ちょっと内緒の昔話 〜大戦時代捏造噺 U (お侍 習作72)

         *終盤にちょこっと、艶っぽい描写がありますのでご注意。
          でも、基本“ギャグ話”ですので、期待はしないで下さいまし。
 


 野伏せりに備えての“神無村要塞化計画”は着々と進行中で、それぞれの得意分野を生かして配置されし侍たちからの適切な指示の下、勤勉実直な村人たちもそれはよく働いており。敵は機巧の身ゆえ、馬力も違えば武力の規模も違うとあって、いつどのように唐突な奇襲をかけてくるやも知れぬながらの、それでも。一致団結、意気軒高。頼みの助っ人たちの凛々しさ雄々しさに触発され、形になりつつある様々な仕掛けや砦をその手で構築しているという事実や、弓の習練により胸を張り頭を上げるという“士気”を高められ、
そういった“充実”を肌身にて実感していることから、武装と共に潜在的な武力も上がって、村全体が高揚してのいい雰囲気に満たされつつある。

 「…ということで。
  明日中には、機関部を発射台の台座へと据えられる運びとなっております。」

 秋の野辺へと訪のう宵は、風に揺れるススキの穂越しの月影もさやかに、その玲瓏な美しさを歌い上げるは虫の声。真昼の活気をゆるゆると冷ます涼しさが、風のみならず、音や景色としても感じられ。とはいえ、一刻さえも無駄に出来ない皆々様には、今の今まで実感出来なかったそれらでもあったりし。各所での作業の進捗報告にと、詰め所へお顔を揃えていやった監督役の皆様方も、それぞれに野辺にいながら、されど気づかずにいたものが、
「…? キュウゾウ殿?」
 報告することが無いではないながら、こちらは微妙に部署違いなのでと。話の輪から外れた少し離れた土間にて、壁へと凭れて立っていた誰かさん。何にか足元を騒がされたらしく、身を浮かせた気配が立ったのへ、丁度話が途切れた間合いとかち合って、板の間、囲炉裏端にいた皆様が振り返ってくる。
「…。」
 何でもないとかぶりを振った、そんな彼の足元から撥ねたのは、小さな小さなコオロギで、
「ああ、そういえば。」
 耳を澄ませば、場へ訪のうは静寂と…自然の奏でる声、また声。夜風に波打つ稲穂の囁きも、虫らの声も、ずっと立っていたもののはずなのに、あまりの活気と忙しさとで、気づく暇さえなかった彼らであり、
「夜間の作業場へは、明るいのが難なのか寄っても来ないようですが。」
 それに、工作音が立っての聞こえないということもありましょうしと、やんわりとした苦笑を見せたは工兵さんで。
「今の今まで、秋の風情というもの思い出せずにいましたねぇ。」
 カツシロウくんがいたならば“そんな悠長な場合ではなかろう”と、柳眉を立てての意見されそうですけれど、
「物音の響きも違いますから、向背に木立や柵など衝立のない場所での作業、落陽後は少々気をつけねばなりませんね。」
 そういうものへの注意もまた、意味がないことではないと、重々知っている彼らであって、
「晩の明かりの届きようも違いますよ。」
「さよう。篝火にも工夫を足しますかの。」
 必要な方向にのみ広がるようにと覆いをかざして、作業場を限定されぬように図りましょうか。いや、それならいっそ、弩の張り子を設置した場を誤魔化すついで、見当違いなところへも偽の明かりを灯すがよかろう。そんなこんなと話が広がり、それもまた作戦の中へと組み入れられて、
「虫というと、篝火へ飛んで来るのもおりますよね。」
 いきなり手元に飛んで来てはギョッとさせられますと、ドライバーを構える手真似をしてのヘイハチ殿が苦笑交じりに持ち出せば、
「そうさの。コガネムシだの結構堅いのが、羽音も分厚いままに、カンテラ目がけて不意打ちよろしく飛び込んで来るのは、確かに心臓に悪いこと。」
 先の戦さの折にも、極秘で掘っていた塹壕へいきなり飛び込んで来た甲虫一匹のおかげで新兵たちが敵襲と勘違いして大騒ぎとなり、作戦が頓挫したことがあったわいと。どこまでホントかゴロベエ殿が笑いながらのそう言って、ヘイハチやシチロージがクスクスと笑い、カンベエ様まで目許を伏せての静かな苦笑をお見せになられる。実戦というものは概ね 野外で行われるもの。となれば、そういう思わぬ伏兵の乱入だって大いにあり得る訳で、
「あと、整備作業の折に困ったのは例の黒いのですね。」
「黒い…ああ、あれですか。」
 名前を上げれば影を呼ぶかもと言わんばかり、眉を下げての悪戯っぽく笑ったヘイハチが言うには、
「機動系機巧の動力部に暖を求めてもぐり込んでたり、油をね、餌にするのでしょうか、駆動部から入り込んでの精密な制御基盤を汚してくれたり、そりゃあもう泣かされたもんですよ。」
 あのしぶとさ、人類が果てても生き残るだろうと言われているだけのことはありますと、敵ながらあっぱれなんて肩をすくめる彼だったのへ、
「…。」
「…。/////
 おやおや? 約2名ほど、あらぬ方向を見やっての、片やは苦笑し、片やは何とはなく顔を赤らめていなさる方々がいたりして。
「どうされましたか?」
 ゴロベエ殿が訊くのへ、蓬髪の惣領殿がああいや別にと素っ途惚けたものの、もう片やのおっ母様へと、
「…。」
 いつの間に傍らへと寄ったものか。お膝を揃えて腰を下ろしの、案じるような眸を向けて“じぃ”と見つめ、話してくださいというお顔をする子がいたりしたものだから、

