第5章 現代の諸課題と倫理
2.家族・地域社会と情報化社会
5-2-6<大衆社会と自己への問いかけ>
6 次の文章を読み,下の問い(問1〜7)に答えよ。
現代の社会は,a大衆社会化という状況にある。その中で我々は,平均的で画一的な価値観を共有し,それに従うことで,不安や孤独感を回避している。しかし,それにもかかわらず,我々にはふと自分自身の存在の価値や意義が分からなくなることがある。このような自分自身の存在への問いに対して,我々はどう答えるべきであろうか。このような問いは,実存主義の思想においては我々の存在に根ざした根源的な不安に由来すると見られていた。19世紀のヨーロッパにおいて,実存主義の先駆者とされる 1 や 2 らは,人々が大衆化して,不安や孤独感から逃れようとしつつあった当時の時代状況を批判していた。 1 は,当時の世俗的な風乱世俗化した宗教と戦いながら、神の前に 3 として立つことを求めた。また 2 は,「神は死んだ」という宣言をもって、伝統的な宗教に集う人々の在り方を批判し, 4 となって新たな価値を創造することを求めた。そして彼らから大きな影響を受け,人間存在を実存において捉えたハイデガーは,その人間存在が日常牲の中で誰でもであって誰でもないような「世人(ひと)」という在りに頽落する状況を見極め,自己のb本来的な在り方へと立ち返ることを求めた。
20世紀後以降、大衆社会化はさらに加速している。とりわけ日本においては,高度経済成長期を経て、高度情報化やそれに伴う急激な社会・産業構造の変化,価値観の変化の中で、c生きていく意味を見失うということが社会全体に広がる切実な問題となっている。このことは、現代人にとって自己のdアイデンティティを確立,保持することが困難になっているという問題とも関連している。
このような時代の状況において、我々が,e日常生活のうちに潜む深い不安に囚われるとすれば、自分自身の存在への問いに答えるために、大衆に安易に同調せず,自己を内省することが重要になる。その際、実存主義の思想を顧みることも有意義であろう。
問1 文章中の 1 ・ 2 に入れる人物として正しいものを,次の@〜Eのうちからそれぞれ一つずつ選べ。
@ヤスパース Aニーチェ Bカミュ Cキルケゴール
問2 文章中の 3 ・ 4 に入れる語句として正しいものを,次の@〜Eのうちからそれぞれ一つずつ選べ。
@包括者 A絶対者 B単独者 C異邦人 D聖人 E超人
問3 下線部aに関連して、大衆についての記述として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@ 有名店に行列を作る人々のように,同時代の他人の考え方や社会的行動に同調しようとする人々によって形成される。
A 新聞の読者のように、空間的に散在していても争点をめぐる討論を通じて世論を担いうる人々によって形成される。
B 地縁共同体に生きる人々のように,伝統的文化に基づいた一つの歴史的現実を担う人々によって形成される。
C たまたま同じ劇場に集まった観客や,暴徒化した攻撃的な集団のように,空間的に近接した人々によって形成される。
問4 下線部bに朗達して、ハイデガーの捉えた人間の本来的な在り方についての記述として最も適当なものを、次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@人間とは、無制限に世界に開かれて行動することのできるものであり,人間になるとは、精神のカによって世界に開かれた人格になることである。
A 持続する生物的生命は、人間においては自由な内的生命として現れ,その意志によって押し進められる人類は絶えず創造へと向かう。
B 人間は、自己の極限の可能性である死へと先駆することで、自らのかかわる身の周りの世界に没入した状態から、自らに最も固有な自己に覚醒する。
C 事物の本質があらかじめ与えられているのに対して,人間はまず先に実存し,世界の内で自由に自分自身の在り方を選択する存在である。
問5 下線部cに関連して、近年の日本では自殺する人が多くなっている。次に掲げる平成13年の「原因・動機別・年齢別自殺者数」の表の空欄a〜fには、それぞれ「学校問題」「男女間題」「健康問題」「勤務問題」「経済・生活問題」「家庭問題」のいずれかが入る。この表に関する次ページのア〜オの記述に基づいて,空欄
e、f に入るものとして正しいものを,次ページの@〜Eのうちからそれぞれ一つずつ選ベ。
eについては 7 に、fについては 8 に答えよ。
ア 家庭問題と健康問題による自殺者数は,年齢が高くなるにつれて増加する傾向がある。
イ 20歳未満の者は健康問題と学校問題での自殺が多い。
ウ 女性の比率が比較的高いのは健康問題,男女問題,家庭問題である。
エ 経済・生活問題と勤務問題で自殺するのは圧倒的に男性の方が多い。
オ 健康問題と経済・生活問題による自殺者の総数は,全体の70%以上を占める。
@ 学校問題 A 男女問題 B 健康問題 C 勤務問題
問6 下線部dに関連して,「アイデンティティの確立」を青年期の発達課題として捉えた精神分析学者にエリクソンがいる。エリクソンの言う「アイデンティティ」についての記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9
@ 人間は自らの在り方を追求する際に,ある対象の一面,あるいはいくつかの特性,場合によってはその全体を理想として自分に当てはめ,それと似た存在になる。
A 人間は,日常生活での様々な局面の変化を通じて,変わらぬ連続牲と一貫性を保つ「私」の中核部分をもち,同時にそれが共同体の他者に共有,承認されることを求める。
B 人間は,社会生活を送る中で,自らの帰属する社会や共同体といった集団の規範に同一化することで,つねに整合的で矛盾のない行動の指針を得ることができる。
C 人間は日常生活の中で,様々な役割としての社会的自己にその都度,その場限りで同一化することで,他者との関係においても安定した態度を取ることができる。
問7 下線部eに関して,実存主義における不安の例として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 10
@ 他人と比べることによって「私」の身体、能力、性格等が劣っているのではないかと思い悩むときに生じる気分。
A 特に理由もなく,自らが世界に投げ出されてたったひとり頼るものもなく存在するのを見いだすときに生じる気分。
B なぜ自分が今,この場所にいる、他でもないこの「私」であらねばならないのかという疑問を抱くときに生じる気分。
C 自己の存在の内に根ざす死,苦,争い,罪といった否定的なものに対する無力さを見いだすときに生じる気分。
〔16−追〕