春胡蝶睦閨房 (お侍extra  習作50)

           千紫万紅、柳緑花紅 口絵もどき
 

      *途中、BL的な表現が出て来ますので、
       一応は“R指定もの”とさせていただきますが、
       はっきり言って全然色っぽくも妖しくもありません。
       所詮は、いつものウチのお話です。(…う〜ん)
       精悍な中にも ちょいワル男の色香がある、カッコいい勘兵衛様とか、
       受けではあれど矜持も譲れぬ、
       そんな二律背反
    (アンビヴァレンツ)にジリジリしている、
       究極のツンデレな久蔵さんとかは出て来ませんし、
       やってることもまた、(やってる、て・笑)
       ちっとも煽情的でもなけりゃあ妖冶でもありませんので…悪しからず。




          



 今でこそ“褐白金紅の賞金稼ぎ”などという大層な呼び名をいただきの、辺境地域の州廻り役人たちに顔を覚えられての馴染みになりのという身となった、勘兵衛と久蔵、双方ともに練達の侍という二人連れであるけれど。彼らの旅の、基本というか根本にある主目的は、年寄り臭く聞こえるかも知れないが、あくまでも“湯治”である。先の“都”撃墜という大きな戦さを制した折、その右腕を凄まじいまでに損傷した久蔵の完全快癒を目的に。特にお尋ね者になっている訳でもないながら、それでも周囲の無辜の人々へ余計な詮索を招かぬためにと、素性も明かさぬ旅へと出た彼らであり。どんなささやかな効能でも構わない、鄙びた土地の唯一の誉れのように沸いて、土地の者らから有り難がられているような、名もない小さな湯につかり、傷ついた筋骨をじんわりやんわりほぐして癒そうという、そんな他愛ないことを目的にしての旅であった筈だのに。野伏せりらを率いていた“都”を落としてもなお、機巧侍らを主軸とした野盗らの、傍若無人なまでの専横跋扈は未だやまず、力無き者らの慟哭は止まらず。それを見かねて、若しくは巻き込まれてという思わぬ格好で、剛にして鋭、その優れた太刀さばきにての活躍振りを、皆々様へご披露する羽目になっている…というのが、彼らの有り様の正しき順番なのである。


 さて、では。太刀ばたらきの必要から招かれた訳ではない場合、当然のことながら一介の客、単なる一過性の逗留者、よそから来なすった旅人として、さして関心も持たれぬままに迎えられ、さして干渉されぬままに宿や土地へと溶け入っての、一夜なり数日なりを過ごすのが定石で。人口が多くて物流も進み、何かと便利に発展している街や都市を結ぶよな、往来の激しい街道の半ばにある訳ではない鄙びた土地柄。豊かな緑とそれを穢さぬ長閑な空気とが満ち満ちた、ゆったりとした時間の中。もう拭い去れはしないだろう、血なまぐさい修羅たる身ゆえの体臭が染みついた常着も、宿で用意された単
(ひとえ)と袖のない羽織なんぞに着替えての。何処の誰とも見分けのつけ難い、この場限りの旅人へと成り代わる。
「…。」
 彼のための湯治ではあるのだが、長湯が苦手といううら若き双刀使い殿。カラスの行水だったのをこれでも少しは我慢して、のぼせる寸前までは湯につかっていられるようになったものの。それでも…連れの長湯には最後までなんて付き合えず。白磁の肌に包まれた全身を緋に染めて、ふらふらと先に上がってしまい、部屋の窓辺でぼんやり涼みながら相方の帰りを待つ。頬の火照りもようよう収まり、ふわふわした金の綿毛の乾くころ、ようやっと戻って来た壮年殿。
「…。」
 陽も落ちての宵の中。有明行灯のみといういささか頼りない灯火越しであれ、窓の外に満ちた夜陰を背景に、ほのりと浮かぶ妖冶な存在に気づかぬはずはなく。静かに閉じた襖の傍ら、膝高な窓の欄干に痩躯をもたせ掛けている、何とも嫋やかな背中の傍らへ、そおとその歩みを運んでゆき、

 「…久蔵。」

 静かなお声をかけてみる。少し引くことで抜いた衿から、白いうなじを覗かせてのやや俯いて。久蔵は黙ったまま、窓の向こうを眺めている。両の腕を双方とも、手前の窓の桟へと肘をつくよにして延べているのだろう。浴衣の上、袖は通さずの羽織りがかかったその細い肩が、されど大して盛り上がりもしていないところが さも脆弱そうに見え。彼のその、淡麗粛然とした後ろ姿や、白く浮かんでちらりと覗く、頬の線の儚さを、侵し難いもの、触れてはならぬもののようにも見せており。
「…。」
 何とも応じのないことを、間近に寄っての屈み込み、こちらの熱を確かに拾わせても知らぬ顔を続ける様にて確かめると、
「…そうか。」
 言葉少なに納得をし、古畳へついていた片膝を上げ、身を起こしかける勘兵衛であり。疲れたものか、それとも気が乗らぬか。今宵は互いに独り寝しましょうねという意思表示かと解釈したまでのことだったのだが、

