ほんの些細な…
(お侍 習作156)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        


 「………で? 一体何があったんですか?」
 「うむ…。」

 久蔵が何とか落ち着いての我に返り。お顔を上げたその途端、七郎次や雪乃という人の目があったことにも気がついて。今更ながらどぎまぎと照れてしまい、唇かんで含羞んだという可愛らしいおまけつきだった、勘兵衛の散髪という珍しい事態の全一幕。此処への訪のいからして何だか妙な雰囲気だったお二人の、その背景を やっと勘兵衛が口にしたのは。当事者の片割れが…余程に何かから安堵したものか、いつもよりずんと早い時刻に沈没してしまったの、隣りの寝間へ運び入れ、真綿の布団へ寝かしつけて。その衿ぽんぽんと叩いてやった七郎次が、畳の音さえしないほど、そりゃあ静かな立ち居で取って返した座敷にて。

 「勘兵衛様?」

 あれから…ついでだからと母屋の大風呂へ向かわせた客人二人を見送って、蛍屋としての商いにと主人夫婦が席を外したのも僅かな間のこと。癒しの里が夜を迎える、夜中の真昼が始まる合図の“すががき”を、芸姑衆の姐さんたちが掻き鳴らし、大門くぐった客人らが訪のう その最初。予約あってのご贔屓様がたへ、一通りのご挨拶を済ませると、後は女将の独壇場となるのでと。お夕食を運びがてらに離れへと上がり込み、今までを居座っての待っていた彼が何を訊きたいかは、勘兵衛にも恐らく判っていよう。だが、

 「何と言うたらいいものか……。」

 どんな事柄であれ、順序だてての、若しくは筋道立てての説いて聞かせるは、何より誰より得意なお人。その勘兵衛が…微妙に言い惑い、大きな手を顎へと持ち上げて。そこだけはさして変わらぬままだったので手をつけなんだ濃い髭を、指先にて摘まんだり、ざりと撫で上げたりして見せる。昼間からこっち、いやさ、おいでになられてからのずっと、そういえばどこか口数が少なすぎる彼でもあって。しかも…心から戸惑っていたり何にか迷っていたり、思考途中である折の、彼の心情表す癖まで見せようとは。これが出るということは、勘兵衛自身も何が何やらとの戸惑いを抱えたままなのだろか。

 “久蔵殿に、説明もないまま引っ張り回されたクチであるらしいな。”

 そんな目串を立てつつあった七郎次だったものの、

 「もしやして…これも悋気の一種なのかと。」
 「………おや。」

 そういう方向での心当たりはあったらしいと来て。七郎次の細く整えられた眉が、一瞬ひくりと跳ね上がる。

 “まさかとは思うが…もしかして。”

 何だかいやな予感がしないでもなかったものの、惚気を聞かされるくらいは 此の際 構わぬと踏ん切って。傍らに灯された行灯の、柔らかい明るさも心許ない風情を誘う、とっぷり暮れた晩秋の宵の中。さぁさ、お話しをと促したところが……。





     ◇◇◇



 勘兵衛が聞かせてくれた“発端話”はというと、今から半月ほど前に溯る、仲秋のころに請け負った、とある野盗団を搦め捕ったる仕置きの話で。戦後からこっちのずっとという顔じゃあなくの、ほんの近年になって徒党を組んでの暴れ回っている盗賊団がおり。そんな新参でありながら、だというに随分と乱暴な押し込みを働いているという噂。何でも核となっているのは数人の元・野伏せり、機巧躯侍たちらしいのだが、それへと無頼が多数群がり、勢いに任せて村や里を急襲しているとのこと。計画性だの統括だのもない、奪ったものはそのまま懐へ入れていいし、味方につくも離れるも好きにしな…という格好の、単なる無頼の集まりで。ただし、逃げる段になって取りこぼされても助けてはくれぬ。そうさな、名前を覚えるほどに懇意にでもなれば、仲間扱いを考えてやってもいいと。そういうところまでもが野放図な一団だというから、

