第5章 現代の諸課題と倫理
1.生命と環境
5-1-6<近代理性批判・生と死>
6 次の文章A・Bを読み、下の問い(問1〜8)に答えよ。
A a人間は理性的存在であると言われる。人間は、物事を合理的に思考し,善悪正邪を正しく判断し、思慮分別ある行動をとる能力をもつ。西洋近代の人間観の基礎をなすものは,このような人間理性の能力ヘの信頼である。科学技術の発展や市民社会の形成もまた、こうした人間理性への信頼なしには,ありえなかったと言っても過言ではない。
しかし現代では、bこのような理性的人間掛こ対しては,様々な角度から疑問が投げかけられている。実際、二度の世界大戦・核・化学・生物兵器の開発,地球規模の環境破壊,c管理社会の危険性などといった問題に直面して,私たちは従来のような近代理性主義に対する再検討を迫られている。
例えば,ドイツの思想家ホルクハイマーによれば,近代の啓蒙的理性は,人間が自然を支配するための 1 となったが,この理性が作り出した科学技術や社会体制は、かえって人間を支配するようになった。かくして,自己批判という本来の働きを失って 1 と化した理性が,現代文明の野蛮化と人間疎外の状況を生み出している,というのである。
あるいは、フランスの思想家フーコーによれば,近代的理性は,非理性に対立するものとして現れて, 2 ・不道徳・病気などをすべて,自らの他者あるいは異質なものとして社会から排除し監禁した。そして, 2 を差別化する過程で,理性は自らを絶対的基準として確立した,というのである。
現代思想の系譜は様々である。その中でも特にこうした近代理性主義と理性的人間観への批判の上に立って,新たな知と人間観を模索する動きがあるということは銘記されてよいであろう。
B
古来,人間はd生と死をめぐって思索を続けてきた。それに加えて,20世紀後半以降,生命科学や医療技術の発展に伴って生じた事態にどのように対処すべきかという生命倫理の領域が新たに注目されるようになった。
そこでは,脳死、臓器移植,安楽死と尊厳死,人工授精などに関して「自己決定権」が尊重されるべきだとしばしば言われる。この背景にはeJ.S.ミルの自由論がある。彼は、個人の自由を最大限尊重すべきだという考えを展開し、f「人の意思に反して
しかし,生命倫理において主張される自己決定権の尊重をめぐっては,つねに困
問1 文章中の 1 ・ 2 に入れるのに最も適当なものを、次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選ベ。
1 @道具 A原理 B権威 C情念
2 @未開 A狂気 B道化 C無知
問2 下線部aに関連して,人間を「理性的動物」とする定義を再検討した思想家にカッシーラーがいる。カッシーラーによる人間の定義に関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3
@ 組織を形成して他人と共存し,集団生活を営む社会的な存在。
A 自然に働きかけて物を作り,環境を変えていく実践的な存在。
B シンボルを介して世界を理解し,芸術や宗教を作り出す存在。
C競争と表現を楽しみながら,遊びの中で文化を創造する存在。
問3 下線部bに関連して,理性的人間観を揺るがすことになった思想家の一人に精神分析学の創始者フロイトがいる。フロイトの学説に関する記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@ 自我は快感を求めるエス(イド)の要求を現実に適応させ、同時に良心としての超自我の命令にも応じようとする。
A ノイローゼ(神経症)の原因となるものは,心の深層としての無意識の中に昇華された性的欲求などの衝動である。
B 欲求不満から生じる不安や緊張から自我を守ろうとする防衛機制は,欲求不満の原因となった当の問題を取り除く。
C 両親の愛情を独り占めにしようとして、弟妹を邪魔者と感じる兄姉の心理を、エディプス・コンプレックスと呼ぶ。
問4 下線部cに関して,現代の管理社会に固有の危険性についての記述として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@ 管理社会においては,政・官・財の統一的な管理横構が成立し,その機構に属する人々にとってのみ有利な支配が,その大きな権力や経済力をもって,組織的に行われる危険性がある。
A 管理社会においては,各種情報システムの発達によって、個人データの徹底した管理が可能になったが,その利用の仕方しだいでは,プライバシーの権利が侵害される危険性がある。
