万華六花 奇妙譚  (お侍 習作131)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        1


 ここいらの冬は、それほど極寒とまでの冷え込みようはしないものか。家並みも途切れてしまっての畑地の北限、閑散と開けた平坦な土地の見渡す限りのどこかしこにも、冬枯れの乾いた感こそあれ、雪の気配はまだまだ見当たらない模様。そんな平野、間近な里からはやや離れた地点へポツンと、置き去られた玩具のような建物がある。玩具のようとは言っても、その周辺に 他の建物はおろか、木立ちや丘も何もないからそう見えるだけ。近づいてみれば結構な敷地の大きな屋敷であることが知れ、幾代か前にはここいらも栄えていたものが、時の流れから取り残されて、人だけが新しい繁栄を追って行ってしまっての、置き去りにされた存在である様子。かつては他に家並みもあったのかもしれないが、周囲が風化する中、この屋敷だけが頑丈さ故に居残ったらしく。そんな風情のする少々古びた作りの屋敷前、広く開けられた前庭では、午前の陽射しが踏み固められて久しい地面を白く照らす中、家人らだろう人々がばたばたと忙しそうに立ち働いており。きびきびとした動きで何やらの支度に取り掛かっているらしく、余程に統率の取れた鍛練を積んでいるものか、無駄口も少ないままでの作業は、手際もよくて整然としたものだ。勢いのある動きを見せる、それぞれに頼もしい衆が立ち回る中、そんな様子を監督する立場の存在か、その男だけはさして駆け回りもせぬまま、周囲の様子へと眸をやるばかりでいたけれど、

 「いよいよだの。」

 後背からの声掛けへ、はっとすると居住まいを正し、首だけで眸をやったもの、体ごとそちらへと向け直す。

 「御前。」
 「よいよい、儂には構うな。」

 どこか鷹揚泰然とした気配をまとった、壮年、いやさそろそろ初老くらいの年頃だろうか。見るからに豪放磊落な大男という雰囲気こそせぬものの、様々な場面を掻いくぐって、その末にここにありますといった感じのする、いかにも叩き上げで中身の錯綜していそうな、老練な気配をたたえた総帥殿で。支度のほうを優先せよとのお言葉へ、ははっと目礼を返した指揮官、

 「正しく、いよいよでございます。」
 「そうさの。」

 先程、こちらの御前様から掛けられた声を繰り返し、自分が率いる面々の機敏な立ち居をいっそ誇らしげに眺めやる。それへと、御前様とやらの側でも何とも満足げにうむうむと頷いて見せて、

 「館の方でも準備は整うておる。」

 我が身と同じほどと その威容を誇ってのことか、自分の向背、わざわざ振り返りまではせなんだが。そこの内部でもここに引けを取らぬほどの立ち回りようで、何かしらの準備が着々と進められているのだとの示唆をした年配の君。ともすれば遠い眸をしたのは、ここまで至るは長かったとばかりの、感無量な心地ででもおいでなものか。だが、そんな様子もすぐさま振り切り、冴えた眼差しへ立ち戻ると、

 「土丸、首尾は任せたぞ?」

 指揮官らしき男へと何事かをそう託し、託された側の武装の男も、くっきりと頷いて確約を誓う。

 「それでは。姫君を迎えに行って参ります。」
 「ああ。」

 それが此処いらでは正式な武装なのか、古式ゆかしい“冑”とかいう頭部用の防具をすっぽりとかぶり、胴を覆うは、それと意匠がよく似た つやの出た黒い鎧。錣
(しころ)とかいう小さな鱗のような鋼の小板を何十枚も連ねた装備をまとった男が、準備万端整って指令を待つ一堂の前へと進み出る。

 「いいかっ、気を抜くでないぞっ。
  本日の我らの務めは、姫を無事に此処へお連れすることだっ。」

 檄を飛ばすことも兼ねているのがありありと、鋭くも毅然とした声が放たれると、それへと向かい合った面々も、いきり立つすんでのような高揚の籠もった声を揃え、鬨の声ででもあるかのように、おうと勇ましい声を上げ。いかにも、覚悟も闘気も充填されておりますると言わんばかりの頼もしさ。そんな家人らを頼もしげに見回した指揮官が、

