春を待って
(お侍 習作185)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


       




この山野辺の小さな里では、
長い冬が終わったことを祝う祭りがある。
ゆかしい身分の方々が、
愛しい和子の身へ降りかかる病や災禍を肩代わりさせる人形を、
川へと流したことから始まったお雛様のお祭りが、
地元の土地神様への奉納舞いと合わさって。
幼い和子らには水干姿で稚児舞いをさせ、
年頃の娘らには巫女の姿を装わせ、
豊作を祈念する舞いを奉納させる。
舞いといっても本格的な所作ごとが要るものでなし、
善き風 善き雨、善き陽気が巡りますようにと、
緋袴に白小袖、袖括り桂を重ねた娘らが、
五色の錦絹を下げた神楽鈴を手に手に、
盆踊りの親戚のような動きで、
腕を上げたり下ろしたりをして見せるだけなのだが、

 『昨年の夏は途轍もない暑さに襲われたからの。』

疫病こそ出なんだものの、
田畑が干上がり、飲み水も足りなくなりと、
ここいら一体の里や村はこぞって随分と往生させられた。
実をいや、
大陸全土が被害を受けたほどの規模の猛暑であったのだけれども。
自然が相手という こういうときこそ
より信心深くあらねばと姿勢を正し。
土地神様への奉納舞いも、
素人の舞いでは想いが届いていなかったのやもしれぬと、
庄屋や長老たちが言い立てだして。
そこでと招かれたのが、街でも評判の、
北領は月御影という名だたる旧家の生まれという、
しかもしかも、一子相伝の巫女舞いを修めた伝承者。
是非とも本格的な祈祷の舞いをとの求めに応じ、
遠方から遥々とおいでいただいた麗しの巫女様に、
明日にも迫った“雛様祭り”の、
奉納舞いの舞台に上がっていただくこととなった…のだが。

 「ふわぁ〜。///////」
 「都会の巫女様は、やっぱ違うなや〜。」

絽の桂をかづき代わりにしての、
その姿を半分ほど覆っておいでだった巫女様は、
なかなかに神秘的な、印象深い姫様でもあり。
まだまだあちこちに居残る雪の中から現れたような、
そのまま霞となって溶けいってしまいそうなほどに白い肌をし、
冴えての力みが強い双眸は、
澄み渡った上等の玻璃珠を思わせる不思議な色合い。
玲瓏透徹とはこういう麗しさを指すものか、
知的な静かさと、それでいて荘厳な威風もまといし存在感が、
ただ黙って座しておいでなだけの身だのに、
近寄り難い怖さのような雰囲気もおびておいでで。
たった一人でお越しになった訳じゃあなく、
陪臣として、頼もしいお武家様もお一人をお連れ。
結構な上背をなさっている、その身の丈と同じかというほども
そりゃあ大きな白木の弓を背に負うていて、
魔を祓う矢を射る儀式に用いるのだとか。
もっともこたびは奉納の舞いを披露してくださるだけなので、
そんな物騒な、もとえ、神聖な矢は
お持ちにはならなんだということだけれど。

 「淡月様、と仰有るのですか。」
 「………。」

持参なされたは、
ここいらを警邏し守っている自警団の長であり、
州廻りの役人も兼任しておいでの隣りの里の庄屋様からの紹介の文で。
お名前を確かめると、
寡黙な姫は無言のまま、細い顎を一度引き、
是との応じを示して見せる。
まだまだ風は冷たいものの、
陽の濃さはずんと春めいての明るい中、
通された離れの入れ替えたばかりな畳の上へ、
きちんとお膝をそろえて座す姿は、
凛と清冽に、気品があっての美しく。
巫女としての正装、
緋袴に白い水干の色襲
(かさね)という清楚さや、
寡黙で玲瓏、透明感をたたえた気高さが、
却って…禁忌にひそむ危うさや、色香のようなものをほのかに匂わせ。
結果、ますますのこと、人々からの好奇心を煽ってやまず。
明日が本番という奉納の儀式のあれやこれ、
姫様と…というより お付きのお武家様と、大雑把に打ち合わせると、
お庄屋さんや長老らは、家人らへ神器や供品の準備を説いて聞かせてから、
ようやっとと安堵の吐息をついて、胸撫で下ろしつつ立ち去ったのだけれども。

