第4章 西洋近・現代の思想
5.生と死,人生
4-5-3<習性のもつ意味>
3 次の文章を読み,下の問い(問1〜7)に答えよ。
個人においても,共同体においても,私たちの生を根底から支えているものの一つに習慣」がある。aカントのように習慣は道徳を基礎づけるものとしては不十分だと考えた哲学者もいるが,習慣を人間の生の本質に結びつけて思索した哲学者も少なくない。アリストテレスは,b人間が幸福になるためには,教育や学習によって形成される知性的確だけではなく,習慣づけによって身につく習性的徳(倫理的徳)が必要であり,ひいてはそのことがポリスの安寧に結びつく,と考えた。よい習慣を身につけ,悪習を断つことが,私たちの生を充実させるためには必要なのである。
もっとも,よい習慣とそうではないものとを区別することは容易ではない。大航海時代を契機として,西洋人には知られていなかった土地の情報が流れ込み,ともすればそうした土地の習慣を見下す風潮の中で、cモンテーニュは、自分たちの習慣にも野蛮なところがあることを認めた。彼は,自分たちの習慣を含めて,一般に習慣は相対的なものであることに思い至ったのである。モンテーニュが習慣の相対性を語ったとき,そこには,西洋の習慣を批判し、反省を促すという勤倹が働いていた。またdパスカルも、習慣のもつ権威の基礎は,単に,それが受け容れられているということにすぎない」と主張し,習慣にはそれを支える理性的根拠はないと考えた。
このような習慣の多様性を認識することは,自らの習慣に埋没しがちな自己を乗り越えて,新たな習慣を創造する契機になるだろう。eプラグマティズムを発展させたデューイは,人間は一定の習慣のもとで安定した暮らしを営んでいるが,その安定が揺らぎだすと,新しい習慣を形成し定着させようとする創造的知性が働きはじめる,と述べている。
習慣は個人の健全なf人間形成にとって不可欠の要素であるし、共同体においても極めて重要な位置を占めている。一般的に言って,私たちの普段の生活は,歴史的に積み重ねられてきた習慣に負うものが多い。そのため,私たちは自分たちの習慣に愛着を抱きがちであるが.習慣の違いが相互理解を妨げることによって,世界各地で対立や反目が生じていることも否めない事実である。したがって,自分たちの習慣を絶対視し,他の人々の習慣を頭から否定するようなことは避けなければならない。このことを踏まえて,私たちは習慣についての思索をさらに深めていくべきであろう。
問1 下線部aのカントの主張として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 1
@ 人間は,経験を通じて成長するのだから,道徳的な人格の形成も経験に基づいて行われなければならない。
A 人間は,いかなる場合にも義務を果たすべきなので,義務に適った行為にはすべて道徳的価値を認めなければならない。
B 人間は,つねに自律的でなければならず,自らの意志の格率だけを信じて行為しなければならない。
C 人間は,自律的な行為をなしうる主体だから,これを単なる物件と厳しく区別し,尊重しなければならない。
問2 下線部bに関して,知性的徳である思慮と習性的徳との関係を説明する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 2
@ 習性的徳は,思慮が示す中庸を繰り返し選ぶことで形成される。
A 習性的徳は思慮を完成させるので,思慮よりも上位の徳である。
B 習性的確は,真理認識だけにかかわる思慮を原因として形成される。
C 習性的徳は身体に帰属するので,思慮の働きを妨げることがある。
問3 下線部cのモンテーニュの説明として適当でないものを,次の@〜Cのうちから
@ モンテーニュは,ギリシアやローマの賢者たちに倣って,よりよく生きるための方策を求めた。
A モンテーニュは,鋭い人間観察に基づいて,人間の生き方を独自の視点から探究した。
B モンテーニュは,神への信仰を否定し,地上の生活に穂橿的な意義を見いだして,多彩な能力を発揮した。
C モンテーニュは,思想の体系化を図らず,日々の思索を随筆のかたちで丹念につづった。
問4 下線部dのパスカルは多くの警句をのこしている。そのうち,習慣について述べた警句として最も適当窪ものを・次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@ 人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが,それは考える葦である。
A 川一つで仕切られる滑稽な正義をよ。ピレネー山脈のこちら側での真理が,あちら側では誤謬である。
B クレオパトラの鼻。それがもっと短かったなら,大地の全表面は変わっていただろう。
C 人間は,天使でも,獣でもない。そして,不幸なことには,天使のまねをしようと思うと,獣になってしまう。
問5 下線部eのプラグマティズムの説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@ プラグマティズムとは、経験論の伝統を受け継ぎ、知識や観念をそれが引き起こす結果によってたえず検証しようとする思想である。
A プラグマティズムとは、大陸合理論を基盤として生まれ,後にキリスト教精神によって青まれたアメリカ固有の思想である。
B プラグマティズムとは,行為や行動を意味するギリシア語を語源としているが,その方法は思弁的であり,実生活とは隔絶した思想である。
C プラグマティズムとは,科学的認識よりも実用性を優先し,日常生活の知恵を基盤とする思想である。
問6 下線部fの人間形成をめぐって,多くの人々が様々な考えを提出している。そのうち、レヴィン、マズロー、ユングの考えとして最も適当なものを,次の@〜Eのうちからそれぞれ一つずつ選べ。レヴィンについては 6 に,マズローについては 7 に,ユングについては 8 に答えよ。
@ 人間形成が十全になされるには,欲求の健全な充足を目指さなければならないが、欲求には,睡眠や飲食などの単に生理的なものだけではなく,その上位に位置づけられる,愛情や集団への帰属意識などの精神的欲求もある。
A 人間の心には無意識の領域があり,個人的なものと集合的なものがある。集合的無意識は個人的無意識よりも深い層にあり,そこには,元型という神話的な性格を帯びた普遍的イメージが生まれながらに備わっている。
B 人生には,誕生から死に至るまで8段階の周期(ライフサイクル)があり,時間とともに自我は発達していくと考えられる。それぞれの段階には達成すべき課題があるが,その達成度が人の発達状況の目安となっている。
C 人は青年期において自我に目覚め,精神としての自己という内面的世界を発見する。これは,いわば第二の誕生であり,第一の誕生が存在するための誕生であるとすれば,第二の誕生は生きるための誕生である。
D 子どもは小さな大人ではなく,子ども独自の世界がある。しかしながら,子どもの認識能力は一定の段階を経て発達し,自己中心的だった段階を脱すると,他者を意識するようになり,客観的な判断もできるようになる。
E 人が自分の行動を選択する場合,その人の所属する集団の価値観から強い影響を受けるが,生活空間が大きく変化する青年期においては,子どもの集団にも大人の集団にも属することができず,中途半端な状態に陥る。
問7 本文の趣旨に合致する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9
@ 私たちは,個人の成長と社会の成熟を目指している。私たちの目に他の人たちの習慣がこの目標に反しているように見えるならば,その人たちを説得して,このような習慣をできるかぎり廃止させなければならない。
A 私たちは,文化間の交流を拡大させてきた。そのため,文化的な摩擦から民族紛争が生じることもあるが,それを解決するためには,文化的な差異の原因である多様な習慣を均質化するよう努めなければならない。
B 私たちは,個人の成長と社会の成熟を目指している。個人の成長にとって社会の成熟は不可欠の条件なので,人格の完成を促すような社会的習慣を制度化して,それを人々に行わせることが必要である。
C 私たちは,文化間の交流を拡大させてきた。異なる文化が共存するためには,人々の習慣にはそれぞれ歴史的な背景があることを考慮しながら,習慣の違いを相互に認め合うにはどうしたらよいかを探るべきである。
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