B 管理社会においては,マスメディアを介した情報の管理によって、人々の意識や理解が画一的になるように操作され,人々の心の在り方にまで意図的な介入が行われる危険性がある。
C 管理社会においては、ただ一人の独裁的な支配者が,特定の人々だけに権限を恣意的に委譲することによって,他の多くの人々を不当に抑圧し,過酷な奴隷状態に置く危険性がある。
問5 下線部dに関して,次のア〜ウはそれぞれ誰の思想であるか。その組合せとして正しいものを、下の@〜Hのうちから一つ選べ。 6
ア 人間は、死や苦しみなど、自分の力ではどうすることもできない状況に直面したときに、その不安と絶望を越えて,超越者に出会い,しかも他の実存との「愛しながらの戦い」によって連帯することで,真の実存に目覚める。
イ 人間も生物であり、生きるために他の生き物を傷つけざるをえない。しかし,倫理的な存在として、人間はすべての生命ある存在を愛さなければならない。この葛藤の中で各人の責任において行動を決定するのである。
ウ 人間は,身体的存在としては、圧倒的に優勢な宇宙に比べ,きわめて無力で卑小である。だが、人間は理性的存在であり,自分が死ぬことを知っている。考え,知ることによって人間は偉大である。
@ ア サルトル
イ ガンディー ウ エラスムス
A ア ヤスパース
イ シュヴァイツアー ウ パスカル
B ア キルケゴール
イ ガンディー ウ ピコ・デラ・ミランドラ
C ア サルトル
イ ヘーゲル ウ ピコ・デラ・ミランドラ
D ア ヤスパース
イ シュヴァイツアー ウ エラスムス
E ア キルケゴール
イ ヘーゲル ウ エラスムス
F ア サルトル
イ ガンディール ウ パスカル
G ア ヤスパース
イ ヘーゲル ウ パスカル
H ア キルケゴール
イ シュヴァイツアー ウ ピコ・デラ・ミランドラ
問6 下線部eのJ.S.ミルに関する説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@ 快楽に質的な差異を認め,人間の良心や利他的心情を重視するとともに,行為
A 豊かな社会を実現するには,一定のルールのもとで,自己の幸福を求める個々人の自由な活動を最大限に認めることが大切であり,社会は構成員の相互的な愛情や親切心に頼らなくても十分成り立つとした。
B 個々人の幸福追求が社会の最大幸福につながるようにしようと,行為の是非を客観的に判断する方法を提案し、刑罰など外的強制を含め、人々の正しい行為を促す様々な制度的工夫を行った。
C すべての人が幸福になるためには,各自が無秩序に利益追求を行う資本主義社会の仕組みを根本的に改め、経済活動を計画的に行うことによって社会の生産力を発展させ,富を公平に分配する必要があるとした。
問7
下線部fで述べられている原則に従う判断として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8
@ 喫煙は,周囲の人の健康への影響を無視できないから、人の集まるところで制限したり禁止したりすることは正当である。
A 病気でもないのに,美容や装飾のために,親からもらった身体を傷つける行為は許すべきではなく,法律で禁止すべきである。
B 自動車事故による死傷者の発生を抑制するために、法律で運転者にシートベルトの着用を強制することは当然である。
C 命を落とすかもしれない危険な冒険に出かけるということは,他の人に害を及ばさないとしても、国などがそれを妨げることは許される。
問8 下線部gに関して重要視されている「インフォームド・コンセント」の説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9
@ インフォームド・コンセントとは,患者が,最新の治療を受けるために他の病院を紹介してもらうなど,医師に対して医療情報の提供を求める権利のことである。
A インフォームド・コンセントとは,患者が医師から症状や治療の内容について十分な説明を受け,それを理解した上で,治療方針を自ら選ぶことである。
B インフォームド・コンセントとは,できるだけ退院を早めるために、医師が一時帰宅を中心とした治療プログラムを,患者の家族と相談して作ることである。
C インフォームド・コンセントとは,深刻な病気であることを医師が家族にのみ告知し,患者にはストレスや不安を抱かせないで,治療に全力を尽くすことである。
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