1-1.人間と文化

1-1-2 <若者と超能力>

2 次の文章を読み,下の問い(問1〜6)に答えよ。

 現代の若者にはとくに超能力にひかれる傾向があるようだ。超能力をテーマにしたコミックやアニメを挙げればきりがないし,「普通の私が超能力者になれる」と謳う宗教も少なくない。こうした傾向は,単に個人の趣味にすぎないのだろうか。むしろこれは,時代の性格を反映したものではないだろうか。

 例えば,非日常的な時間を与えてくれる 1 が,現代においては曖昧になってい る。また,自己の固有性を探し求める気持ちが強迫観念にまで膨れ上がっているのに,現実社会の中では理想を抱きにくいという状況もある。さらに,a.メディアやテクノロジーによって身の回りには仮想現実があふれ.生身の他者との関係は現実l架が薄くなっ ている。

 こうした中で,生き生きとした現実との関わりにおいて.自己を発見していくこと 困難になっている。超能力を求める人々のありようは,この事態を敏感に察知し,現実味の希薄な日常から脱出しようとする姿勢の現れなのかもしれない。

 それにしても,彼らの超能力ヘの傾倒ぶりを見ると,そめ可能性をあまりにも安易に信じ過ぎていると思われる。非現実的なものを求める気持ちが強く,身体の有限性を嫌って,生身の人間が抱える限界や矛盾を超能力によって一気に越えたいという願いが見てとれる。

 考えようによっては,人はだれでも一種の超能力者だった。生まれたばかりの赤ん坊 は,お腹がすいて「オギャー」と泣けば,いつのまにかロには甘い乳首が含まれている。お尻がぬれて気持ち悪いと泣けば.たちどころにさっぱりする。それはちょうど,神が「光あれ」と言った瞬間に昼が生じるような「全能」の状態である。ところが.実際これは c.大人の庇護に全面的に依存した無力な状態でもあるのだ。こうして見れば・超能力を求めることは,実は無能力の裏返しなのかもしれない。

 我々は成長するにつれて,自分の思いどおりにならない他者と出会い,身体的存在と して,さまざまな制約の中で自らを見いだすようになる。もちろん,その自己発見のプロセス自体は、d.現時点での自己のあり方をその都度越えていくという性格をもっている。

しかし,「全能」状態を回復したいという思いに動機づけられて,安易に身体を無限化で きると錯覚すれば,有限な身体のもつ意味が見失われてしまうだろう。身体は,人間にとって制約になると同時に,自己発見を可能にする条件でもある。超能力など想定しなくとも、ごくe.普通に生きることが実はきわめて豊かで、また大変なことなのだ。有限 な身体をもつ者として,他者と出会いつつ,現実の中で何事かを意欲する。これこそが,能力の中の能力ではないだろうか。

1 文中の 1 に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。

 @ ハレとケとの区別     A ウチとソトとの区別    B 本音と建前との区別    C 罪と恥との区別

 

2 下線部aに関する記述として適当でないものを.次の@〜Cのうちから一つ選べ。  

 @ コンピュータ・ネットワークは,これまでと比べてきわめて小さなコストで 人々が他人と接触し自分を表現することを可能にした。しかしその結果,素顛が見えない者同士の節度のない中傷合戦や,自我意識の過剰な拡大も生じている。  

 A 計算機をはじめとする電子機器は,人右の生活に役立ち,今までは不可能だっ たことを実現してくれる。しかし,モニターから発生する電磁波や,廃品から生じる有事物質が話題になっているように,電子機器が直接人体におよぼす影響も懸念されている。  

 B テレビが普及したおかげで,人々は茶の間にいながら世界の隅々の様子を知る ことができるようになった。その反面,実際の旅行はテレビ番組の追体験にすぎなくなり,海外の美術館をビデオカメラのファインダー越しにのぞいて回るよう   な事態さえも生んでいる。

