第5章 現代の諸課題と倫理
1.生命と環境
5-1-5<ヒューマニズムについて>
5 次の文章を読み,下の問い(問1〜8)に答えよ。
ヒューマニズムという言葉は様々な意味で用いられてきた。
aルネサンスの時代におけるヒューマニズムは「人文主義」と訳される。それは,ギリシア,ローマの古典文化の復興を目指すものであった。こうした営みは,中世的な世界観を批判する意味をもっており,人間性の解放を目指す運動としても解釈できる。
他方「人道主義」と訳されるべきヒューマニズムの流れも存在する。近代市民革命期以降,人権思想の成立に伴って,すべての人間が人間らしく生きられる社会の実現が理想として掲げられることになった。しかし、なお多くの人々が暴力、飢餓、貧困、b戦争といった非人間的状況の中に置かれ,また,平等な扱いをされずに差別され続ける人々も多数存在していた。こうした現実に対して,c19世紀ならびに20世紀のヒューマニズムは,苦しんでいる人々を救うための具体的な解放運動として展開されることになる。例えば,マハトマ・ガンディーは,イギリスの植民地支配からインドの独立を求める運動を組織した。また,キング牧師は,アメリカ合衆国において,黒人に対する人種差別の撤廃運動を指導した。そのほか、世界中でe様々な差別に対して粘り強い闘いが続けられている。
ところが,20世紀半ば以降,ヒューマニズムは「人間中心主義」にすぎないのではないかという批判が提出されてきた。人間は,人間の尊厳を唱える一方で,他の動物のことを単なる手段として扱っている。これもまた一つの差別,すなわちf「種差別」にほかならないのではないか。さらに人間は,動物への虐待ばかりでなく,科学技術という強大な力を手に,g自然環境に対する大規模な破壊活動も繰り返している。その根底にあるのはヒューマニズムという名の驕りではないのか,というのである。
こうした批判は傾聴に値するが,だからといってヒューマニズムを否定してしまう必要はないであろう。むしろこれらの批判を積極的に取り込んでいくことによって,ヒューマニズムはより豊かなものになっていくはずである。
問1 下線aのルネサンス期の人文主義者たちの中で,カトリック教会の腐敗を批判し,ルターとの論争の中で人間の自由意志を唱えた人物は誰か。次の@〜Cのうちから一つ選べ。 1
@ エラスムス Aトマス・モア
問2 下線部bに関連して,現代の戦争に関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 2
@ ハイテク兵器の開発により,現代の戦争はより限定的に遂行できるようになり、一般国民に損害を与えることなく戦争が行われるようになった。
A マスメディアやインターネットによって,一般の人々が戦争の様子をリアルタイムで正確に把握できるようになった。
B ナチスによるホロコーストヘの反省から,第二次世界大戦後,エスノセントリズムに基づく虐殺は行われていない。
C 戦争は単に国家や国民に対してだけでなく,枯葉剤の散布や油田の破壊などに見られるように,自然環境に対しても甚大なダメージを及ばす。
問3 下線部cに関連して,ラッセルについての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@ 戦闘的ヒューマニズムの立場に立って,世界平和の確立のため,平和の放と断固闘うことを説き,自らも反ファシズム運動に身を投じた。
A 核戦争による人類破滅の危険性を警告する宣言を発し,バグウォッシュ会議を開催するなど,核兵器廃絶運動に精力的に取り組んだ。
B 人間ばかりでなく,あらゆる生物の生命を守り敬うことが善であると唱え,アフリカに渡って医療とキリスト教の伝道に携わった。
C『戦争と平和』などで知られる文豪であると同時に,キリスト教的隣人愛や非暴力主義を唱え,後のヒューマニズム運動に大きな影響を与えた。
問4 下線部dのガンディーの非暴力主義に関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@ 暴力を振りかざす者に対して,一切の対抗暴力を用いることなく,黙って彼らに服従することによって,精神的な勝利を収めることができる。
