2- 3.生きる意味と価値の創造

2-3-3<伝統と革新>

3 次の文章を読み,下の問い(問18)に答えよ。

 「温故知新」という成語は,『論語』に伝えられる孔子の言葉に基づいている。過去の伝統をもう一度考え直して新しい意味を知るということである。我々は通常,新しい思想を生み出すには過去の束縛を脱却しなければならないと考えがちだが,この成語は,過去に立ち返ることを通じてかえって新しい思想が生み出される可能性を示唆している。実際・歴史的に見ると,伝統の原点に立ち返る営為が思想的革新に結びついた例は多い。

 例えば,大乗仏教をとなえた人々は,自らとの対比で旧来の仏教を小乗と名付け,本来の仏教から離れた偏狭なものと批判した。彼らはa菩薩の意義を再解釈して、教えの核心部分に位置づけた。また,b中世ヨーロッパ世界の権威に異議をとなえたルネサンスや宗教改革の運動も,ある意味では伝統の原点に立ち戻ることであった。その場合の原点とは,ルネサンスではcギリシャ・ローマの古典、宗教改革では聖書である。これらの運動には 1 と呼ばれる思想傾向が共通して存在し,中世的権威からの人間性の解放を促した。

 儒教の歴史においても同様の例が繰り返されてきた。孟子は孔子の思想を受け継ぐ際,仁と 2 のうち前者の意義を力説したが,後者を強調した荀子はいくつかの点で孟子と正反対の見解に達した。d朱熹(朱子)は孟子を儒教の正統と認め,千数百年間断絶していたこの伝統の後継者を自任し,理論的整備を行って,後世の東アジア世界に大きな影響を与えた。また、後の日本では、e古学派が朱子学とは違うかたちで儒教の原点に回帰しようとし、直接原典に学ぶことを提唱した。古学派の人々から見れば、朱子学による理論化は仏教や老荘思想を混入させており,また観念的で,本来の儒教をゆがめたものであった。このように批判した彼らは,日常生活や具体的な政治のあり方に密着した現実的な儒教を復活させようとしたのである。

 このように,たとえf伝統の原点に忠実であろうとする態度をとっても,それは古い教えをそのまま再現させるとは限らない。なぜなら,受け継ごうとする営為にはおのずから,自らの現在に立脚しつつ新しい意味を汲み取ろうとする問いかけが含まれているからである。それは,実質的には過去と現在との対話というべきものであるg過去の思想との対話によって現在の我々の価値観もまた開い直され,新たな地平が拓かれる

先哲の思想は,今なおそうした可能性の源泉なのである。

1 文中の 1  2 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選ベ。

  1  @ロマン主義 A人文主義 B経験主義 C自然主義

  2  @礼   A義   B誠   C信

 

2 下線部aに関して,大乗仏教における菩薩についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちかから一つ選ベ。 3

 @ 悟りを開こうとする求道者だが,生きとし生けるものすべての救済のためには自己の悟りを後回しにして献身する。

 A 悟りを開いて真理に目覚めた者だが,実は肉体をもって出現した宇宙の真理そのものである。

 B 悟りを開く前のブッダの姿であり,苦行にも快楽にも偏らない中道を歩む者である。

 C 自己の悟りを求めて厳しい修行を完成した聖者であり,次に生まれ変わったときには仏となることができる。

 

3 下線部bに関して,エラスムスとカルヴァンについての記述として最も適当なものを,次の@〜Dのうちから一つずつ選べ。エラスムスについては 4 に、カルヴァンについては 5 に答えよ。

 @ 斬新な技法による絵画を制作したり,軍事・土木技術や都市計画などに携わったりするとともに,自然学のあらゆる分野にわたって,観察結果やアイデアなどを記した膨大な手稿を残し,「万能人」とたたえられた。

 A 神によって正しい人間と認められるためには内面的な信仰だけが重要だと主張し,教会の権威による免罪符(贖宥状)を厳しく批判するとともに,一般の人々が聖書を読むことができるようにドイツ語に翻訳した。

