4章 西洋近・現代の思想  

3.国家と権利

4-3-3<正義について>

3 次の文章を読み,下の問い(問17)に答えよ。(配点24

 私たちは,日常的にしばしば納得のゆかないことに出会う。図々しい人間が得をして,正直者が損をすることも,決してまれではない。そうしたことに何か釈然としないものを私たちは感じる。それは往々にして,自分が何かしら損をしたという個人的な不満として意識されるだけだが,そこには元来,「然るべき等しさが実現されなければならない」とする普遍的な要求が潜んではいないだろうか。

 西洋では伝統的に,正義とはこうした「等しいものは等しく扱え」とする要求のことであった。正義とは一般に,共同体に秩序をもたらす規範のことを指すが,その共同体の秩序は何らかの意味での「等しさ」を実現することによって達成されると考えられるのである。

 古代ギリシャは,正規の構成員たる「市民」によって自立的に運営される共同体(ポリス)からなっていた。 aそのポリスにおいて人類史上はじめて「民主制」という政治形態が出現した。ポリスに住まう人間の倫理を追究したアリストテレスにとって,正義は,まさしく「等しさ」を保障することを意味していた。彼はこれを,各人の働きに応じて名誉や報酬をあてがうことで「等しさ」を実現する A と,商取引や裁判において当事者相互の利害と得失を勘案して「等しさ」を回復する B とに分けたのであった。

 近代以降の正義論もまた,「等しいものは平等に,等しくないものは不平等に扱うべきだ」と考える。ただ,その前提に立ちつつ,b個々人の能力や身分の違いより,むしろ人間はすべて人間として平等なのだということを重視するのである。 c社会契約説は.個人は生命や自由などに対して自然権をもっていると考えた。この立場によれば,そうした基本的権利を平等に保障することが正義なのである。これに対して,d功利主義は個人の幸福追求に重きをおき、その個々人からなる社会全体の幸福を最大化する仕組みを考えた。この立場からすれば,正義は各人の幸福追求を平等に保障する点に見いだされることになる。

 社会契約説に対しては,自然権の平等など成り立ちうるのかという指摘があるし,功利主義に対しては,社会全体の幸福が個人の平等な幸福に必ずしも直結しないとする批判がある。実際,e「等しさ」を実現する筋道については,様々に考えることができる。 正義の問題は,先人の思索を受け継ぎながら,私たち自身が解くべき課題なのである。

 

1 下線部aに関して,プラトンは当時の民主制を,正義を破壊する堕落した政治形態とみなした。プラトンの正義についての考えを説明した記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  1

 @ 人間の魂は理性・気概・欲望の三つの部分からなり,これら魂の各部分が相互に調和を保つなら,個人にとっての正義の徳が実現される。

 A 国家には統治者・防衛者・生産者という三つの階級があり,人間はそれぞれの資質にふさわしい階級に属するべきである。

 B 哲人・軍人・庶民がそれぞれ知恵・勇気・節制いずれかの徳を発揮しつつ相互に調和し合うことによって.理想国家が実現される。

 C 国家の正義と個人の正義は,階級の違いを越えて相互に人間を結びつける契約によって,調和が保たれる。

 

2 文中の A  B に入れる語句の組合せとして最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 2

@ A 配分的正義          B 調整的(矯正的)正義

A A 調整的(矯正的)正義   B 配分的正義

B A 部分的正義          B 全体的正義

  C A 全体的正義          B 部分的正義

 

3 下線部bに関して,デカルトの思想のうちにも近代的な意味での人間の平等や尊厳の観念が示されている。そうした彼の考えを表す記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  3

 @ 人間は神から自由意志を授けられた唯一の存在であり,我々は誰でもその意志によって,世界における自らの使命を決定することができる。

 A 物事を正しく判断する良識はこの世で最も公平に分け与えられているものであり,我々人間は誰でも,この能力を正しく用いて真理に到達できる。

 B あらゆる生物は生き続けようとする意志をもつものであり,それら生命あるものへの畏敬の念を基礎として,我々人間の平等と尊厳もまた成り立つ。

 C 世界の一切は神から必然的に生じるものであり,我々人間は誰でも,理性を用いることによって世界を神との必然的な関係で認識することができる。

 

