5章 現代の諸課題と倫理 

 1.生命と環境

5-1-3<人間と科学>

3 次の文章を読み,下の問い(問16)に答えよ。

 科学技術は世界と人間とを変容させ,多様な問題をもたらす。たとえばチャップリンは,映画『モダン・タイムズ』で 1 を風刺した。思想史においても,これまで科学技術をめぐって様々の考察が行われ、これに対してa否定的な評価が下されることもあった。科学技術をどう捉えたらよいのだろうか,考えてみよう。

  現代の科学技術は、 2 を模範として成立した近代自然科学を骨格とする。これは,真理に至る最良最高の道筋として称揚されてきた知識形態である。そして実は, 3 という言葉が端的に物語るように、この近代的な知は,もともと,単に観想的な知ではなくて、技術的な知、管理操作する知でもある。現代では,このような仕方で自然や事物に関わるのが当然と見なされている。

 自然は、かつては,人間には知りがたい独自の原理を持つものとして経験されたのだろう。しかし今や、自然は、構造や振舞いが説明可能なものとして,そして管理操作が可能なものとして・経験される。我々自身についても事態は同様である。たとえば,日々マスコミを賑わしているように、b人間の身体は、そして生命は,進展する科学技術の手中におさめられつつある

我々人間の手を触れ、我々自身をも巻き込んで暴走していくかのように見える科学技術を前にして、主体牲の回復や合理性の再検討によってそれを統御する必要が叫ばれることもある。だが、考えてみれば,統御というのは管理操作の一様態でもあろう。するとこれは、技術をもって技術に対処しているのに等しく,技術を超えたもの,あるいは技術と別次元のものとは見なしがたい。さらに考えてみると,技術を超えるような次元とは、いったい何のことだろうか。技術と人間の関係を, A と考えること,このような考え方には不十分さが残り続けるのではないか。我々には,cホモ・ファーベルという刻印が深く押されている。だとすれば、その刻印と別のところに主体性や合理牲を設定するようなことは、少なくともただちにできるものではないだろう。

以上のように述べると、様々の困難を前にしてどうしたらよいのか,と思う人もいるかもしれない。この切迫した思いは、科学技術をめぐる問題が安易な解決を許さないことのあらわれだが、同時にそのことを見失わせるおそれもあるのだ。

 

1 文中の 1  3 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。

 1  @ 史的唯物論 A 機械文明 B 機械論   C 伝統文化

 2  @ 神学と心理学 A 神学と物理学 B 数学と物理学 C 数学と心理学

 3  @ 知への愛 A人間は人間に対して狼である B知は力なり C人間は中間者である

 

2 下線部aに関連して、フランクフルト学派は、科学技術に対して否定的な立場をとっていたと言うことができる。その説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4

 @ この立場は,人間の科学技術を神の摂理を冒すものとしてしりぞけ,人間が無為にして自然なあり方に帰ることを求めた。

 Aこ の立場は、知識は日常生活に有用な限りで真だとし,科学技術の理論的抽象的な側面を無用として,実験的側面のみを求めた。

 B この立場は、弁論術をはじめ技術一般は経験的次元を脱することがなく,結局は人間に迎合することになると考えた。

 C この立場は、自然を支配する道具と化してしまった理性が,もともと目指されていたはずの人間の自由をかえって失わせたと考えた。

 

3 下線部bに述べられている事態の例として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5

 @ 生命維持の手段や装置が発達して,いわゆる脳死状態になる人間が出現するようになり,その人たちからの臓器移植が行われている。

 A 生殖技術が進展して,以前ならあきらめていた夫婦も子どもを持てるようになった。すでに,体外受精や代理出産で子どもが生まれてきている。

 B 知る権利や自己決定権の考え方が広く浸透して,医療の場面でインフォームド・コンセントが実践されるようになってきている。

 C 胎内の子どもの異常の有無を,遺伝的なものも含めて判定できるようになった。その診断結果に応じて人工妊娠中絶を選択する人もいる。

 

4 ハイデッガーは,ある著作で,技術に関しておおよそ以下のように述べている。これを参考に本文の文脈から判断して,文中の A に入れるのに最も適当なものを,下の@〜Cのうちから一つ選べ。 6

  『我々は,技術を,使い方しだいで善にも悪にもなる中立的なものと考えがちである。だが,そのように考えるときこそ,かえって我々は,技術に身を売り渡すことになる。技術を道具的に理解するからこそ,手段としての技術を適切に取り扱うことが求められ,我々は,技術を精神的に手中におさめようと躍起になるのである。しかし,今日好んで信奉されているこの理解が,我々の目を技術の本質に対して閉ざしてしまう。この理解は正しくはあるが,技術の本質にはとどいていない。』

 @ 道具とその使い手の関係と捉え,一見すると自立的な使い手も実は道具の存在によって使い手なのであり,両者は依存しあって弁証法的に発展する

 A 道具とそれを使用する主体の関係と捉え,その主体の側がすべてを捨てて言わば裸の状態になり,もう一度最初からやり直そう

 B 道具とその使い手の関係と捉え,一見すると独立牲を持たない道具も実は使い手を支配しており,結局は道具が優位に立つ

 C 道具とそれを使用する主体の関係と捉え、その主体の側がよりよいあり方をすることで何とか対処しよう

 

5 下線部cの言葉の背景にある人間観の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7

 @ 自然界を超えた聖なるものにあこがれ,その到来を受動的に経験することで、人間はその本性を実現できる。

 A 人間は単独にではなく共同体において生きることで,その本性を完成することができる。

 B すべての事物に積極的に働きかけ,それらを作りかえていくことが,人間の基 本的性格である。

 C 人間は失敗ければ病気にもなる非常に脆弱な存在なのであり,苦しみ悩むことこそが人間の本質である。

 

6 本文の内容に照らして,下線部dのように考えられる理由の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

 @ 現代の科学技術は高度産業社会のイデオロギーであって,いかに多くの問題があるとしても,政治権力がそれを手ばなすことは考えにくく,一般市民も科学技術の恩恵に浸り切って生活しているから。

A 科学技術が歴史を超えた普遍要当牲を持つと考えることには問題があろうが,我々が科学技術に依存せずに事物と関わりうるとするのも,技術が人間にとって本質的なものであることを考えれば困難を含むから。

B 科学技術が暴走しているとしても、技術的営みをしない人間というのはほとんど考えられず、さらに現代の我々には、人間にとって大切な相互のあわれみの情が失われているから。

C 近代以降の科学技術がもたらした大きな恩恵を考えれば,それに疑問を呈すぞことは恩知らずな振舞いであり、与えられたものに謙虚に感謝することは人断とって大事な徳の一つであるから。

                                   [10−追]

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