第4章 西洋近・現代の思想
2.近代科学と自然
4-2-5<自然観と社会観>
5 次の文章を読み,下の問い(問1〜7)に答えよ。
私たちはふだん自然観と社会観とをまったく別個のものと考えがちである。しかし、西洋近代を支配してきたa機械論的自然観と自由主義的社会観とは,いくつかの重要な共通点をもち、相互に支えあっている,と見ることができる。このことは,b今日の環境問題の背景を考える上で重要な手がかりを提供している。
自由主義的社会観の原型となった社会契約説が17世紀以降広く受け容れられていく過程と並行するように,物質世界は機械の部品のように自然法則に従うだけの粒子から成ると考える機械論的自然観が台頭してきた。物体の本性は固さ、色、重さといった性質にではなく,延長をもつという点にある,と 1 は考えた。この自然観によれば、物質がもつ運動も,もともと神から与えられたものにすぎない。物質は生命も感覚もも
この横械論的自然観と自由主義的社会観との間には、次のような共通点がある。第一に,自然物がその部分である粒子の総和でしかないのと同様に、社会もまた,諸個人の結合体であり,総和である。近代の社会契約説によれば,国家権力は神から授けられたものではなく、c自然状態では無秩序に陥りがちな諸個人が、秩序を達成するため国家という政治体へと結合することによって初めて生じる。第二に、偶体は全体に優先する,という想定が両者に共通している。横械論においては,物体よりもそれを構成する粒子の方が基本的であるように,d自由主義社会では,社会全体よりもそれを構成している個々人が優位に置かれる。いずれの場合も,全体は諸部分の結合によって形成されたものにすぎないからである。
第三に,両者はともに、人間による自然界の支配を正当化する二元論に立っている。すなわち、機械論的自然観が、世界を,人間の精神とすべての物質世界とに二分し,前者は後者の支配者となりうると主張したのと対応するように、近代の自由主義社会では,e人間が作り上げる社会と文化は人間以外の自然に優越し、またそれを支配しうると考えられてきたのである。
このような自然観と社会観は互いを補強しあい,一つの包括的な世界観を形づくるこ
問1 文章中の 1 ・ 2 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @パスカル A ディドロ Bデカルト C モンテスキュー
2 @公共の福祉 A 個人の自由 B財産の平等 C 社会の秩序
問2 下線部aに関連して、機械論的自然観の古代における先駆者の一人としてエピクロスがいる。エピクロスの倫理思想の記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@美のほとんどが便宜・効用という観念から生まれるのだから,快楽や苦痛は,美や醜の観念に必然的に伴うだけでなく,美や醜の本質をなす。
Aいかなる快楽をも貪る人は放埓だし,あらゆる快楽を遠ざける人は逆に無感覚な人になる。私たちは、双方の中庸である節制を目指すべきである。
B快楽や苦痛は,その強さ,持続性,確実牲,遠近性などと,それが及ぶ人々の数を考慮に入れることによって,その総計を計算することができる。
C私たちが人生の目的とすべき快楽は,放蕩者の快楽でも性的な享楽でもなく,身体に苦痛のないことと,魂に動揺のないことにほかならない。
問3 下線部bに関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ペ。
@ レイチェル・カーソンは,その著書『沈黙の春』において,地球温暖化やオゾン層破壊を原因として生じる生態系の破壊について警鐘を鳴らした。
A地球温暖化やオゾン層破壊などの地球規模の環境問題とは違って,砂漠化や酸性雨問題では、被害の起きている現地で抜本的な解決策を立てうる。
B地球温暖化問題においては,現在の討議や民主的決定手続に参加できない未来世代が、現在の世代から深刻な環境危機を押しつけられる恐れがある。
C地球温暖化問題への取り組みの当初から,先進国のみならず発展途上国も温室効果ガスの排出量を削減する義務を負うという合意が確立している。
問4 下線部cに関するルソーの思想の記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@ 自然状態においては,人間は自分自身の生命を保存するために自らの力を好きなように用いる自然権をもっているから,この自然権が存続しているかぎり,いかなる人間にも安全はまったく保障されていない。
A 自然状態においては、人間は,自己愛と憐れみの感情とをもつだけで,虚栄心も敬意も軽蔑も知らなかったので,人間相互間にはいかなる社会的交渉もなく,所有権や正義といった観念もまだ存在しなかった。
