暁幻夢艶夜閨戯 (お侍 習作76)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より

             *途中から、珍しくも“R-15”展開へ雪崩れ込みます。
              苦手な方への配慮もしてありますが、どか ご注意を。
 



 ふっ、と。

 気がついたら目が覚めていた。衾の中の、じんわりと まといつくよな温かさ。間近い藺草の匂い。雨戸や鎧戸を降ろさなかったからか、部屋の中は随分と明るくて。障子の目映さ、もはや黎明の白どころではない。

 「………。」

 眠り足りての、だのにまだ たゆたっていたい自堕落を自覚しつつも。珍しくも寝坊をしたらしいと、そこまで意識がしゃんとして来たのと同時、

  pi pi pi pi pi pi pi pi pi …

 覚えのある、特徴あきらかな物音がした。機械にてわざわざ作った呼び出し音。どんなに騒がしくとも、人の耳に真っ直ぐ届く高さ長さの“波長”とかいうので、呼び出し音が鳴るようになっているのだと。製作した責任者が言っていたこの音は、

 “あ…。”

 ごそり、上掛けが肩からずり落ちるままに身を浮かし、衾から這い出して。枕近くに据えられた、平たい配膳盆のような乱れ箱の中、文字通り、脱ぎ散らかした衣紋が乱れ入っているその中から、音源をと探り当てる。かまぼこ板を数枚重ねたくらいの鋼の小箱。一番幅の狭いマチのところに居並ぶボタンの1つを押すと、人工の音は途絶え、それと入れ替わりで、人声が聞こえ出す。

 【 あ、おはようございます。】

 機械を通した、少し遠い声。それでもすぐに、誰なのかが判って。

 「…シチ?」
 【 ええ。久蔵殿ですね。こんな朝早くに済みません。】

 少しほど雑音にたわんだり、ところどころが割れて聞こえたりもするけれど、それでも一気に目を覚まさせてくれた優しいお声。此処からだと かなり遠く離れた虹雅渓にいる、槍使いの君の声。まぶたがまだ、上がり切らないそのまんま。それでも身を縦に起こすと。衾の上へ正座を崩したような座り込み方をし、頬にくっつけた小箱相手に会話を続ける。

 【 いえね、昨夜、つながらなかったものだから。】
 「…昨夜?」
 【 ええ。宵の口、そんなに遅い時間でもなかったんで、
  まだ起きておいでだろうなと思って、かけてみたんですが。】

 途轍もなくの遠いところとの会話が可能な、不思議な小箱。広い広い大陸のあちこちへ、中継器を設置しの、通話するための電信器を配布しのと。精力的に歩き回っているお仲間の働きのお陰様。もはやどこに行ったとて連絡は直通で可能なほどの、利便性が生まれつつある“電信”だけれど。

 「昨夜…?」

 彼らの場合、流通関係の生業
なりわいをこなしているでなし、はたまた、新鮮な情報が随時要りような州廻りの警邏関係者というものでもなしで。さほど頻繁に連絡を取り合う必要もない身ゆえ、何にも優先させてというほど、日頃から注意をそそいでいる訳でもなくて。

 “でも…。”

 そういえば。昨夜は…そう、昨夜は。何かしら、関わりのある“覚え”が脳裏をよぎる。確か、えっとえと、ゆうべは、えっと。記憶が少しずつ鮮明になりながら、ふわり、胸底から浮かび上がって来かかった、そんな間合いに、

 【 久蔵殿?】
 「…七郎次か?」

 不意に、肩の向こうの背後から伸びて来た手があって。有無をも言わさず、久蔵の手から七郎次の声ごと電信器を攫い取る。え?と肩越しに振り向けば、同じ衾にくるまっていた連れ合いが。やはり小袖姿のまんまで片膝立ててという勇ましい恰好で、こちらさんも身を起こしており。

 「………ああ。その時分か? そうさの、外で涼んでおったかの。」

 恐らくは同じことを訊いて来た七郎次へと、そんな言いようを伝える勘兵衛だったものの、

 “え?”

 あれれぇと、久蔵が怪訝そうに眉を寄せた。だって、昨夜といえば………。





  ◇  ◇  ◇



 その昔、この大陸を二分して何十年にも及ぶ長い長い大戦があり、その時に、侍と呼ばれて戦場にいた戦士兵士の成れの果て。戦さが終焉を迎えると共に、身の拠りどころを失った…主には機巧侍の浪人たちが、いつしか“野伏せり”と呼ばれる野盗と化しての専横跋扈を繰り広げ。その野伏せりを一掃しようとしたうら若き天主との一大決戦ののち、彼らの組織の主幹部はあっけなくも解体されたらしいのだが。そこから逃れた“野伏せり崩れ”が、今だにちまちまと辺境の地を荒らしている。それらを討っての賞金稼ぎを、いつの間にやら“生業”にされつつあるのが、褐白金紅と仇名されたる侍ふたり。とはいえ、そうそう毎日々々を盗賊の掃討にのみ費やしている訳でもなく。今回の投宿も、そちらの太刀ばたらきとは無縁の旅路。敢えて言うなら、さて次はどこへ向かおうかと、それをば決めようという憩いの間合い。