 「いえあの、大したことじゃあないのですよ。///

 こちらも随分と焦りまくりの苦笑をして見せての、それから、
「アタシが昔は、一時期 相当苦手な方だったもんで、それを…ちょっと思い出してしまって。」
 まだそれほど冷えはしないのでと、大きな火までは燠こしていない。そんな囲炉裏の端の方に寄せられた灰の山を、だってのに火箸を握ってのぐりぐりと、明らかに照れ隠しの所作にて掻き回している槍使い殿であり。場合に応じての愛嬌こそあるけれど、日頃は凛々しくも毅然とした態度を保っておいでの彼には珍しいほどの…判りやす過ぎる取り乱しよう。
「…。」
 横合いからのちょこりと、白いお手々がお膝へ乗っかったのへ、ちゃんと話してくださいという意を感じ取れる我が身が恨めしい。言葉足らずな次男坊の、判る人にだけ判る、切なげでかあいらしいおねだりを、振りほどけるほど強腰ではなかった自分に呆れつつ、
「ですから、あの…。」
 根負けしてのこと、おっ母様が語り始めたは。十年ともう少し昔の、とある日のことだったりし…。






  ◇  ◇  ◇



 忘れもしない、あれは七郎次が士官学校を出てから半年後のこと。他の新兵たちとひとからげで、しばらくほど様々な現場や部署を引き回されての適性を測られて。得意なこと苦手なこと、気性の色合い、気概の太さに、人との相性などなどなど。学校時代の成績や評価を参考に、人事担当の上官が概ねの判断を下したものへ…どういうことだか、部署違いの誰か偉い方がいきなり一声足したらしく。突然の変更が下されたのが一目瞭然な、手ずれしてない新品、一から書き直しましたという風合いの身上書を手に、そちらへ向かえと配属場所として指示されたのが、

