十年ひと昔 (お侍 習作63)

         *お母様と一緒シリーズ
 


    初めてその懐ろに掻い込まれたのはいつだった?
    確か、そうそう。
    敵の居残りがばらまいた目潰しを食らってしまって、
    不覚にも身動き取れなくなったことがあり。
    視覚を奪われ、途轍もなく不安な身を宥めようとしてのこと。
    警戒心もあらわに、気も立ってたのにも関わらず、
    お願いですから大人しくいてくださいと言い諭し、
    懲りず怯じずでずっと傍らにいてくれた。
    見えない不安を紛らわせるため、
    他愛ない話をしながら、ずっと手や肩へ触れててくれて。
    それから…何くれとなく構いつけてくれる彼なのが、
    どうしてだろうか、こちらからも嬉しくなった。
    何でもこなす、器用で暖かい手。
    甘い匂いは髪油の匂いだと教えてくれて、
    気に入ったのならお揃いにしましょうねなんて、髪を梳いてもくれて。
    おでことおでこをこつんこと合わせ、
    そうまでの間近から、
    深々と瞳を覗き込まれたなんていうのも初めてのこと。
    表情乏しく、言葉足らずなこの自分を、怖がりも疎みもせず。
    衒いなく自身を晒して、その尋へとくるみ込んでくれるなんて人、
    そういえば今までには一人だって居なかったから。


      ――― すっかりと気を許し、
           誰ぞの懐ろへと身を預けるだなんて


    そんな無防備も極まりないことを、この自分が人へと許すだなんて。
    かつての朋輩が見たなら、腰を抜かして驚いただろうな…。





  ◇  ◇  ◇



 聡い子だからこそ、何とはなしに気になっていたのだろう。

 「どうしてですかね。
  モモタロさんてば時々、
  “十年”を“五年”って言い間違えることがあるです。」

 コマチの言う“モモタロさん”とは、野伏せり退治にと招かれたお侍様のうちのお一人、金髪長身の華麗なる槍使い殿こと シチロージ殿のことであり。かつての南北大戦では、北軍空挺部隊で司令官だったカンベエ殿の若き副官として、御主を斬艦刀の峰に乗せ、前線で活躍しもした もののふであり。それが一転しての、戦後はずっと、虹雅渓の歓楽街“癒しの里”の蛍屋で、幇間をして過ごしていたとか。そんな経歴のせいだろか、機転が利いて、卒がなく、場の空気を読むのがお上手で。盛り上げたりフォローをしたりするのに持ち出す“喩え話”や“雑学”も、大なり小なり、いっぱいいっぱい御存知で。だのに時々。本当に時々。さぞや戦さの時は…などという昔のことが話題に引っ張り出されるとつい、
『いやですよう、そんな五年も前のお話を…』
 そう言いかけて…ハッとしては、
『ああ違いますね、十年十年』
 いけないいけないと、聡明そうなおでこをはたいて苦笑する彼であり。水も垂れるような美丈夫が、うっかり者ですいませんと剽軽に笑っては、いつもお上手に誤魔化してるけど、
「モモタロさんともあろう方が、同じ失敗を重ねすぎです。」
 今日、本日のコマチ坊、何だか妙に憤慨しておいで。全くもうもう、今時のお侍さんたちは、誰も彼もが一癖も二癖もある人だらけで、
「モモタロさんくらいはしっかりしてくれないと困るです。」
 小さな体のお胸の前で、一丁前にも寸の足らない両腕を組んで。やたら感慨深げな言い方をする彼女であり。それへと、

 「ははあ…今後は気をつけます。」

 言われたご当人であるシチロージが、屈み込んでた大タライの前で恐縮そうに苦笑する。陰でこそこそ言わないところが、さすがはのコマチ坊でもあって。とはいえ、まだまだやっと十になるかならぬかという幼さなので、いかにも大人ぶった物言いの堅ければ堅いほど、却って可笑しくてたまらなく。そんな可愛らしさに吹き出しそうになりつつも、一応は叱られている身なんだからと、殊勝にも項垂れて見せているシチロージの様子がまた。傍から見ている者には…その胸中まで見透かせるだけに、妙な寸劇のようでやはり可笑くて。
「判ればよろしいです。」
 うんうんと頷いて、お洗濯中にごめんなさいねと踵を返して立ち去る小さなお姉様を。たまたま来合わせていたものが微妙に機を逸してしまい、裏庭が覗ける詰め所脇の居廻りから、顔も出せずに見送ることとなったのが、ゴロベエ殿とヘイハチ殿で。
「確かにまあ、卒のないシチさんだと思や、不思議な言い間違いをなさると聞こえもするのでしょうね。」
 ただ可笑くて…というだけじゃあない、双方の事情が判るだけに、口を挟めなかったお二人さん。う〜むと微妙なお顔になってしまったのは、
「さよう。コマチ殿ほど小さいお子では“生命維持装置”の意味も解るまいからの。」
 シチロージと引き合わされた虹雅渓の蛍屋にて、彼と女将のユキノの馴れ初め話が持ち出され。そのときに飛び出したのが、彼が“桃太郎”と呼ばれている由縁にもなっているポッドの話。コマチはただ『川を流れて来た』としか把握してはいないようだったが、意識を失っていたシチロージが収容されていたポッドは、軍用の“生命維持装置”という代物であり。外から誰かが開けない限り、いつまでもいつまでも中にいる者を深い眠りに沈め続ける。

