第3章 日本の思想

4.日本における理想と道徳

3-4-3<「和」と「道理」>

3 次の文章を読んで,下の問い(問18)に答えよ。

 社会の秩序をどのような規範にもとづいて維持するかについては,様々な考え方がありうる。ここでは,「和」と「道理」について考えてみよう。たとえば「憲法十七条」を取りあげてみると,冒頭に「和をもって貴しとし,?件うことなきを宗とせよ」とある。これは,豪族を統括するための規範として「和」を掲げたものであり,その意図は論議が和やかな雰囲気のなかで行われることを奨励するところにあった。間違いを犯す可能性のある人間として,相手の立場を互いに思いやりながら論議することの大切さを説いたものである。ここには,仏から見れば,人間は 1 としてa平等であるという観念が内包されている。このような人間相互の思いやりの精神が秩序の維持に不可欠だというのである。

 他方,b武家社会の慣習をもとに制定された御成敗式目のように,拠るべき規範として「道理」を掲げたものもある。この式目に付された起請文によれば,「評定」という合議の場で最も重視されたのは,「道理」に照らして,思ったことを率直に述べ合うことであった。人間を,感情や権力に影響されやすいものと見なし,各人の利青や上下の関係を超えたところに,正・不正を判断する基準を置こうとしたのである。そして「評定」で出された結論については,関与した全員が一致して費任を負うものとされている。ここには, A とし,その正しさを保証する前提として「道理」に照らすことの大切さが説かれている。これは,秩序の維持には,客観的な基準に拠るという手順が不可欠であるとする考え方であろう。

  これら二つの考え方は,大日本帝国憲法と日本国憲法に規定された国民の対照的なあり方にもうかがえる。明治中期にc立憲政体を樹立するために制定された大日本帝国憲法において,国民はd「臣民」すなわち天皇に従属した存在として規定されている。これはe個人の自立よりも共同体への帰属を優先させた点で,「和」の精神の近代版と見なすことができる。これに対して,日本国憲法は,国民の有する基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」と明記している。これは,客観的な「道理」に照らして,人間をその権利の保有者と捉えることで,そのような「和」の精神を克服しようと試みたものと言えよう。私たちは,改めて,f人間とは何かという根本にかえって,個人と共同体とのかかわり方を考えることが求められているのではないだろうか。

 

1 文章中の 1 に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。

 @群臣  A百姓  B凡夫  C悪人

 

2 下線部aに関連して,近世の安藤昌益,近代の中江兆民の平等観の記述として最も適当なものを,次の@〜Dのうちからそれぞれ一つずつ選べ。安藤昌益については 2 に,中江兆民については 3 に答えよ。

 @ 宇宙の根源に「孝」をすえるとともに,天を父とし地を母とした「天地の子」であるかぎり「われも人も人間の形あるほどのものは皆兄弟」だと説いた。

 A無神論・無霊魂論を標榜する自由なる精神をもって,「自由平等これ大義」と述べ,それに反する帝国主義や専制主義を批判した。

 B主客未分の「純粋経験」の立場から、すべての人間には,個として自己を真に実現しうる可能性があると主張した。

 C人間に対する天地の平等なあり方をふまえ,すべての人が「直耕」する「自然世」の立場から、人為的な「法世」に内在する差別的人間観を批判した。

 D人間の内奥は、他人のうかがい知れない「内部生命」があり,社会的な平等は,その個を拠りどころとして成り立つと説いた。

 

3 下線部bは、もともと「兵の道」「武者の習」などと呼ばれていたものである。山鹿素行は、これらをふまえて,儒教思想にもとづく「士道」論を唱えた代表的な思想家である。その思想の記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4

 @宇宙の秩序から見れば、武士は「上下定分の理」において常に上位に位置する尊い存在であり,政治に携わる者として、自ら身をつつしむ「敬」を大切にすべきだと説いた。

 A武士は,主君への「忠」,朋輩への「信」,独りを慎む「義」を大切にすべきだが,さらにそれらを通して,農・工・商の三民を教導する道徳上の模範であるべきだと説いた。

 B「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」とする立場から,武士の務めは,ひたすら主君のことを思い続け、たとえその思いが伝わらなくても,主君のためにいつでも死ぬ覚悟をもつことだと説いた。

 C武士の理想は、「御家」に代々仕えてきた「譜代」において極まるとする立場から,いかなる主君のためにも「御家の犬」となって徹底的に献身することれ武士の根本の生き方であると説いた。

 

4 文章中の A に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

 @正しさは,互いが有限であると自覚した上で,できるだけ私利私欲から離れた立場での論議を通して追求する以外にない

 A正しさは、各人が置かれている様々な人間関係を前提とし,その関係相互を調整する以外には実現できない

 B正しさは,神仏といった絶対者に萎ねるべきものであり,現実の人間に許されているのは,神仏を崇拝すること以外にはない

 C正しさは,論議をできるだけ公平に行う姿勢によって接近できるが,最終的には、責任を負う立場の人が一人で決定する以外にない

 

5 下線部cに関して、吉野作造は「民本主義」を提唱した。その記述として最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6

 @憲法の規定内で民本主義を貫徹させるには,国民の意思がより反映する普通選挙の実施と政党内閣制の実現が望ましいと主張した。

 A民本主義の具体化のため、まず主権者である天皇の権力を制限することが重要であるとし,国民の意向による民定憲法の制定を主張した。

 B国民が政治的に中立の立場を貫くことが民本主義にとって重要であるとし,国民を主体とした中道勢力による政党政治の実現を主張した。

 C民本主義をデモクラシーの訳語として把握するかぎり,国民主権の確立こそが最初に達成すべき政治的な目標であると主張した。

 

6 下線部dの「臣民」のあり方について述べた著作として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @『水平社宣言』       A『学問のすゝめ』         B『日本道徳論』       C『教育に関する勅語』

 

7 下線部eに関連して,女性の自立を訴えた雑誌『青鞜』の中心にいた思想家として 最も適当な人物を,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @高群逸枝 A与謝野晶子 B平塚らいてう C福田(景山)英子

 

8 本文の趣旨に照らして,下線部eの説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9

 @誰であれ個人としての権利を主張するためには,共同体の要求する義務をどれほど果たしているかが問われる,ということ。

 A互いの知識や情報のどのような交流形態が、人間どうしの協調関係にとって望ましいかが問われる,ということ。

 B個人の価値を評価する基準として,その人の地位を重視するか,それとも共同体への貢献を重視するかが問われる,ということ。

 C人間の価値を,その人が帰属した共同体のなかでの役割に置くか,それとも個人に内在する尊厳に置くかが問われる,ということ。

                                  〔14−追〕

 

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