  ――― 空挺部隊の南方支部、○○○方面 第2小隊。

 司令官の名から“島田隊”で通っていた、斬艦刀乗りたちの部隊で。当時は何かと派手な戦績を上げまくりなことから一般向けの戦報にもしきりと名が挙げられの、なかなかに熱い所轄であり、
“でもなぁ…。”
 歴戦の部隊を率いるだけあって、それなりの俊英であらせられるか。隊長はなかなかに気難しい御方だそうで。よって副官が居着かぬことでも有名だとか。新人もこの何期かは配属されていなかったそうで、かっつかつの人員で、それでもそれだけの戦績を上げている、引っ繰り返せば“即戦力”という実力をのみ、求められている部署でもあって。
“隊長殿のお眼鏡に適わねば、有象無象の中へ突っ返されるということか。”
 相手はそれなりの経験値を持っている人物だけに、ちゃんと根拠があっての断じられるのだろうけれど。だからって おもねったり諂
(へつら)ったりは本能的に無理だと、ある意味で立派に不器用な我が身を自分でもよくよく承知の短気者。あんまり自覚はないのだが、どうやら自分はちょっぴり容貌が端正であるらしく、それをもってのえこひいきと同じほどの誤解や誹謗中傷も、物心付くころからというほども大昔から、度々のさんざん受けて来た。嫋(たおや)かそうな風貌だからと勝手に気性まで風雅温厚だと思われるのはまだ良い方で、女泣かせだのあれこれ貢がせただのと、覚えもなければ根も葉もないことを言い立てられの。果ては男の教授を、だってのに色目で篭絡させただのと、それはちょっと聞き捨てならないぞという風評まで流されて…黙っておれるほど寛容な彼ではなかったものだから。棍杖引っ提げてのド派手な大喧嘩を、それも数十人を相手の一カ月に渡るほどもの規模の連戦を制しての完勝したそのまま、学園の反省房へと数日ほど放り込まれた伝説は同期の間では有名で。とはいえ、
「〜〜〜。」
 ここは学校ではない。上意下達という命令系統を絶対の基礎として侵させず、よって、ある程度は上下関係も飲まねばならぬ。それが規律の基礎となっている、軍という“現場”だからで、混乱を招いての速やかな作戦進行の妨げになるようなことは、最も忌避せねばならぬ罪悪であり、どんなに理不尽であれ厳罰が下るのも甘んじて受けねばならず。
「〜〜〜〜〜。」
 ああどうか、この短気な性分が出来るだけ長いこと顔を出さずにおりますようにと、それを神頼みしてどうするという突っ込みが天から降って来そうなこと、神妙なお顔になってのえいえいと、何度も何度もお祈りしていると、

