第3章 日本の思想
3.文化の受容と思想形成
3-3-1<日本の思想文化の形成>
1 次の文章を読み,下の問い(問1〜8)に答えよ。
現代日本からみると,日本の思想文化は昔からひとつで一様なものだったとみえるかもしれない。しかし実際に歴史をふりかえってみると,自然の特性から宗教・学問に至るまで様々なレベルで,多くの要素が日本の思想文化を形成してきた。
日本は大陸に近い島国である。海に歯まれ,山や川にみち,やがて平地も開墾されていった。aその風土と多様な自然条件に密着して,種々の信仰や祭りが昔から行われてきた。
儒教、道教や仏教が伝わると,はじめは自然とともにあった信仰がこれらに刺激され,bのちに神道と呼ばれるようになる制度文物や教義が形作られた。多くの地方では,仏や菩薩の信仰と土地の神々の信仰とが柏たずさえて発展していった。
戦乱をへて江戸時代,平和になると,寺社が町や村の各所に作られ,神仏の信仰や参詣はさらに広がった。またc朱子学など新儒教が本格的に伝わり,学ぶ者がふえ始めた。しかし一方、キリシタンは世に容れられないものとして厳しく禁圧された。江戸時代半ばから,教育や学問の発達とともに儒教は次第に社会に広がり,また儒教を批判する国学もうまれた。国学は日本的なものを強調する思想を説いたが、しかし儒教が衰えることはなかった。
e儒学者の中からは,洋学を学ぶ者も出てきて、その数は幕末にむけて徐々にふえていった。
維新後の日本は,西洋文化を急激に受容するとともに、国家の統一もはからなければならなかった。『 1 』では,道徳の根源を天皇と日本の伝統に求め、加えて儒教的、西洋的な徳目も強調した。神道を中心に儒・洋も併せて説かれたのである。昭和前期になるとf国体の神聖さやその護持が強調されるようになり、アジアの占領地で天皇の崇拝が強制されることもあった。
日本の思想文化は,決して単一ではなく、外部から伝わるものを受け入れながら多様な要素からなる複合として形作られた。しかし、その担い手は島国の外の人々と実際に対話した体験に乏しく,その思想は,時として日本中心の内向きの形にまとまる傾向もあった。いま私たちは,交通や情報の発達によって国外の人々とますます身をもって出会いつつある。私たちは,みずからの思想文化の多様性とそのあり方をかえりみ、他文化への理解をさらに育て上げていくことが必要であろう。
問1 文中の 1 に入れるのに最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@現代日本の開化 A大日本史
問2 下線部aに関連して,和辻哲郎『風土』は,自然のあり方と文化形成の結びつきを
@砂漠型の風土においては、神の権威が強まって汎神論が発達し、牧場型の風土においては,愛を説くキリスト教が発達する。
A牧場型の風土においては自然との調和をはかる美意識が発達し,モンスーン型の風土においては,情を克服する悟りが説かれる。
Bモンスーン型の風土においては、自然が恵みと暴威として体験され、牧場型の風土においては,自然の規則性がとらえられる。
C砂漠型の風土においては、人々は戦闘と恬淡の態度をもち,モンスーン型の風土においては,人々は対抗と決断の態度をもつ。
問3 下線部bに関連して,神をめぐる思想文化の記述として最も適当なものを次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@奈良時代には、朝廷を中心に,共同体の上位者や神々への忠誠の心が清明心として尊ばれた。
A平安時代には,神道と仏教の習合が進み、神は根源で仏はその現れだとする本地垂遽説が発達した。
B鎌倉時代には,神道は心の清浄や正直を強調して,親鸞の浄土信仰と合体した。
C江戸時代には、武家に尊ばれた儒教は,伝統的に公家に支えられた神道とふかく対立した。
問4 下線部cに関して,朱子学についての記述として適当でないものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@ 万物の内に本来性としての理が宿っていることを説く。
A 万物は気の運動によって生成し存在することを説く。
B 他者に誠を尽くすことにより自己を浄化することを説く。
C 自己の内に徳を確立してこれを他者に及ぽすことを説く。
問5 下線部dに関連して,キリシタンの思想を最初にもたらしたキリスト教派のあり方を述べた文として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@教会を維持し戒律を再興しながら,世俗に対する働きかけを積極的に行った。
A人は信仰によってのみ義とされると説き,内面的で純粋な生き方を勧めた。
Bあらゆる改革に反対するとともに,伝統的な信仰を世界へ布教しようとした。
C人の救いは神の摂理によって定まると考え,職業は神の召命であると説いた。
問6 下線部eに関連して,西洋文明に摸した儒学者佐久間象山・横井小楠は,次のように述べている。これを参考にしつつ,西洋文明への対処についての彼らの考えをまとめた記述として最も適当なものを、下の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
『宇宙に実理は二つはない。この理があるところでは,天地であれ鬼神であれ,いく世代の聖人であれ,この理にはずれることはできない。近年西洋が明らかにした多くの学術は要するにみな実理であるから,まさに我々の儒学に役立てることができる。ところが世の儒者はおおむね凡庸の人であって理を窮めることを知らない。』
(佐久間象山『小林炳文に贈る』)
『尭舜など聖人の世では,天帝の命を受けて天の働きを広める心得で,山川・草木・鳥獣・物品に至るまで物の道理を窮め土地を開き,福祉や生活への利用を発展させていた。もしも尭舜が現代に生まれたなら,西洋の軍事機器をはじめ各種の技術を十分に活用してこの世を営み,天の働きをいっそう広めるであろう。それは西洋以上のものとなるに違いない。』
(横井小楠『沼山閑話』)
@ 自然認識や技術はどこでも普遍的に通用するものなのに,最近の儒教はその探求をはかる点が不足していた。修己治人の学は捨て,洋学にならって窮理の学を重視していくべきである。
A最近の儒教は自然と人間社会をつらぬく道理という宇宙の真実を忘れてしまっていた。上下定分の理を努めてその利用をはかり,洋学に対抗して世の中を豊かにしなければならない。
B最近の儒教は自然を認識してこれを実用的技術として役立てる点が不足していた。洋学を取り入れながら,具体的現実に即して実際に理を窮める元来の儒教を発展させなければならない。
C自然の道理は普遍的で誰もが従うべきなのに、最近の儒教はそれを与えた天地や鬼神の権威を忘れてしまっていた。洋学に惑わされず,天命に直接則って理を窮める元来の儒教を振興すべきである。
問7 下線部fを説明する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@日本国民の祭典としての体育の集い
A日本に神代から続く不変の政治秩序
B日本古典に示された国神との結びつき
C日本の国に古来伝わる美しい大和魂
問8
本文の趣旨に合致する記述として最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8
@日本の思想文化はさまざまな要素を受容して複合しており,排他性がなかった。この性質をもとに,他文化との交わりやその理解ができる。
A日本の思想文化は多様だが,いつも寛容だったとはいえない。より開かれた態度を養うことで,他文化との交わりやその理解がひらける。
B日本の思想文化は多様であるがゆえに、一つのまとまりに乏しかった。その統一を求めることが,他文化との交わりやその理解につながる。
C日本の思想文化にはまだほんとうの純粋性が見いだされていない。それを発見することを通じて,他文化との交わりやその理解が育つ。
〔11-追〕