4章 西洋近・現代の思想

1.人間と理性,感情  

4-1-4<人格について>

4 次の文章を読み,下の問い(問17)に答えよ。

 犬が人に咬みつけば、飼い主が責められるが、人が人に咬みつけば、咬んだ当人が責められる。a人間とは行為の責任を担う存在なのである。賞罰によって罪を贖い、誠意を込めて謝罪するというように,法的責任や道徳的責任を引き受けることができるゆえに,人は人たりうると言ってもいいだろう。

 西洋では,法的責任の主体を表す際,古代の演劇用語ペルソナに由来する人格という語が用いられ、人格とは何かが論じられてきた。例えば、bロックは、「自己意識」と「理知と反省」の能力を有するのが人格であり、こうした人格にたいしてのみ賞罰を与えることができると述べている。しかし、自己意識やc知的な思考力を備えているからといって,それだけで道徳的責任が果たせるわけではない。このためカントは、理性の命じる普遍的な道徳法則に自発的に従う「自律」という規定をdロックの人格規定に加え,道徳的責任の主体となりうるものを人格と呼んだ。

 こうしたeカントの思想は明治期の日本でも広く知られるようになる。「人格」はもともとこの時期に造られた翻訳で、法律・心理・宗教、倫理の学問分野で多義的に使われていたのだが、倫理の分野ではカントの意味合いで定着していく。

 ところが西洋思想の成果を取り入れる中で、日本における「人格」の解釈は次第に独自の展開を見せ,和辻哲郎ように「人間」を中心とする倫理思想が生まれるようになった。和辻によれば、「人間」とは単なる個人的存在でも、単なる社会的存在でもない「 1 」であって、道徳の基盤も信頼で結ばれた具体的な人間関係にある。和辻はここから,自分の属する共同体の信頼にこたえることが道徳的責任を果たすことだと考えた。理性に従う自由な個人を重視するカントに対し,和辻は他者とのかかわりの中にある人間の在り方を重視したと言える。

現代社会には,国家間に生じた過去の戦争犯罪の問題や未来の世代に影響を与える地球規模の環境問題のような,深刻な課題が山積している。こうした事態に誠実に対応し,道徳的責任を引き受けていくためには,国や地域・文化や時代にとらわれず、自分の理性を頼りにして考える態度が必要だろう。また,自分の属する共同体を狭く捉えるのではなく,他国の人々や未来世代の人々も自分と信頼関係を取り結びうる存在であることに思い至ることが大切だろう。道徳的責任の主体として,私たちには今、この二つの条件を満たすことが求められているのである。

 

1 文章中の 1 に入れるのに最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。

 @ 間柄的存在 A有機的存在  B 調和的存在 C地縁的存在

 

2 下線部aに関連して,サルトルとヴァイツゼッカーの費任に関する主張の説明として、最も適当なものを次の@〜Dのうちからそれぞれ一つずつ選ベ。サルトルについては 2 ,ヴァイツゼッカーについては 3 に答えよ。

 @人間の中で、最も生きがいを感じている人とは使命感に生きている人だと述べ,そうした使命感はまた,自分が生きていることに対する責任感でもあると示唆した。

 A自分が関与した状況から不可避的に生じた罪責を限界状況と名づけ,この限界状況から目をそらし,そうした責任を引き受ける覚悟をもたない人は,良心のない人間であるとした。

 B自己本位の立場に立てば、自己の個性の発展を願う人も、自己の権力経済力を示すことを願う人も,同時に・他人の個性を尊重し,義務と責任を重んじなければならないと論じた。

 C老若を問わず、全員が過去の出来事の結果にかかわり、その責任を負っていることを,自国の人々に向かって指摘し、過去に目を閉ざす者は,現在にも目を閉ざす者であると説いた。

 D人間はどこまでも自由な存在であると考え,どんな行動についても,自分の選び取ったこととして,人類全体に対して、その責任を負わなければならないと主張した。

 

