第5章 現代の諸課題と倫理
1.生命と環境
5-1-2<生命の尊厳>
2 次の文章を読み,下の問い(問1〜6)に答えよ。
生命はなによりも尊重されねばならないものの一つだ,とよく言われる。このことについて,少し考えてみよう。
西洋において,生命の尊さを強調した人物に 1 がいる。彼は,自分が「生きんとする生命に取り囲まれた生きんとする生命である。」という認識から出発して、aすべての生命への畏敬を倫理の基礎においた。しかし、どのような生命をも尊重せねばならないとすれば、われわれの生活は困難に直面する。たとえば,病因である原生動物を消滅させる治療をしなければ、患者の生命が危うくなる場合がある。普通,われわれが考えるのは、人間の生命だけが尊いということなのである。
では、人間は、他の生物、とりわけ動物とどれほど違うのだろうか。此の考えを見てみよう。彼は、動物には刺激に対して機械的反応をする能力しかないが,人間には、c思考を本質とする心がある、と主張した。しかし,近年.木の葉をよく噛んでスポンジ状にして,それに水を吸い込ませて飲んでいたチンパンジーの事例とか,手話を習得したゴリラの事例などの報告がなされている。こうした報告は,思考を働かせる動物が、人間以外にもいるという推測を起こさせる。
この推測が正しいとしても、人間の思考と他の動物の思考との間に違いがあると主張されるかもしれない。というのは、人間は,自己意識をもち,自分が過去と未来とにわたって同じであり続けると考える存在だからである。たとえば、ロックは,『 2 』
では,dパーソンであるような人間の場合に限って,生命は尊い、と主張できるだろうか。パーソンであるのか、そうでないのかという相違に注目するだけなら,生まれたばかりの乳児はまだバーソンではないので、乳児の生命を尊いとみなすことができなくなってしまう。このことからも分かるように,e人間の生命だけが尊いと主張するのは,簡単なことではない。
しかし、どの生命も無制限に尊重して生活することは,事実上不可能である。われわれは,生命の尊重ということについて常に問いかけながら,生きていくほかはない。
問1 文中の 1 ・ 2 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @ベルンシュタイン Aショーペンハウアー
Bシュヴァイツアー Cアインシュタイン
2 @ 実践理性批判 A 人間悟性論 B 人間不平等起源論 C 理性と実存
問2 下線部aにもとづく態度が現れている具体例として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@ 一匹の蟻も踏みつぶさないようにしながら,散歩する。
A 新設道路で、野猿が自動車にひかれないように、群れを動物園で飼育する
B
蛙を解剖して観察し、生命維持の仕組みの見事さに感心する。
C 美しい花を折って花瓶にいけ,枯れるまで観賞する。
問3 下線部bのデカルトは機械論的自然観に立っていた。彼の時代の機械論を説明するものとして最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@ 自然を構成するのは,広い意味での魂にほかならないモナドである。
A 自然物はすべて,自らの目的を実現するために運動する。
B 自然は,形と大きさをもつ物体および物体間の因果作用からなる。
C 自然現象は,火・気・水・土の四元素の混合分離にほかならない。
問4 下線部cで言われている意味での心を指す言葉として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@愛情 A感性 B欲望 C理性
問5 下線部dのように主張できる根拠としてどのようなものが考えられるか。本文の文脈に照らして適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@ 自律の尊重が基本的原理であり,自分の将来を気にかける人間は、生き続けることを自律的に選びとりうる。
A 人間の生命を奪うことは,その人が将来に向かってもっている意志を妨害することになる。
B 或るものへの欲求をもつものだけが,そのものへの権利をもつのだから、自分の将来を気にかける人間だけが,生存への権利をもつ。
C 人間の生命を奪うことは,盗みが所有者の権利を侵すのに似て、将来のどの時点で人間が死ぬかを決定する神の権利を侵すことになる。
問6 下線部eのように考えられる理由として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@ 人間とそれ以外の動物との間には,生物学上のものではない相違があるけれども,ペットを親しい友人であるとみなすなら,その相違を無視することが容易になる,という結論が出るから。
A 遺伝子の組成という点では,人間と類人猿とにあまり違いはないし、人間と類人猿が同じ祖先から進化したのは,科学的事実なのだから,人間の生命だけを尊重することには,根拠がないと判断されるから。
B 生物学上のものではない区別をつける何らかの規準を設けるなら、生物学的には同じ種に属するがその規準には合わない人間の生命を,動物並みに扱ってもよい,という結論が出るから。
C 生命とは,神に通ずる神秘的なものであって,どの生命をも敬うところに、倫理の基礎があるのだから,人間の生命だけを尊重することには,根拠がないと判断されるから。
〔8−追〕