 「………ん。」

 だったので。

 「………ふ。」

 騒がしいのを嫌っての、宿の離れに腰を据えていた、それは静かな宵の口。どちらからともなく、相手を見やり、視線が幾度か絡まる中で、甘えるような眼差しをして見せ。それを拾って、されど“んん?”などと空とぼける相手の、筋骨張ったる雄々しきお膝へと。内緒話でもしたいものかというほどの、すぐの間近までにじり寄る。肩と肩とが触れるほどともなれば、少ぉし頭を垂れてのこちらを覗き込む、相手の頬が間近にあって。深色した目許を細め、悪戯っぽく微笑っているのが、実は望みが通じている証拠。だのに焦らした唐変木がと、唇咬んでの上目使いに睨み上げれば。宿衣や丹前越しながら、覚えのある温みが すすっとなめらかに近づいて来。間近になった部屋着の小袖の懐ろは、先程まで懐手をしていた名残り。浅黒い肌をみぞおちまで覗かせるほど、合わせが開いているのが目に入る。胸板や喉元の隆と充実した筋骨が、すぐの間近に覗くのへ、

『…。///////

 ああ、いつもこの肌に組み敷かれているのだ、蹂躙されているのだと想起して、その精悍な男臭さについ煽られ。頬へと血が昇っての、かあと赤くなったその途端。不意を突かれて…ついと細い顎先を捕まえての掬い上げられ、あっと言う間の手際よく、唇を奪われていた久蔵で。

 「ん………。」

 昼間日頃は、いかにも落ち着き払った壮年という風情にて。当方、もはや枯れております、そんなそんな、生臭いことへとそそぐよな、縁も精もございませぬと。はたまた、至って不器用なクチですから、恋情なぞという華やいだことには不慣れでございますと。朴念仁を気取っての、納まり返って見せているけれど。

 “…こんの、大嘘つきが。”

 自分のような初心な者なぞ。駆け引きの巧みさと 人誑しの色香とで、手の届くところまで誘い込み。片手でひょいといなしてのあっさりと、籠絡してしまえる魔性の男、立派な剛の者であるくせに。

 「あ…。////////

 今宵もまた、あれよあれよと言う間にも、充実した筋骨にみなぎる野趣あふるる逞しさ、男の性を満たして荒ぶるその懐ろへ、あっさりと取り込まれてしまった若いので。肉づきの薄い口唇の、その頼りなさを甘露とむさぼり、巧みに官能をつつかれての、徐々に吐息が弾んで来るを、籠絡間近い証しと捕らえ。細い肩をば掻い込んで、愛しくも儚いその痩躯、いよいよと腕の中へと取り込んだそんな頃合いに。

  pi pi pi pi pi pi pi pi pi …

 それでなくとも静まり返っていた離れの一室。荷物の中に押し込まれてあったとはいえ、その機械的な音は、途轍もなく鮮明に響いたから。

 「あ…。」

 とろり、ほどけかかっていた意識が ほとほとと叩かれたものか。潤んだままの赤い瞳が何度か瞬いて、腕の中で鈍く身じろぎをする。誰かが遠くから読んでいる合図。彼らへ直接の声を届けられる相手は限られており、もしやしたらあのお人かも知れないと、その確率が高いがゆえに、何をおいても出るのが刷り込まれつつある久蔵の。よって、この反応もいつものことだったはずなのに…。

 “………え?”

 残念、仕切り直しかと。いつもだったら手を緩め、苦笑混じりに解放してくれたものが。今宵は何故だか腕は緩まず。それどころか、二の腕をきつく掴まれてのそのまま。重心が揺らいで…次の刹那にはもう、ぱさり、畳の上へ引き倒されていた久蔵で。

 「…島田?」

 彼には聞こえないのだろうか? 表情も変わらなければ、その動きも止まらないまま。真摯な眼差しでこちらを覗き込みながら、横たえられての延ばされた身へ、まるで肉食獣のそれのよに、しなやかな所作にてのしかかってくるから。

 “…島田?”





       




 電信器を置いての出掛けていたから、それで。七郎次がかけて来たものへも気づかなんだのだと。いけしゃあしゃあ、言ってのけたる壮年へ、

 「…。」

 寝起きで曖昧模糊としていた意識が、どんどんと冴えてくるにつれ。やっぱり妙だと、不審ばかりが沸いてくる久蔵であり。

 「ほれ。」

 話すこともあろうよと、やっとのこと返された電信器。耳に当てれば、

 【 久蔵殿?】

 大好きなお人のお声が再び聞こえて、大して用向きがあった訳じゃあないのですよと。ただ、ちょっとばかり間が空いていたから、今度はいつ頃お見えかなって。何だかお声が聞きたくなってのこと、戸惑わせてすみませんねと、やんわり謝って下さったのへ。

 「…。」

 ううんと、見えもしないのへ何度も何度もかぶりを振って。自分も逢いたい、だからすぐにもと、島田を説き伏せるからと。切なげにも懸命な言いようをして、相手のみならず、こちらの壮年を苦笑させてのそれから、

 【 それじゃあ。】

 穏やかに会釈を交わして、会話を終えて。

 「…島田?」

 昨夜は此処からどこにも出掛けなかった。それどころか、きっとあれは彼からのものだったに違いない、電信器からの呼び出しを。なのに、踏みにじるよに無視させた。

  ―― どうして、出させてくれなかった?

