黎明甘露
(お侍 習作161)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


一番最初にそうと構えたのは、
確か、世間からしばらくほど身を隠すのへとかこつけての、
久蔵の腕の快癒が目的の湯治旅であったはずが。
気がつけば、それが常態と化しているのが、
手ごわい賞金首を仕留めつつの、旅から旅への浮草暮らし。
たまたま来合わせた土地にそういう輩が居座っていて、
住人らが困っていると聞き、
我らで良ければと…という順番で当たっていた二人であったものが。

『そちら、片付きましたか?
 ああ良かった、それではこちらにおいで願えますな。』

自警団の方々や、それが組織を拡大したもの、
広域を統括する“州廻り警邏”の役人にまで、
いつの間にやら助っ人として頼りにされるようになっており。

 “まあ、首に枷までつけられた訳ではないのだが。”

無理強いや使役ではなく、
あくまでも“要請へと応じるか否か”を選べはする立場ではあるのだが。
よほど遠い地すぎて間に合わぬ場合を除き、
たいがいは請け負ってもいる、こちらもこちらかも知れぬ…と。
そんな役人詰め所に待機してらした、
中司殿との定時連絡を終えた、小型電信器を懐ろへと収めつつ。
誰へというでない苦笑を口許へと浮かべた勘兵衛であり。
人が人ではなくなる戦さは とうに終わったというに、
そんな世界でこそ必要とされた“侍”の性を捨てられぬは“幽鬼”と同じ。
触れるもの皆、潰えへ導くような存在は、人とはかかわらぬ方がよしと、
それこそ戦時中から、自分で自分へと重々言い聞かせておったのに。

 「……久蔵か?」

一晩吹き荒れた吹雪も今は、すっかりと去り。
居残っているのは、周囲の物音を吸い込んで閑と静かな雪景色だけ。
常緑を保つ笹の茂みがわずかほど、
積雪に負けじと覗くののみが彩りの。
淡色ばかりなそんな中へと、踏み出していた自分を追って来たものか。
昨夜を過ごした杣家にて、まだ眠っていたはずの連れが、
何の気配にくすぐられてか、起きてしまったものらしく。
いつの間にやら、勘兵衛の背後にまで辿り着き、
静かに静かに佇んでおいで。
決して生気が薄いわけじゃあなかろに、
闘気以外の気概をたたえることが希少な彼は。
こうまで静謐な雪の朝にさえ、難無く溶け込むことが出来。
黎明の青が朝の訪れにより、白き力をはらむ中、
見分けのつかぬはこなたも同じ、白い衣紋の壮年殿を、
足跡拾いつつ追って来たらしく。
夜具の代わりにしていた、雪越え用の外套、
襟に這わした毛皮の毛並みに、細い顎や白い頬を触れさせている態は、
幼い幼い童子のように見えなくもなくて。
そんな風貌の彼の、丁度 冠のようになった金の綿毛が、
吹き来た風にふわり、軽くあおられたので、

 「……。」

今更寒かったのじゃあなく、目許へ毛先が触れでもしたか。
かすかに首を竦め、肩口すぼめたように見えたものだから。
そんな彼との距離を置くのも なんだと感じた壮年殿。
こちらも、白っぽい外套にくるまれた肩越しに見やる格好、
つまりは背を向けていたのをようやく振り返り、
目映いものでも見るように、
深色の目許をたわめて見せれば。

 「……。/////////」

何も言わずとも、それだけでいい。
おいでと呼ばれたこととなるのは、もはや暗黙の了解。
なのに、誰への照れ隠しだか、
呼ばれてという反応なんかじゃあないのだと言いたいか。
ついと足元へ視線を逸らし、微妙な間をおいてから、
まずはの一歩目を踏み出すところが、
それを待つ側には微笑ましくて。
その一歩を踏ん切れば、
後はさくさくと、小走りに見えるほどもの素早さで歩み寄って来。
そのくせ、視線は上げぬままなので。
何をムキになっているのやらと、
こちらはこちらで苦笑を押し隠すのが微妙に大変だったりし。

  というのも、

途中からその速足に加速も増しの、
しまいには とぉんと、こちらの懐ろへ当たって止まるよな勢いで、
飛び込んで来ておいて。
そんなところまでを含めての全部が、
感情的には自然でも理性や矜持では恥ずかしいのか。
上げられないお顔を埋めるため、
勘兵衛のまとう外套の合わせ目、雪の布団 掘り返すよに掻き分けての、
わさわさともぐり込んで来る果敢さよ。
そのしゃにむさは、必死に雪野原を突っ切って来て、
懸命に巣穴へ逃れようとする、
白ウサギあたりに通じても見えるから不思議で不思議で。