 「これは…中核の元・野伏せりを叩かねば際限
(キリ)がありませぬな。」

 素手生身の盗賊らにしてみれば、頑丈で強力
(ごうりき)な機巧躯の助っ人仲間は、手薄な防壁を突き崩したり、非力な農民をすくませる威嚇にはありがたい存在であったことだろし。その野伏せりらにしてみれば、根無し草でいるには目立ち過ぎる姿なその上、躯によっては燃料という特殊な糧も必要とするため、それを得る略奪行為への煙幕が要る。頭数で負けているというだけで、尻尾を巻いての逃げ出すアキンドや、積み荷差し出す輸送艇も少なくはないからで。そんな双方の利害が合致し、あちこちで急に力をつけた盗賊団が出没しやったのが、丁度数年前のあの“都墜ち”の直後であり。とはいえ、そんな急造促成な野盗らが恐れられたのも、ほんの1年かそこいらのこと。浪人から転じた賞金稼ぎらの活躍で、次々に畳まれちゃあお縄を受けていったからであり。殊に北領近辺の辺境区は、そここそ人里から遠いと好き勝手が出来た地のはずが、勇名馳せたる“褐白金紅”とそれから、彼らと懇意の弦造という一匹狼。それに…こちら様も実は彼らとは少なからぬ縁があったらしい、銀龍という女傑とが活躍跳梁を重ねたその結果。州廻りの自警団に属す役人らも、ついつい暇を持て余すほどの状況になりかかっていたのだが。人という生き物が巣喰う限り、悪事は大地からは絶えぬということか。近年になってまたもや、そのような悪党集団の悪虐な跋扈が始まったのだとか。

 「さよう。
  集団で取り巻いての強硬な乱戦にもっていくのでは、
  馬鹿にならぬ被害を…死兵を出すばかりともなろう相手。」

 核を取り巻く層が厚いと言っても、統括されぬ、結束脆い烏合の衆。なれば、その脆さに付け込みましょうぞと。依頼を受けた壮年殿、早くも策を立ち上げてしまうと、連中の行動を綴った資料から次の襲撃地を予測して。街道沿いのとある寒村を目指すのだろとの、確たる目串を刺してから、

 「久蔵は中司
(なかつかさ)殿らと先回りをし、村にて待て。
  群勢が見えたら、お主の足にて一気に飛び込み、足並崩す撹乱を頼む。」

 「…承知。」

 足にて…というのは徒歩でという意味ではなく、桁外れの俊足生かして、つまりは好きな間合いで飛び込んで来いとの意であり。よほどの高速艇でも持って来ぬ限り、短距離で競う格好の俊足で彼に並べる存在はない。よって、役人らという生身の素人を置き去りにしさえすれば、敵味方入り乱れるという面倒な場にはならない戦域。ということは…との、物騒な意味合いも含んでいたらしき、微妙に凶悪な打ち合わせ、ほんのそれだけのやりとりで済ませてしまうと。早亀や空艇という移動手段
(アシ)を持つ彼らの出立を見送った勘兵衛は、独り その場へと居残った。相手の一団を、この時点では追い抜いている位置にいたからだが、ということは、

 “…潜入する、か。”

 破壊力と迅速さでは、もはや地上最強だろう久蔵に、殲滅も辞さぬ突入を任せたものの、だが、それを早めに悟られての、肝心な中核だけ取り逃がしていては意味がない。空中分解したそのときに、されど主魁らを取りこぼさぬよう、中枢へ先んじて食い込んでおく下準備、何やら仕掛けるつもりの勘兵衛らしく。晩秋の弱々しい陽の照らす中、相変わらずの砂防服の長い裳裾が風にたなびき。荒野の砂色に見る見るうち、その姿を取り込まれてしまったの惜しみつつ。先行部隊と共に、予定地へ向かった久蔵だったのだが……。





     ◇



 2日ほどの間をおいて、やっとのことその姿が視野の中へと届いた一団は。いつぞやの小さな寒村襲った野伏せりの群れを彷彿とさせるよな、地平線に群がるほどというそれや、一個師団にも匹敵しそうな規模ではなかったものの。それでも単なる野盗の群れにしては、どこぞかの遊牧民が一族率いて移動中と言っても通じそうなほど、随分な所帯を思わせる頭数ではあるらしく。向こうも一気呵成に突っ込んでくるつもり満々な、そんな威勢の満ちた足並みだと察したが早いか。なかなかに壮観な大挙の図を目がけ、村の守りを固める方を優先した役人らを置き去りに、金髪痩躯の深紅の胡蝶、晩秋の風の中へひらりと単独で躍り出る。その姿はあっと言う間にかき消えてしまい、いくら痩躯とはいえ ああまで目立つ衣紋だったに、どうしたことかと狼狽したのが中司なら、