 いつだって優先するの許してくれていたのに、そんなに長話にはならぬのに。母に甘える幼子のような、久蔵のたどたどしい話しっぷりを、くすすと頬笑みながらいつだって見守っててくれたのに。

 「火急の知らせなら、何度でもかかってくるかと思ったのだがの。」

 さすがにバツが悪いと思ってか。久蔵が眠ってから、荷物の中から枕元まで、電信器を移動させてはいたらしく。ということは、やはり。意識して出させなかったということになる。

 「???」

 いかにも落ち着いた風情の、年経た壮年と取り繕っておいでだが。これで色々と様々に悪戯も心得ておいでの、油断も隙もない御仁でもあって。

 「島田?」

 自分ごときの世慣れぬ者には、なかなか判らない稚気とやら。思いついてのついついと、発露させただけなのかしら。小首を傾げる様までも、こちらへの情を傾けてのこと、胸を衝かれるほど愛おしい情人へ。何でもないないとの、いたわるような苦笑を示す勘兵衛だったが、

 “…ほんにの。変われば変わるものぞ。”

 誰にも心を開かずの、死びととばかり向き合うて。誰をも選ばず、慕われても振り捨てての、独り。修羅の道をば選んでの、ただただ歩き続けて来たものが。だからこそ、誰と誰とが睦まじくとも、対岸彼岸の風景と距離を置いての、微笑ましいことぞと眺めておれたものが。

  ―― こっちを向いておれと、我だけを意中にしておればよいと、
      思うより先、力づくでの無理から封じて、ねじ伏せていた。

 しかも…選りにも選って、あの七郎次への思慕を ちらとでも疎ましく思おうとは。

 “………。”

 いかにも微笑ましい、母と子のそれのような…ほわりとした睦み合いだと、重々判っている筈だのに。恐らくは、それが最も優先されていることへと居たたまれなくなったに違いなく。

 “よもやこの年で、悋気が涌こうとはの。”

 こんなことなぞ久しくなかった。年若い連れ合いが、こんな年寄りへもどかしげに独占欲をたぎらすのが、何とも面映いことよと戸惑わされるばかりだった それだのに。

 「島田?」

 こんなにも若く美しく。それでいて侍の何たるかを深く解し、強い自負持つ優れえた存在。なのに、物慣れず人慣れず、稚くも拙くて。そんな…人としての脆さ儚さに、気づいた途端に魅了され。

  ―― この我が無くしてはおれぬよに、
      強引にも搦め捕ってしまいたくなった。

 誰ぞに奪われてなるかとばかり、浅ましいにも程がある想いが生じた自分への。何とも言えぬ自嘲の笑みに、ついつい口許がほころぶ有り体を。何がそんなに可笑しいものかと、やはりの怪訝そうに見やって来る情人へ、

 “シチへと悋気立ったと言ったところで、はて、どこまで信じようかの。”

 こうまで明るい中にては、愛しいばかりの稚い和子と。額と額、こつりと合わせて。それもまた笑止なことよと、しみじみ感じ入る壮年殿であったそうな。






  〜Fine〜  07.9.03.〜9.05.


  *途中、とあるアイコンから、R-15相当の隠しページへ飛べます。
   もう結構というお方はスルーしたままでvv

  *どうも何だか、こちらのお部屋では、
   他のお部屋に比べて、べったべたな閨房話が書きにくいなと思ってたんですが、
   先日、某I様のところで主張なされていたお説を拝見し、
   ああそうだったのかという、天啓を受けたような納得を頂きました。

   おさま至上主義の方々が、男らしくも精悍なままに、
   されど“×の右(受)”の方へ おさまを持ってく傾向が強いのはどうしてか。
   ただただ“おさまを がっつかせたくはないから”だそうです。
   仙女や妖精に惚れた身の辛さ…とまでは言いませんが、
   戦さにおいては崇高聡明、知的で凛々しい勘兵衛様を、
   性的な欲望をぎらつかせるよな、精力余りあるキャラにはしたくない。
   だからって、落ち着きが嵩じての、
   妙に場慣れした、たらしっぷりが鼻につくよなタイプにするのもイヤ。
   だったらいっそ、不器用が過ぎて自分からは動かない、
   惚れちゃった側が押して押して押しまくってやっと成就するような、
   恋愛に関しては天然の、ずんと朴念仁の方がまだマシ…と。

   そーかー、それでかー。
   小生もまた、そんな想いが潜在的に働いていて、
   それで何となく、いかにもな濡れ場が書きにくかったのかー、と。
(おいおい)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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