 「用があるなら、とっとと入れ。」

 十数分ほど前から延々と立ちん坊をしていたドアのその向こうから、響きの良いお声がして。特に怒鳴られた訳ではなかったものの、ドッキリと背条を叩かれ、総身が躍り上がった七郎次だったのは、
“な、なんで…。”
 支部とは言っても、民間から徴出させたらしき本拠は…元は国立の図書館ででもあったものか、それは風格ある立派な作りの建物であり。大理石の壁に床には絨毯が敷き詰められていて。重厚な扉は自然木を使った分厚い重々しいそれだけに、廊下の気配がそうそう伝わるとも思えないのだが、
「どうした。」
 再三のお声かけにハッとして、意を決すると“失礼します”と扉を開く。あくまでも執務室だからか、入るとすぐにも大きめの机が真正面にあるのが目に入り、天井の際までという背の高い書架が幾つもあって壁を埋めていることに七郎次が気づいたのは、着任の挨拶が一通り済んでからのこと。それほどに…七郎次からの注意を全く逸らさずという存在感をたたえて、そのお人はそこにいた。
「あ…。」
 部屋が随分と奥行きのあることに、まずは少々唖然とした。だってドア越しのお声は、本当に滑舌よく通ってよく聞こえたし、こうまでの距離があっただなんて思えなかったから。それから次には、真正面のデスクに座していたお人に視線がゆき、
「………。」
 どうしたものか、そのまま釘付けになってのなかなか目線が剥がれなかったのが、後から思うと物凄く不躾けではなかったかと、七郎次を困惑させたお初の遭遇。そこにおわしたのは、それほどに存在感のある、重厚な男性士官殿であったのだ。その身にまとった濃緑の制服は、自分のと同じお仕着せであるはずなのに、こうまで自然にしっくりと着こなせるものかと、陶然とさせられたほどだったし。背中までと長く延ばした豊かな蓬髪に、顎には髭をたくわえておいでで。浅黒い肌をし、眼窩や口許、鼻梁の峰などの、彫が深くて精悍な、それはそれは男臭い風貌には、とてもとてもよく似合っておいで。ごつりと重たげな、されど切れのよさそうな所作が窺える、頼もしくも大振りの手を、机の上へ、軽く組んでの載せておいでで。そこには何も載ってはいなかったので、何かしらの執務の途中だった訳でもないらしく、
「七郎次、というのだろう?」
「あ…。は、はいっ!」
 何を仰せか一瞬判らなかった、そんな瞬時の混乱が弾けるように彼を叩き起こしてのやっと。喝が入ったかのように勢いよく我に返った金髪長身の新兵へ、
「儂がここでの空挺部隊を預かる、島田勘兵衛という。」
「は、はいっ!」
 屈強にして骨太な、いかにも叩き上げの、実戦歴が豊富な“武者
(もののふ)”という雰囲気をまといし、野趣あふれる御仁であり。不謹慎ながら…かつての自分にかけられた、同性の教授をたぶらかしたという噂、だがこのお人になら可能かもと思ってしまったくらい。だって、ただ向かい合っているだけだのに、こんなにも圧倒されている。匂い立つは、精悍な野生の香。頼もしくも危険で、力強くて残酷な。骨太なのに鋭利な危うさも同居していて、その場違いな暗渠に、されど惹かれてやまない不思議。
「新兵が“副官”という仕事に慣れるまでは、それなり日もかかろうが。」
「はいっ。」
「誰もが評する“負けず嫌い”だというのが気に入った。その性分をせいぜい活かして、一刻も早よう、この部隊の全てへ慣れよ。」
「はい…っ、え?」
 それはいい響きのお声とそれから、その存在感に半ば飲まれていてか。ついつい流されたように良いお返事ばかりで通してしまったものの。あれれ? うかうかと聞き流してちゃあいけない文言が、なかったか? 今。


  『新兵が“副官”という仕事に慣れるまでは、それなり日もかかろうが。』

   ……………………………はい?


 え? あの? えと? 山ほどの疑問符が頭の上へと吹き出して、
「ちょ、ちょおっと待って下さい。」
「何がだ。」
「副官て。」
「儂の補佐だ。実務兼任の秘書のようなものかの。」
「いや、あの、それって。」
 兵になったばかりの、ものの喩えではなく、この兵舎の中でさえ右も左も判らぬ者が、おいそれと就いていいような役職じゃあないと思うのですがと。一応は言い返せたのも奇跡なくらいに、そりゃあ意外な抜擢で。だが、
「新兵でありながら、咄嗟にそれだけ舌も頭も回る者から、無理だの出来ないだのと言われてもな。」
 掛けていた椅子ごとちょいと体を斜めにしての、机の端へと肘を置いての頬杖をついて見せ、ふふんと眸を細めて微笑ったご尊顔の、打って変わって…何とも意地悪そうで強かそうだったことか。豊かな経験積まれたは、現場実戦の場においての合戦歴のみならず。実は恐ろしいほどの頭脳派で、名うての策士でもあらせられ。経験という裏打ちあっての堅実なものだからこその、即妙奇抜であるのみならず相手の心理も巧みに読み込んでの老獪で見事な戦術の数々は、様々な戦史の中にて伝説と化しており、七郎次が学んだ教科書にも考案者名は伏せられての載っていたほど。
「そんなぁ〜。」
 苛烈な攻防の途絶えぬ只中、作戦運営を維持しつつ、その一方ではそれは手の込んだ策を弄しての根気よく、敵の牙城を落とした戦歴も数あるという、気難しい横顔を想像していた司令官殿が。若造相手にこんな挑発的な物言いをなさっての、その分、別な意味合いから手ごわそうな御方であろうとは。
“厳格なだけな御方ならば、誠意を尽くしての頭を下げ続ければ何とかなろうけど。”
 悪戯っ子を卒業したての若造の、半端な企みや小細工なぞ。自分の経て来た道という実績で知り尽くしていると言わんばかりの、それこそそれ以上はない頑丈な土台で裏打ちされてる強かさが、何も言わぬ端からありありと滲み出て来ているのが判る。とはいえ、だからこそ…根拠あっての抜擢であり、意味のない無理強いを押し付けての“無理難題”ではないということでもあろうけれど。新人の肩には重すぎる荷であり、いくら負けん気の強い七郎次でも、そこは困惑を隠せずで。悲壮な面持ちで無理ですの一点張り、何とか諦めてもらおうと、机の際まで歩み寄り、身を乗り出しての言いつのったその顔のすぐ間際を、