A非暴力運動は,核兵器をもたなかった時代のイギリスに対しては有効であったが,今後は核抑止力のもとでのアヒンサーを追求する必要がある。
B暴力を用いずに,しかし決して相手に屈伏することなく,非協力を貫き通すことによって,相手の良心に訴え相手を変えていかなければならない。
C 非暴力という手段は,勇敢な者たちばかりでなく,臆病な者たちにも実行可能なので,抵抗活動を大衆運動として拡大していくために不可欠である。
問5 下線部eに関連して,日本における差別に関する記述として最も適当なものを,
@ 部落差別に対しては,その解消を目指す平民社以来の人権擁護運動や同和行政
A ハンセン病は感染力も弱く,第二次世界大戦後は治療可能になっていたにもかかわらず、日本では近年に至るまで長い間,患者を強制的に療養所に収容し,終生隔離し続けるという過酷な政策がとられてきた。
B 在日韓国・朝鮮人に対する差別に関しては,民間レベルでの差別を解消していくと同時に,指紋押捺制度など,法的レベルでの差別を一刻も早く解決することが必要とされている。
C アイヌの人々に対する差別を解消するため,明治以来の「北海道旧土人保護法」は廃止され,単一民族,単一文化の実現を目指す「アイヌ文化振興法」が施行されることになった。
問6 下線部fに関して,「種差別」の撤廃を主張する次の文章を読み,そこから導き出される議論として適当でないものを・下の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
『ある存在が苦痛を感じるならば,その苦痛を無視することは道徳的に正当化できない。平等の原理に従えば,どのような存在に対して与えられるいかなる苦しみであろうとも、(中略)他の存在に与えられる同様の苦しみと等しく重視されなくてはならない。もしある存在が苦痛を感じたり,喜びや幸福を経験したりすることができないとすれば,その存在を思いやる必要はない。まさにこの理由で,感覚を備えているかどうかということが,(中略)利害を配慮すべき存在とそうでない存在とを分ける境界線としてただ一つ弁護できるものである。』
(ピーター・シンガー『実践の倫理』)
@ 路上で蹴飛ばされることは石ころの利益を損なう,などと言うのは無意味である。なぜなら石ころは苦痛を感じることができないからである。
A 現代においては,動物の肉をできるだけ安価に供給するため,多くの動物たちが悲惨な状況下で飼育されている。これは道徳に反する。
B 人間の生命と他の生き物の生命とどちらが重要であるかを決めることはできない。なぜなら生命は生命であって等しい価値をもつからである。
C 動物実験によって医学上の重要な発見が可能となるにしても、動物たちには一方的に不当な苦痛が加えられている。これは道徳に反する。
問7 下線部gに関連して,次の図は,地球環境問題の相互関係の一部を単純化して表したものである。図中の 7 ・ 8 に入れるのに最も適当なものを,下の@〜◎のうちからそれぞれ一つずつ選べ。
@ 海面上昇 A 放射性廃棄物 B オゾン層破壊 C 野生生物種の減少
D 海洋汚染 E 地球温暖化 F 化学物質使用 G 公害問題
H 土壌劣化・砂漠化 ◎ 有害廃棄物の越境移動
問8 本文の趣旨の記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9
@ 人間中心主義に対する反省に立って,先進諸国では,動物の法的権利を認めたり,自然物を原告とする訴訟が起こされたりしている。今後,このような種差別対策をよりいっそう進めていく必要がある。
A 人類は種差別から脱却することはできないので,人間の中での差別を解消するよう人道的な努力を続けていくとともに,自然を有効利用する方途を探っていかなくてはならない。
B ルネサンスという変革の時代に「原点としての古典に帰ること」が要請されたのと同様に,自然との共生に向けて大きな変革が必要とされている現代において,私たちはヒューマニズムの原点に立ち帰る必要がある。
C 私たちは,すべての人間が人間らしく生きられるような条件を整えていくために,自然との共生をも視野に入れた新たなヒューマニズムを模索していかなくてはならない。
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