2-2.自然と人間,思索
2-2-4<言葉と思索>
4 次の文章を読み,下の問い(問1〜8)に答えよ。
言葉は古来,人間の思索の重要な手段として用いられてきた。言葉はとても便利である反面,真実や思索の対象が言葉では十分に表せないことも多い。様々な思想において言葉はどのように考えられ,どのような役割を与えられたのであろうか。
古代ギリシアには,a言葉とその意味との関係は人間の作り出した規約(ノモス)に基
宗教においては,超越的な存在としての神と人間との根源的なかかわりの中に,言葉の役割を見いだすことができる。c旧約聖書には,神の啓示としての言葉や、『詩篇』に見られる祈りとしての言葉がある。このような言葉の役割は dクルアーンにも見いだせる。ここで啓示や祈りは人間と神との間を橋渡しするものであった。
しかし,人間は古くから言葉が必ずしも万能ではないことをも自覚していた。古代インドでは,思索における言葉の重要な役割を認めつつも,現象世界の根源にある 2 が言葉では言い尽くせないとされることもあったように,言葉と真の本質的世界との乖離が意識されていた。仏教においても,e正しい言葉を語るという実践的な問題とともに,一切の真理(法)を言葉で表現することが可能かどうかという問題が提起された。キリスト教やイスラームにおいても,神は言葉では捉えられないとする立場がある。これらの思想では,瞑想や修行など,言葉以外の手段で真理に近づこうとする方法が模索されることがあった。
類似した考え方は古代中国にも見られる。『易経』に「書は言を尽くさず,言は意を尽くさず」という一文がある。ここでは,言葉によって思いが必ずしも十分に表現されえないと考えられている。同時に,同書には,真理は言葉を超えており,言葉で表される存在は経験可能な現象世界のものであるという考え方が示されている。また,同様の考え方が,f老子や荘子の思想にも見られる。
言葉は人間の深い思索の様々な側面にかかわってきた。しかし,まさにその対象である真理の深遠さゆえに,対象への接近の手段としての言葉の積極的な役割には疑問も投げかけられてきた。私たちは,思索における言葉の重要な役割とともに,その限界をあらためて認識しておく必要があるのではないだろうか。
問1 文章中の 1 ・ 2 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @ ヒュレー(ヒューレー) A フュシス(プュシス)
2 @ 四諦 A 煩 悩 B ヴェーダ C ブラフマン
問2 下線部aのような考え方をする人々に例えばソフィストたちがいたが、その一人であるプロタゴラスに関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@ ロゴスを重視し,世界理性に従って,怒りや肉体的欲望などの情念を抑制する禁欲主義の立場にたって生きることを理想とした。
A民主政治が堕落しつつあるアテネにおいて・自らの無知を自覚すること、すなわち,いわゆる「無知の知」を哲学の出発点とした。
Bあらゆる物事の判断基準は,判断する人間それぞれにあるとし,各人の判断以外に客観的真理が存在することを否定した。
C万物の根本原理を「調和」の象徴としての「数」に求め,宗教と学術が一体となった教団を組織したが,当時の為政者に弾圧された。
問3 下線部bに関して,ソクラテスは問答法におけるロゴスの働きを重視した。ソクラテスのロゴスについての言及として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@万物はロゴスに従って生じているのに,人々はそれに出会ったことがないかのようである。私が各事物を自然本性に従って分析し,その真の在り方を説明しているというのに。
A私という人間は,自分で考慮してみて最善と思われるロゴス以外の他の何ものにも従わない。だから,今この場でもっとよいロゴスが提出されないかぎり決して譲歩しないだろう。
Bはじめにロゴスがあった。ロゴスは神であった。万物はロゴスによって成った。ロゴスによらずに成ったものは何一つなかった。ロゴスのうちに命があった。命は人間を照らす光であった。
C動物の中で人間だけがロゴスをもつ。ロゴスは人間に利と不利を、したがってまた正と不正を表示する。なぜなら,人間だけが書患正と不正などを知覚できるからである。
