああ、それはだ。全く思わぬ方向からの話であるらしくての。」
 まだ材料不足なせいでか、ここまではどこか思案の途中というような顔でいた勘兵衛が、そちらは既に聞いてあったと苦笑をして見せ、
「村のまだ幼い娘御が、このところ親の眸を盗んで家から出の、里からも出ての、何処へか遠出をしておるらしくての。まだ年端もゆかぬ幼い子供、秘密の遊び場でも拵えておるのよと、周囲の大人は気にしなかったが、母親父親は笑ってもおれんかったらしくて。」
 何せ、空からの俯瞰や索敵への迷彩代わりとなるよな深い森も多い地形なその上、軍の跡地が神憑りな霊験のある禁足地になるような、純朴な民の多い土地柄だから。

 「もしやして、何にか憑かれたのやも知れぬと恐れたらしくての。」
 「………何にか。」
 「そう、例えば“物怪
(もののけ)”だとか。」

 山の精とか森の精とか、物怪に悪霊。そういったものへの信仰というのか、畏怖というのか。厳然たる存在としての認可とまではいかないが、それでも都会よりかは信奉されており、
「案じた両親がこそりと後をつけていたその途中で、此処を通りかかって。物怪よりも現実的に恐ろしき、封印解除と盗難の痕跡に気づいたらしい。」
 我らからすれば、居るかどうか分からぬものという点では似たようなものなのだが、先にも述べたがそんな事情なぞ判らぬ村人たちにしてみれば、あの恐ろしい軍人たちが憤怒のままに押し寄せるのではないかという事態の方が大事。これは捨て置けぬと、大慌てで村の長老へのご注進となったらしい。
「………で?」
「?」
「娘御は?」
 さして関心なんてありませぬと少々そっぽを向きつつも、その赤い眸だけはこちらをじっと見やったまんま。よほどのこと、物怪の類と言ったのへ関心が起きた彼であったらしくて、
「それまで同様、無事に戻って来たらしいぞ。ただまあ、事態が事態だ。その日以来は、家からも出してもらえぬとのことだったがの。」
 勘兵衛の付け足しへ、ふぅんと相槌を打っての、それから。
「村から追って来て、この基地跡地に辿り着いたということは。その娘の目的地はこの先だということにならぬか?」
 何をそんなに、そっちの方が気になっている彼なやら。まま、こっちはいかにも人の仕業であるらしき単なる盗難事件だと落ち着きそうな気配なのだし、
“重い資材ばかりなだけに、何かしらの重機が関与しておるらしいのが気になるが。”
 式杜人たちの里や、流通の基点となっているような大きな街ならいざ知らず、まだまだ普通一般には、クレーンもトラックも普及してはいないご時勢なだけに。そんなことが出来る存在といえばで思い浮かぶのは、元・野伏せりの機巧侍だったりし。だとすればの矛盾を述べたばかりの勘兵衛ではあったが、
“何も雷電級の存在に限らずとも。鋼筒
(ヤカン)か兎跳兎(とびと)あたりが参与しておるというなら、仕事が小さいのも頷けなくはないしの。”
 まま、何日か見張りに立ってみて、それで何か起こればそれを畳めばよし。起こらねば、州廻りの役人へ事情を知らせての監視を頼めば良しかのと、大体の段取りを頭の中にて構えつつ。久蔵が気になっているらしい娘御の不審な行動の方も、ついでながら浚っておくかと、そこから先へも足を延ばしてみることにした彼らであり。



  ………まさかそれが、こんな事態へと繋がってしまおうとは。

       神ならぬ身の一体誰が、先んじて思うことが出来ただろうか。









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  *やたら状況説明ばかりになってすいません。
   請け負った仕事の内容説明も、一応は必要かなと思いまして。
   そんなことより久蔵さんですよね。