第3章 日本の思想
3.文化の受容と思想形成
3-3-3<伝統文化と文化交流>
3 次の文章を読み,下の問い(問1〜5)に答えよ。
近年・世界のボーダーレス化が進展する一方、各地で民族意識の高揚も見られ,国や民族の意味づけが改めて問い直されようとしている。自分の国や民族の文化的独自性をめぐる議論は,日本でも過去の時代から繰り返しなされてきた。そこから,今後の文化を考える上での手がかりを得ることはできないであろうか。
日本をインド・中国と並ぶ「三国」の一つとする見方は,古代以来仏教とともに広く定着していたが、その中で日本は、「辺土(辺境の地)」とされる場合が多かった。しかし平安末期以来、日本は神々の加護を受けた特別な国であるとする紳国思想も徐々に普及しはじめた。a鎌倉新仏教のように、そうした考え方に距難をおき,仏教の普遍性を強調した思想もあったが、対外的危機感の高まりなどから,神国思想は流行し,仏教よりも神道を上位におく 1 なども生まれた。
近世に入ると、儒学者の中にも、日本を「東夷(東方の未開国)」とする見方に反発し,日本文化の独自性に注目しようとする者も現れた。例えばb山崎閣斎は,正統的な朱子学者を自認したばかりでなく,同時に日本の神道も熱心に信奉していた。その弟子には,自国こそがそこに住む人々にとっての「中華」・「中国」であると主張する者もいた。こうした白文化中心主義は,国学や水戸学でさらに展開される。しかし同じ朱子学者でも,国家を超えた宇宙の理法を強調した佐藤直方や、朝鮮との外交実務を通じて,異文化への積極的理解を説いた 2 のような思想家もいた。
近代になって国際社会に参加した日本は、国民国家の形成を急ぎ,国民の文化的統合を強調するために,さまざまな伝統思想を再生・創造した。それによって,偏狭な国粋主義も生まれたが,c日本の伝統文化を、より多様で開かれた視野からとらえようとし
以上のように、日本の文化的独自性を強調する立場は,時代に応じてさまざまな形をとって現れたが・常に他方で、そうした考え方を相対化し,普遍的思想へのまなざしや異文化理解の重要性を説いた思想家たちも存在していた。いまの私たちに求められているのは、伝統文化を尊重しつつも,それがもたらす画一性や閉鎖性に批判の目を向け,国の内外の多様な文化に心を開き,それら文化相互の対話・交流を積極的に推し進めていくことであろう。
問1 文中の 1 ・ 2 に入れるのに最ほ当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @伊勢神道 A国家神道 B教派神道 C復古神道
2 @中江藤樹 A山鹿素行 B渡辺華山 C南森芳洲
問2 下線部aに関連して、以下の文章は、鎌倉新仏教の開祖たちの,神々や国土・国家に関する考え方を述べたものである。それらの中で,日蓮の思想について述べたものとして最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@この世界は、苦しみに満ちた穢土であるから,仏の慈悲にすがって,西方の極楽浄土に生まれかわることを願うべきである。その際,末法の世の煩悩に満ちた我々は、難しい修行は不可能であるから,ひたすら念仏を唱えるだけでよい。
A日本は辺土であり、時代も末世であるから,従来と同じ修行方法では,悟りを開くことは困難であるという考え方もある。しかし,仏法においては,どのような国や時代に属しているかは本質的な問題ではない。釈迦と変わりない心身の修行を実践すれば,全く同じ悟りが得られる。
B日本の神々は,本来永遠の生命をもった釈迦を守るべき存在である。しかし日本の人々は,誤った仏法を信じているため,善い神々はこの国を捨てて立ち去ってしまっている。したがって,人々を早く真の仏法に帰依させ,国家の危機を救わなければならない。
C無限の光としての阿弥陀仏は,この穣土をも包み込んでいる。したがって、自分の悪を徹底的に自覚し,すべてを仏にゆだねた瞬間に,極楽浄土への往生は確定する。そうした信仰の人を神々も自然に守護するから,阿弥陀仏以外に神々を直接信仰する必要はない。