 「ああ、あのお方なら案じは要らぬ。」

 職歴長い先輩格の壮年隊士が余裕で笑い、それより追うぞと空艇へと駆け寄る。乱戦になってしまえば我らは邪魔なだけ。捕獲…もとえ捕縛した無頼らを手早く収容せねば、息のあるのも息絶えて、屍累々の地獄絵図になりかねぬと。そこまで手慣れた面子を乗せて、移送車輛が何とか発進し始めたそのころにはもう。

 「…がはっ!」
 「な、中兵衛っ、どうした!」

 獲物を目がけての意気揚々、一気呵成に突っ込みかかっていたはずが、周囲の顔見知りが次々に倒れ伏すのへと、取りこぼされた若いのが素っ頓狂な声を上げており。

 「はっ、勇みすぎての足でももつれたか?」
 「勢い余って転んだだけだろよ。」

 馬鹿にするよにせせら笑った、裸の腹へ胴着だけという姿の男が、醜い笑いを浮かべたままで横へとその身を薙ぎ倒されて。すぐの間近にいた別な輩を道連れに倒れ込む。
「何だ、何しやが…っ。」
 唐突に痛い想いをさせられたと、それでなくとも気が嵩じていた血気盛んな野蛮な面々。ダミ声を上げての突き飛ばし返そうとした相手が、白目を剥いてのもはや事切れていることに気がついて。何だなんだと慌てふためき、異常が起きつつあることを知ったが…もはや遅くて。

 「…な、っ!」

 余程の突風が飛び込んで来たものか、それとも音なしの砲弾が放たれたからか。何の予兆もないままに、前列を行く面々がいきなり、足元からという身の浮かせ方をしての宙へと吹っ飛ぶ。飛ばされた当人らも何が何やら判らずじまいだったろが、そんな途轍もない様、見せられた方は、まだ意識がある身を得体の知れない恐慌に捕まっており。軽々と吹っ飛んだ仲間内らが、そのまま地面へ薙ぎ倒されての退いた後、ぽっかり空いた視界に現れたのは…赤い衣紋の若造が一人。何人もを一気に畳んだ砂混じりの風の撒く中、ふわふわした淡色の髪の裾をばそちらも撒き上げ、膝下まである長衣紋の裾もまた、切れ込みのある脇からをひらひらとはためかせ。その身の両側、だらりと下がった双腕には、随分と細身の刀がそれぞれ…と。そこまでを見た賊の一人が“ひぃっ”と短いが甲高い声あげ座り込む。

 「あ、ありゃあ、褐白金紅だっ。」
 「なんだとっ?」

 お…おれが前にいた一味もあいつにやられたから忘れるもんか。ぶるぶると瘧
(おこり)でも憑いたかのように震える腕伸ばし、結構な体躯した若いのが恐れ慄きながらそうと告げ、

 「役人じゃねぇから容赦はしねぇ。命乞いだって訊きゃしねぇ。
  あっちゅう間に 2、30人はいた一味が皆殺し。」

 おいらは、後から追いついた役人に気づいて奴の刀が止まった隙に逃げたんだと。それだけの間をおいても追って来た死神を見るかのように、口から泡吹き、半狂乱の態となっていて。そんな男の言いよう、聞くともなく聞いていた顔触れが、そんな死神の足元を見、ざくりと一歩を進めて来たのへ、

 「ひぃっ!」

 後ずさっての逃げ出したのが半分ならば、

 「こ、こんのぉっ!」

 破れかぶれか抜刀して襲い掛かったのが半分だったが。地へと倒れ伏したのは、そこに居合わせた全部の賊ら。というのが、

 「…随分と早よう着いたな、久蔵。」

 そちらさんもまた、大太刀抜いてのその手へ握っていた男衆が一人。ただし、彼が斬ったは久蔵を前にし逃げを打った面々であり。そのいでたちこそ、別れ際まで着ていたあの常の白い長衣紋ではなかったものの、そもそもの貌までは変わっちゃいない。久蔵が予測したその通り、内部からの突き崩しをこの2日でしおおせていたらしき勘兵衛で。そんな彼の、不敵で精悍な笑みを刻んだお顔の向こうでは、

