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山梨百名山 源氏山=げんじやま(1827m)
一等三角点 烏森山(=大峠山)(1908m)

山梨県 2004.11.03 山梨山の会 マイカー 烏森山一等三角点
コース 丸山林道池の茶屋先、足馴林道入口(7.10)−−−登山道と林道合流(7.35)−−−大峠分岐(7.55-8.00)−−−烏森山(8.25-8.40)−−−大峠分岐(8.50-10.40)−−−源氏山(11.15-12.45)−−−大峠分岐(13.00)−−−林道合流(13.15)−−−足馴林道入口(13.30)===群馬県子持山登山口へ
烏森山=大峠一等三角点

山梨山の会に所属する知人Fさんの、山梨百名山100座目の祝賀山行として源氏山へ同行させてもらった。そのついでに懸案となっていた烏森山一等三角点も立ち寄ることにした。

夜明け前に長野を出てR52号を南下、増穂町青柳2丁目信号で丸山林道の道標を確認して右折、あとは道なりに丸山林道を駆けあがって行く。富士山がすばしらい。夜明けから待ち構えていたアマチュアカメラマンの姿が大勢目につく。青柳2丁目から18キロ前後、30分ほどで池の茶屋峠着。その先ゲートが開いていたのでさらに300〜400メートルほど進むと林道最高点で、源氏山登山道入口の道標が立っていた。ここから足馴林道が枝分かれしている。
足馴林道入口に車を止めて出発。祝賀登山の一行が来る前に、先に烏森山を登ってしまう予定にしている。

足馴林道を30メートルほど行くと源氏山の道標が山道へと案内している。林道と分かれた細い登山道は新しく作られた感じだ。右手すぐ下には林道が寄り添うようについてくる。小さなアップダウンを繰り返して20分余歩くと林道と合流する。これなら林道を歩いたほうが楽で早かった。

カラマツ林の中を緩く登って行く。いつごろ植林したものか、用材としては価値の少ないカラマツ一色の林がつづく。ひと汗かいて大峠分岐に到着。ここは登ってきた道のほかに、一番右に道標の指す仙城方面、その左に源氏山への平坦道、その左にどこへ通じるのかもう一つ平坦道、さらに左方をよく見ると斜面を上がって行く細い踏跡。
インターネットによると烏森山へは笹のひどい密藪を漕ぐことになると書いてあった。見わたしてもそんなひどい藪はない。斜面を上がる細い踏跡が烏森山へのルートとしていちばんそれらしく見える。ザックを置いて往復することにした。
しばらくは明瞭な踏跡を進むが、潅木の藪っぽい方に赤布が見える。明瞭な踏跡を捨てて赤布を追う。人の歩いたかすかな道がわかる。いったん沢状のコルに下ってから登り返すと、右手から立派な登山道が合流した。「えっ、この道はどこから?登山道のない山ではなかったの」という感じだ。あとはカラマツ林の中を登山道を登りきると三角点名「大峠」、別名烏森山の山頂だった。
潅木やコメツガに遮られて展望は皆無、黄色く色づいたカラマツの梢が青空にいっそう鮮やかだった。
この三角点峰は全国一等三角点973点のうち、高度順で50番目に高い点でもある。三角点標石は、人の訪れも稀な山だと思っていたのに、いたずらされて頭部が欠けていた。「大峠山」という私製のプレートが一つぶらさがっているのみで標柱もない。国土地理院の地形図には、この頂は「大峠」と記されていて、山名もない不遇とも言うべき気の毒な山だ。大峠山と呼んでいいのか、一部で呼ばれている烏森山でいいのかわからいな。
これで山梨県の標高500メートル以上の三角点はすべて登り終わった。


帰りは登山道をそのまま下ってみた。多分大峠分岐に通じるだろうと見当をつけたがその通りだった。途中崩壊地で藪の中を巻いたが、あっという間に分岐へ下ってしまった。

大峠分岐から、源氏山コースの左手の平坦道に入れば、烏森山へは15〜20分で達します。


源氏山山頂
祝賀山行の一行が到着するまで、分岐で1時間40分ほど待ってから、一緒に源氏山へ登った。左に烏森山を目にしながらいったん下る。急な登りに入ると赤錆びた太いワイヤーが目につく。かつてコメツガなどの原生林を大規模皆伐したあとだ。たいした苦労もなく簡単に山頂に着いてしまった。10年前、十谷方面から2時間半かけて登ったのに比べると問題にならないほどの楽々登山だった。
標高は烏森山の方が81m高く、かつ一等三角点でもある。格から言えば、山梨百名山としてはこっちが選ばれるのが順当なところ、しかし烏森山は山容が凡庸に過ぎるのに比し、源氏山は三角錐の見栄えが支持されたのだろう。
10年前、、どこが山頂か判然としないような平坦な山頂には、今は「山梨百名山、源氏山」の標柱が立っている。『昭和26年、競歩大会』の石碑は、周囲を被うカラマツ林とは異質に、ここだけ針葉樹の原生林のままに、当時と同じくひっそりと佇んでいた。
山頂でFさんの山梨百名山達成をワインで乾杯し、持ち寄ったごちそうを頬ばりながら1時間半ほど談笑のときを過ごした。私は寒いときだからと思ってお汁粉を持参、温めて提供した。

一行より一足先に山頂を辞し、下山してから中央道、圏央道、関越道と乗りついで、群馬県子持山登山口へと向かった。
1994年、雪の源氏山登頂の記録はこちらへ
 
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