 『5年も前になりますかねぇ。』

 ユキノはそうと語っていたので、逆算すれば…最低でも戦後10年の内の5年ほどを、そのポッドの中で眠り続けていた彼だということになる。最終決戦に駆り出されていたらしいから、それ以上ということはなさそうだけれど、

 「…。」
 「ええ、つまりはそうなんですよ。」

 背後に立ってた別の気配へ、とうに気づいていたヘイハチが、目許を細めてのにっこりと。殊更の笑顔を振り向けたお相手は。こちらさんもまた、何用あってか此処へと来合わせたそのまま、
『???』
 まだまだ十分 緑も瑞々しい下生え広がる裏庭での珍妙なやり取りへ、やはり…小首を傾げていた、真っ赤なお召しのお侍仲間。
「両手を使っての指折り数えている年頃のうちは、1年365日がとってもとっても長いものでしょうから。」
 5年と10年だなんて、取り違えるのが信じられない間違えように感じもするのでしょうね。まま、そういう感覚も二十代あたりが限度でござろうが。ええええ、そうでしょうとも。三十代に片足突っ込むあたりにもなれば、五年も十年も大して変わりゃあしません、あっと言う間ですからねぇと。苦笑を浮かべた彼らもまた、戦後の十年、あっと言う間に過ごしたクチだと言いたいか。そして、
「…。」
 年齢層もばらばらな顔ぶれの中、どちらかといえば若い方に属す御仁だとはいえ。彼もまた 先の大戦に出陣しの、その後の同じ十年を過ごした身だろう若侍殿。相変わらずの寡黙さを保っての、お面のように動かぬお顔のその陰で。一体何を想うたものなやら。
「…。」
 視線の先、淡紫を羽織ったお背
(せな)をば、ただただ見やっているばかり…。





            ◇



 何とも唐突な会話をしかけて来の、それでもあれで一応は納得したか、姿勢よく去ってった小さなお嬢さんだったが、

 “…アレでしょね、今日は朝からキクチヨを見ないから。”

 どこへどう雲隠れしたのやら、小さなお嬢さんたちのお相手となるのを返上し、男衆らが立ち働く作業場へ、無事に潜入
(?)したらしき力持ちさんであるらしく。それもまたしょうがないと判っていつつも面白くなくて、愚痴をこぼす代わり、珍しい八つ当たりをしてったお嬢さんだったのだろうよと、やっぱりお見事な解析を下して、さて。数日に一度という割合にて、仲間内へと声をかけては出させての、一括洗いを手掛けているお洗濯もの。陽の高いうちにと再開したその手元へと、またまた誰ぞの陰が落ち、

 「?」

 この自分が気配が読めなかったとは誰だろかと、槍使い殿がお顔を上げれば、
「…。」
「キュウゾウ殿?」
 おやおや、お珍しい方がと。濡れた手を傍らの手ぬぐいで拭い、どうしましたかと素早く立ち上がる。日頃からもお手伝いくださる彼ではあるものの、いつもは もちっと時間が経ってから、自分の担当となっている弓の習練に、それなり流れがついてからおいでになるのに。それを思うに、この訪のいは…もしやして。

 「どうしました?」

 侍としては申し分のない練達だけれど、まだまだお若いその上に、虹雅渓などという賑やかな都会に長く居ながら、人に馴れがないという希有な人。なので、気持ちにむずがりが出たなら、いつでもおいでと言ってある。気持ちを言葉に出来なくて、胸が塞がれるような想いがしたなら、滸がましいけど汲んであげましょ、その細い肩を撫でてあげましょ抱いてあげましょと言ってあるから。それでの訪のいであるのなら、片手間に訊いてはいけないと、立ち上がっての歩みを寄せれば、

