2- 3.生きる意味と価値の創造

2-3-4<中庸について>

4 次の文章を読み,下の問い(問1〜7)に答えよ。(配点 23

 現代の我々は,何ごとにつけ不足するよりは有り余る方が,また及ばないよりは超過する方がより好ましいと考えがちである。しかし,a古代中国の思想家孔子は「過ぎたるは,なお及ばざるがごとし」と語って,人間の感情や行動の基準としては,中庸の名で呼ばれる過不足のない調和のとれた最善の在り方があって・時と場所とに応じてこの中庸を実践できる人間こそが真の徳の体現者である・と弟子たちに教えた。この中庸の思想は,後の儒教思想の展開において重要な意味をもち,後代のb朱子(朱熹)によって精緻に理論化されている。

 中庸を尊ぶ考え方は,人間のより善い生き方を模索した思想家たちの間に広く見られる。例えば古代ギリシアのアリストテレスも, 1 としての生き方を論じた著作の中で中庸について述べている。それによると,メソテース(中庸)とは、様々な感情や行為において,c然るべき程度に比して不足するか、あるいは超過するという両様の悪徳を避けてその中間を選び取ることであり,人間の徳はこの中庸によって成り立つという。彼のこの思想は,中世ヨーロッパの神学者dトマス・アクィナスの思想へと受け継がれている。

 また,古代インドでは中庸に類する思想が,求道の場における実践の問題としても説かれている。 eゴータマ・ブッダは、王子としての恵まれた生活と森林での苦行という両極端の体験を経て,快楽にも苦行にも偏らない中道こそが悟りへの道であると捉え,弟子たちへの最初の説法において,「二つの極端(二辺)に近づいてはならない」と語ったと伝えられている。この中道は彼の実践の特質を示すものであったが,後の大乗仏教の思想家 2 に至って,すべての存在を等しく空であるとする思想の中で新たな意義を獲得した。

 これらの思想は,それぞれに独自の文化的背景に基づいて説かれたものであるが,注意すべきは,倫理や道徳の問題としての「中」とは,単なる両端の中間や対立する二つのものの妥協をいうのではないという点である。それは最善を志向する積極的な実践の在り方にかかわっているのである。人は,それぞれの境遇,場面における最善の「中」を自己の裁量で追求し実践しなければならない。ここに,定式化して割り切ることのできない,人間の倫理の問題の難しさがあると言えよう。

1文章中の 1 ・に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。

1  @世界市民   A 選ばれた民の一人 B市民共同体の一員 C支配階層の構成員

2  @ナーガールジュナ(竜樹) A ヴァスパンドゥ(世親)    Bアサンガ(無着,無著)  C ボーディダルマ(達磨)

 

2 下線部aに関して,古代中国の諸子有家についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3

 @ 儒家は,上古の聖人の道よりも仁義礼智信といった社会生活に有益な徳を重視し,人々にこれを修得するよう説いた。

 A 墨家は,平和主義者の立場から人民を不幸にする侵略戦争を否定するとともに,自他を区別せず広く平等に愛するよう説いた。

 B 道家は,現実の政治や社会の分野には関心を示さず,人々に作為を捨てて宇宙の根源である道に任せて生きるよう説いた。

 C 法家は,君主の徳による政治を否定し,法による信賞必罰を統治の根底に据えることで人民本位の政治を実現するよう説いた。

 

3 下線部bの朱子(朱熹)の学説についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4

 @ 人間を含む天地万物を気による運動体と見なした上で,万物の条理である天理よりも,身近な日常の人倫を重視するよう説いた。

 A 心が弛むのを警戒し常に覚醒させようとする敬の実践と,事物に内在する違を体験的に努めてゆく実践とをともに重視するよう説いた。

 B 知ることと行うこととを一つのことと見なし,あらゆる場で心の理である良知を十分に発揮させることを重視するよう説いた。

 C 孝は万物を生成し秩序づける宇宙の根源であり,あらゆる人々に等しく内在する心情であるとし,その実践を何よりも重視するよう説いた。

 

4 下線部cに関して,アリストテレスは感情や行為にかかわる「中庸」の徳とそれに対応する過剰と不足の悪徳を具体的な例によって説明している。その組合せとして適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

     過 剰        中庸     不足

@ 放縦      節制     鈍感

A 道化      機知     野暮

B 虚栄      自尊心    卑屈

C 無謀      正義     臆病

 

5 下線部dのトマス・アクィナスに関する記述として最も適当なものを.次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6

 @ 信仰と理性は相互に分離された異質な領域に属しており、神にかかわる信仰的実践を哲学によって基礎づけることはできないとした。

 A 信仰と理性の区別を体系的に論じて、信仰の優位のもとで両者の統合を試み,倫理思想に関しても自然的徳は神の恩恵によって完成されるとした。

 B 一切は神から必然的に生じるものであり,倫理的問題に関しても,永遠の相のもとで事物を考察することによって判断されなければならないとした。

 C 人間の救済と滅びは神によってあらかじめ決定されており,人間は合理的で正しい行為によってもその決定を変更することはできないとした。

 

6 下線部eのゴータマ・ブッダが説いた「四諦」(四聖諦)のそれぞれについての説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @ 「苦諦」とは,苦を引き起こす原因として,無知,欲望,執着といったもろもろの心の煩悩があるという真理である。

 A 「集諦」とは,理想の境地に至るためには,八正道の正しい修行法に集中すべきであるという真理である。

 B 「滅諦」とは,煩悩を完全に滅することで,もはや苦が起きることのない平安の境地に達するという真理である。

 C 「道諦」とは,あらゆる事物が存在し変化していくには,必ず依拠すべき道理があるという真理である。

 

7 本文の趣旨に合致する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @ 人間がより善く生きる上で,自己の感情や行為が過剰や不足といった穣端に偏らないようにすることが重要である。程よい在り方の平均値を正確に把握し,それを客観的な目標として追求することが求められる。

 A 人間は、それぞれの境遇や場面における最善の倫理的在り方を追求することが重要である。だが,それをあまり真摯に求めるのは,それ自体が過剰であり偏った立場であるから,ほどほどで納得する態度が求められる。

 B 自己の感情や行為を調和のとれた最善の在り方に保持することは,人間が善く生きる上で重要なことである。しかし,その実践においては客観的な指標はなく,常に主体的判断をもって取り組むことが求められる。

 C 両極の間で揺れ動く存在である人間にとって,自己の感情や行為を調和のとれた在り方に保持することが重要である。そして,そのための実践として古代の聖賢の教えをできるだけ再現することが求められる。

                                            [15-本]

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