 「よし。それでは打ち合わせた通り、第一陣は我と共に出立だ。
  残りの部隊は、半刻後に利貞の指揮で出ませい。」

 落ち合う合流地点をくれぐれも間違えぬようにな。ははっ…と。それが最終的な策への刷り合わせであったらしく、後は口数も少なくなっての、早亀へとまたがる者、空艇などなどへと乗り込む者らが、準備出来次第の順々に出発してゆく。自分の手駒、首尾よく働けとの念を込めるかのごとく。視野の中、部隊の全てが米粒ほどにも小さくなってしまうまで、無言のままながらも強い眼差しで見送った御主様を、

 「御前様、どうか邸内にてお待ちくださいませ。」

 後発部隊を任された利貞とかいう男だろう、やはり仰々しい防具をまとった武人が、そのように声を掛けたのと重なるようにして。

  ――― 斬
(ざん)っ、と

 不意に鳴り響いたは、突然の疾風思わす風籟の音か。それは鋭くも禍々しい、重く危険な死鳥の羽ばたきが、背条をぞっと凍らすほどの すぐ間近に立ったこと。これでもそれ相応に場慣れした身で素早く把握したものを、なお追い抜かんというほどもの速やかに追随したのが。機械駆動の急所を狙われ、それらが破壊に至ったことを示す、けたたましい炸裂の響き。

 「な、何事かっ。」
 「奇襲かっ!?」

 居残っていた面々が慌てふためき、それを覆うようにしての続けざま、ずんと間近の周辺にて爆発の轟きまでもが撒き起こり。その場が更なる恐慌状態になりかかったが、

 「ええいっ、静まらぬかっ!」

 突然の惨事勃発に、さしもの統率もどこへやら。その足並みが入り乱れかかった配下の面々へ、利貞という次官らしき男が叱咤の声をばピシリと飛ばし。それで“ははぁ”と我に返れた手前の何人かへ、
「御前を中へっ。」
 くれぐれも巻き込むではないぞと御主を託すと、残りの顔触れへは声を張り、
「何物かが紛れ込んでおるらしいが、あぶり出してしまえっ。」
 半分に分けられしこの頭数への紛れ込み、決して大勢ではあるまいよと、難題でもあるまいとの言いようをした指揮者殿であったけれど。


  「確かに。幾人もが紛れ込んでおれば、すぐにも露見しておっただろうよな。」


 意外なほどの間近から、低められての物騒な声が立つ。肉食の獣の喉奥からの唸り声か、はたまた地の底から滲み出して来た魔王の囁きででもあるかのように。信じ難いほどのすぐ背後、振り返ればそのまま咬みつかれるだろ、次の刹那の展開、やってみずとも伝わって来そうなほどの、絶大で冷ややかな殺気をまとった存在が。だのに気配は薄いまま、いやさ、余計な散気はないままの雄然と、抜き身の和刀のような鋭角の冷気をほとばしりつつ、すぐのそこに居るのが判る。

 「利貞様っ!」
 「副長殿っ!」

 丁度向かい合っていたがため、指揮を執っていた配下の面々にはこの突然の襲撃者が見えており。先程から始まった突拍子もない襲撃も彼奴の仕業かといきり立ってのこと、

 「身の程知らずな真似をっ。」
 「貴様っ、こちらを権中将様がお屋敷と知っての狼藉かっ!」

 口々に吠え立てる言い回しも、成程、きびきびとしている筈で、軍人ばりの上下や規律のある統率下におかれていたらしいことが仄見える。とはいえ、

 「そなたも侍の端くれと見受けたが、爆薬投げ込むとは何とも卑怯。」

 殺気が少しも萎えぬのを恐れつつ、それでも何とかそのような言いようで非難をした利貞氏へ、

 「……ほほお。儂が何やら爆発物を使うたと仰せかの?」

 寡黙だった背後の誰かが、そんな言いようを返して来。どこか…声の質が軽くなったのは、意外な言われようだとでも思うてのことだろか。というのが、その声と共に、やはり抜刀していたらしき大太刀の切っ先を、利貞の肩口からぬうと前へ突き出して見せた襲撃者。どこへも触れるほどには添わせてないのだから、何とでも逃げようはありそうにも見えるのだが、それを許さぬ裂帛の気合いが彼らをまとめて覆っているらしく。そんな大太刀の切っ先を、今にも咬みついて来そうな牙ででもあるかのように、少々及び腰になっての見やっておれば、

