4章 西洋近・現代の思想

4.良心と道徳

4-4-2<良心について>

2 次の文章を読み,下の問い(問18)に答えよ。

 道徳的な人とはどのような人だろうか。悪人や偽善者はもちろん道徳的ではないが,既成の道徳に従っているだけの人,単にお人好しな人も,道徳的な人であるとは言い切れないだろう。なぜなら,そうした人々の行為や性格には,自己に対する道徳的な反省の意識が伴っていないように思われるからである。この意識はふつうa「良心」と呼ばれている。

  b自己省察の大切さを説くモンテーニュは,「良心は我々を恐怖で満たすだけでなく,確信と自信で満たす」と述べている。道徳上の過ちを犯すとき,人は良心の呵責を感じ,それを感じないとき,自分が正しいことを知る。このようにして良心は自己の行為や性格の善悪を知らせ,さらに善を命じ,悪を賛ずる。「良心!良心!‥‥‥無知で愚かではあるが知性をもった自由な存在を確実に導く者,善悪を誤りなく裁く者,……汝こそ, 人間の本性の卓越牲と,人間の行為の道徳牲を生み出す」。 cルソーは良心をこう称賛している。また、dカント,良心を「人間の内なる法廷の意乱と捉え,その法廷において自己のあり方が問われると考えている。

  良心はこのように個人の内面の事柄である。だが,それはまったく個人的なものでもない。アダム・スミスによれば,個人の「内なる観察者」である良心は,しばしば,「現実の観察者」である他者を前にして,自らの判断を改める必要に迫られる。また,eヘーゲルによれば,他者や社会とのかかわりをもたない良心は,単なる思い込みにとどまり,悪に陥ることさえある。要するに,他者や社会とかかわることで,個人は自己の良心が独善的になるのを避けることができる。そもそも,「良心」にあたる英語やドイツ語には「 A という意味もあった。このことは,良心が,個人の内面の事柄では、あっても,他者や社会を背景にもっていたことを示しているように思われる。

  良心については様々な考え方があるが,それでもやはり,道徳的であるためには良心が必要であり,さらに,良心は他者や社会とのかかわりをもたなければならない。「二つの行き過ぎ。理性を排除すること,理性しか認めないこと」。こう語ったのはパスカルであるが,それに倣って次のように言うこともできるだろう一二つの行き過ぎ。良心を排除すること,良心しか認めないこと。

 

1 下線部aに関連して、日本語の「良心」は『孟子』に由来するが,そこでは良心は人間本来の心と考えられている。孟子の思想についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 1

 @人間本来の心は善であり,養い方にかかわらずそれは失われない。

 A人間本来の心は善であるが,養い方を間違えればそれは失われる。

 B人間本来の心は悪であり,どう養ってもそれは善に変えられない。

 C人間本来の心は悪であるが,正しく養えばそれは善に変えられる。

 

2    下線部bに関して,モンテーニュの立場を表す言葉として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ペ。 2

 @ク・セ・ジュ  A知は力なり  Bコギト・エルゴ・スム C繊細の精神

 

3 下線部cに関連して、ルソーが良心を強調した背景には,文明社会に対する彼の考えがある。それに関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3

 @ 未開社会は、文明社会と同じく自由・平等,平和な社会であるが,所有の安定のために,契約を通じて文明社会に移行する。

 A 文明社会は進歩した理想の社会であり、文明人は理性によって未開社会に特有の迷信,偏見無知から解放されている。

 B 未開人の社会と違って、文明社会は富の不平等,支配と服従,悪徳などで満ちているが,その主な原因は財産の私有にある。

 C 文明人の理性的な思考は未開人の「野生の思考」に護るものではなく,文明社会が未開社会に比べて進歩しているわけではない。

 

