第5章 現代の諸課題と倫理
2.家族・地域社会と情報化社会
5-2-5<情報化社会に生きる>
5 次の文章を読み,下の問い(問1〜6)に答えよ。
私たちは情報化社会に生きている。このような社会において,昼夜の別なく氾濫する情報に対し,私たちはどのような関わり方をすればよいであろうか。現代社会ではまさに「情報は力なり」と言えよう。学校で習得する知識をはじめとして,政治経済や芸能に関するニュース,さらには商品の広告から科学的発見の報告に至るまで,私たちはさまざまな情報の恩恵に浴している。しかし、情報がひとり歩きしたり,マスメディアによって操作されたりするとき,人間が画一的に支配され情報の力に押し流されるという新たなかたちの 1 も生じてくる。
実際,私たちにとって,何らかの意味で情報に流されることは避け難く,むしろ流されること自体が今日の流行になっているとさえ言えよう。そして,多くの人々は,世間話に類する記事や低俗なテレビ番組に退屈をまぎらわせ,安逸をむさぼっている。ハイデッガーによれば、それは、 2 としての生き方にほかならない。現代社会がまた, A とも呼ばれる所以である。かつてキルケゴールは,社会の巨大化と文明の繁栄の中で,人々がa実存としての自己の本来的なあり方を見失いつつあることを憂えた。彼のそうした時代批判は,さまざまな局面で情報に支配されていく私たち自身への警鐘ともなっている。
こうした状況の内に、ニーチェが 3 として痛罵したような,自己にとっての究極的な価値の喪失という精神的危機の訪れを、読み取ることもできよう。たとえば,私たちは情報を先取りし、流行を追うことによって、逆にまた、コマーシャリズムを拒否し、流行にさからった生き方をすることによって、個性を主張しようとする。だがいずれにせよ、そこで強く意識されているのは、世間一般の価値観であって,自分にとって何が本当に必要なのかはほとんど問われないままである。とすれば,bニ−チェが求め続けたような自己超克の可能性は開かれようもない。無論、このような情報の受け手としての私たちの問題はまた,その情報を生み出し,流す側の問題でもある。興味本位の偏向した報道や、際限なく低俗化し,暴力化していくテレビ番組などについては、cそれを製作する者の自覚と責任とが問われなければならない。とは言え,何よりもまず求められるのは, B にほかならないであろう。
問1 文中の 1 〜 3 に入れるのに最も適当なものを、次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @人権侵害 A人種差別 B人間疎外 C人間尊重
2 @ひと(ダス・マン) A異邦人 B包括者 C境界人(マージナル・マン)
3 @ヒューマニズム Aエゴイズム Bシャーマニズム Cニヒリズム
問2 文中の A に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@平等な国民を主権者とする民主社会
A没個性な平均化した人々からなる大衆社会
Bさまざまな領域の境界が消失しつつあるボーダレス社会
C独立した個人が契約によって形成する市民社会
問3 下線部aに関して,キルケゴールはどのように考えていたか。最も適当なものを次の@〜Cのうちタ、ら一つ選べ。 5
@ 人間の救済は神によって予定されているので,自らが救済されることを確信するために,神から与えられた職業に励む。
A 世界史は絶対精神が自己を実現する過程であり,人倫の最高形態である国家の内に真の自由が存することを自覚する。
B 自然状態におけるすべての人間の自由と平等を取り戻すために,一般意志に基づく国家の実現をめざす。
C 主体的真理を求めて,絶望を繰り返しながら,自らの罪深さに対するおののきの内に,単独者として神の前に立って生きる。
問4 下線部bを説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@ 真理は彼岸の世界に存するのであるから,肉体をもつ現世のあり方にとらわれず、むしろそれを超越しようと努める。
A キリスト教の説く隣人愛を実践し,自らも弱い者や虐げられた者の立場に立って,ひたむきに神を求める。
B 永劫回帰という運命を受け入れ,自らの人生の価値を新しく創造しようとする超人としてのあり方をめざす。
C 人間の偉大さは,自らの悲惨さとそれを超えた神の存在を知ることにあるので,つねに自己の悲惨さを見つめていく。
問5 下線部cに関連して,「知る権利」と「プライバシーの保護」を両立させることが,近年,報道の倫理として盛んに議論されている。こうした点から考えて,報道のあり方として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@ Aさんはある宗教団体の信者だが,その教団の名を利用して人々に経済的な損害を与えているので,そのことを報道する。
A Bさんは犯罪者の肉親で,そのような犯罪者を社会に送り出した責任があるので,家庭の状況や経歴について報道する。
B Cさんはある社会的に重大な事件の容疑をかけられているが,本人は無実を主張しているので,その言い分も広く報道する。
C Dさんは政治家としては公人であって,資産状況もまったく私的なこととは言えないので,そのことを報道する。
問6 本文の趣旨に照らして、 B に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ベ。 8
@ 社会の要求するところに応えるために,人々が必要としている情報を提供すること
A 流行に乗り遅れることがないように,最新の情報を可能なかぎり機敏に受け入れること
B 自分自身にとって何が必要かを問うた上で,多様な情報を主体的に取捨選択していくこと
C 社会全体を強く統合するために,特定の情報に基づく一つの合意を形成すること
[9−追]