幻冬夜の底 (お侍 習作94)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


面倒がないというと あんまりかも知れないが、
当て処のない道行きに添うてくれている うら若き連れ合いは、
さすがにその得物を握っている間は、
鮮烈苛烈な揮発性に躍動してもいるものの。
それ以外のときどきの顔はといえば、
寡黙でその上、端然とした落ち着きに満ちた青年で。

何も語らずともいいと、身を寄せ合っているだけでいいと。
無言のままの安寧を、同じように満喫していてくれる。
そのまま添うていてくれる意志を感じさせてくれる。

 ―― 互いを感じ、互いを堪能し合っているだけでいいと。

肌に触れ、呼吸を聞き、鼓動を拾うことで、充足される。
言葉を知らぬたどたどしさを隠さず。
だが少しは癪だと言いたいか、時には目許を潤むほど眇めて見せもして。
そんな子供じみた勘気の立てようもまた、愛おしくてたまらず。
やわらかな髪に触れ、冷ややかな頬を睦み、
白い首条に血脈を唇で探れば。
胡蝶の透翅が小さく身じろぎ、漆黒の中にほろほろと滅しゆく…




  ◇  ◇  ◇



年齢相応に物静かだのに、
楚々としているという種のそれではなくて。
敢えて言うなら、鋭として端然。
膝へと乗り上げたそのまま、懐ろに掻い込まれ、
堅く充実した筋骨の存在感に、頬を寄せての触れておれば。
衣紋越しでもその強かさが 確
(しか)と伝わって来て、
頼もしさに安堵する。

  何も語らなくていい、何も紡がなくていい。
  苦手なこと、意識する必要がなくて、煩わされない。

森閑とした夜陰に佇めば、寄り添う互いしか感じられなくて。
この世に二人きりでいるかのような、至福を錯覚出来もする。

 ―― 退屈ではないか?

案じてくれるのへ、かぶりを振れば、
伏し目がちになって見下ろす目許が、柔らかく細められて。
深色の眸が 下手な嘘をと苦笑っているようにも見えたけど。
だって本当だ。
傍らにいてくれるだけでいい。何も要らない。
他に回せる気持ちの余裕なんてない。
島田を感じ取るので忙しい。

  どうしてこんなに男ぶりがいいのだろうか。
  どうしてこんなに、
  どこもそこも気に入りなところばかりなのだろか。

浅黒い肌は強く引き締まり、
ごつごつとした筋骨の隆起を陰影が縁取っていて。
長く延ばした濃色の蓬髪は、
彼という存在の輪郭を、闇へと溶かすためなのかしら。
野趣あふれて雄々しいその風情が、
なのに時折 馥郁とした色香を匂い立たせるのは何故だろか。
人性の厚みのせい?
それとも 他へはつれない、絶とした酷薄さのせい?

  重みのある、気に入りの手が髪を梳いてくれている。
  愛おしげに 何度も何度も。
  やわらかくて心地がいいと、褒めてくれるのがくすぐったい。

男臭くて精悍な面差しは印象的で、
古武士の凛然とした趣きと、獣の荒々しい剛とをその根底に沈めていて。
知性と残虐、
相反する筈の老練と野生とが、破綻なく同座している奥深さ。

どこまでも奥行き深く、見通せない人性は、
さながら、冬の夜陰の漆黒にも通じており。
白い衣紋につつんで隠して、
素知らぬ振りで澄ましているのが、
面憎いけれど…愛惜しく。
歯痒いまでの矛盾に胸底が煮えて…。



  どよもす風籟も遠のいて、冬の夜。
  漆黒の帳は 粛然と甘露。
  永遠を連れて来ていいから、
  奈落の底で冷たく凍らせてくれていいから。
  どうかこのまま、二人きりに………。





  〜Fine〜  08.2.14.


  *さすがバレンタインデーだったせいか、
   あっちでもこっちでも
   やたらとチョコレートの紹介が目についた1日だったのですが。
   甘いがビターだとか、渋くて奥深い味わいが絶品だとかいう、
   チョコへの描写がことごとく、
   おっさまにダブってしまったわたくしは、
   もはや、病 膏肓に入っているのでしょうか。

  *そんなバレンタインデーだってのに、
   ウチの看板の“カンキュウ”が物足らなかったのでと、
   甘いひとときを水入らずで過ごすお二人をと頑張ってみました。
   い、いかがなもんでしたでましょうか?

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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