  「…っ!」

 不意によぎった旋風が一閃。あまりに強い口調での口答えに、さすがにむっとしたものか、司令官殿がいきなり身を起こしたのが見えはしたが。まさかにそのまま問答無用で横っ面を叩かれるとは思わなかった、だから大仰に避けなかった七郎次の肝の太さもなかなかならば、
「何か甘いものでも食って来たか?」
 その顔へと留まりかけていたのだぞと、ぶんと振り抜いた手でそのまま、横手の壁を指さした司令官殿の、間近になった手套つきの大きな手を見、それからその指す方を見やった七郎次が、
「…っ。」
 絶句したのは。書架と書架の狭間の隙間、ほんの数センチという細い仕切りの柱の上へ、外科手術に使うような小柄
(こづか)に串刺しにされたる…黒くてつややかな平たい害虫が、ひくひくと震えての昇天しかかっていたからで。

 「ここは物資が豊かな分、ああいうものにも慣れてもらわねば。…おい? 七郎次?」

 他でもない、顔に留まりかかっていたという一言へ、今頃になって凍りついていた、まだまだ青かった暴れん坊の槍使い殿。それからのしばらくほどは、かさ…という物音にいちいち反応しては、居場所を見つけるまで仕事にならぬという過敏さを見せるという、とんでもない性癖をつけてしまい、こんなことではいけないと更に半年かけてそれを克服したのだとかで…。





