第3章 日本の思想

3.文化の受容と思想形成

3-3-2<伝統思想と外来思想>

2 次の文章を読み,下の問い(問17)に答えよ。

 私たちが伝統思想と呼んでいるものは,必ずしも自明なものとして存在してきたわけではない。外来思想と出会った私たちの先人が、その都度、意識し、創り出してきたものでもある。

 たとえば,外来思想である仏教が定着する過程で,八百万の神々への信仰と結びつく神仏習合がおこり,a本地垂逆説が現れた。また,禅宗の寺院で外典として学ばれたb朱子学が,仏教から自立して江戸時代の日本社会に定着する際には、激しい仏教批 判を展開し,神儒合一論なども登場した。このように新旧の思想が様々に自己更新をしていくなかで,伝統思想として意識されるものが形成されるのである。

賀茂真淵を経て本居宣長によって大成された国学は、外来思想としての儒教に対する自己革新の産物でもあった。真淵は日本の古典を研究することによって、仏教や儒教の精神とは異なる日本人の心を発見しようと試み、c『万葉集』に日本人の理想的な精神を 見いだした。宣長は人間が生得的に身につけているものを真心と捉え,この真心を大和心(大和魂)と呼んだ。宣長は大和心を儒教の漢意とは相容れないものとしたが,それは当時の儒教の政治的・社会的役割までも否定するものではなかった。宣長の国学を復古主義の立場から展開させたのは 1 である。彼は大和魂を尊皇思想と結びつけて日本人に固有な精神と解釈した。

 一方19世紀中ごろのアへン戦争による中国の敗退と,ペリーの来航にはじまる黒船の出現は,日本においては儒教的な世界観を揺るがした。そのなかで佐久間象山はd「東洋道徳,西洋芸術」と唱えて西洋の学問を受容する論理を創り上げた。同時代の 2 は,西洋の民主主義やキリスト教を儒教的に読み替えて,「尭舜孔子の道を明らかにし,西洋器械の術を尽くす」と述べて,「大義」を世界に実践し,「民富」をはかる実学を提唱した。しかし,対外的な危機意識が高まるなかで,新たに日本を特殊化する思想が現れた。このような思想動向を背景に,「和魂洋才」という考え方が成立する。その際,「和魂」はこの特殊牲を体現したものと解釈された。この考え方に先行する表現として「和魂漢才」がある。たとえば,11世紀の初めごろに成立した『源氏物語』では,中国の知識を意味する「漢才」を日本の国情に合わせて駆使するものが「大和魂」(和魂)と記されている。それが、e幕末になると,水戸学に見られるように,攘夷思想と結びついた国体論の影響を受けて,和魂の性格が大きく変容する。このように外来思想にどのように対応するかによって,和魂の捉え方が異なってくるのである。

 伝統思想は,外に開かれていくときは,異質な思想や文化の相互理解に大いに貢献するが,反対に内に閉ざされて日本人だけが理解しうる日本の特殊性と解釈されたとき,異質なるものを排除する偏狭な思想に陥ってしまうのである。人や文化の交わりがますます増大し,世界の人々との共生が求められている今日,日本の伝統思想の意義を再考することが,私たちの重要な課題となる。

 

1 文章中の 1  2 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。

  1  @荷田春満 A平田篤胤 B伴信友 C 契沖

  2  @坂本竜馬 A吉田松陰 B横井小楠 C 勝海舟

 

2 下線部aの説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ペ。  3

 @ 日本古来の神々を本とし,神が仏に衆生の救済をさせているとする説。

 A この世のすべてを神と仏の計らいによる自ずからなる働きとする説。

 B 一切の執着を離れて悟りの境地に入れば,神仏と一体になるとする説。

 C 真理の根源である仏が衆生を救済するために神となって現れるとする説。

 

3 下線部bに関して,日本の朱子学者たちが仏教を批判した理由として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4

 @ 仏教は最終的な人間の救済を来世に求めているから。

 A 仏教は出家と称して現実の人間関係を否定しているから。

 B 仏教は男女平等を説き,武家社会にふさわしくないから。

 C 仏教は加持祈祷で災いを除くといって人々を惑わしているから。

 

4 下線部cの「理想的な精神」の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

 @ 素朴で力強く,おおらかさを重んじる精神。

 A 対立を避け,調和と秩序を重んじる「和」の精神。

 B 優しさを重んじる「たをやめぶり」の精神。

 C あらゆる外来思想を融合させた精神。

 

5 下線部dの説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  6

 @ 東洋の道徳は西洋の芸術に対抗できるものであるから,西洋の芸術を受け入れてもかまわない。

 A 東洋では道徳が優れており,西洋では技術が優れているので,両者を兼ね合わせる必要がある。

 B 東洋の道徳では西洋の芸術を理解できないので,西洋の思想も受け入れなければならない。

 C 東洋の道徳と西洋の技術とは対抗関係にあるので,東洋の道徳を守る必要がある。

 

6 下線部eの和魂の性格の変容に関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @ 国体論が強調されると,和魂は異質な文化や思想を排除する日本の特殊性の根拠としての性格を強める。

 A 国体論が強調されると,和魂は異質な文化や思想を積極的に駆使しうる主体牲の根拠としての性格を強める。

 B 国体論が強調されると,和魂は異質な文化や思想に同化しようとする性格を強める。

 C 国体論が強調されると,和魂は異質な文化や思想との対立を融和させようとする性格を強める。

 

7 本文の趣旨に照らして,日本の伝統思想のあり方に関する記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @ 日本の伝統思想は絶えず異文化と接触していくなかで,新たな要素を受け入れながら更新される側面をもっている。こうして,伝統思想に新たな生命が吹き込まれるのである。

 A 国際化時代に生きる私たちは日本の伝統思想をふまえ,世界の人々との相互理解を促進する努力をしなければならない。伝統を現代に活用するとは,こうした営みを積極的に行うことにほかならない。

 B 日本の伝統思想には,時代の制約を強く受けたために,私たちが克服すべき要素も多分に含まれている。伝統を受け継ぐとは,常にこうしたことと自覚的に向かい合うことを意味している。

 C 日本の伝統思想は世界に類を見ない特性をもっているので,異文化の受容によって,これをゆがめることがあってはならない。国際化時代に私たちは日本の伝統思想の特殊牲を守る必要がある。

                                  〔14-本〕

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