 C 携帯電話等の個人通信機器は,人と人とをより直接的に結びつけるのに役立っ ている。その反面,継続牲を欠いた広く浅い人間関係を確認する手段としても利用され,他者との衝突や軋轢をさけるといった昨今の傾向を助長してもいる。

 

3 下線部bに関連して,青年期の自己発見に関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  3

 @ 自分が何者であるのかわからないという「アイデンティティの危機」は,自我を確立すべき青年期に特有の現象であり,他の時期には見られない。

 A「第二次性徴」という身体的特徴が現れる時期になると,セルフ・イメージの形成がそれまで以上にセクシュァリティと密接に関係するようになる。

 B 実社会に参加して社会人としての義務や責任を負うことを心理的・社会的に猶予される「モラトリアム」は,人類の歴史上普遍的な現象である。

 C「イニシエーション(通過儀礼)」を経て集団の成員となることは,一種のマイ ンド・コントロールを受けることであり,自己発見とは相いれない。

 

4 下線部cに関連して,現代日本社会における,育児をめぐる家庭生活の傾向を記述した文章として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  4

 @ 自分自身の生活を充実させたいという意識が強まり,従来ほど親が子供を育て ることに熱意をもたなくなっている。また,社会の高齢化が進展し,一つの家屋に三世代が同居するケースが大幅に増えた。その結果,親よりも祖父母が子供の面倒を見る傾向が強くなってきた。

 A 女性の社会進出が進み,従来母親にゆだねられていた育児と女性の就業とが両立できないという問題が生じている。しかし,育児休業等に関する法律の普及や,育児期間と就業期間との重なりを回避する晩婚化などによって,母子の接触の機会はむしろ大きく増加している。

 B 離婚や再婚,共働きが増大する中で,家族の形態や,性別役割分担,夫婦同姓 制度などが見直されつつある。そうした状況においても,結婚して,少人数では、子供を生みたいという願望自体は相変わらず強く,非婚率の上昇は見られない。

 C 従来家族がもっていたさまざまな機能が,企業や学校など外部の機関に吸血さ れ,家庭の役割が専ら子育てのみになる傾向がある。このことが,親子間の必要以上の癒着や,親のストレス増大による幼児虐待といった問題にも関係している。

 

5 下線部dに関連して,このような自己のあり方を説いた今世紀の哲学者の中で, サルトルについての記述としても最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  5

 @ 自己の死を自覚することによって,日常性に埋没した無責任で匿名的な「ダ ス・マン」のあり方を乗り越えていく態度を説いた。

 A人間を根源的に自由な存在として捉え,たえず未来へ向けて自己を投げ出し,新たな自己を創造していくあり方を主張した。

 B 死や苦のように克服できない究極の壁を限界状況と名づけ,これを直視することによって,人間は自己を包括する超越者の存在を感じるとした。

 C 人間の選択や思考は身体を媒体にしてなされるものだと考え,身体におけるく み尽くしがたい経験を繰り返し取り上げ直す可能性を示した。

 

6 本文の趣旨に照らして,下線部eの「普通に生きること」の意味として最も適当なものを,次の@〜Dのうちから一つ選べ。  6

@古来「和をもって貴しとなす」とされてきたように,徒に突出することなく共同体と宥和し,その中で自己を見いだしつつ生きること。

A 自己の固有牲を探し求めるべきだとする強迫観念は一種の神話であるから,他者との異同を意識しないで,平凡を恐れずに生きること。

B 超能力のような非現実的なことを信じるのは根拠のないことであるから,合理的思考を養い,生活に密着して実際的に生きること。

C 問題や矛盾と直面した時に,制約の存在自体を否定することによってではなく,制約を通して解決する可能性を探りながら生きること。

D 現在のあり方を越えていくことは,限られた生命と肉体をもった人間には不可 能であるから,無限なもの一般を否定して生きること。

                               〔12−本〕

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