問3 下線部bに関して,ある時,山崎闇斎に弟子が,「もし孔子・孟子が日本に攻めてきたら,先生はどうしますか」と質問したという言い伝えが残っている。その時の闇斎の答えは,下線部の考え方をよく表している。そのことから推測して,闇斎の答えとして最も適当なものを,次の@〜のうちから一つ選べ。 4
@儒学者である以上どこの国の人間であろうと、孔子・孟子には人格的に服従しなければならない。したがって,彼らが攻めてきたら,日本人としての立場を捨て,ただちに降伏すべきである。
A日本人は日本の道を守ることが,儒教の教えにもかなうことである。したがって,孔子・孟子が相手といえども,自国のために戦うべきであり,そうすることがかえって,彼らの説く道に従うことにもなる。
B儒教だけが,国を超えた普遍的な倫理を説く唯一の教えであり、他国を侵略することは,その教えに反する行為である。したがって,孔子・孟子が自らの道に矛盾した行動をとるなら,儒教の道にのっとって彼らを撃破する。
C日本人には,日本の道こそが最も重要であり・儒教はそれを学ぶための手段にすぎない。したがって,孔子・孟子が攻めてくるようなことがあれば,儒学者としての立場を捨てて,自国を守るために戦う。
問4 下線部cに関連して,以下の文は,日本の近代の思想家たちの考え方を述べたものである。これらのうち,和辻哲郎と柳宗悦について述べたものとして最も適当なものを,次の@〜Eのうちから一つずつ選び,和辻哲郎については 5 に,柳宗悦については 6 に答えよ。
@ 日本の「常民」の生活文化を明らかにしようとして、日本民俗学を創始したが、地域の多様な文化に関心を示し,伝統的習俗の調査のために全国各地を旅した。
A 自己の哲学の根底に坐禅の体験をおいたが,ギリシャ以来の西洋哲学の伝統を広く受容し,マルクス主義や現象学などの現代哲学の提示した問題にも答えようとした。
B 日本の文化には,過去の多様なアジアの文化を保存する「博物館」としての意義があると考えたが,「アジアは一つ」であると説いて,その文化的共通性を強調した。
C無名の職人によって作られた日本の「民芸」に新たな美を発見したが、朝鮮の芸術にも同様の価値を見いだして高い評価を与え,朝鮮民族への敬愛を説いた。
D「日本主義」を唱えて,日本の伝統や国情に即した改革を説き、欧化主義を批判したが,一方で広く世界人類の幸福実現に対する日本人の使命の自覚をも強調した。
E奈良の古寺に残る日本古代の仏教芸術に関心を示したが,それらが中国.インド・ギリシャなどにおける古代芸術と多くの共通点をもっていることを指摘した。
問5 これからの日本の文化のあり方について論じた文章として,本文の趣旨に照らして最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@アメリカ合衆国で生まれたハンバーガー・ショップや映画,さらには巨大遊園地までが,日本をはじめ多くの国々で歓迎されている。このように,一つの文化によって世界各地の人々が結びつくということは,かつてなかったことであり,これからも大いに進展させるべきである。
A最近日本では、国際的視野から地域を見直そうとする動きが活発であり,地方都市が海外と姉妹関係を結んだり、特産物を利用した新製品を作って外国に売り出したりしている。地域の多様な伝統に根ざしながらも,新たな文化を作り上げていこうとするこうした姿勢は,今後ますます必要となろう。
Bカリブ海の一部の島々では,西洋の植民地政策によって,先住民の伝統が失われた。しかしその後、世界各地から移民が行われ,多様な人々の交流によって独自の文化が形成された0同じように日本も,過去の文化にこだわることなく,多様な異文化を積極的に受容すべきである。
C近年、世界中で日本語を学ぽうとする人々が急増している。そのため日本人は,方言や外来語の使用などには十分注意し,正しく美しい標準的な日本語を確立して,他国の人々にもそうした日本語を習得してもらえるように努めなければならない。
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