第3章 日本の思想

4.日本における理想と道徳

3-4-4<日本思想にみる自由の意味>

4 次の文章を読み,下の問い(問18)に答えよ。

  私たちが何げなく使っている学問上・思想上の言葉の多くは,明治時代に西洋の概念の翻訳語として登場したものである。それらの言葉の中で,古くから使用されていたものには,それまでと異なった意味内容が付与されることがあった。ここでは「自由」という言葉を例にして,その問題を考えてみよう。

  従来,「勝手,気まま」というような意味の用例が多かった自由という言葉が翻訳語として定着したのは,明治の初め,中村正直がJS.ミルの著書On Libertyを『自由之理』と訳した後だといわれている。 a明治の啓蒙思想家にとって自由は、天賦人権論の基底をなし、人々を封建的身分から解放するものであった。bそれはさらに,新政府の圧政からの解放と人民の権利の伸張を求めた自由民権運動に理論的根拠を与えた。運動の理論的指導者の一人である植木枝盛は,私擬憲法案を起草して,人民の自由が侵害されたときの抵抗・革命の権利を主張した。しかし,民権運動が求めた自由は,単に圧政からの解放を意味するだけではなかった。中江兆民は,外の権威にも,内の欲望にも妨げられない「心思の自由」の涵養を求め,そこに理想社会を形成する人間の主体性を認めていたのである。

  自由民権運動の衰退の中で、自由の追求は、文学の領域でもさらに展開されていく。 北村透谷は,「想世界」に根源的な 1 を認め,その横溢に現実世界に対する自己の自由の立脚点を求めた。こうした考え方は,個性や感情を尊重するロマン主義運動として展開していく。また夏目漱石は、c他人に左右されない「自己本位」を自らの傭人主義の根拠とした。これは個人の自由に基づく近代的自我の確立を主張したものだといえるだろう。だがこの主張は,自我と,他者や社会との間の葛藤をいかに解決するかという課題をもたらすことにもなった。

一方、e明治のキリスト者たちは,神の前に一人立つ人格の独立に自由を求めた。それは自らを超越的な神に委ねる自由であり、そのため,地上的な権威を相対化する可能性もはらんでいた。たとえば内村鑑三は,外的な権威に従属することを徹底して排し,教会や儀式に表われない,直接聖書に基づく信仰を唱えたが,fその信仰は国家との軋轢を生みだしかねないものだったのである。

  このように見ると、自由という言葉は,西洋文化と出会うことによって,その内容をより豊かにしていったといえるだろう。新たに移入された自由は, A だったのである。

 

1 文中の 1 に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。

 @力への意志 A浩然の気 B内部生命 C良知良能

 

2 下線部aに関連して、「哲学」「理性」などの翻訳語を考案した人物を,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 2

 @木下尚江 A森有礼 B西田幾多郎 C西周

 

3 下線部bに関連して、中江兆民の『三酔人経綸問答』の中で展開された考え方を述 べた文として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3

 @為政者は人民に権利を恵み与えるべきであり,また一方,人民はそれを大切に守り,自己の義務を果たしていかなくてはならない。

 A為政者が人民に権利を恵み与えることはありえないから,人民は為政者から権利を獲得するための闘争をしなくてはならない。

 B為政者が人民に恵み与えた権利であっても,人民はそれを育てていって,その権利を実質的なものに変えていかなくてはならない。

 C為政者は人民に恵み与えた権利を実質的なものにしていくために,国家主義的な教育をすすめ,人民を啓蒙していかなくてはならない。

 

4 下線部cに関して・夏目漱石の考え方を述べた文として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4

 @「自己本位」とは,他者への依存を捨てると同時に,他者をも尊重するものであり,エゴイズムを克服していこうとするものである。

 A「自己本位」とは,個性を自由に伸ばし,生まれながらの善意を生かすことによって,人類の意志を実現していこうとするものである。

 B「自己本位」とは,内面的自己としての人格を自覚し,古今東西の文化を広く摂取して,人格を成長発展させようとするものである。

 C「自己本位」とは,自己の内面の醜い現実を見つめ,一切の束縛を脱したありのままの自己と社会の実相を表現しようとするものである。

 

5 下線部dに関連して,個人と他者・社会について和辻哲郎の考え方を述べた文として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

 @自我の確立を重視するあまりに、社会や人間関係から切り離して人間存在を捉えることは,西洋近代の個人主義的人間観の誤った考えである。

 A独立した個人である人間同士が、ともに社会の新たな規範を創造していくところに,間柄的存在としての人間のあるべき姿がある。

 B人間とは,「世の中」であるとともに「世の中」における人であるから、単なる個人でもなく,また単なる社会でもない。

 C社会があるところには信頼があり、危急の際に人が救いを求めるのも、そうした信頼の表現にほかならない。

 

6 下線部eに関連して,キリスト教を受け入れる精神的な素地としての武士道に着目した人物を,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6

 @三木清 A吉野作造 B新渡戸稲造 C三宅雪嶺

 

7 下線部fに関して,内村鑑三はイエス(Jesus)と日本(Japan)という「二つのJ を説いている。彼の考え方を述べた文として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @イエスヘの愛と日本への愛は矛盾するものであるから,イエスへの愛と信仰に基づく直接行動によって,日本の強権的な国家と対決していかなくてはならない。

 Aイエスヘの愛と日本への愛は両立しうるものであるから、日本は軍事的な国家としてではなく,イエスヘの愛と信仰に基づいた道義的な国家として世界の中に存在しなくてはならない。

 Bイエスヘの愛と日本への愛は対立薫るものであって,日本はイエスへの愛と信仰に基づいたキリスト教国になり,旧いアジアから脱して、進んだ欧米の仲間入りをしなくてはならない。

 Cイエスヘの愛と日本への愛は一致しうるものであって,イエスヘの愛と信仰に基づいた献身の精神によって,日本の伝統的な清明心を再生していかなくてはならない。

 

8 本文の趣旨に照らして,文中の A に入れるのに最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @外的な権威や権力からの解放を意味するばかりではなく、天賦人権の無制限な行使と,欲望や感情の無制約な発露に,近代的自我の主体的な生き方を求めようとするもの

 A気ままさや奔放さに向かいがちな生き方を律し、感情や欲望を厳しく抑制することによって近代的自我を確立して,外的な権威や権力からの解放を達成しようとするもの

 B外的な権威や権力からの解放を意味するばかりではなく,理想社会の建設や自己の内面の確立において,人間の自主的・主体的な生き方を求めようとするもの

 C理想社会の建設に積極的に関わり、他者や社会との間に対立や葛藤生まない協調的な自己を確立することで,外的な権威や権力からの解放を目指そうとするもの

 

     to センター試験もくじ