4章 西洋近・現代の思想  

4.良心と道徳

 4-4-1<道徳的価値の基準>

1 次の文章を読み,下の問い(問16)に答えよ。(配点 20

  私たちが行為を称賛したり,あるいは非難したりする際,それは何を基準にしてのこ となのであろうか。例えば,窮状を脱するために時として嘘をつかねばならないならば,この虚言は道徳的に許されるのであろうか。

  方便としての虚言を許容せず,善意志を無条件の善とみた倫理学者にカントがいる。彼によれば,人間に行為を迫る命法には,仮言的命法と 1 命法とがある。道徳的命法である後者は,「格率(意志の主観的原理)が普遍的法則になることを,君が同時に意志しうるような,そうした格率に従ってのみ行為せよ」というものである。困窮している人が,返済すると嘘の約束をして借金する場合を考えてみよう。「困窮時には偽りの約束によって苦境を脱する」というこの人の格率は,万人に通用する法則となりうるのであろうか。苦境にある誰もが,守るつもりもなく何でも約束してよいとしたら,約束というものが成り立たなくなり,それゆえこの格率そのものも法則とはなりえなくなってしまう。したがって,a自分一人くらい偽りの約束をしてもよいとする格率に従う行為は,道徳的に禁止されるのである。このように,意志の格率が普遍的法則に一致しうるか否かが行為の善悪を決めるとするカントにあっては,行為の 2 が重視されているといえよう。

  同時代の英国では,自由主義経済がいち早く確立しつつあり,b私益の追求が「見えざる手」に導かれて公益となると考えられてもいた。だが,そのように楽観せずに, A を問題としたのは功利主義者である。ベンサムは,苦痛を避け快楽を求めることは人間本性に深く根ざした傾向であり,できるだけ大きな快楽を実現するのに役立つ行為こそが正しい、と主張した。しかも、c快苦の感情は、その強度や持続牲など七つの尺度によって測定することができる。この 3 により定められるのが幸・不幸なのである。偽りを述べることも,場合によっては有益であり,その限り虚言も道徳的価値をもつ。どのような行為も,その結果を考慮することなしには,善悪を決定することはできないというわけである。

  道徳的価値を定める基準を,行為の結果に求めるのか,あるいはそれとは別の観点に求めるのか,今なおその議論は続いている。この間題は,価値観の多様化した現代に生きる私たちにこそ,よりいっそう迫り来る課題であろう。

 

1  文中の 1  3 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つ選べ。

 1  @ 実存的 A 定言的 B 蓋然的 C 予言的

  2  @ 手段  A 動機  B 過程  C 効果

  3  @ 快楽計算 A 実験的思考 B 道徳感情  C 帰納的推理

 

2 下線部aにみられるカントの倫理観を,主観的で形式的にすぎると批判したヘーゲルの倫理観として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選ペ。 4

@人間の行為は,歴史的で社会的な関係において営まれる。

A人間の個別的実存は,その普遍的な本質規定に先立つ。

B人間の共同体的なあり方は,弁証法的に発展していく。

C人間の自由は,客観的な法律や制度のうちに具体化される。

 

3  下線部bのように考えた思想家として最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。  5

 @トマス・モア Aオーウェン Bエンゲルス Cアダム・スミス

 

4 本文の文脈に照らして、文中の A に入れるのに最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6

 @労働の成果が自分の富とはならない状況から,労働者をいかに解放するか

 A疎外状況にありながら,個性的な自己の本来的あり方をいかに自覚するか

 B財産の私有により崩れた、自由で平等な自然状態をいかに回復させるか

 C個々人の幸福の追求と社会全体の幸福の促進とを,いかに諷和させるか

 

5 下線部cのようなペンサムの主張を・幸福に関する考え方の上で修正したのは, J.S.ミルである。その修正の特徴を示す彼の言葉として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @ 「幸福には快楽の混在が必要であると思われている。しかるに,卓越性に即してのもろもろの活動のうちでも、もっとも快適なのは,誰しも同意するごとく,知に即しての活動なのである。現に哲学(愛知)は純粋性と不動性とにおける驚嘆すべき快楽を含んでいると考えられている。」

 A 「幸福はいつもわれわれから逃げてゆくものだ、といわれる。ひとから与えられた幸福をいうのなら、それは正しい。与えられた幸福などというものはおよそ存在しないからである。しかし、自分でつくる幸福は、決して裏切らない。それは学ぶことであり、そして、人はたえず学ぶものだ。」

 B 「生きがい感は幸福感の一種で、しかもそのいちばん大きなものともいえる。けれどもこの二つを並べてみると・そこにニュアンスの差が明らかに認められる。…生きがい感には幸福感のばあいよりもいっそうはっきりと未来にむかう心の姿勢がある。」

 C 「満足した豚より不満足な人間である方がよく、離した愚か者より不満足なソクラテスである方がよい。そしてもしその愚か者なり豚なりがこれと違った意見を持っているとしても、それは彼らがこの問題について自分たちの側しか知らないからにすぎない。」

 

6 本文で述べられた内容に合致するものとして最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @ カントも功利主義者のペンサムも、偽りを述べることは,いかなる場合でも道徳的に許されないとしたが、その理由は明らかに異なる。カントは,偽りを述べることで他人からの信用を失わせることになり、結局は社会生活が不可能になってしまうから、偽りは道徳的に許されないと考えていた。

 A カントは、行為の道徳的価値を行為そのものがもたらす社会的効用に基づいて決定していこうと試みたが、その点に関しては,功利主義者のベンサムも同様であった。ただし,効用を評価する基準を,ベンサムは佃人の快苦の総和に求めたが、カントは理性的存在者の本性に備わる道徳法則に求めた。

 B 功利主義者のべンサムは,行為の道徳的価値を決定するのは行為のもたらす結果にほかならないと考えていた。だがカントはこのような考え方には同意せず,行為を為すにあたっての主観的格率を普遍化したときに,何らかの矛盾が生じないか否かこそが問題であると考えていた。

 C カントと功利主義者のペンサムはともに,意志の善さを重視したが,結局,行為の道徳性は,行為者が行為に際して直面している個別的状況に応じて評価・決定されると考えていた。したがって,より大きな不幸を避けるために,偽りを述べることも,状況次第ではいたしかたないと考えていた。

                                   〔10−追〕

 

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