B 自然状態においては,各人が権利をもつのは,自己を他者の圧迫から守りうる間だけだと言えるから,自然権と言われるものも,それが各人単独の力によってのみ決定される間は無に等しく,むしろ空想でしかない。
C 自然状態においては,法的に有効な判断を下す裁判官が存在しないため、権利をめぐり争いが生じた場合にも訴訟を起こせないから,それは言わば無法状態であって,所有権も単に暫定的に保障されるだけである。
問5 下線部dに関して,様々な思想家が自由主義社会を理論的に擁護してきた。ロック,アダム・スミス,中江兆民の自由主義理論の記述として最も適当なものを、次の@〜Fのうちからそれぞれ一つずつ選べ。ロックについては 6 に,スミスについては 7 に、中江兆民については 8 に答えよ。
@野生動物の世界で,劣弱な個体が淘汰されることによって種の繁栄が維持されるように,人間社会も,自由な競争と個々人の自助的努力に委ねられることによって進歩する。救貧政策は,この進歩を遅らせるだけである。
A人民の権利には,民衆が国家から勝ちとる権利と上から民衆に恵み与えられる権利とがある。為政者が権力を振りかざし,自由権を民衆に返そうとしないから、民衆が動乱を起こして権利を回復しようとするのである。
B社会契約において各人は,自らの身体とあらゆる力を一般意志の指揮に委ねることによって,自然的自由と引き換えに社会的自由を獲得するだけでなく,人間を自己の真の主人へと高める精神的自由を得ることができる。
C人々が社会の利益を増大させようと意図する場合よりも,自己利益を追求する方が,より効果的に社会の利益を増大させることがしばしばある。それが実現するためには,完全な自由競争が行われなければならない。
D自己の身体,知恵、惰欲,至誠,意思の五つを自在に働かせることは、個人の独立にとり不可欠である。これらを自在に行使しても,他者の同様の自由を妨害しないかぎり非難されることはなく,各人の権利の範囲内に属する。
E生命,自由,身体および労働は各人の所有物であり,このことにつき各人は他者に何も負っていないから,自らの労働の所産も本人の所有物になる。国家の最高権力といえども,本人の同意なしには誰からも所有物を奪えない。
F秩序ある社会においては,各人は,最も広汎な基本的諸自由への平等な権利をもたなければならない。社会経済的な利益が不平等に分配される場合にも,社会で最も不遇な人々の便益が可能なかぎり考慮される必要がある。
問6 下線部eのような考え方を批判するために,様々な理論が提唱されている。このような諸理論の中に含めるには適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選ベ。 9
@人間にとって,良好な環境は,健康で文化的な生活を営むために必要不可欠な条件である。したがって,大気,水、日照,静穏さなどの良好な環境を享受し支配しうる環境権が,基本的人権として保障されるペきである。
A地球上の生物の福利と繁栄は,それが人間であるか否か,また個体であるか種であるかを問わず、それ自体が価値をもっている。これらの価値は,人間以外の生物が人間にとって有用であるかどうかとは無関係である。
B歴史上一部の人間から,より広い範囲の人間に権利が認められるようになっただけでなく、人間の形をしない企業,団体なども権利をもつと考えられるようになったから,川や森などの自然物に権利が与えられてもよい。
Cこれまで人類は,自らを自然の征服者・支配者として位置づける一方,人間以外の存在に道徳上の地位を与えてこなかった。これを改めて,動物,植物,土壌,水などを包括的に道徳的配慮の対象にしなければならない。
問7 本文の趣旨に照らして,下線部fに関する説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 10
@ この世界観によって,人間を含めたすべての存在が,不変の自然法則に支配されているということが明らかにされたが,その半面,人間だけがもつと従来は考えられていた自由意志が存在しえなくなってしまった。
A この世界観によれば,社会の構成員一人一人の個人的善をもとにして,社会的な福利の最大化が目指されるが、その半面,社会全体の福利を増進するために少数者の権利を犠牲にすることも正当化されてしまった。
B この世界観は,観察と実験により物質を部分へと分析することを促して科学の発展に貢献した半面、自然こそが,人間を含めたあらゆる生命を生み育む存在にほかならないことを人々に忘れさせてしまう傾向があった。
Cこの世界観により,理性という能力を貰えた人類が生物界において特権的地位を占めるということが確立されたが,その半面、人類もまた他の動物と連続性をもつ生物だという進化論の成果が見失われることになった。
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