4 下線部cに関して,社会契約説をとなえた思想家たちに共通する主張として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4

 @ 政治社会や国家が成立する以前は,自由で平等な個人間の闘争状態が支配していた。

 A 社会や政治の制度は,自由で平等な個人間で交わされる取り決めに由来するものと考えられる。

 B 個人は自由で平等であり,各人の生得的な権利は絶対に譲り渡すことのできないものである。

 C 政府が権力を濫用して,自由で平等な個人の信託に背いた場合には,国民は政府に抵抗することができる。

 

5 下線部dに関連して,ベンサムの思想を説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

 @ 人間のもつ共感の感情に注目したベンサムは,利己的な感情を動機とする行為であっても人々の共感を得ることはできるのだとして,個人的な利益の追求がおのずと全体的な調和を実現しうると考えた。

 A 善悪の規準を人間の快楽と苦痛におきながらも,その快楽に質的な違いのあることを認めたペンサムは,人間には自分自身の幸福だけでなく,関係者全員の幸福をも等しく願う側面のあることを指摘した。

 B 知識や信念の正しさはその実際的な有用性によって検証されると考えたベンサムは,科学と宗教は共にあらゆる人間に満足を与えるための道具だとする立場に立って,人類教を提唱した。

 C 快楽と苦痛こそ人間を支配するものだと考えたペンサムは,個々人の感じる快楽の量を合算して社会全体の幸福の総量を求める場合に,各人は誰もが等しく一人として数えられなくてはならないと主張した。

 

6 下線部eに関連して,ルソー,マルクス,ロールズの思想を説明した記述として,それぞれ最も適当なものを,次の@〜Dのうちから一つずつ選べ。ルソーについては 6 に,マルクスについては 7 に,ロールズについては 8 に答えよ。

 @ 生産手段は少数者の私有ではなく,社会的な所有としなければならない。それによって,人々がその働きに応じて富の配分を受ける社会,さらには能力に応じて働き、必要に応じて富を受け取る社会を目指すべきである。

A 人間は道徳的な存在者としての尊厳を有する。そうした人間がお互いに相手を単なる手段としてだけ扱うのではなく、目的としても対等に尊重し合う共同体を実現しなければならない。

B 全員に等しい機会が与えられた公正な競争であっても,社会的格差が生じることはある。もしそうした競争が社会の中で最も恵まれない人々の暮らし向きを改善しないならば、社会的格差は是正されなければならない。

C 市民社会においては、自由で平等な個人がそれぞれに欲望を追求することによって、かえって自由と平等が損なわれている。こうした矛盾は国家という最高の共同体においてはじめて克服される。

D 人間の不平等は財産の私有によって生じたものである。したがって,人間同士の自由で平等な関係は、人々の私利私欲を排除した一般意志に各人が自発的に従うことによって,はじめて実現される。

 

7 我々が日常見ているテレビ番組の中にも,正義の問題は含まれている。本文の趣旨を踏まえて,正義についての記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  9

@ 勧善懲悪をテーマとする時代劇は,今も根強い人気がある。これは,「悪はそれに見合った罰を受けるベきだ」とする正義の感覚が我々にあり,それが満たされるように感じられるからでもある。

A アクション映画では、敵役やその仲間たちが,正当防衛とは言えないような理由で、主人公に殺されてしまうことがある。こうした問答無用のやり方は,相手に弁明の機会が与えられていない点で,正義に反している。

B ワイドショー番組は,タレントの私生活を事細かに伝えることで,人気を博している。タレントには普通の市民と違ってプライバシーの権利を認める必要がないのだから,これは正義の観点からして許される。

C 「忠臣蔵」の討ち入りは,喧嘩両成敗」という当時行われていた原則を公平に適用せず、当事者の片方しか処罰しなかったことに端を発する。彼らの行動は失われた「等しさ」を回復する企てと解することができる。

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