  ◇  ◇  ◇



「克服出来たはよかったのですが、その間のフォローをカンベエ様にしていただいた格好になったのが、そのまま、常に傍らにいるという形をも定着させてしまいましてね。」
 ギクリと身が竦んでしまうたび、一緒に周囲への注意を払っていただきの、ほれ あそこにおるぞと見つけてもいただき。克服へ向かおうとの決意を固めた“折り返し”へ辿り着くまでは、向こうを向いておれとの気遣いもお優しく、手づから処分して下さりもして。そういう形で頼りにしてしまったからには、お運びの先々へは必ずお供しましょう、身の回りのお世話もしましょうし、伝達事項が手元へ集まれば整理もしましょう。そうやって書類の全てへ眸を通す身となったことから、どれをどう処理していいかも早々と飲み込めてしまっての…気がつけば。
『先だっての計画、物資人材がやっと整いましたので、これとこれへはそれへ向けての下準備も兼ねて、既に先行隊を向かわせております。ここに承認のサインをだけお願いします。』
『うむ。』
『それから、こちらの補給行動に関しましては、七郎次の出過ぎた真似ということで、勘兵衛様は知らぬお顔を通していて下さいませ。』
『…失策に運びそうなことなのか?』
『いえ。実は携わらせた後方支援担当の者らが、日頃から少々不平を垂れておりましたので。』
『それで?』
『わたしの鼻を明かすべく、ムキになるような方向での発破をかけました。よって、勘兵衛様が御存知だと話の辻褄が合いませぬ。』
 失策に終わりますれば、速やかに救援を向かわせますので、この七郎次をお叱りください。成就の暁には彼らをせいぜい褒めてあげて下さいませとにっこり微笑って見せ、わざとらしくも虎の威を借るキツネの面をかぶって見せるまでの強かさを身につけし、とんだ成長ぶりをほんの一年で見せたというから…恐るべきは北軍精鋭の底力。
「…そうまで頼もしい副官を育てられもした御方が、なのになんでまた“負け戦の大将”だったのやら、ですな。」
 切っ掛けはどうあれ、適応性や吸収力があっての、成程 副官という立場に向いていたシチロージだったには違いなく。面と向かっての逢う前からそうと目をつけたカンベエの、慧眼もまた恐るべしというところか。
「で。そんなことの切っ掛けになったがゆえ、例の虫には感慨も深い、と。」
 そいや、この村では見ませんね。そろそろ涼しい季節だからではなかろうかの。そうでしょね、隠し米があるくらいだから餌がなくてのというのは理由にはなりませぬと、ヘイハチが肩をすくめて、さて。
「それでは持ち場へ戻りますか。」
 遠い昨日のよもやま話は切り上げて、明日へ向けての仕事へ戻ろうかいと、皆様方が気持ちを切り替える。立ち去りかかるヘイハチへキュウゾウが歩み寄り、弓の習練の新しい段階への的に使いたいから、半端な鋼板を分けてくれとぼそぼそと告げており。背丈の違う二人の陰を追って、ゴロベエ殿の大柄な背中がゆったりと戸口を出てゆけば、

  ――― しんという静謐が、耳の底に金音を引くほどに

 月光の振り落ちるさやかな気配と、涼しい夜風の音のみが、がらんと人気の減った詰め所の中へと忍び入り、
「…お茶でも淹れましょうか。」
 さっき勢いに任せて掻き回した灰の中、掘り出すところまでは免れた炭の上にて常時沸かされている、使い込まれし鉄瓶の蔓を取りかけたシチロージの白い手を掴まえたは、あの頃から変わらぬ、白い手套をはいた大きな手で。

 「もしかせずとも、別なことを思い出しはせなんだか?」
 「はて?」

 何のお話でしょうかと、思い当たらぬ振りで小首を傾げたおっ母様だったけれど。
「はぐらかすか?」
 ちょいと目許を眇めた惣領殿が、もう片やの手を伸ばし、その甲にて白い頬をそろりと撫で上げれば、
「〜〜〜。////////
 途端に色白な頬が、仄暗い中にもありありと血を上らせての真っ赤に染まるはどうしてなのか。