 「ほんに、人ならぬ気配とは
  ああいうお人みたいな感じを言うのやろか。」
 「せやな。にこりとも しやはれへんし。」
 「けど、神様に通じるお祈りなさるんや。
  ああまで意志が強ォないと効き目も出ぇへんのやて。」

離れまでの出入りを許された庫裏の女衆らが、
すすぎの水やら白湯を運んだ隙に、ちらと覗いた巫女様の様子、
母屋の炉端で待つお仲間たちへと伝えちゃあ、皆でかしましくも噂をし。

 「世離れしてやるせいか、
  お付きの殿御のお世話がまた甲斐甲斐しゅうて。」
 「せやせや。
  風が出て来たよってて、袷を出しの着せかけて差し上げの。」
 「お髪(ぐし)が乱れますよって、もちっと奥へと手を取りの。」
 「あんな頼もし男衆に傍へおってもろたら、
  悪い魔物でも何でも、なんも怖ないわなぁ。/////」

何だか話の傾向が、微妙に華やいだ方向へも傾きがちだったものの、
威容あふれておいでとはいえ、華奢でほっそりとした巫女様に寄り添う、
屈強な肢体をなさった、それは頼もしいお武家様がまた、
落ち着きのある年頃のお人ながら、精悍で雄々しい男ぶりだったので。
双方の極端な存在感の対比が何とはなく意味深に映りもし、
ついつい余計な取り沙汰してしまうのも、しょうがないことなのかも知れぬ。

 「ほれ、口ばっかり動かしとらんと。」
 「せやせや、急がな間に合わん。」

いかんいかんと気を取り直し、
明日の祭事に使う細工物や花飾り、
大急ぎの丁寧に作り続けるおばさまたちで。
神社の方からは舞台や櫓を立ち上げる物音が、
そちらもとんかんと軽やかに響いていた
小さな里の昼下りであったそうな。




       ◇◇



その日は上々のお天気のまま、
穏やかな日暮れを経て、優しい月夜へと一日が没し。
明けての翌日も、朝からなかなかの日和が訪れての、
厳かな神事はその始まりを黎明のうちから執り行われ。
巫女や神官への禊
(みそぎ)という潔斎(けっさい)はもとより、
供物やそれから、
関わる人や場所、道具や物への清めやお祓いを何合か。
それらがとどこおりなく済めば、
やっと土地神様への声かけにあたる祈祷が始まり。
それからそれから、神聖な笹竹を配置した舞台にて、
まずはの幼い和子たちが散らばって、
時々 所作を間違える子も出つつ、
それでも愛らしい稚児舞いが無事に納められてから。
次に舞台へ上がったは、
里のご自慢、それは清楚な少女らの扮した巫女たちで。
笙や篳篥
(ひちりき)、竜笛と呼ばれる横笛など、
こちらも素人の奏でる神楽が、それでもなめらかに風に乗る中。
金の房鈴、神楽鈴を優雅に振って
しゃんしゃん・しゃららと涼しやかに鳴らしつつ、
ところどこでくるくると回れば、
小袖の上へ重ねた絽の垂衣
(ひたたれ)がふわりと広がる。
今日だけ特別にと椿油をなじませた黒髪が、
春めいた陽を浴び、
濡れたようなつやをしっとりとその表へすべらせて。
自分の娘やお隣のお嬢さんの晴れ姿、
そりゃあうっとり眺めておいでだった里の皆様だが、