 「…っ。」

 途端に振り返るは細い肩。去りかかる存在へ慌てたように向き直ると、窓から身を起こしつつ、腕だけが先にずいと伸びて来て。立ち上がりかかっていた壮年殿の、衣紋の袖を掴んでの引き戻し。何事かと見下ろせば…、
「〜〜〜。」
 細い眉をきゅうと寄せた、切なげでありながらも…半ば怒ったような白いお顔が見上げて来るから、
「諦めてはならぬと?」
「〜〜〜。(…頷。)」
 どうやら今宵は、ちょっぴり天の邪鬼が降りていただけな彼であったらしい。袖をぐいぐいと引かれて、上がりかかっていたお膝を畳へと戻せば、駄々っ子が膝立ちになっての、わしわしとそのまま乗り上がって来るのもいつもの呼吸。胸元へも零れていた長い蓬髪を一房だけ、細い指先にて掬い上げ。そこから何か伝わらぬものかと、焦れたような眼差しが見上げて来。んん?と小首を傾げて見つめ返せば、たちまち切なそうに目許を眇める久蔵で。ざっくり羽織ったそのままの、少ぉし開いた浴衣の懐ろへ、あれほど湯に浸かっていても流されぬ、精悍な雄の香を見つけると、
「…。」
 衿の合わさる胸元へ手を伏せ、蓬髪の添う首元へは頬を寄せ。広くて深い懐ろへ、嵌まり込むよに身を擦り寄せて。眸を閉じて聴くは、芳しい匂いと温みとそれから…雄々しき拍動と。伏せた手のひらの下から、耳を寄せた首条、そして全身へと駆け巡る、生の脈動を確かに聞きながら、
「…。///////」
 知らず、こちらの鼓動も速まってゆくのは。勘兵衛の身に添うた、よくよく練られた雄々しき筋骨へ、総身にて触れていること、意識し始めたせいだろか。何事もない中で静やかに納まり返っておる時は、いかにも上手に年を取った文人風の趣味人然として見せているその風貌の陰で、ようもまあ、この壮年にてこれほどの身を保てるものと、連れ合いの自分でも感嘆を禁じ得ないほどのそれであり。こなれた動作は年季がもたらした熟練の勘が育みしものでもあろうが、若き身でなければ持てなかろう強靭さや粘り、回復や瞬発力までもを、その屈強な総身へと延々保持し続けている彼なのは、彼自身の奥底に“本能”という形にて、戦うことを刻まれし男であったりするからか。悪党相手の大殺陣回りの時になど、雄々しく精悍、それはそれは重厚で容赦のない太刀筋を披露しながら、それのみに収まらずのこととて。相手の間合いへ大きく踏み込む大胆さと、羽織や衣紋、長い蓬髪はためかせ、それは俊敏にも軽やかに躍動する身ごなしを見せつける豪の者。味方でなければどれほどの脅威であることかと、若き双刀使いの自尊心のようなものを不思議にくすぐる相方でもあって。そんな彼が…勘兵衛が、今これからは、この自分へと掴みかかろうとしているのだ。
「…よしか?」
 耳元近くへ低い声にて訊かれ、それへと、
「…。(頷)」
 やや間をおいてから、こくりと頷けば髪を梳かれた。相変わらずに大きくて武骨な手だ。手套を嵌めないままの、そしてこの向こう側にはあの六弁花の刺青のある手。頬へと降りて来た掌へ、こちらからもすりと懐いて顔を上げ、視線を合わせる。弱い灯火が暖色の紗をかける表情は静か。穏やかな、されど逸らされぬ深色の眼差しに、促されての立ち上がり。もう迷うこともなく、夜具の敷かれた寝間へと移る久蔵であり。

  “…朴念仁なのは、治せぬものなのだろか。”

 ぽつりと胸の裡
(うち)にて呟いた独り言、聞く者もないままに立ち消えて。さっきまでいた窓の向こう、さざんかの茂みの上にどんな月が上っていたやら、そういえば覚えていないと気がついて、
“なんだ…。”
 自分も結構 散漫でいたのだなと、白い頬に微かな苦笑が零れた宵の口だった。




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   *次の段にはささやかながら、R指定的な描写が出て参ります。
    苦手な方は、ここまでということで。お粗末さまでした。
(苦笑)


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