3 下線部bのロックの思想を表す記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4

 @本来自由で平等な人間は、平和と自己防衛のために必要なことであると考えて,すべての権利を一個人,あるいは合議体に与えることによって政府を設立した。

 A本来,自由で平等な人間は、自分たちの所有権を守るため,戦争状態から脱出しようとして,理性の理念に従い、法を受け入れることによって政府を設立した。

 B本来,自由で平等な人間は,自分たちの所有権を守り,平和な生活を維持していくために,政治社会をつくることに互いが同意することによって政府を設立した。

 C本来,自由で平等な人間は,身体や財産を守るために,自分の属する共同体の共通の意志に対して,自分たちの権利を全面的に委ねることによって政府を設立した。

 

4    下線部cに関連して,知的な思考法を代表するものの一つに演繹法がある。演繹法の例として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選ベ。 5

 @昨日いとこにもらったおみやげの饅頭はすごくまずかった。「名物にうまいものなし」って言うけど,本当だ。

 A嘘つきはスネオでしょ。スネオとノビタのうち一人が嘘つきで、ノビタは嘘をついていないんだから。

 B猫って「お座り」しない動物だと思うよ。今まで何匹も猫を飼ったけど、どれも 「お座り」しなかったもの。

 C今日の昼に電話をかけたけど、彼はいなかったわ。確か明日は試験だから,きっと図書館に行ったのね。

 

5 下線部dに関して,カントは,人格は何よりも尊重すペきものであるという考えを定言命法の形で次のように表現した。この命法の理解として最も適当なものを、下の@〜Cのうちから一つ選べ。 6  

汝の人格および他のあらゆる人の人格のうちにある人間性を、いつも同時に目的として扱い,決して単に手段としてのみ扱わないように行為せよ。』

                   (カント『道徳形而上学原論』)

 @子どものいるにぎやかな家庭を築こうとして結婚することは,夫は妻を、妻は夫を出産の手段と見なすことにつながる。互いを尊重し合っていたとしても,こうした意図による結婚決してすべきではない。

 Aボランティア活動であっても、有名人による施設訪問には、施設の子どもや老人を自己宣伝の手段にするという側面がある。子どもや老人を大切にする姿勢が伴っていなければ,そうした訪問活動は決して行うべきではない。

 B参考書を買うためであっても、親にお金をねだるのは,親を目的のための手段とすることにほかならないから、決してしてはいけない。アルバイトをしてお金を貯め,必要なものは自分で購入すべきである。

 C将来の就職を考えて大学を受験するのは、自分や家族の利益のために自分自身を手段として利用する行為だと言える。自分の教養を高めるという純粋な動機にのみ基づくのでなければ,決して大学に行くべきではない。

 

???問6 下線部eに関連して、後の西洋思想に大きな影響を与えたカントの思想は,様々な思想家から批判も受けた。次のア〜ウの批判を行った思想家として最も適当な人物を,下の@〜Gのうちからそれぞれ一つずつ選ベ。アについては 7 、イ については 8 に,ウについては 9 に答えよ。

 ア 道徳の問題は,対話的理性に基づく共同討議によって論じられるべきだが、カントの場合,合意という要素が考慮されていない。

 イ 知性を行動の道具と見なす立場からすると,道徳の場合も行動の結果を評価すべきなのに,カントは動横の良さだけを重視している。

 ウ 道徳は,法律や制度という形で社会の中に具体的な拠り所をもつべきだが、カントの道徳は個人の内面にのみ委ねられている。

 

7 本文の趣旨を踏まえて,道徳的責任についての記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 10

@ 道徳的費任を考える際,理性に従う自律的個人という観点は重要である。国や世代にとらわれずに思考することができなければ,現代社会の様々な問題について、道徳的責任の主体であることはできないからである。

A 道徳的責任を考える際,自律的個人のみを重視することも、他者との信頼関係のみを重視することも問題である。それらは同じ事柄ではないが,必ずしも排除し合うものではなく,補い合う部分をもっているからである。

B 道徳的責任を考える際,他者との信頼関係を軽視することは問題である。現代社会の諸問題に主体的にかかわることができるためには,自分が属している国や世代の信頼にこたえようとする姿勢が何よりも大切だからである。

C 道徳的責任を考える際,自律的個人と他者との信頼関係をともに考慮することが必要である。これら二つの条件のうちいずれか一方を欠いても,現代社会の諸問題に誠実に対応していくことはできないからである。

                                〔15−追〕

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