 「俺も同じだから。」
 「え?」

 すぐ傍らのせせらぎの音にも紛れずに届いた声は、されど…少しほど堅かったし、あまりに唐突が過ぎて。すぐさまその意味を飲むのに、少しほど持て余しかかったけれど。

 「戦さが終わってから何年などと、俺も数えたことはない。」
 「…あ。」

 相変わらずのいきなりな言動だけれど、それでも。真っ直ぐにこちらを見やる紅い眼差しの、その真摯さや、そのくせちょっぴり含羞みもおびてもいるらしい、何とはなくの気配から拾えるものの、何とかあいらしいことか。
“困ったお人ですよね、ホント。”
 先程のコマチ坊との会話が聞こえたのかしら。それでの訪のいだとしたら? 何が言いたい彼なのか、何でわざわざ言いに来てくれた彼なのかがじわじわと判って来て。

 「…ありがとうございます。」

 ふうわり。やわらかく微笑ったシチロージの口から、自然とそんな言葉がこぼれた。ああ、なんて優しいお子だろか。そんな風に思えてならず、そおと引き寄せ、掻い込みたくなる。
『…?』
 最初の頃は、感に堪えて伸ばしたこちらの手へ、意味が判らずだろう、じっと視線を向けての警戒もしていたものが。このごろでは、

 「…。」

 それこそ慣れたか、されるがままになっててくれて。懐ろまで素直に導かれてくれる、やっぱり優しいお人であり。ふわふかな金の綿毛へ頬を寄せ、
「気にかけさせてしまいましたね。」
 そおと、だが、絞り出すような声で囁きかける。人への詮索はお嫌いでしょうに、誰ぞかにお聞きになったのでしょう? だってアタシが直接、キュウゾウ殿へと話した覚えはありませんものね。アタシが5年ほど世間から離れて眠ってただなんて、キュウゾウ殿は知らなかったはずなのに…。それを思い出さされるのは辛かろうと、わざわざ“気に病むな”と慰めに来てくれた可愛い子。

 「でもね、ご心配は要りませんよ?」

 ホントに十年を全部、起きていての離れて生活を送っていたのなら、こうまでカンベエ様への勝手を覚えてはいなかったかもしれない。戦いへの勘も、身ごなしや何やも。すっかりと忘れ去っての、ただのおじさんになってたかも知れないですからね。
「これぞ正しく“怪我の功名”ってやつでしょうよ。」
 くすすと微笑う彼だけれど。どれほど胸ふさがれて過ごした5年間であったのだろうか。こうまで人懐こく笑えるようになるには、どれほどの慚愧の念を耐えたのだろか。

 「キュウゾウ殿?」

 今や他人へと気遣いを差し向けられるほど、強く優しく振る舞える君。笑顔もこんなに暖かい。ああ、こんな彼へと出会えただけでも、この村へ来てよかったなと、思わずにはいられぬ次男坊だったりするのである。






  ◇  ◇  ◇



 …というような、ささやかながらも心温まる、何とも微笑ましい日々もまた。あの当時の思い出として数多く想起されるようになったのは。少なくはないすったもんだが続いていたものが、気持ちの上でもひとまず落ち着いた証しであろう…とは。あの神無村を離れて遠き旅の空を一緒に歩む、蓬髪の壮年殿のいつもの言いようだったけれど。
「…。」
 今日、本日の朝一番、宿の食堂に降りて来てすぐ。途轍もない勢いでの突然ふっと、大好きなあの彼のこと、脈絡もなく思い出してしまったのは。そんな…何かの巡り合わせで見る夢みたいな、不確かな要素があってのことじゃなく。

 【 お、起きて来られたか。】

 次の依頼では目的地が分かれる同業者。早起きなのも性分か、そちら様は既に食事を終えてらした此処までの連れが、気さくそうなお声をかけて来たのへと、
「…。」
 無言のままにつかつかつかと、結構な勢いで歩み寄ったる金髪紅衣のうら若き美丈夫。何を思ってか、懐ろから白い手ぬぐいを取り出すと。作りは粗末だが頑丈そうな長椅子に腰掛けていた、相手の頭を抱え込むようにし、その目元へとぐるりと巻いた。

 【 …?】
 「久蔵?」

 いきなりそんな無体をされたご当人は勿論のこと、一緒に部屋から降りて来た連れの壮年殿にも、何が何やら…彼のそんな行動の意味とやらが一向に判らなかったが。
「…。」
 相変わらずの傍若無人。奇矯な行動も少なからず出る彼なのは、相手へ馴れたからならではだと、一応は説明もしてあってのご納得もいただいているものの。それでも…朝っぱらから、一応は成年男子がやはり成年男子だろう男衆のお膝へ跨がるのはいかがなものか。
“他には客人がいなかったから良いようなものの。”
 いやいや、配膳にと宿の女将やお嬢さんがたが立ち働いてはいたのだ。彼女らの目はあるのだから、良くはなかろう、勘兵衛様。
(苦笑) いろんなお客が居るものと、多少は馴れているはずのそんな彼女らでさえ、