  しゃりん・しゃんしゃん、
  一際 重なる鈴の音が鳴り響き、
  娘さんたちがしずしずと退いてしまった舞台へと、
  一人で上がった巫女姫ありて

今の今まで舞っていた少女らと、さして差のない白拍子姿。
違いがあるとしたならば、
泰然とした落ち着きに満ちたその態度は、
瑞々しいばかりだった素人舞いとは格の違う壮麗さを感じさせ。
やや伏し目がちにされた目許には、何を見やるか深紅の光。
黒髪の娘らが清楚に舞ったそれとほぼ同じ舞いだというに、

 「さすがは本山の。」
 「うんうん。」

切れのある所作には人の眸を惹いてやまぬ蠱惑があり、
止めにはそこから宙へと滲み出てくるような余韻があって。
神楽鈴の扱いも雅なら、
くるりその身を回すと揺れる、金の軽やかな髪が風に散り、
周囲へ光の粒を撒き散らかして。
その華やかな姿だけでも神々しく、
見ているだけで十分に、寿命が延びるようだったとは、
里の人々の回顧のおりに必ず聞かれた、称賛と感嘆の声に他ならず。
うららかな陽の降りそそぐ、真新しい白木も目映い舞台の上を、
右へ左へ、時には くるりと踵を返して。
何か目に見えぬものを祓い封じる所作にも相応しい、
麗しいだけではない強靭な鋭利さにて。
一途に舞い続ける神秘的な巫女様へは、
里の皆様も魂を吸われたかのような心地で、
ただただ舞台を見守っていたのだが。

  どがしゃん、ばんばりんっ、と

どこからともなく、重くて大きい何かしら、
可憐な巫女様に向けて飛んで来たものがあった恐ろしさ。
麗しくも凛々しい巫女様目がけ、
命さえ摘もうというよな凶悪な旋風は、
舞台の中央に大きな穴を抉って、その牙の恐ろしさを誇示したものの、

 「巫女様っ!」
 「淡月様はご無事かっ!」

あまりの衝撃で、木っ端や粉塵がもうもうと舞い上がり、
火事でも起きたかのような惨状となったのもあってのこと、
女子供は悲鳴を上げながら席を立っての逃げ惑ったし。
長老や庄屋といった責任者らは、
舞台に立っておいでだった巫女様を案じて、
右往左往する始末だったが。

 「何だなんだ、今年は娘らがたった一人しかいねぇのかよ。」

荒々しい足音が群れなしての境内へまでなだれ込み、
舞台の周囲に強引に割り込んで、
人々と壇上とを力づくで分断してしまった一団がある。
あまりの手際に驚いたものの、
輩の中には地上へ浮かぶ大型の樽のようなものも混じっており、

 「…まさか、野伏せりか?!」

かつて、
名主や有力者という後ろ盾や、用心棒という武装のない寒村ばかりを狙い、
土地によっては痩せた大地からぎりぎり取れた収穫までも、
力づくで毟りとって行った無法者の一団。
とある事件が切っ掛けで
首領格だった大型機巧躯たちがほぼ全滅したその上、
統率が乱れたそのまま、四散せざるを得なくなった彼らは、
下賎な高笑いとともにか弱き農民たちへ無体を働いていた頃とは
すっかり立場が逆転し。
無体にも人々を蹂躙した罪を負い、
今や陽のあたるところへは顔を出せぬ身となり下がっており。
いよいよ居場所がなくなった開き直りか、
ますますと辺境の地へ逃げ込み、
そのままそこで、
更なる悪行を続けている面々がまだまだ後を絶たないようで。

 「めんこい娘らが器用に踊るんやてな。」
 「好きもんのおやじらは、
  そういう楚々とした初々しいお嬢ちゃんがお好みでな。」

元手がタダでどえらい儲けや、と。
そういう少女らを攫いに来たこと仄めかす、
早亀や鋼筒にて襲撃をかけて来た連中であったのだけれども。

  「えらく派手な襲撃を仕掛けて来たものよの。」

舞台を粉砕した攻撃に
蹴散らされた格好の人々がしりごみするのとは逆の、
彼らからも背後にあたろう舞台側から、
そんな文言を紡ぐ、何とも余裕の声がして。

 「神前での乱行とは、罰当たりもはなはだしい。」
 「ああ"?」

どこの勘違い野郎が、上から物を言ってるかなと。
これまでも同じ技、執拗に囲い込んでの一網打尽で、
舞いのためにとめかし込んだ少女らを攫って来たのだろう連中が、
逃げ遅れた神職でもいやがったかと、面倒臭そうに振り返ったものの、