 B 個々人の救済は神によって予定されており、人が自分の救済を確信するためには神から与えられた自分の職業に禁欲的に励むほかはないと主張して,厳格な規律のもとにキリスト教都市を実現しようとした。

 C 思慮のない恩情のゆえに混乱を引き起こす君主に比べれば、残酷さをもって統一と平和を確立する君主のほうがはるかに憐れみ深いと主張するなど,他国の侵略にさらされているイタリアの分裂状況の克服を訴えた。

 D 当時用いられたラテン語訳聖書の誤りを正すため,新たに『新約聖書』のギリシャ語原典を校訂・翻訳するとともに,痴愚の女神に託して当時の教会の堕落や神学者の聖書解釈の愚劣さを痛烈に風刺した。

 

4 下線部cに関連して,プラトンの主張の記述として最も適当なものを,次の@〜 Cのうちから一つ選べ。 6

 @ 真理は,普遍的なものとして客観的に存在するものではなく,判断を下す個々の人間と事物との相対的な関係に依存する。

 A 善悪を決定するのは個人の快・不快であり,至高の価値は,公共生活から退くことによって魂が永続的に安定するところにある。

 B 人間の最高の幸福は,理性の純粋な活動によって,個々の事物に内在する形相のあり方を観想することである。

 C 個々の事物は真の実在の影にすぎないが,人間の魂はかつて真の実在の世界に住んでいたので,それを想起することで真理を把握できる。

 

5 下線部dの朱熹は,孔子や孟子には見られない理論体系を用いて人の本性の問題について説明している。その記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @ 肉体を構成する気は社会の混乱につながる欲望の源泉であるから,その気そのものである人の本性は悪である。

 A 道の立場から見れば,大小,是非などすべての価値的区別は相対的なものにすぎず,人の本性にも善悪の区別はない。

 B 人の本性は万物と共通の理であって善なるものだが,肉体を構成する気によって乱されており,悪の存在はその乱れに由来する。

 C 生きて働く現実の心そのものが理であって,生得の道徳性を自由に発揮すれば本性の善がそのまま実現する。

 

6 下線部eに関して,この立場をとった人物として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @ 伊藤仁斎   A 荻生徂徠   B 山鹿素行   C 新井白石

 

7 下線部@のような態度はイスラームの伝統にも常に見られた。この場合の「原点」である『クルアーン(コーラン)』についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9

 @ 『クルアーン』は,すべてのイスラーム法(シャリーア)の根拠であり,世俗と厳密に区別された聖職者の生活を律している。

 A 『クルアーン』は,神の言葉そのものであるとされ,その教えを信じることは六信の一つに数えられている。

 B 『クルアーン』は,唯一神アッラーが歴代の預言者に伝えた言葉をムハンマドが集録・編纂したものである。

 C 『クルアーン』には,神と,神に選ばれた砂漠の民とが結んだ契約が記されている。

 

8 下線部gに関連して,ガンディーはインドの伝統思想を現代的な視点から捉え直した。彼の考え方についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 10

  @ 真理を把握し実現するための闘いにおいては,一切の生命を同胞と見なして, あらゆる暴力に反対するとともに,自分の生命を投げ出してでも他者に最大の利益を提供しなければならない。

A 労働者が生産手段を共有するという目標は,議会制民主主義を通じては実現不可能であり,それを実現するには,職業革命家が武装蜂起して国家を資本家階級から奪い取らなければならない。

B 過去に目をつぶる者は,現在のことも正しく見ようとしない者である。非人道的な行為を心に刻もうとしない者は,将来再びそうした危険に陥りやすい。

C 戦争は人間の人格を破壊し,自由を奪い去るものであるから・自由な諸国家の連合体を形成することによって永久的な平和を確立することが,人間の目指すべき理想である。

                                〔13-本〕

 

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