第3章 日本の思想
2.日本人の自然観・歴史観
3-2-2<近世の自然観>
2 次の文章を読み,下の問い(問1〜5)に答えよ。
近世日本のさまざまな思想に共通するのは,天地万物を一つの大きな生命活動として捉え,そこに積極的に参与するあり方を,根本的な善とみなす考え方である。これは,中世に広まった 1 が,万物を死や消滅の相に力点を置いて捉えたのとは対照的なものの見方である。万物を「生々発展」する「活物」として捉える考え方が広く浸透したところに,近世日本思想の大きな特徴を見ることができる。
この考え方は,ことに儒者たちの思想の中にしばしば認められる。彼らの多くは,人間世界を端的に天地自然の生命活動の一環と捉え,その活動にのっとった行いに仁や孝などの道徳的善を見いだした。例えば、孝を宇宙の根本原理であり,人間社会の最高の徳であると主張した中江藤樹の思想がそれである。彼の主張の基本にあるのは, A が,天地を貫く道の根本であるとする考えである。
自然と人間とを一応は区別する立場の儒者においても,社会を生命的な活動態として捉える見方は一般的なものであった。人々が互いに活かし合い、養い合っている有機的なシステムとして社会を捉えるa荻生徂徠の見方が,典型的な例である。また,いわゆる儒者ではないが、石田梅岩が,経済活動からみた人間相互のあるべき関係を 2 という言葉で表したのも、そうした社会観の一例といえるであろう。
近世においては、自然科学的な営みもまた、自然を対象化して理解するというよりは,むしろ物を生じ育む天地の働きへの積極的な参与であると考えられた。b医学がしばしば「仁術」の名で呼ばれたのは,その一例である。博物学も、知識の単なる収集ではなく、天地の働きを助ける有用な性質を事物の中に見いだすためのものであった。また農学の基本には、農業を、人・植物・天地が相互に活かし合う働きの一環であるとする見方があった。二宮尊徳の 3 の思想は,農耕生活者の実体験に基づいて,そうした見方をより深めたものといえよう。
このように、近世日本のさまざまな思想が、人間社会の理想的なあり方やc人間と
問1 文中の 1 〜 3 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @本地垂迹説 A陰陽五行説 B無常観 C理気二元論
2 @一身独立して,一国独立す A先も立ち我も立つ
3 @自制・利他 A時・処・位 B自然世・法世 C天道・人道
問2 文中の A に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 1
@ 血のつながる者同士の自然な情愛
A 弱者に対しておのずとわきおこる凝れみの情
B 親は尊く,子は卑しいという天地の理
C 先祖代々の家業への専念と富の蓄積
問3 下線部aの思想を説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@徂徠は,道を,内面的な道徳ではなく,社会的な制度として捉え,天下を統治する方策を明らかにすることが儒者の務めであるとした。
A徂徠は、宇宙を貫く自然の理法として逼を捉え,人間は私心や欲望を去ることで道を明らかにできると考えた。
B徂徠は,道を,神が創始した習俗であると考え,古くから伝わるしきたりに従うことが、すなわち道を行うことであると主張した。
C徂徠は、人と人との心情的融合に道を見いだし,他者を偽ることのない「誠」の実域を重んじた。
問4 下線部bの背景にある考え方を説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@ 医学は生命の法則を認識する営みであり,天地の理を究めそれとの一体化をめざす窮理のあり方と一致するから。
A 医学は人体を客観的に捉えるものであり、死後の世界を否定する儒教の合理主義に通じるものがあるから。
B 医学は生命に働きかける人為的な営みであり、方向性を持たない自然の力に一定の秩序を与えるものであるから。
C 医学は人を生かす技術であり,万物を恵み養うことをめざす聖人の教えによく適合するから。
問5 下線部cのような見方は,近世の人々の自然への働きかけの中に広く見いだされるものである。治水思想を例にとった場合,本文で述べた近世思想の特徴に合致する考え方として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ベ。 7
@治水の目的は,人々に自響の恩恵を分け与えることにある。そのためには,為政者は,自然の威力に打ち克つだけの高い徳を備えることを要求される。高い堤防は為政者の徳の高さを象徴する。
A治水の目的は,人々を洪水から守ることにある。そのためには,上流から下流まで連続した堅固な提防を建設し,河川と周囲の土地をきちんと分離しなければならない。これは,土地の高度利用にもつながるものである。
B治水事業は,道徳的な営みである。河川工事に当たっては,川の機能を考えるだけでなく,山林や鳥臥人間が,互いに関係し合いながら十分にそれぞれの本性を発揮できるように配慮しなければならない。
C治水事業は,多様な側面からなる社会的な事業である。農業・林業・土木・水運など,川をめぐるさまざまな側面は,社会の成長・進歩を助けるという大きな目的のもとに統一される必要がある。
〔6-本〕