 「…わあ、親方どうしたっ!」
 「清兵衛さん、こりゃあどうしたこった?!」
 「なんであんた、そいつと…?」

 早亀にまたがったままながら、既に息のない甲足軽、彼らの頭目らの有り様へと度肝を抜かれ、騒然とし始めている一味でもあり。そんなざわめきと…動揺の気配を、その肌身へと拾い上げた勘兵衛。一味の誰かが彼を“清兵衛”とまで呼んでたほどに、深く侵入し信頼集めていたらしい手筈の巧みさも大したものならば、

 「もはやお主らを束ねる惣領はおらぬ。
  投降すれば命までは奪らぬが、それでは不服という命知らずは、
  我らが今ここで成敗してくれようぞっ。」

 空気震わし大地を躍らせんというほどの、腰の入った朗々とした呼びかけ、いやさ恫喝へ。周囲を取り巻いていたも同然な賊らが、だが。戦意を失ったものか、一気に覇気をなくしての黙り込むのが何とも鮮やかな場の変貌。そして、

 「………。」

 久蔵までもが妙に黙りこくり、しかも…何だか気もそぞろという、焦点の合わぬ様相でいたこと、勘兵衛が気づいたのは中司らが追いついてきた気配を察してからというから。こちらの片やが呆然自失でいたというに、もはや抵抗する気の起きなかったらしき相手側も、情けないっちゃあ情けなかったが、

 「…………久蔵?」

 もう刀を振るわずともよしとの判断が、こたびは異様に早かったなと。その程度に思っていたらしかったのが、さすがに様子がおかしいと…棒を飲んだように立ち尽くしたままな彼だとやっと気づいた勘兵衛、その手を伸べて肩へと触れたその途端、

 「…っ。」

 これまでを眠ってでもいたものかと思えたほど、そりゃあ鮮明な動作で ひくりと、その身が大きく跳ね上がった彼であり。それと引き換え、ずっとずっと勘兵衛の上へと据えていた視線だけが、その双眸ごと大きく泳いだのが 意外といや意外。務めが済んだなら、もう此処には用もなかろと言わんばかり、宿へ戻ろう、若しくはとっとと出立しようとの意よ届けとばかり、歩み寄りつつ じいと見つめてくるのが常だのに。呆気に取られていたことが気恥ずかしいのか、それとも…他に理由があっての戸惑いか含羞みか。勘兵衛の前へと立ちん坊をしたまんま、今やっと思い出したか双刀を鞘へと仕舞うほど、やはり様子がおかしい彼で。そんな二人のいるところへと、

 「やぁや、勘兵衛殿。またもやお見事な作戦、つつがなくも当たりましたな。」

 何だか文脈がおかしいが、これでも単独行動を遺憾なくこなしていた壮年殿の活躍ぶりを、彼なりに精一杯褒めておいでならしき中司殿。たった一人での別行動、こうまでの頭数を揃えた一味に入り込み、ご自身の正体を暴かれたならどのような仕打ちを受けるやも知れぬ、彼らにとっては仇敵同然の身でありながら。逆に信頼集めての、幹部格へも心ほださせ、するすると間近にまでへと寄っておいでの手腕の冴えよと。

 “…つくづくと役人よりも相応しい職種がありそうな御仁だ。”

 あまり他人への干渉めいた感慨はい抱かぬ勘兵衛にさえ、そう思わせるほどの舞い上がりっぷりを見せたここまでは、まま平生、いつものことでもあったのだけれど。

 「…にしても勘兵衛殿。何だか様子が常とは違うような。」

 先程 彼自身がまくし立てたるその通り、こたびはその身上を隠しての潜入でもあったので。噂の賞金稼ぎ“褐白金紅”こと、島田勘兵衛であるという匂いや痕跡は、極力隠す必要があったのは言うまでもなく。とはいえ、わざとらしい変装も不自然と、単なる途中参加の浪人になりすました彼だったらしいのだが。
「衣装が違うくらいでは、こうまでの違和感はなかろうに…と。ああそうか。」
 やっと思い至ったとの機嫌よく、にこぉと笑った中司殿が口にしたのが、


  「お髪
(おぐし)を短くされたのですね。
   まさか、わざわざお切りになられたのですか?」




NEXT **


戻る