第4章 西洋近・現代の思想
2.近代科学と自然
4-2-4<時間の意味>
4 次の文章を読み,下の問い(問1〜6)に答えよ。
現代の我々の生活は「より速くより効率的に」をモットーに営まれている。このような時間意識をもたらすきっかけとなったのは,13世紀末のヨーロッパにおける機械時計の出現である。ニュートン力学に代表される近代科学の確立とともに,「カチカチ」という等速な時計の音が社会生活のみならず個人の生活まで律し,時間の効率的利用を促して産業革命の基礎を築いた。このようなa時間の数量的把握が,テクノロジーによって生活の隅々にまで推し進められたのが現代社会である。そこでは,便利さと快適さとが人々の生活を画一化し,b観的で数量的・等質的な時間の支配が我々の身体のみなら
c近代化から隔てられた地域では,一日の時間は,「午前5時」とか「午後6時」といった時計の表示によってではなく,例えば,「搾乳する」とか「牛舎に入れる」といった牛をめぐる作業の区切りによって表現される。しかも,一連の牧畜作業は,周期的に反復される自然のリズムに従ってなされるために,各々の作業にかかる時間の長さは,時計で計測すると,季節によって異なっている。このような時間は,自然の生きた営みと密接に結びついた身体活動から理解された時間である。
さらに,近代の等質的時間とは異なる時間観念として,神の裁きと救済のもとに生きる人間の経験する 1 的な時間をあげることができる。この時間観念は,ユダヤ教からキリスト教に受け継がれ,その中から,神との関係においてその都度自己のあり方を決断し選択するというd主体的な生き方も生まれた。
これらの例に示されている,自然とともに経験される生き生きした時の流れや,神との対時において経験される時間は,現代社会の中では次第に失われつつある。牛時計が使われる社会に回帰することも,すべての人間が宗教的経験をもつことも困難な現代では、このような「生きられる時間」は,効率牲に流されない時間を自覚的に経験することによって獲得されるのではないだろうか。植物の種子が時を経て花をつけるように,e経験が身体の内に積み重なり熟していくことは、職人の技など日常の中にさまざまに見られる。「より速く」よりも「待つ」ことを通して,それぞれの人に固有で豊かな時間が経験されるのである。
問1 文中の 1 に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ベ。
@護教論 A終末論 B循環論 C汎神論
問2 下線部aに関連して,本文の内容に照らしてニュートンの「時間」の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 2
@ 時間は,運動の「前」と「後」という我々の知覚に基づいて数え上げられた数である。
A 時間は,身体リズムとして知覚され,それぞれの人によって異なった仕方で把握される。
B 時間は,事物が運動していようが静止していようが,それとはかかわりなく均一に流れる。
C 時間は、観察者と出来事との関係を示す一つの指標であり,時間の長さは観察者によって異なる。
問3 下線部bの事例として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@海外から各種の生鮮食料品がさかんに輸入されるようになって,季節に関係なくいろいろな食物が食卓に並ぶようになった。このために,一年中さまざまな季節を楽しめるようになった。
A学校における時間割は、生徒に規則的な団体生活を営ませ,社会に適応させるための有効な教育的機能を果たしている。また、テレビジョンは,就学前の幼児に、規則的な時間の意識をもたらす最初の契機の一つである。
B生命保険制度は,今日、生涯設計に不可欠なものとして一般に受け入れられている。この制度は、加入者の人生の残りの時間を統計的に処理して,金銭に換算することに基づいている。
Cかつてギターなどの楽器で自由に歌っていた人たちは,はじめてカラオケで歌おうとした時、大いにとまどった。しかし、最近ではカラオケで自在に歌う人が多い。自動的に刻まれるテンポに違和感がなくなってきたのだ。
問4 下線部cに関連して,未開社会の思考についてのレヴイーストロースの見解として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@未開社会の思考は象徴による思考であり,その神話的思考は文明人の思考よりも遅れたものとみなされがちである。しかし、両者の優劣を論じることはできず,それらは規則性を備えた一定の構造をもつという点では同じである。
A未開社会の思考は象徴による思考であり,それが生みだした象形文字は,やがて英語などの近代語で用いられる文字へと発展していった。したがって,文明社会の思考様式も基本的には彼らのものと同じである。
B未開社会の思考は象徴による思考であり,我々が良品を使って出来事を表現するのに似ている。象徴も比喩も、あるものを別のもので表現するという点で同じであり,彼らの思考様式は基本的に我々のものと同じである。
C未開社会の思考は象徴による思考であり、脳の視覚野の発達を促した。他方,論理的思考を中心とする我々の科学的思考は脳の聴覚野の発達を促した。両者の違いは発達部分の違いにすぎず,脳の構造は同じである。
問5 下線部dに関して、キルケゴールについての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@外面的な善行や客観的に認識される真理ではなく,聖書に基づく個人の純粋な信仰を重んじる信仰義認説を提唱した。
A死に至る病とは,死への存在としての人間の本来性を自覚せず,他者と代替可能な自己のままに生きることだと指摘した。
B現代は、熟慮が情熱に優先し,謹もがどうすべきかを知っていながら,誰一人行動しようとはしない平均化された分別の時代であるとした。
C人生の意味を求める中で世界から拒絶されるという不条理に出会っても,人は神に救いを求めず,この不条理を直視し生きなければならないと主張した。
問6 下線部eに関連して,このような時間経験の事例として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@茶道や弓道といった日本の伝統的な芸道の修行にみられるように、師への服従と長期にわたる修練を通じて型を体得した上で,自在にその場その場に一番適した身のこなしができるようになること。
A高速の交通手段を利用してできるだけ多くの場所を訪問することをめざし,ガイドブックを活用しながら名所を見学し名物を食べるなどして、異文化に接する機会を増やすこと。
B絵画や文学作品を時間をかけて繰り返し鑑賞し,それに関連する文献を読んだり,作品に出てくる場所を訪ねたりして,その作品世界をじっくり、全体的に味わうという体験を積むこと。
C他者を単にステレオタイブで理解するのではなく,相互交流を積み重ね,行き違いに悩みながら,自分とは異質なものとして見いだしていくこと。
〔12−追〕