第4章 西洋近・現代の思想
3.国家と権利
4-3-2<人権について>
2 次の文章を読み,下の問い(問1〜7)に答えよ。
今日の人権は,近代民主主義の成立過程で発見された自然権に由来すると考えることができる。ところが,そこでの自然権は一種のフィクションであった。しかも、aその権利の与えられる自然状態の描き方が哲学者により異なるため、導き出される社会形態も異なるものとなった。 ロックにとって自然状態は、自然法が支配する自由で平等な状態でありながらも,bそこから移行せざるをえないものであった。そうして導かれた社会の状態では,c人為的権力によって人権が護られることになる。基本的人権の一つである所有権は,そこでも各自の身体と 1 がおよぶ範朗で認められていた。貨幣経済の進展や人口の増加にともない、人間による自然の囲い込みが広がっていくとはいえ,ロックは,未開拓の自然はまだ十分に豊かで広いものと考えていたのである。
今日我々をとりまく状況は,ロックの当時とは比べようもないほどに変わっている。人口が爆発的に増え,世界の資源の有限さが明らかになり,新たに取得できる未所有地は地上のどこにも残されていない。他方、今世紀になり,民主主義の理念を実現しようとする労働運動や公民権運動などをとおして、人権は広範に認められるようになってきた。しかも経済的豊かさや科学技術の進歩を求める活動は、権利内容の拡張や新たな権利の自覚をも促した。たとえば耐えがたい苦痛をかかえる末期患者が、本人のリヴィング・ウィルや家族の同意をもとに過度の延命治療を避け,人間としての 2 を失うことなく死をむかえる権利なども,その一つであろう。
こうして権利が拡張した結果、d権利同士がぶつかりあうような事態も生じている。その場合,ここでのe権利の対立を、社会契約説的な権利論の中だけで完全に解決するのは難しいことかもしれない。とはいえ,今や当然のごとくに享受されている人権を、簡単に放棄することもできないであろう。
権利の意義とそれにまつわる現代の諸問題の重大さを認めるならば、我々は人権を単に自明のものとするよりは,むしろそれがもともとフィクションであったことに注目すベきかもしれない。だからこそ,fそのフィクションに始まる物語を語り継ぐ不断の努力が必要であっただけでなく,我々はこれからもたえずその物語の意味を、現実の中で問い直していかなくてはならないのである。
問1 文中の 1 ・ 2 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @労働 A観察 B行動 C能力
2 @希望 A愛情 B節度 C尊厳
問2 下線部aに示された哲学者の一人にルソーがいる。次のA〜Cの各組から、ルソーの導き出そうとした社会状態を表すキーワードを一つずつ選び、その組合せとして最も適当なものを,下の@〜Eのうちから一つ選ペ。
A ア 人民主権 イ 国家主権 ウ 受益者主権 エ 国王主権
B ア 自然権の委譲 イ 自然権の信託 ウ 一般意志 エ 全体意志
C ア 直接民主制 イ 民主的代議制 ウ 絶対王政 エ 共産制
@ A イ
B ウ
C ア
A A ア
B エ
C イ
B A ア
B ウ
C ア
C A ウ
B エ
C ウ
D A エ
B イ
C イ
E A ウ
B ア
C エ
問3 下線部bに関して,ロックが考える自然状態から社会状態への移行を説明する文章として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@ 自由で平等な自然状態では,人は他人に優越しようとする虚栄の自尊心に囚われて,競争が絶えず、いつも死の恐怖と不安にさらされることになる。そこで情念と理性は,その惨めな状態から脱するように促し,各人はみずからの自然権を主権者に託して社会状態に移行する。
A 自由で平等な自然状態では,人々は十分に協力するということを知らない。したがっていつも自然の脅威にさらされ,惨めで不安な貧困の状態にある。そこで理性と自然法は,他人と協力してより豊かな状態を作るように促し,人々は社会状態へと徐々に移行する。
B自由で平等な自然状態では、個人の生命・財産の所有などの自然権は,自然法により確保されている。だが人間同士の争いが生じた場合,誰がどのように裁くかは恣意的なものになる危険性がある。そこでより確実に自然権を保障するために,人々は社会状態へと移行する。
C 自由で平等な自然状態では,結局,知恵のあるものや力のあるものが,弱いものを支配することになる。そこで弱者は,本当の自由を回復するために,自然権の一つである革命権を行使して,弱者の連帯としての社会状態へと移行する。
問4 下線部cに関連して、ロックは権力の濫用を防ぐため,政治権力の分立を唱えた。彼が区分した権力の組合せとして最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@立法権・執行権・抵抗権 @立法権・執行権・連合権
B立法権・執行権・司法権 C立法権・司法権・抵抗権
問5 下線部dに関して,現代になって新たに表面化した「権利」の対立状況の記述として適当でないものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@ 医療技術の進歩に伴って,女性が他の女性の身体を借りて出産してもらうことが可能になった。だが,そこで,代理母と依頼者のいずれが法的に親として認められるべきかという問題が生じている。
A フェミニズム運動を通じて,自己の身体に対する権利が女性たちによって強く主張されるようになってきた。そのような中で,女性の側の産まない自由と胎児の生存権とが対立するような事態が生じている。
B 市場経済の世界的広がりの中で,開発途上国では自然破壊を招くことになっても先進国並みの経済的発展をとげようとする動きと,自然の乱開発をおさえて健全な環境を求める動きとが対立している。
C 社会の情報化が進展する中で,知る権利にこたえるために事故現場の取材を優先すべきだとする立場と,人道的見地からそのような取材よりも人命救助を優先すべきだとする立場とが対立している。
問6 下線部eに関連して,市民社会においては権利の対立を解決できないと考えたヘーゲルは,その対立を止揚する可能性を国家に求めた。ヘーゲルの国家論の特徴を説明した文章として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@ ヘーゲルは,社会契約説が国家を権利のための道具とみなしている点を批判した。そして人倫の最高形態である国家において,公共牲と個人の自由との対立が止揚されるべきものと考えた。だが実際には,国家の個人に対する優位性が強調され,当時の立憲君主制を擁護するものとなっている。
A ヘーゲルは,権利の対立を公共性の視点から解決するために、福祉国家を構想した。ただし,フランス革命後の恐怖政治に対する反省から、公共性の視点は教育や討議によって徐々に形成されるべきであるとして、社会民主主義的な漸進的改革の道を求めた。
B ヘーゲルは,市民社会が生みだす貧富の差や不平等の原因が、権利の思想という上部構造よりも資本主義社会の下部構造にあると考えた。そこで彼は、資本家による生産手段の私有制を階級闘争によって打破し、労働者により生産手段が共有化された共産主義体制をめざすべきであるとした。
C ヘーゲルは,君主制国家の建設によって、権利の対立を解決すべきであるとして,人民はそうした国家への全面的服従に自分の存在理由を見いだすべきであると主張した。「現実的なものは理性的であり、理性的なものは現実的である」という彼の言葉は,当時の国家体制を擁護する意味を持っていた。
問7 下線部fに示された「物語」を説明した記述として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。
@ 人間は生まれつき自然物を管理すべき存在であるという物語
A 人間は自己の幸福を追求する利己的存在であるという物語
B 人間は生まれながらに自由で平等な存在であるという物語
C 人間は虚構を事実として語りたがる存在であるという物語
〔11−追〕