  ―― きぃぃいいぃぃぃい…………んん、と

 どこからともなく聞こえて来た響きがある。耳鳴りにも似た金属音が、鋭い錐
(キリ)の先のように形を取ったその矢先、乱入者のかざした太刀の切っ先が副長殿の肩口、仰々しい錣綴りの鎧の表へちょんと触れ。そして、その途端に、

 「うわあっ!」

 鋼の部分が一斉に震え出し、肩へと近いほど大きく弾けたその末に。木っ端微塵とは正にこのこと。鉄砲にでも耐性があるほど強靭と謳われていた鋼の鎧が、あっと言う間に本来の姿を消し、革の綴り紐やら緩衝材のみ残したぶざまな残骸になり果ててしまったから、目撃した面々が驚いたの何の。ただ単に摩訶不思議と吃驚しただけではなく、
「ま、まさかこいつは…。」
「今の技は…っ。」
 一応は侍であった、元は軍人ではあったらしい面々が、薄くなった空気をむさぼるように口だけをぱくぱくさせるほど驚いた。それもそのはず、

 「斬艦刀乗りかっ?」
 「必殺の先峰、遊撃部隊に生き残りがあろうとは。」
 「だが、超振動を振るえる輩、彼らをおいて他にはないぞ。」

 知識としてでも知っておればこそ、どれほどの存在かが今になって追いついたらしく、そんな恐ろしい存在に背後を取られた利貞殿とやらに至っては、

 「ひぃ。」

 さすがに副長なぞという立場にあっただけはあり、腰が抜けて座り込んでしまわぬだけでも大したもの。それでも硬直の度合いは確実に増したらしく、どこにも何も触れられてはない状態に戻ったというのに、棒のように突っ立って、目だけを背後へ向けようと躍起になっているのが…第三者であったなら滑稽な様に映りもしただろう変わりよう。館へ戻り掛けていた御前様とやらも、護りの数人に囲まれていながらも、

 「…なっ。」

 突然現れた死神のような存在へ、しわの増えた老顔へと埋まった小さな眸を剥き、狼狽の気配を震える手へと滲ませる。体内の気脈を練り合わせ、体内に幾つも連なる経絡というものを結んだ“ちゃくら”という螺旋の環を、縦に貫く念じを高めて。手にした太刀へ、その念じの波動を孕ませて放つ、生身の存在なればこそ扱える究極の奥義であり。

 「……その方、侍か?」

 こちらにもやはり覚えはあってのことだろう、静かな声音でそのように訊いた御前様とやらへ。立った姿勢はそのままの、背中を向けたまんまという不遜さで、

 「いかにも。」

 短く応じた彼もまた、決してうら若き身ゆえという暴走無法の狼藉者にはあらぬ様子。その背の半ばまで届くほどという濃色の蓬髪を、屈強な肢体を包む褪めた白の砂防服と共にたなびかせ。度胸と切れがあるのみならず、よくよく練り込まれた所作や物言い、立ち居振る舞いの端々に、分別盛りの年頃だろう落ち着きも重々見受けられ。その前方に盾のようにして鎧を粉砕された男を立たせたままなその彼は、そんな自身の後背に立つ格好の、彼らの御主、御前様とやらへと重ねて告げた。

  「我は、巷での通り名を“褐白金紅”という凶賊狩りの侍ぞ。」

 声高らかに…とまでは行かないが、それでも毅然とした声を張っての宣言をし。それを聞いた面々が、そちらへも覚えはあったか おおとどよもした声や気配の静まるを待たずして、

 「腕のほどがいかがなものか、今ここにご披露いたそうではないか。」

 味のある深い表情も似合いの精悍な面立ちに、微かな笑みを張りつけて。こちらは聞かせるつもりがなかったそれか。だとすれば不意打ちの卑怯討ちになるやもしれぬ攻勢の、最初の一撃は…最も手近な副長殿へ、背後からの袈裟がけに浴びせられたのであった。






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 *ややこしい始まり方ですいません。
  新春早々、何やってる おっさまなんでしょか。
  いやさ、本当にこのお人って……?


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