4 下線部dのカントにとって・道徳的な人とはどのような人か。次の文章を参考にしながら・その事例として最も適当なものを,下の@〜Cのうちから一つ選べ。  4

  『無制限に善いと見なしうるものとしては,世界の内でも外でも,ただ善き意志しか考えられない。……善き意志は……意図された目的の達成に役立つことによってではなく、ただ意志することによって、つまり,それ自体で善いのである。』

                     (カント『道徳形而上学原論』)

 @ Aさんは商売で客を公平に扱うことにしているが,それは,そうすることで信用が得られると考えているからである。

 A Bさんは絶望的な状況にあっても死を選ばなかったが,それは,生き続けることが人間の義務であると考えたからである。

 B Cさんはいっも他人に親切であろうと努めているが,それは,他人からも親切にされたいと考えているからである。

 C Dさんはある嘘をついたが,それは,自分が嘘をつけば友人が助かることを知り、友情を大切にしたいと考えたからである。

 

5 下線部eに関連して、社会における良心の地位に関するヘーゲルの見解として最も適当なものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

 @ 道徳や宗教における内なる良心の自由は自然権の一つであり,いかなる政治社会にあっても、それは侵害されてはならない。

 A 自己の良心にもとづいて信仰するかぎり,あらゆる個人は,社会における身分とは関係なく,神の前で平等である。

 B 道徳は社会の経済的な土台の上に成立するものであり,個人の良心は,その個人が置かれた社会的な状況に制約されている。

 C 良心にかかわる内的で主観的な道徳と,所有や契約を扱う外的で客観的な法は,具体的な人倫において統合される。

 

6 文章中の A に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6

 @ 自然に従うこと      A 自ら悟ること         B 善く生きること      C 共に知ること

 

7 下線部fに関して,現代の思想家たちも良心について考察している。そのうち,フロイト,ヤスパース,ハイデガーの考えとして最も適当なものを,次の@〜Eのうちからそれぞれ一つずつ選べ。フロイトについては 7 に,ヤスパースについては 8 に,ハイデガーについては 9 に答えよ。

 @ 良心は,人間が死,苦,争い,罪といった状況から逃避し,自己を喪失するのを妨げる。人間は良心を介して超越者を感ずるが,良心は超越者の声ではなく,自己自身の声である。

 A 普通の人々の良心は,残酷さという本能が自己自身に向けられたものであり、一つの病理である。それに対して,真の良心は,自己に誠実であること,自己を肯定することを要請する。

 B 良心はきわめて複雑な感情である。それは、共感などの社会的本能に由来し,他人の称賛によって導かれ,理性,利己心宗教的感情に支配され,教育や習慣を通じて強化される。

 C 良心の呼び声は本来的な自己の声である。死への不安から逃れ、日常の世界に埋没し,平均的で画一的な存在になった人間に対して,良心は本来的な自己というものに気づかせる。

 D 良心の呵責とは義務に反したときに感ずる苦痛である。人間は,刑罰のような外的な制裁によってだけでなく,良心の呵責という内的な制裁によっても,自己を規制するようになる。

 E 良心は,両親,教育者,社会的な環境の影響によって形成されるものである。それは,自己を監視する法廷,自我の検閲者として機能し,欲望や衝動を禁止したり抑制したりする。

 

8 本文の趣旨に合致する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。  10

 @ 良心とは,自己に関する道徳的な反省の意識のことであるが、それは万人に共通の生得的な能力である。したがって,各人の良心が下す判断は同じであり,個人は常に自己の良心に従うべきである。

 A 良心とは,友情,愛情,義務感といった,人間の本性における他者や社会を思いやる性向にほかならない。したがって,道徳的であるためには,個人はまず他者や社会に配慮して行為すべきである。

 B 良心とは,個人の内なる道徳的な反省の意識のことであるが、それが誤っていることもある。したがって,他者や社会と常に向き合うことで,個人は自己の良心が正しく働くようにすべきである。

 C 良心とは,他者や社会とかかわるなかで個人のうちに形成されるものであり,いわば内なる他者や社会である。したがって,道徳的であるためには,個人はまず現実の他者や社会に従うべきである。

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