 “そんなか弱くはないのだが。”

どちらかといや、
広げた翼で音もなく滑空して来て、
狩られたことにさえ気づかぬうちにという鮮やかさで、
そういうのを狩る側だろに。
ぐいぐいともぐり込んで来る可愛さへ、
ほころぶ口許、せいぜい見上げられぬよう。
金の綿毛の少し上、顎のお髭へ手をやってみる、
ずんと年上の連れ合い殿。
もっとも冷え込む冴えもて差し込む、
朝一番の光の翅の到来はもうすぐです、お二人さん。









 ■ おまけ


こちらからも協力してやり、
精悍長身な勘兵衛の、その足元まであろうかという
長い長い外套の中へと取り込んでやれば。
収まりどころを見つけたか、やっと大人しくなった…のも束の間、
またぞろ何かしらゴソゴソをし始めた久蔵。
いかがしたかと見下ろせば、
自分の外套の中をもそごそとあちこち探ったその末に、

 「…っ。」

ひたと止まったそれから次には、
ばさっとお顔を振り上げたのと同時の所作にて。
小ぶりな白い手が、開いた格好でお顔の間近へと差し上げられて。

 「? それは?」

そんなたなごころへ載っていたのが、
栗の実のような大きさの銀紙の小粒。
淡い緋色の包み紙に、何とはなくの予想を立てておれば、

 「銀龍が。」
 「お主にか?」
 「…。(頷)」

今日はそういう日なのだと。
訊いてから あっと思い出したらしい久蔵のお顔に、
満足そうに微笑って見せたは、
吹雪の間だけをともに過ごした、一夜限りの同伴者。
女だてらに、しかもたった一人で、
荒くれ共を薙ぎ倒す賞金稼ぎをこなす女傑殿で、
勘兵衛とは戦時中の同期だというから恐ろしい
…のは、まま ともかくとして。

 「もう行くと。」

朝も早よから姿を消していた勘兵衛へ、よろしく伝えてくれと言い残し、
戻るのを待つことなく、とっとと出掛けて行ったそうで。
そんな彼女が、置いていったのがそんな小さな土産の1粒。

 「〜、〜、〜。(否、否、否)」

…え? あ、まだあると? これは失礼を。
(苦笑)
いつまでもそうやっているので、もしやして“取れ”ということか。
勘兵衛が指先でひょいと摘まみ上げれば、
それはやはり…チョコレートであるらしく。
じいと見上げてくるのへ応じ、
そのご本人を懐ろへと取り込んだまま、
大向こうへ回してあった手の先で、
ちょちょいと包装解いてやり。

 「…ほれ。」

そんなこんなと されるままになってた菓子を、
じいと注目していた紅眸の持ち主の口許へと返してやれば、

 「〜〜〜。///////」

久蔵にしてみれば、
自分だけが食すのも悪いと思うて差し出したのだろうから。
少々面食らったように見上げて来たが、

 「儂はあまり好かぬと知っておろうよ。」

黙っておくのも何だと思うてくれただけでよいと。
ほれと促し半分に、口許にちょいと当てられたそれへ、
パクリと食いついたところは何とも素直な久蔵だったが、

 『“白の日”に再会出来るとも思えぬから、
  覚えていたなら、そう、島田へ返せばよいからの。』

そんな風に言い置いてった銀龍様だったことは、
はてさて、いつ勘兵衛へと告げる彼なやら……。





  〜Fine〜  10.02.13.


  *説明が足りてないかもですが、
   直前の夜半の鞘当て話 (『
甘けりゃいいってもんじゃなし』) の続きです。
   何でも持ってる銀龍さんはきっと、
   意味なく大きなカバンを持ちたがる、
   周到なおっ母様タイプだったに違いない。
   シチさんの“何でも持ってます”だったところは(神無村篇参照)
   彼女から引き継いだのかも知れません。(…嘘をつけ)

   バレンタインデーのお話は どのシリーズで書こうかなと、
   決めかねつつ書いてたからか、
   おまけの部分で、
   いきなりカラーが変わってしまっちゃいましたね。
   来月はお互いに3倍返しですよ、勘兵衛様。
(え?)

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