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3.生きる意味と価値の創造
2-3-2<倫理への問いかけ>
2 次の文章を読み、下の問い(問1-5)に答えよ。
現在・生命・環境・政治をめぐり、倫理という言葉が声高に唱えられているが,その場合の倫理とはどのように受けとめられているのであろうか。倫理とは社会的な規制にすぎず、自分の内面的な世界とは関係がない、と考える人もいる。実際,社会的に非難を浴びた人は「みながやっていることだから」、「常識の範囲内だと思った」などと言う。それらは、社会の規範を踏み外したとされることへの弁解ではあるが,彼ら自身の生き方を悔いる言葉ではない。
ソクラテスが問を発したのは、まさにこのように倫理を専ら社会的な規制とみなす人々に対してである。ソクラテスは勇気や正義などについて,それらは一体「何であるのか」と問うていく。その問答を通じて,対話者たちの生き方がさらけ出されることになる。プラトンが描く 1 の類比は,ソクラテスが闘うたものが人間のあり方のよさであるとともに,国制のよさでもあることを物語っている。
社会規範を人間の存在のかたちと結びつけるこのような考え方は,孔子にも見られる。彼は,血縁的な愛を推し広げることによって,平和で調和のとれた社会を形作ろうとした。「己に克ちて礼に復るを仁と為す」と述べ,a礼という社会規範と仁という人間の心
他方,ゴータマ・ブッダは古代インドの変動期に生まれ,人々の苦しみを見つめ,自己をも含むあらゆる事象に無常と無我を洞察した。すべては「縁によって起こる」という法(真理)を悟った後,一切衆生に対する無量の慈悲によって,他者とともに平和に生きるという道を説いたのである。
イエスもまた,当時のユダヤ教徒たちが自明なものとして語っていた神への愛と隣人愛を問い直した。ローマの圧政下におかれ混乱した社会の中で,b苦しむ人々とともに生きたイエスの行為は,律法という規範を愛へと内面化する道を指し示すものであった。この愛が,神の国という普遍的な共同体の理念を生み出すことになった。イスラーム(イスラム教)においても,c『クルアーン(コーラン)』は信仰者としての心のあり方を示
我々もまた,ある意味では,先哲たちと同じ時代を生きていると言える。既存の価値観や枠組みでは単純には処理できない問題が生じ,倫理そのものを改めて問い直すことが求められている。しかしその場合,d倫理を専ら社会的な規制や規範として語り,そ
問1 文中の 1 に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@ 家と国 A 人間のイデアと善のイデア
問2 下線部aに関連して,仁を説いた孔子の教えがどのように解釈されてきたかについての記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 2
@ 朱熹(朱子)は,仁とはこの世の規範原理である気が人間の心に宿ったもので,五経よりも多く気について述べている四書の学習が重要だと説いた。
A 王守仁(陽明)は,心に本来そなわっている良知を発揮していくことが仁を実践する正しい生き方であり,四書の要点もそこにあると説いた。
B 伊藤仁斎は,仁とは人々の間に満たされている愛であり,それを実現すべきものとして教えている『論語』こそが,宇宙第一の書物だと説いた。
C 荻生徂徠は,仁とは個々人の内面的な修行ではなく政治によって民を安んじることであり,六経には聖人の統治術が具体的に記されていると説いた。
問3 下線部bのようなイエスの営みを学び,実践した人物の記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 1
@ 新島襄は,「自由と基督教の道徳」が欧米の文明の根底にあると考えて,物質文
A マザー・テレサは,イギリスの植民地支配に対してインドの独立と民族解放の運動を始めるために、「死を待つ人の家」や「平和の村」を開き,カトリック教徒として,身体的・精神的に虐げられた人々に奉仕した。
B 孫文は,国外での学生生活をきっかけとしてキリスト教に帰依し,そのヒューマニズムの立場から自由・平等・博愛の三原則からなる三民主義を唱えて,革命運動を推し進めた。
C マーティン・ルーサー・キングは,社会正義の実現が「愛と非暴力の結合」にあると考えて,力(パワー)を不必要なものとみなし,無抵抗主義を貫くことによって,人種差別をはじめとするあらゆる抑圧に反対した。
問4 下線部cに関して,イスラームにおける信仰と共同体の関係の記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@ シャリーアは『クルアーン』と預言者ムハンマドの言行録を主な根拠としており,その立法者は神と考えられているので・シャリーアを守って生きることが神への信仰を体現することになる。
A イスラーム共同体は神に絶対的に帰依する者の集合であり,人種や民族の違いに関係なく,その信仰を受け入れた者すべてに常に開かれた共同体であると考えられている。
B 『クルアーン』の利子禁止の記述に従って,現在,無利子銀行が運営されているように、イスラームはその信仰に基づいた社会制度をも形成しようとする宗教である。
C 預言者ムハンマドの後継者・代理人を意味するハリーファ(カリフ)は,信仰や政治の最高権威者として・神の新たな啓示を受け取りながら,共同体を統治する役割をもっている。
問5 下線部dのような問いかけに関して・先哲たちの営みはそれぞれどのようなものであったか。本文の趣旨に照らし・そのような彼らの営みとして最も適当なものを,次の@〜Gのうちからそれぞれ一つずつ選べ。ソクラテスについては 5 に,孔子については 6 に,ブッダについては 7 に,イエスについては 8 に答えよ。
@ 若いころから様々な知識や技能を習得し,博識の学者となったが,何でも知ることをよしとしたのではなく,知るということは知っていることを知っていることとし、知らないことを知らないこととすることだと教えた。
A 多神教を背景とする部族社会に生じた不公正な富の配分や利己主義を批判し,富裕な支配者層からの迫書を受けながらも,終末の審判を行う唯一神への信仰を説き,その信仰に基づく共同体の建設に努めた。
B 苦しみ,傷つきながら生きている人々の声に誌えて,自己中心的な生き方を越え互いに分け隔てなく愛し合うことを教え,日常的であるが故に形式的な遵守にかたむきがちであった規範を根本的に問い直した。
C 人が苦しみを厭いながら苦しみを重ねていくのは,すべては依存しあって成立しているという真理について無知であるためだと考え,この真理を正しく知り他者に対しても慈しみの心を起こすべきだと諭した。
D 人間は社会的動物であると考え,よき市民がもつべき倫理的な徳は,過多や適少に陥らない行為を反復することによって形成されると論じ,現実的な視点から社会において友愛や正義が果たす役割を考察した。
E 秩序の解体の危機に接して,親しい人への自然な愛を人間関係の基本として主体的に従うことが追求されるべきだと考え,正しい人が人々の上位に立つならば民衆は和合してその人に付き従うと説いた。
F 苦行を通じて自己と絶対者との一体化に至ることが一切の苦悩からの解放の元であるという教えに対して,人生の苦しみの原因は自己に執着することにあると考え,恒常不変の自我という存在を否定した。
G よく生きることは正しく生きることであるという前提に立って,国法に従うことを正しいと自ら同意したのであるから,その同意を破るべきではないと述べ,不当な判決には服すべきではないと説く友人の言葉を退けた。
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