4章 西洋近・現代の思想  

 5.生と死,人生

 4-5-1<知と生活>

1 次の文章を読み,下の問い(問15)に答えよ。

  知が生活に役立つものだというのは,一般に受け入れられる見方であろう。だが,そもそも知が生活に役立つとはどういうことであろうか。近代科学が西洋で誕生したのは,自然の見方と研究方法の変革を通してであったが,その背景には生活に役立つ知という理念があった。例えば,「知識と力は合一する」と語るベーコンは、学問の目的を人間生活の豊かさに置いた。またデカルトは,思弁的なスコラ哲学に代わる「実際的な哲学」によって,人間を「 1 」たらしめようと考えた。

a彼らは従来の知を批判したが、その批判の中心は知の有用性の中身を見直すことであった。彼らによれば,従来の学問は宗教者としての生き方のために,あるいは世俗の権勢や富や名声を獲得するために,「役立つ」にすぎない。それに対し,自然を技術的に支配することで人類の福祉を増大させることが,真に生活に「役立つ」ことだと彼らは考えたのである。

こうして,b近代の知は科学技術的な知を主流として進んできたが,今日では,このような知のあり方への反省も生まれている。それは、対象を客観的かつ操作的に捉えようとする科学技術的な知が,c高度産業社会での人間疎外や環境破壊,さらには人間の生命の操作といった状況に,深く関与しているからである。このような知をもたらした近代的理性を、自然の支配や人間関係の管理・操作に資するだけの 2 と呼んで,批判する人々もいる。こうした理性の役割も含めて近代の知を反省するためには,いま一度,生活の原点に立ち戻り、有用牲という観点を改めて見直すことが必要である。

私たちの生活は、例えば遊びや出会いによっても豊かになる。それらが一定の技術や方法によって充実したものになることは確かだ。だが,遊びの中にある偶然的な発見が私たちに歓びを与えたり、予期せぬ出会いが個々人に深い意味を与えたりすることもある。こうしたことは定式化された技法の高さだけで達成されるのではなく,感性の生き生きとした働きによってこそ可能である。

d私たちが求める知は,こうした感性とつながったものであるべきだろう。生活上の利便や経済的豊かさという従来の有用牲の観点に縛られることなく,新たな日で知と生活との関わりを見直すことが必要なのである。

 

1 文中の 1  2 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。

 1  @自然の番人にして保護者  A自然の敵にして征服者      B自然の主人にして所有者  C自然の友にして理解者

 2  @実践理性 A弁証法的理性 B絶対理性 C道具的理性

 

2 下線部aに関して、ベーコンとデカルトによる従来の学問への批判を記述したものとして最も適当なものを、次の@〜Dのうちからそれぞれ一つずつ選べ。ベーコンについては 3 に,デカルトについては 4 に答えよ。

 @ 従来の自然学ではさまざまな偏見によって正しい認識が妨げられてきた。だが,人間が自然を技術的に支配するためには,偏見を排し,実験や観察によって偶々の経験的事実から一般的法則を発見することが必要である。

 A 知識は人間生活から離れた不変の真理を捉えたものだとする偏見が,従来の学問を支配してきた。だが、知性は問題解決に役立っかぎりでのみ意味をもつのだから、知識は常に生活の中で試され改善されなければならない。

 B 哲学の仕事は世界を解釈することだという偏見に従来人々は議われてきた。だが,大切なのは科学的認識によって世界を変えることだから,そうした実践的目的の基礎となるように哲学を作り変えなければならない。

 C 雄弁術や詩作は天賦の才に左右され,また従来の道徳論は徳の認識の仕方を教えない。だが、真偽を区別する理性のカは万人に平等に与えられているから,順序よく考えていけば,学問において誰でも正しい認識に達しうる。

 D 古代の学説を繰り返し、それに注釈をつけることが学問だとされてきた。だが,神は自然物を人間のために創ったのだから,神の意図の探求を自然研究の方法と合致させることによって、学問は生活に役立っものとなる。

 

3 下線部bに関連して,近代以降・科学技術的な知とは異なる知を示した思想家がいる。彼らについての記述として適当でないものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

 @ モンテーニュは,懐疑論的な立場から、偏見や独断を排して不断に自己省察を行うことで,人間性の真実を深く探究した。

 A パスカルは,順序正しく推論を行う「幾何学的精神」に対し,直感的で感性的な「繊細の精神」の重要牲を説いた。

 B ヤスパースは,ともに本来の自己をめざす者同士の実存的交わりを「愛しながらの戦い」と呼び,これを無神論的実存主義の原則とした。

 C シュヴァイツアーは,科学技術による自然支配が生命の軽視をもたらしたことを批判し,倫理の原理として「生命への畏敬」を唱えた。

 

4 下線部cに関連して,科学技術に対する倫理的問いかけがさまざまになされてい るが,その記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ベ。  6

 @ 医療技術が誕生と死をも操作するようになって、生命倫理学という分野が成立した。それは,治療や研究に倫理的指針を与えるだけでなく,患者の自己決定権をインフォームド・コンセントという形で提唱してもいる。

 A 『沈黙の春』は環境問題を倫理的に問う上で重要なきっかけとなった書の一つである。こうして生まれた環境倫理学は,その一特徴として,問題解決のための行動を将来の世代にまかせるという世代間倫理を主張している。

 B ラッセル=アインシュタイン宣言は、核兵器を開発・製造した科学者よりも、それを使用する政府指導者にこそ倫理的責任があるとして,核兵器廃止のための連帯した行動を彼らに要求している。

 C 資本主義体制における労働の疎外とともに,機械文明の中での人間疎外をも倫理的に問題とするマルクスの主張からは,カウンセリングその他の心理的な癒やしによる疎外の解消という通が導き出される。

 

5 本文の趣旨に照らして,下線部dで求められている知についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @ 生活の物質的豊かさに役立つという有用性の観点にとどまることなく,私たちの生活水準の向上と同時に自然の保護にも役立つよう,科学技術の知を広げることが求められるのである。

 A 生活の物質的豊かさに役立つという有用性の観点を超えて、私たちそれぞれの経験の豊かさや充実感をもたらしてくれる,個別的な知のあり方を探ることが求められるのである。

 B 生活の物質的豊かさに役立つという有用性の観点に立ちつつも,人間関係を円滑にして私たちが社会にうまく適応できるためにこそ,科学技術の知を役立てることが求められるのである。

 C生活の物質的豊かさに役立つという有用性の観点を捨てて、自然と神秘的に感応する人の教えに従い,自然の豊かさを実感できるような知のあり方を受け入れることが求められるのである。

                                     〔12−本〕

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