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他でもない久蔵自身が認めた“人誑し(ひとたらし)”なくせに、それにしちゃあ滅多に知り合いという存在と出会った試しのない勘兵衛でもあったのは。実をいや、あまり北方へは運んだことがなかったからであり。
「そうか、相変わらずに人を誑(たぶら)かしておるのかお主。」
「人聞きの悪い言いようは止さぬか。」
3人に増えての宿まで戻って来た勘兵衛らを、それでも女将はさして不審に思わぬまま、今宵の成敗に出発する直前まで彼らが使っていた離れまで案内してくれたその上に、お祝いというのも何ですがと、仕事を終えた緊張を解くべくの燗酒を2、3本ほどつけてくれて。それを挟んでのささ一献と、勘兵衛と銀龍とやらが差し向かいで飲み始める。やはり女性とは思えぬざっかけのなさにて、板の間に敷かれた円座の上、どっかと座っての胡座をかいた豪胆さを見せつつも。袖のない一枚布の合羽を思わす、外套の前合わせを跳ね上げてしまえば、そこから垣間見えるしなやかな痩躯は女性の体格のそれに他ならず。
「???」
女性なのかな。でも何だか、勘兵衛の接しようにも違和感があって…と。すぐの傍らに同座している久蔵には、依然として微妙な違和感が抜け切らぬ模様。それなりの礼儀か、女性が相手なら 非力だったり世間が狭かったりする言動への配慮を構えての、接しようをする勘兵衛だのに。そしてそれが、何とは無しに久蔵の悋気を掻き起こす原因でもあったりするのに。この女性へは、まるで男同士ででもあるかのような気安さで、口を利いている彼ではなかろうか。七郎次や平八、正宗や五郎兵衛が相手であるような。何かが覚束無い相手への、遠慮や気遣いを今はまるきり挟まないでいる勘兵衛であり。そうまで気の置けないとするような相手だということかしら。でもでもこの女傑殿、確か先程、
『キュウゾウ? 男のような名前の嫁だの。』
そんなお言いようをしはしなかったか? 嫁? 俺のことか? でも確か、嫁というのは殿御へと添うて心を尽くす女御や、気心のよう知れた配慮細かき伴侶のことを言うのではなかったか。そう、男の嫁もありえないとは言い切れまい。例えば七郎次のような“古女房”という存在だってあると知ったし…って、おいおい久蔵殿。(苦笑)
「…いかがした?」
強い酒をたしなまぬ身へ勧めるのも何だと思うたものの、だからと言って構わずに放っておいたワケでもない。ただ、先程から何とはなし、銀龍への関心が募っている様子なのが伺えたので、下手につつかずの観察する立場に留まっていたのだが。人馴れするのに時間の掛かる和子であったを思い出し、橋渡しを買って出てやるべえとの声を勘兵衛が掛ければ、
「…そちらの。」
「ああ。こやつは雲居銀龍といってな。
儂や七郎次のおった方面支部の、別部隊に属しておった司令官よ。」
女だてらに正規の軍人であったのは、それなりの事情もあってのことなれど。その事情とやらが不要なくらいに、むしろ頼もしいまでの練達で。
「何より、悪運が強くての。儂と同期という身の上で、こうして生き延びておるというだけでも、どれほどの強運かが知れようぞ。」
誉れと持ち上げているやら、それとも非常識なと詰っているやら。ただ、当の本人がふふんと鼻先で弾けさせたその笑みは、随分と強かで…綺麗なそれでもあって。どうしようもない奴だとの意からだろ“唐変木”呼ばわりをした勘兵衛から、だのに同類と言われることが、楽しくて嬉しくてしょうがないという笑みではなかろうか。
――― ああ、この人は違う、と
つまらない悋気を向ける相手ではないと判る。勘兵衛のいいところも悪いところも、優れたところも不器用なところもすべて、把握し理解し、それらをそれだからこそ勘兵衛だと全て併せ飲んでいる器の広さよ。嫉妬を感じる、そんな対象なんかじゃあない。それこそあの七郎次と同じで、勘兵衛との関わり合いの深さへとむず痒い妬心を抱いても詮無い人。七郎次へは何日もの付き合いを通じて悟ったそれを、この女傑にはこうまで短い間合いにて、そんな人物であること感じ取ってしまった久蔵であり。そして、
「おや。もう睨まぬのか?」
紅眸の剣豪の気概の変化、こちらもするりと気づいてしまった銀龍が。くつくつと楽しげに微笑って見せる。年齢を感じさせぬは衰え知らぬ覇気のせい。それと、恐らくは何にか一つへ固執せず、何へ対してでもそれ相応の距離を置き、接しつつ見守って来た、どこか勘兵衛のそれに似た生き方をして来たこと忍ばせる。そのような淡々としたところも同居させている、世に稀なる気性や人性は、それなりの年季を積まねば練られぬものなのだろか。警戒薄めてほやんと見惚れる赤い眸の胡蝶を、そちらもにこにこと見やっていた銀龍だったが、
