第3章 日本の思想
1.生と死,信仰
3-1-4<神仏をめぐる思索>
4 次の文章を読み,下の問い(問1〜8)に答えよ。
人間にとって大切なことは,単に生きることではなく,よく生きることである,と言われる。確かに,日ごろどれだけ自覚的であるかは別として,自分が生きることの意味を求めない人はいないだろう。日本における古代や中世の人々も,よき生を望み,生の意味づけを願って様々に模索した。その痕跡は,神や仏をめぐる思索のうちにも見ることができる。
神は, A であった。時として災いをなす神は,また、もろもろの幸いをもたらしてくれるものでもあり,人々の生を根底から支える拠り所であった。年々のa祭祀に神を招きもてなしつつ,人々は安穏な生活のありがたさを確認し,その更新を祈った。祖霊や怨霊に対し,盆、正月の行事や御霊会を営んだのも,b死者の霊魂を神同様に敬ったためである。神や死者の霊魂が住む領域は,海の彼方の常世国のように,永遠の生命と豊饒の世界として想像されることがあった。現実世界で有限の生を送る人々が,そこから来てそこへと帰るはずの世界,いわば,はるかで懐かしい故郷として思い描かれたのである。
他方c仏も,生の意味づけにかかわる拠り所の一つであった。現実の自己が抱えもつ苦悩と向き合い,その克服を目指す人々にとって,絶対的安楽に至った仏は理想の存在であった。「世間虚仮,唯仏是真」−聖徳太子のこの言葉からは,現実世界をはかないものとして否定する見方がうかがわれる。それとともに,在家にとどまりつつ仏教の普及に尽力し,菩薩と仰がれた太子の生涯に照らすとき、ここに B をも汲み取りうるであろう。現実と理想の隔たりをどう捉えるべきか,その隔たりは,どのようなd修行をすれば超えられるのか。無数の仏道修行者が展開した活動は,それぞれにこの問いに対する解答であった。
自ら修行に専心することのない人々は、こうしたe修行者を介して仏とかかわりを結
神や仏をめぐる思索は,一見すると,私たちにはもはや疎遠なものと感じられる。だが,超越的存在とかかわることや,死後の世界に思いを凝らすことは,つまるところ,よく生きようとした先人の願いの現れとして捉え返されよう。私たちはそこに,より深い人間理解への糸口をつかむことができる。
問1 日本における神の性質を述べた語句として,文章中の A に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 1
@ 全知全能にして宇宙万物の創造主
A 信仰の有無により審判を下す存在
B 不可思議で畏怖すべきなにものか
C 感覚を超えた絶対的に善なるもの
問2 下線部aに関連して、古代日本における祭祀に関する記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 2
@ 祭祀に奉仕する者は,身心に付着した穢れを除くため禊を行った。
A 祭祀を執り行う者は、聖職者として政治的支配階層から排除されていた。
B 祭祀を妨げる行為は罪とされ、これを犯した者には祓えが課せられた。
C 祭祀の場では,神に対して欺き偽らない心のありようが重んじられた。
問3 下線部cに関連して,諸経典は様々な仏の物語や教えを説いているが,『法華経』の仏の説明として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@あまねく世界を照らす太陽にたとえられるこの仏は,仏の悟りの境地そのものを仏として捉えたもので,宇宙に充満してあらゆる仏や菩薩を包摂するとされる。
Aかつて法蔵という名の修行者であったとき,一切衆生の救済を願って四十八の誓い(本願)を立て、途方もなく長い間修行を重ねた末,すべての誓いを成就したとされる。
B釈迦没後56億7千万年を経てこの世に出現し、釈迦よる救済に漏れた人々を救うと予定されている仏で,既に修行を完成して兜率天に待機中とされる。
C永遠の生命をもち,はるかな過去に既に悟りを開いていたこの仏は,仮に有限な人の姿をとってこの世に現れ,釈迦仏として人々のために説法したとされる。
問4 文章中の B に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選らべ。 4
@理想を見据えて実現を志し、身をもって人々と仏との架橋を行おうという信念
A現実世界の万物は実体をもたず・因縁によって生じたり滅したりするという考
B穢れた現実世界を厭い離れ,極楽浄土への往生を願い求めよと説く呼びかけ
C現実と理想との隔絶を見て取り、どんな思索も実践も無意味であるとする絶望
問5 下線部dに関連して、修行をめぐる法然の考えの記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@草木や国土など心をもたないものも仏となる素質を備えており,その生成変化
A仏の悟りは既に各人に様々な仕方で備わっているが,それを働かせ,体得するためには修行が不可欠である。
B末法の世に生まれて素質の劣る者は,他のすべての教えや修行を差し置いて,ただ他力易行門を選び取るべきである。
C自己の心の内には元来、地獄から仏に至るあらゆる世界が含まれており,心を観察することで悟りを得ることができる。
問6 下線部eに関連して、仏と人々を媒介する存在には、官許を得て出家する僧のほかに「聖」として敬われる民間布教者があった。代表的な聖の一人,空也の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@阿弥陀仏の名を唱えながら,野原に遺棄された死骸を火葬して歩き、市中で人々を教化して市聖と呼ばれた。
A都の造営に駆り出されて難民となった人々を率い,東大寺大仏の建立など多くの社会事業を行って,菩薩と仰がれた。
B山中で修行して得た験力を駆使して様々な呪術を行ったと伝えられ,後に修験道の祖と仰がれた。
C行き合う人々に念仏札を配りながら全国を旅して歩き,生活にかかわる一切の束縛を捨て去って捨聖と呼ばれた。
問7 下線部fに関連して,慈悲に基づく利他は様々な仕方で実践されたが,密教の場合の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@凡夫の無力さの自覚を踏まえ,まず往生し成仏を遂げ,再びこの世に還るときこそ真実の利他をなそうと誓って,念仏を唱えた。
A行者がその身とロと心において仏と一体化を遂げるとき・仏としての救済力を他に及ばしうるとして,除災や招福の祈祷をした。
Bひたす坐禅に打ち込み、日々の生活のすべてを厳しく律することを通じて,自ら仏の智慧と慈悲を獲得しようと努めた。
C正しい教えが見失われた時代には,まず人々の迷妄をくじき破ることにこそ慈悲があるとして,迫害を恐れず他宗を批判した。
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