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 時折かすかに立つは、敷布や衾の擦れ合うさらさらという衣擦れの音。それから、堪え切れずに洩れる息遣いと睦声。それに温められし甘やかな夜陰の、とろり、蜜のようになりし感触へ、ついのこととてほくそ笑む、意地の悪い御主の所作が立てるは。なめらかな肌を愛でての、かすかな水音と囁かれる睦言と。
「…ん、あ…。////////
 人の目を避けての深夜の帳の中。こんな風に身を重ねるようになって、まだ日は浅く。時を忘れ、明日も忘れて、ただただ溺れてしまえと追い詰められるのにも、まだまだ慣れてはいないから。思わぬところへ触れられて、どうしてだろうか肌が震える。頬を喉元をあの大きな手でそおと優しく撫でられると、身のうちからじんわりと熱が滲み出して来て。あらわにされた胸元へ吐息がかかれば、押さえ切れない感覚がほとびての、あられもない声が喉奥から出てしまう。
「う…、く…っ。」
 取り乱すことを恥じての、必死に声を堪えて唇を咬み、歯を食いしばる苦悶のお顔がまた、淫靡なまでの色香をほとばしらせての罪深く。敷布の上へさんざんに乱された金の髪が流れての、ぱさり、かすかな音を立てれば、
「…。」
 御主が手へと掬い上げ、愛惜しげに唇を寄せて下さって。さほど長さがあるでなし、すぐの間近で伏し目がちになられるお顔の、淡く陰影がついた精悍なお顔に見とれておれば、悪戯な手が別なところでおいたをし、
「あ…っ。/////////
 弾かれたように身を震わせの、青い瞳を見開いて。短い声を上げてしまったその反応へこそ、頬へ血が上っての居ても立ってもいられなくなる彼であり。まだまだ青いがゆえの初心な反応、自らを途轍もなく淫靡だと恥じている。そんな羞恥に襲われてのこと、抗いようのない反応まで無理から押さえつけようとするものだから。そんな抑えから逃れての反応は、さらに大きく溢れ出て。
「あっ、やぁ…っ、んぅ…。////////
 日頃は取り澄ましていての隠している可愛げを…艶な声やら悩ましげなお顔やらを見せてくれるのがまた、こちらの雄性を刺激してやまず。抗いを封じての、指をからめて押さえ込んだ白い手の甲に、思わずの力が籠もってだろう、哀れなほどの抵抗の筋が立つ。真白い肌に重ねた褐色の肌の拮抗が、痛ましくも悩ましく。身じろぎ止まりで徹底的にまでは逆らいはしないままでいる、何とも凄艶なこの存在をまるごと、このまま蹂躙してのいっそ、昼夜の別なくこの閨へと閉じ込めてしまおうかとの、抑えようのない誘惑に喉奥を干上がらせれば。
「ああ…っ。や…、あ…。」
 自分の身へと起こり高まる淫悦の波に押し流されそうになっての抵抗から、甘い痺れへ切なげに眉を寄せての必死に堪えていたものが、


  ――― かさり、と。


 不吉な響きを確かに拾っての、それからが凄まじい。
「…っ?」
 さても、ここからどう料理してやろうかと、組み敷いていた情人を、自分の上からはたりと軽々、横合いへ薙ぎ倒しての身を起こし。寝台の端に立て掛けてあった得物の槍を手にすると、

 「哈っ!」

 気合い一閃、部屋の隅を強かに叩いた彼であり。まだ袖は通していた小袖を負うての仁王立ち。がっつとその柄の先にて絨毯まで抉ったのではなかろうかという力技の披露のその後で、いきり立っていた肩がすとんと落ちると、振り返って来たお顔の何とも清々しかったことと言ったらなくて。






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「あの時はさすがに、開いた口が塞がらぬ想いがしたぞ。」
「あはは…。///
(すみません)
 初心で愛らしい相手へと、それなりの気遣いも含めての愛情込めて高めつつあった睦みのあれこれが、アレの気配に負けたのだから。その衝撃も少なくはなかったことだろうと、今のシチロージにならば重々理解も及び、申し訳ないとも思う訳で。その後、御主が負けてなるかと燃えたかどうかは、当事者であるお二人しか知らないことではあるけれど。

  ――― 蛍屋でもたまに出ると、やっぱり赤くなったもんだから、
       ユキノや板さんに“大の男が”って からかわれたもんですよ。

 くすすと微笑った元・副官殿のお顔の、何とも艶を増した表情に、何とも言えぬ深みの出たところが。あああれはもう過去の話なのだなと、いろんな意味合いから御主の胸を淡くくすぐったのでもありました。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.8.17.


  *何だかなぁというネタですいません。(苦笑)
   ちなみに、同じ頃のキュウゾウさんはというと、
   まだまだ幼年学校でお勉強中だったと思われ。
   ヒョーゴさんとのあえてのネタがあるにはあるんですけれど、
   そっちもやっぱりギャグでしかないので、
   書こうかどうしようかは検討中です、はい。

  *ウチの勘兵衛さまとシチさんが
   大戦中は“そういう間柄”だったという下敷き、
   千紫万紅、柳緑花紅シリーズの『
雪月花』で浚っておりますので、
   未読の方、よろしかったらそちらもどうぞvv

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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