「…お? 背に負うたそれはもしや、月峰ではあるまいか?」
「? …。(頷)」
外して見せるまではせなんだが、鞘への仕様をいじった太刀。対になってた二振りを、なのに見ただけで察するとは。刀剣へ詳しき御仁か、さもなくば。
「うむ。その刀には見覚えがあってな。
雪峰と対になってはおらなんだか? なに? そこへ同封しておると?」
「……銀龍。お主、久蔵の意が酌めるのか?」
自分は七郎次に遅れること数カ月かかったこと。寡黙な双刀使い殿の思うところを酌む術を、それは容易くこなせた昔馴染みへ、おやと眉上げ、不快を匂わせるところが、
“年端のゆかぬ童っぱようだの。”
自分ほどの付き合いだからこそ、この壮年を掴まえてそんな把握も出来るのであり。沿うであること、くすぐったげに胸の裡(うち)にて転がしていた女傑殿だったが、
“童っぱ…。”
むむと何やら思い出したらしく。あらためて見やったのが久蔵のお顔。籠手を思わす防具をまとった右手を、床についてまでしてその身を乗り出すと、頬のすべらかな若々しい白面を検分するよにじぃと眺めてのそれから、
「……お主、もしかして月御影の分家の和子ではあるまいか?」
「…っ。」
私の故郷のある北領西部では名の知れた、大した旧家でな。代々の神祗官を輩出して来た雲居の家とも、交流の深かった血統なのだが、
「確か…分家の一つにどえらい鬼っ子がいたと聞く。」
「鬼っ子?」
うむ。ぐい呑み代わりの湯飲みをあおりつけ、少々真摯な顔付きになった銀龍殿、
「ある年に、赤い眸の飛び抜けて色の白い和子が生まれての。
これはきっと“あるびの”という虚弱な子。
薄幸なまま病身となりての長生き出来ぬことは必定と、
周囲はひとしきり嘆いてののち、
その子に好きなことを好きなだけさせてやろうと構えたと聞く。」
……お? それってどっかで聞いた誰かさんの生い立ちでは?
「ところが。その和子は、道場でめきめきと腕を上げ、
ほんの七つか八つで誰も歯が立たぬほどの強わものとまで育ち。
百年に一人の天才との噂を得た南軍へ、
攫われたも同然の引き取られ方をしたと聞いたが。」
そうと結んだ彼女の言へ、
「………………。(………頷)」
彼にしてみりゃ、隠すつもりもないことなのだろ。おおむねその通りだと、久蔵がまた、こくり頷いて見せたものだから。
“…これはまた。”
聞かれなんだから言わなかったまで…とは、自分の専売特許であったはずが。こんな形で、自分は知らぬ久蔵の生い立ちの詳細、知ることとなろうとは。息災だった旧友との再会は嬉しかったが、微妙に複雑な心持ち、抱えてしまったらしき壮年殿。知らぬうちの手が伸びて、顎にたくわえし髭を撫でるは、
“手持ち無沙汰な折の癖、か。”
考えごとへと没頭したり、はたまた手出しを控えるべき事象と意識した折の癖だと、こちらも懐かしいことよと思い出した銀髪の女傑。意に添わぬ戦さで、彼なりの獅子奮迅からあちこち擦り減らされて。小難しい顔ばかりするせいで、眉間には無表情なときでも深いしわが刻まれてしまった彼であると、気がついたのはいつだった? あのように愚かな場へと引きずり出され、せっかくの才覚と人望を、無駄に切り売りさせられて。あのような惜しいことはないと、いつもいつも思っていた。なので、
“せっかく生き延びた、いやさ死に損ねたのだ。”
何とか拾えた貴重な時間。そうやって、人らしさを一つずつ、取り戻せればいいさねと。幼き新妻との道行き、諸手離しにて応援し、見守ってやろうぞと早くもその心根決めたらしき、北の巫女殿。
「…ところで。
かつてシチという古女房がありながら、
お主、あやつがどこにいるのか、探してはおらぬのか?」
えっとぉ、何だか順不同?(ばぁい、ケロロ軍曹)
〜Fine〜 09.07.18.
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*雲居銀龍様に関しての詳細は、宮原朔様のサイト『翠月華』にてvv
そして、宮原様、
勝手にお話を書いといて何ですが、
銀龍さまの所属や何や、少しだけいじってますすいません。
既にうちのあれこれが決まっておりましたので、
そうしないと矛盾するためです。
とんだ我儘ですが、どうかお許しくださいませ。
めるふぉvv 


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