春を待って
(お侍 習作185)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



南北で格差はあるものの、
1年を通じて四つの季節が巡るこの大陸では。
冬の厳しい寒さや雪で家屋に閉じ込められてしまう地域でも、
だからこそ待ち兼ねた春の訪のいを祝う祭事や行事が
随分と早い時期から こそりとあるとかで。
湖に張った厚い氷が、水や風の温みから割れる現象を、
春の神様のお渡りだとしてみたり、
何の、年明けから春とする暦を用いる地域もあったりし。
固まってしまった田の土を耕して起こしたり、
稲籾を苗代へ蒔いて早苗を作り始めたりをいつ着手するかが、
それは大事なことだからであり。
雪原の中に雪割草を見つけちゃあ 頬をゆるめ、
ふきのとうが黄色いお花を覗かせ、
凍りついてたせせらぎもまた顔を出すのへ、
まだまだ白い吐息を口許へまとわりつかせつつも、
ああもうすぐだねと顔を上げ、
頭上の空の青が明るいの、あらためて感じ入る。

 「そういえば、朝んなるが早うなったね。」
 「そうそう。ちょっと前はいつまでも暗うてな。」

水は冷たいわ、雪は退かんわ、
ホンマにさんざんやったけどなと。
働き者のおっ母様たちが、
井戸端での愚痴半分、
それでも春が間近い兆しを数え上げ。
元気な子供らは、
雪の降らぬ日が続いたからと、
大人たちから やっとのこと
“もういいよ”とのお許しが出たのを皮切りに、
雪の中へ繰り出しちゃあ頬を真っ赤にして駆け回り、

 「おお、おお。道を作ってくれてまあ。」
 「畑や畦を踏み荒らすんじゃないよ。」

土手やら小川やらがその輪郭を現しもしたからこその、
外遊びの解禁ではあったが、
危険が全くなくなった訳ではなくて。

 「判っとぉよ。」
 「ふきン子あったら摘んでくるかんね。」

大きめのわらの沓を、履いてか履かれてか、
小さい子までがたかたかと、
木々はまだ裸ん坊な木立ちのある方へ向って、
連れ立って駆けてゆくものの、

 「あ、こら。」
 「こっちはまだ雪だまりが消えんから、里のほうへ帰れ。」
 「え〜〜〜?」

柴拾いにと来合わせていたおじさんたちから、
勢いのつきすぎな腕白ぶりを叱られてしまったりもし。
祠や坂崖には近寄らんからと粘るものの、
いかんいかん、お前ら遊び始めたら見境なくなるやろがと、
そこは大人たちの方が一枚も二枚も上であり。

 「ちぇー。」

せっかく外に出て来たのに、
遠出出来ぬは詰まんないぞと不平をこぼす子らへは、

 「それより雛様祭りの手伝いはせんのか?」

いよいよ間近い春を告げる祭りの中、
一等にぎやかで華やかなそれを、
大人も男衆も含め、里の人らは皆で待ち受けておいで。
可憐な花のお目見えへ、
都会のほうでは、
無病息災を祈ってのこと、
和子の身代わりとしたお人形を流したしきたりを、
瑞々しくも麗しい娘らの祭りとした目映さや、
その華やぎだけ真似てのこと。
田畑を起こす前に、耕作の神様への奉納、
幼子の稚児舞いに始まり、
娘らがゆかしい華族の扮装をし、白木の舞台で巫女装束で舞う、
そんな行事がこの里にはあって。
雪に押し込められていた長い長い冬が終わるよ、
待ち遠しかった春になるよとの、
区切りのような祭りでもあり。
それがもうすぐそこまで来ていることを指し、
お手伝いはせんでもええのかと訊くおじさんたちへ、

 「オレら、まだ飾りのお花よう作らんし。」
 「そやから、ふきン子やら きれーな松葉やら、
  林ン中で見つけて来よ思て。」

巣の中から親鳥を見上げる雛たちのように、
幼い坊ンやお嬢ちゃんたちが、
小さな身を寄せ合っての口々に、
そんな一丁前を言い返す様は、
生意気というにはまだまだ他愛なく。
おちびさんたちなりの理屈を並べて、
なあなあ良いだろと、
快進撃の限界を広げたいと頑張ってはみるものの、

 「ダメだ、ダメだ。」

帰った帰ったと手を振って、
里の方へ追いやる仕草をするばかりのおじさんたちで。

 「???」

いつもだったら遊んでくれるのにな。
うん、早亀屋のおじさんと、
お庄屋さんトコの大きいお兄さんと。
普段は気の良い人たちが、
今日はどうしてか とおせんぼをするばかり。
何という仕事を手掛けてもない、ただ突っ立ってただけなのに、
どうしてそんな意地悪をするんだろ。
ただ立ってるだけにしちゃあ、
何に使うやら、鍬の長柄みたいな背丈ほどある棍棒を
手に手に持ってはいたけれど…。

 「………え?」

頬を真っ赤にした小スズメたちが、
得心がいかぬか、何でどうしてとさえずっていたものが、
だがだが、不意に何かに気がついた。

 「あ……。」

おじさんたちが立っていた、
葉っぱのある木も居残る、雑木林の奥のほうから。
冬枯れした木々のくすんだ濃色にいや映える、
不思議な何かが姿を現して。
小さな和子らからさえ、声を言葉を失わさせる。
雪雲が垂れ込めていた里へ、
いきなりやって来た明るい陽射しの目映さを、
その回りへと乱反射させているよな、
それはそれは真っ白い何か。
何だありゃとついつい見ほれるお子様たちを尻目に、

 「おお、おいでなさったぞ。」
 「ああ。刻限通りだの。」

おじさんたちがしゃんと姿勢を正したところをみると、
その“何か”が来るのは、
大人たちには前以て判っていたことだったようで。
しかも、この態度の急変ぶりよ。
雑木林には落葉樹の方が多く、
枝だけとなった木々の足元は、
まだまだ消えない雪だまりの白に覆われており。
その白を照らす陽の精霊が降りて来たかのような、
それは色白なお人が、やって来たものであったらしく。
白地の、絽という透ける素材の小袖を
かづきのようにして頭からかぶっておいでで。
それでその姿に霞がかかったようにも見えたのだけれど。

 「………うわぁ〜。//////」
 「綺麗ぇやねぇ〜。」

ちょっとおませな女の子のみならず、
腕白そうないが栗頭の坊ンたちまでも、
はうぅ〜と見惚れて言葉も出なかったほどの。
そして、恐らくは初めて体験したそれだろう、
怖いくらいに冴えざえとした、鋭角な麗しさの降臨であり。

 『今まで綺麗なのって、
  お庄屋さんトコのカナエ姉ちゃんが、
  一番って思ってたけど。』
 『そのカナエ姉ちゃんも、
  お役者さんみたいねぇって褒めてたし。』

女の子たちが素直に賛美する一方で、

 『何かなぁ。』
 『うん…。』
 『雪女郎みたいで、おっかねぇ姉ちゃんだったよなぁ。』

美人には色々あることが、まだ理解出来ないか。
綺麗だったことは認めるけれど、
お花みたいな可憐で優しいお姉さんじゃあなかったことが、
小さな坊やたちへは微妙な混乱を呼んだようで。

  そう。
  春が来たよと小さなお花と甘い香で告げる、
  可憐な梅の木の傍らから姿を現したそのお人は、
  どちらかといや、
  冬の精のような鋭利な麗しさをたたえた、
  世にも稀なる美人であったのだった。




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  *東京では凄い雪催いでしたよね。
   お怪我などなさいませんでしたか?   


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