 「…………っ。」
 「な…なななんだ、おまえっ。」

確かにそこには巫女がいたはず。しかも無防備にもたったの一人で。
密偵の話によれば、北領にその一族ありと名高い、
代々 能力の高い巫女を輩出している雲居一族と並ぶほどの旧家、
月御影の跡取り娘という触れ込みで。
どこぞかの好きものへ売り飛ばしてもよし、
何なら実家を訪れて、身代金を取るって手もあるなと、
ほくそ笑んでの計画を立てた襲撃犯だったのに。
いよいよ間近まで近づくことの叶った巫女様はといや、

 「………。」

その白い手へ握っていたのは、先程までの神楽鈴なんかじゃない。
すらりと抜き放たれた細身の和刀が左右で一対。
それを握っていた真っ赤な衣紋をまとった人物の姿もまた、
見覚えがなくってのことだろう、
彼らにはすっかりと異様な風景だったに違いなく。。
数十人はいたろう一味の面々が、
不審を覚えてか進退窮まったか、その場で立ち止まっての、
違和感満載な光景から何か拾い上げようとしていたものの、

 「…………っ。」

その“彼”の髪が軽やかな金髪で、
且つ、足元へ絽の垂衣を初めとする
巫女の衣装を脱ぎ落としていることから、

 「そうか、兄ちゃんがさっきの巫女か。」

何だ、こっちもすっかりとおびき出されたってワケかよと。
鼻で笑ってから、手近な扉にそれを押し開けんと手をかけたものの。
単なるオトリ、美人なだけの存在だったと思ったならば
迂闊の極み愚の骨頂。
しゃこん・きん…っという、正に金音、
そりゃあ軽やかかで涼しげな音が立ったかと思った次の瞬間には、
手前にいた鋼筒の胴が、
随分な太さがあったにもかかわらず
鮮やかに胴切りされての底が抜け、

 「おわっ!」

搭乗者が足元をなくしてどさんと振り落とされたその上へ、
制御を失った本体が
相当な重量だろうに振ってきかかったという順番。
さすがにそういう事態にはどう逃げればいいかの心得があったようで。
後ろ手に突いた掌で慌てて這いずり、
下敷きになる惨事こそ免れたものの、
そんな後ろ向きだった男がどんと背中をぶつけたものがあり、
てっきり仲間内かと思ってのこと、

 「ありゃあただの身代わりじゃねぇぞ。」

だから、優男と油断せずに気をつけろよと言いかかった彼へ、

 「ああ、儂の自慢の相方だ。」

先程、余裕の啖呵を紡いだお声が頭上から降ってきて。
えっと見上げた男に視野へと納まったのは、
精悍で男臭い面立ちに何とも味のある苦笑を滲ませた
味方だったらこんな頼もしい存在はなかろう、
此方もきっちりと抜刀した壮年のお武家様であり。

 「わっ、ひゃあぁあぁぁっ!」

そのまま斬られると思ってもしょうがないとは言え、
随分と滑稽な悲鳴をあげたそ奴が、
立ち上がるのも忘れ、ますます慌てての後ずさりをして逃げてきたのを
合図にでもするかのように、

 「ちっ!」
 「こうなったら…。」

破れかぶれとなった賊ら、
手に手に構えていた刀や長槍を振りかざすと、
たった二人の用心棒らへ躍りかかったのではあったが、


  まま、無謀な自暴自棄でしたとしかいえぬ結果しか
  待ってはいなかったのは
  言うまでもなかったのでありました。






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  *もうちょっとお付き合いを。


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