 「…☆」×@

 息を揃えての一瞬、眸を剥いてしまったほどの出来事であり。そんな周囲を全く意に介さない点では、連れ合いと感覚が同じであるらしい双刀使い殿。
「…。」
 鋼の幅広なゴーグルをすっぽりと、手ぬぐいで全部隠した上で、相手のお顔をじっと見やって…幾刻か。今度は同じ懐ろから、鋼の小箱を取り出だし、指の幅ほどのマチの部分に居並ぶボタンを幾つか押すと、
「…。」
 頬に宛てがい、しばし待ってから。
【 …はい、こちら〜。】
 相手が出るや、口火を切ったは…相変わらずの単刀直入。


 「米侍。どうして弦造殿がシチに瓜二つなのだ。」
 【 あ、さすがですねぇ。もう判っちゃいました?】

  ………はい?


 それってどういう、いや、そっか、だからシチさんを思い出したんだな、あんた。それにしたって話が急展開すぎて、こちらサイドのお二方もまた、
「シチに?」
【 誰なのだ? それは。】
 ついていけてはいない模様。そんな壮年二人の感慨なんぞ放っぽっといて、も少し若いクチ二人の会話は続き、
【 いやぁ、シチさんて体格の均整がすばらしく取れてるお人なんでつい。弦造さんの擬体作りの参考にさせていただいてしまって。】
「俺が訊いているのは顔だ。」
【 お顔も似ちゃったのは、ノリです。】
 それか“勢い”です、と。何処にいるにしても、そちらさんだって爽やかな朝も早いうち、起きぬけも良いところであるのだろうに。こんなややこしい話を、そんなまで省略し合ってのツーカーでよくもまあ交わせるものよと、さしもの勘兵衛様までが呆れており、

 【 第一、人の印象を決める目元を、ごっついゴーグルで覆っているんですよ?
  久蔵殿ほどのご執心ででもない限り、
  はっきり言って弦造さんとシチさんが似てるなんて、判るお人はいやしませんて。】

 現に、勘兵衛殿はなんて仰せです? そうと突っ込まれて、
「?」
「〜〜〜〜〜。」
 向けられた視線へキョトンとするばかりなところから察しても、自分と違って想いもつかなかったらしいのは明白で。言葉に詰まった久蔵へ、
【 そのご様子だと、久蔵殿だけが気づいたのでしょう?】
 なんでそういう機微には聡いんだ・この、と。自分が刀とばかり向き合ってたのと同じくらい、機械とばかり向き合ってたくせにと思ってたらしい次男坊が唸ったものの、そこはさすがの長男坊、蓄積が微妙に違ったらしい。

 【 そうですね。シチさんへの被害が何かしら生じるとか、
  シチさんが直接“迷惑だ”と言って来るようなら考えもしますが、
  そうでないことへは耳を貸す訳にも参りません。】
 「な…っ!」

 何だその言い草はと、激高しかかった久蔵の憤慨だけを居残して、携帯電信はあっさりと切れてしまい。
「…っ!」
 何とかしろとでも言いたかったか、振り返った先では、

【 そうか、七郎次という御仁はそんなにも美形なのか。】
「ああ。今現在でも十分美男子の範疇に入ろうし、若かりし頃なぞ、通りすがっただけでその道の差し渡しを行き交う人々全部からの注目を集め、目が合った女性男性問わずして、全員に頬染めさせたほどもの、大した美形であったからの。」

 そんなお人が下敷きになっていようとはの。うむ、気をつけたが良いぞ、その気はなくとも“女敵
(めがたき)”などと言われて、あらぬ疑いや恨みも買いかねぬからの。

 “〜〜〜〜〜。”

 こんの暢気な壮年たちは〜〜〜っ、と。珍しくも肩を震わせるほど怒っておいで。コトの次第の重要さ、大変さを判ってくれる人が居ないのが悔しくてしょうがない久蔵殿だったりするようで。ああ、こういう時ほどあの人の懐ろが無性に懐かしいと。絶対思ったに違いないと感じた人、手を挙げてvv
(こらこら)




  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.7.02.


  *ああしまった、何だか妙な締め方になっちゃったぞ。
   こんなになりましたが、いつもお世話になってるHさんへ…って、
   さすがにこれは返品されそうで怖いです。
(苦笑)

  *UPしてから日が経ってしまうと判りにくいかもしれませんね。
   後半に出て来る“弦造殿”というお人は、
   賞金稼ぎ噺の『
魔森煌月鬼奇譚』に登場するオリジナルキャラです。
   オチがややこしい人ですいません。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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