第3章 日本の思想

1.生と死,信仰

 3-1-1<日本人の死の思想>

1  次の文章を読み,下の問い(問15)に答えよ。

 日本人は,死をどのように考えてきたのだろうか。死はすべての人にいつかはおとず れるものである。しかし,その瞬間までに,どのように死を捉え,対処しようとするかによって,その人の生や死は意味が違ってくるように思われる。そこで,a日本人の 死についてのいくつかの思想を振り返ってみよう。 『古事記』では,イザナミは死んだ後に 1 に行き、その死を悲しんだイザナギが追って行ったという。しかし、すでに醜く腐り,岨虫がたかっていたイザナミの死体を見たイザナギは、恐ろしくなって生の世界に逃げ帰ってきたのである。bそこでは, 死や死後の世界は生の世界から隔絶されたものではなく,その延長上にあるものと見られていた

 平安時代の源信は、 2 の理論的な枠組みを示した代表的指導者であった。彼は,人の死の意味を真撃に追求しつつ,死後のゆくえに対する世の宗教的関心を高めた。そして,同じ信仰のもとに死を迎えようという同志と結社を作るにいたった。c死後には 必ず阿弥陀仏の主宰する仏土へ往生しようという決意のもとに,同志とともに,やがて来る死のために仏典の学習をしたり,葬送儀礼の研究をするなどの準備に励んだのである。

 一方,江戸時代に国学を大成した本居宣長は、『古事記』などのわが国の古典の研究を通して,仏教や儒教などによって影響を受けた考え方を除き去ることを説いた。そして,古典を読み、自ら歌を詠むことによって 3 を知り,すべてのことに素直に反応し,神代の人々がふるまったように素直にふるまう生き方を求めた。さらに,死そのものは悲しいことではあるが、なによりも 4 によるものと考えて受け容れ,従容として死の世界におもむくべきことを教えたのである。

過去の日本人は,死に関してこのような思想をつくりあげてきたのだが,現代に生きるわれわれは、いま,死をいかに見つめ,どのように捉えることができるだろうか。病院で機械に繋がれたままで、死を迎えることが多いといわれる。そして,そのような現代の状況においては、dわれわれが先人の思想から何かを学びとりながら,自分自身が死と向きあう準備をすることが、いっそう求められているのだといえよう

1 文中の 1  4 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。

1  @高天原  A黄泉の国  B瑞穂国  C葦原中国

2  @法華信仰  A禅   B密教  C浄土信仰

3  @わび  A敬   Bもののあはれ   C誠

4  @神のしわざ A聖人の作為 B仏の慈悲 C天の理

 

2 下線部aの一つに,すべての物や人はつねに移りゆき,死に向かう,と捉える無常観がある0これを表していると考えられる文章として革も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

    @ 道は常に為す無くして,しかも為さざるは無し。すくな侯王もし能く之を守らば,万物まさに自づから化せんとす。

  A 篤く三宝を敬へ。三宝とは,仏・法・僧なり。‥…何れの世・何れの人か、是の法を貴ばざる。人はなはだ悪しきものは鮮し。

   B 孝のなき時なく,孝のなきものなし。…身をはなれて孝なく,孝をはなれて身なきゆへに,身をたてみちをおこなふが孝行の綱領なり。

   C ゆく河の流れは絶えずしてと、しかも、もとの水にあらず。澱みに浮かぶうたかたは,   かつ消えかつ結びて,久しく留まりたる例なし。

 

3 下線部bのような考え方を説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6

 @ 死後の救済や懲罰などを想定して,それらとのあいだで直接の関係を保持する次元で死が捉えられている。

 A 死後の救済や懲罰などを想定しないで,あくまでも現世内における現実生活と同じ次元で死が捉えられている。

 B 日常生活のなかで,無事に一日を生きることに意を用い,死を考えさせるような要素を徹底的に排除する。

 C 日常生活のなかで,雑事に追われ,表面的な多忙にまぎれることで,あえて死から遠ざかって生きようとする。

 

4 下線部cのような趣旨をもつ源信の著書『往生要集』の基本的な思想の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @ 自分が悪人であることを自覚し,阿弥陀仏の絶対他力を信じて,報恩感謝の念仏によって往生を願うべきである。

 A 釈迦の真意を伝えた,ただ一つの正しい経典である法華経のみを信じて,その題目を唱えれば救われる。

 B煩悩や穢れに満ちた,この世界を厭い,捨てて,阿弥陀仏の極楽浄土への往生を願い求めるべきである。

 C一切の雑念を捨てて、ひたすら坐禅にうちこむことによって,すでにその中に悟りが実現しているのである。

 

5 本文の文脈に照らして,下線部dの内容の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @ 自分の属する文化的伝統のなかから,自分の嗜好に合った死についての思想を選びとり,それに無条件的に依拠することで,精神的満足度を高めながら充実して生きていくこと。

 A 自分の属する文化的伝統をふまえつつ,死についての斬新な思想を創造することを通して社会的な貢献を行い,そのことで人々に自己の生の意味を確認させて,人生を充実させること。

 B 自分の属する文化的伝統のなかの,死に関する思想に,これからの生のよき模範を見いだし,可能な限りそれに沿って生きることで,自分の生の精神的価値を高めながら生きること。

 C 自分の属する文化的伝統をふまえたうえで,自己の生き方を見つめなおし,これからの生をいかに充実して,いかに自分らしく生きるべきかを,死をタブーとせずに追究していくこと。

                                   〔9−追〕

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