第3章 日本の思想
3.文化の受容と思想形成
3-3-4<近代日本の苦悩>
4 次の文章を読み、下の問い(問1〜5)に答えよ。
日本は,外来の文化の受容と享受を通じて,自国の文化を豊かにしてきた。たとえば近代日本の思想家たちが、向かい合い取り組まなければならなかったのは,a日本固有の伝統と外来の文化とをいかに統合し、あるべき日本と日本人を形づくるかの問題であった。
明治維新以後の近代化は,西欧文明の流入を契機にしてもたらされたという側面が強い。その中で・福沢諭吉・中村正直をはじめとした啓蒙思想家たちは, A を説いた。それらは、日本の文化に新たな様相を加え,人々に近代化の魅力を認識させる上で機能した。たとえば、福沢は、個の独立自尊はb実学を学ぶことでえられると説き、立身出世をめざす青年たちに大きな影響を与えた。しかし,一方で国家的な「欧化」が急がれるあまり、西欧文明の本質や日本の文化的伝統に対する検討が一面的となりがちであったのも確かである。ここに,安易な西欧文明一辺倒の風潮が生まれたり,西欧列強流の対外膨脹政策への批判が十分になされなかったことの端緒があった。ただし,その限界にもかかわらず・彼らが自主・平等・自由といった諸観念を説き,封建社会の旧習に対する抵抗をこころみる国民に、社会変革の理念や政治的権利の自覚をもたらしたことは事実である。それが 1 運動の思想的な伏流を形成したことの意義は大きい。
一方,一面的な西欧文化の模倣にはしる「欧化」主義に抗するかたちで,日本の国情や文化的伝統の保持が主張されるようになった。たとえば、三宅雪嶺,陸羯南らは,19世紀ヨーロッパのナショナリズムの考え方を背景にしつつ、民族の個性的価値を認識すべきことを説いた。その際、彼らは国民の内面的な覚醒を不可欠の前提として掲げている。同様に、西村茂樹は『日本道徳論』の中で、 B によって国民道徳を確立すべきであると説いた。しかし、彼らの主張は,国民的な一体性を強調するあまり,個の自覚にもとづいた市民的な立場を十分に視野に収めることができず、海外進出を国家的な課題とする現実の動向の中では、独善的な「国粋」の賛美の主張との区別が曖昧とならざるをえなかった。
このように,c伝統をふまえた主体的な近代化を自らの課題とした知私人たちの思想的な営みの中に・我々は近代日本の苦悩を見て取ることができるのである。
問1 文中の 1 に入れるのに最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@共産主義 A国家神道 B人格主義 C自由民権
問2 文中の A ・ B に入れるのに最ほ当なものも次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。 A については 2 に, B については 3 に答えよ。
@自我や個性の尊重と感性的な衝動や欲望の肯定
A労働運動の展開を通した理想社会の建設の必要性
B伝統的な権威の否定と人間の理性による社会や生活の見直し
C政体の違いを超え人民の福利を可能にする普遍的な政治思想
@西洋哲学の長所を取り入れ,儒教を根幹とすること
A自己の神体験をもとに東洋思想の持つ意義を強調すること
B主権在民・天賦人権を主張し,抵抗権を認めること
C唯物論の立場と東洋的かつ宗教的境地を融合すること
問3 下線部aの「問題」を、キリスト教との関連で考えようとした思想家に,新渡戸稲造と内村鑑三がいる。それぞれの思想をあらわす言葉として最も適当なものも次の@〜Dのうちから一つずつ選び、新渡戸稲造については 4 に,内村鑑三については 5 に答えよ。
@国家の成立に欠くべからざるものは政と教の二つである。政のみあって教なければその国の道徳退廃し,風俗潰乱を極め,人心帰着する所を失う。
A私どもにとりましては、愛すべき名とて天上天下ただ二つあるのみであります。その一つはイエスでありまして、その他のものは日本であります。
B日本人の心によって証せられ且つ領解せられたるものとしての神の国の種子は,その花を武士道に咲かせた。
C今や思想の自由を妨ぐるものは忠孝の名なり、人の理性を屈押するものは忠孝の名なり、敬虔の念の発達を阻害するものは忠孝の名なり。
D剣が社会を作っていた時は、もう過ぎた。刀が日本魂だなどと考えている時は,もう過ぎた。愛の外に日本の精神はあってはならない。
問4 下線部bの内容を説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@内面の確立を通して,実行と知識の合一をめざす学問。
A現実の社会生活の向上に役立つ実用的な学閥。
B庶民の生活の中に伝わっている知識や文化を研究する学問。
C道徳的な解釈を排し、古典そのものを実証的に研究する学問。
問5 近代日本の文学者の思想的な営みは,下線部cの様相を強く持つ。その中の一人,島崎藤村についての記述として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@自然主義文学の流れを確立するとともに、日本社会の伝統と慣習に深く入り込むことを通して、あるがままの自己を深く見つめた。
A『現代日本の開化』の中で、日本の近代化が胚胎した社会的・思想的な諸矛盾を外在的開化の語を用いて指摘した。
B政治運動からの離脱等の苦悩を通し思想の純化をはかり,文学の中で信仰と愛による自由の実現を説き,国民の性情を解明しようとした。
C自己の感情や官能を大胆にうたいあげることを通じて,家族制度に支えられる封建的道徳・倫理の打破と社会の改造を図った。
[6−追]