問4 下線部cの旧約聖書に関する記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@世界の創造者である神ヤハウェヘの信仰を基礎としている。『創世記』や『出エジプト記』などから成り,様々な形で神ヤハウェによる人類全体への平等な愛を説いていることが特徴である。
A『創世記』や『出エジプト記』といった多くの歴史書・預言の書などから成り立っている。ヘブライ人のエジプト寄留と脱出,またモーセの十戒などの話は,この『創世記』や『出エジプト記』に記されている。
Bユダヤ教およびキリスト教の聖典とみなされている。イスラエルの民だけが神ヤハウェから使命を帯びて選ばれたとする選民思想や,神の言葉としての律法を遵守しなければならないとする考え方がその特徴である。
C主にヘブライ語で書かれており,旧約とは本来「旧い契約」という意味である。ここで「契約」とは,神ヤハウェとイスラエルの民とのモーセを通じた契約を意味している。
問5 下線部dのクルアーンに関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@クルアーンは,唯一の神が預言者ムハンマドを通じて人間に与えた言葉であり,ムハンマドの役割は神の啓示をそのまま人々に伝えることであった。
Aクルアーンは、唯一の神が人間に与えた言葉であり、預言者ムハンマドの役割はその言葉を用いて,将来を予め語ることであった。
Bクルアーンは,唯一の神が預言者ムハンマドと彼を取り巻く多くの人々に直接現れて語ったものである。
Cクルアーンは,唯一の神が預言者ムハンマドに聖典作成を命じ,ムハンマドと彼を取り巻く人々が共同で執筆したものである。
問6 下線部eに関連して.仏教における言葉の問題についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@言葉は無常なる存在であるが,正しい言葉を語ることは,正しい実残の重要な要素とされ,いわゆる「八正道」の一つに挙げられている。また,嘘をつくことは,言葉による苦しみとして四苦の一つとされている。
A正しい言葉を語ることは,正しい行為,実践をすることとは別であるとされ,いわゆる「八正道」には含まれない。一方,嘘をつくことは,言葉による苦しみとして四苦の一つとされている。
B言葉を含めすべての存在は無常な存在であり・言葉を語ることや嘘をつくことは,無常な存在に執着することである。したがって,両者ともに本質的には空しいこととされ,苦しみの原因として「集諦」に含められている。
C 正しい言葉を語ることは,いわゆる「八正道」の中の一つとして,正しい実践の重要な要素と考えられている。また,嘘をつかないことは,殺生をしないことなどとともに,いわゆる「五戒」の中に挙げられている。
問7 下線部fの老荘思想における「道」に関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8
@「道」は万物の根源であり,天地に先立って生じ,感覚では捉えられず,言葉では表現できないものである。
A「道」は物事の筋道であり,個物や事象の有り様を決定づけるものであるが,それ自体としては言葉で表現することはできない。
B「道」は事物の自然な姿のことであり,相対的で多様なものであって,言葉での表現を超越している。
C「道」は絶対無差別な根源的世界の真理を意味し,無為自然を体得した人間にしか言葉で表現することはできない。
問8 本文の趣旨として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9
@言葉は宗教を含む人間の思索の重要な手段であった。しかし,思索の対象となる真理の深さゆえに,言葉は思索の媒体としては不十分であった。そのため,対象に至る他の手段がより重視された。
A言葉は宗教を含む人間の思索の重要な手段であった。しかし,宗教の対象が他の思索の対象に比べて合理牲を欠いたものであったために,言葉の役割はきわめて限定的なものとならざるをえなかった。
B言葉は宗教を含む人間の思索の重要な手段であった。様々な思想の中には,言葉による方法に積極的な意義を見いだすものと,その役割を限定的に考えるものとがあった。
C言葉は宗教を含む人間の思索の重要な手段であった。言葉は思索の唯一の媒体であり,様々な思想においては,言葉が対象である真理に対して決定的な力をもっていることが意識されていた。
〔16-追〕